手を繋いで 12

「……アンタ、何してんの?」
懐紙に字を書きつけ鶴を折り、それにチャクラを送り込もうとした寸前、カカシが言葉を投げつけてきた。
「え? 帰る準備ですよ?」
おかしなことを聞く人だと不思議に思いつつ、チャクラを送ろうとしてカカシの手に阻まれた。
「ちょっと待てって言ってんの! 帰るのに、なんで式なんか使うの。しかも、何よコレ。ナルト宛じゃない! この夜更けに元生徒呼び出すなんて、あんた何、考えてんの?!」
人の式を奪うなり、中身を見た奴に言われたくない。
「だから、帰る準備って言ってるじゃないですか!! ナルトにはご足労願うけど、連れて帰ってもらうんです。おかしいことじゃありませんッッ」
過去何回かお世話になったと付け加え、式を返せと手を振り回す。その手を避け、カカシは「はぁ?」と素っ頓狂な声をあげた。
「おかしすぎるでショーがっ! 単なる元生徒に、何、甘えてんの?! それにここは歓楽街の奥にある裏通りに近い場所なんですよ。子供の成長に悪影響が及ぶでしょうがッッ」
「ナルトと私は教師と生徒以前に、親子みたいなもんなんです! ナルトの方から何かあったら連絡してくれって泣きながら頼まれたこともあるし、それに、ナルトしか私の家、知らないんですッッ」
頬を突っぱねていた手から抜けだし、ようやくカカシの手にあった懐紙を掴む。
呆けているカカシを幸いに、握った懐紙を引き寄せようとして、腕を握られた。



「…それ、どういう意味?」
痛いほど握られ、顔が歪む。
「どういう意味って、聞いたまんまの意味ですよ。あ、違いますよ。昔はさておき、今では友達がいますよ! 友達が一人もいないって意味じゃないですからねっっ」
勘違いしては困ると主張すれば、カカシは苦い顔をした。
「そりゃ、アンタ見てれば分かりますよ。そうじゃなくて、友達いるのにどうしてアンタの家知らないんです? 普通あり得ませんよ」
何か理由があるのだろうと疑り深い眼差しを向けられ、私は大したことじゃないと肩を竦めた。
「まだ傷痕は深いってことですよ。それだけ苦しんでいる人がまだいるってことです」
カカシの手から力が抜ける。
「……事実か」
小さく呟いた言葉に、火影さまがカカシに何か言ったことが窺えた。
大方、ナルト関連で私が悪意に晒されているとか、そういうことだろう。もう守ってもらう歳でもないのに過保護だなと、相変わらずなじっちゃんに苦笑いが零れた。
そして、目の前のカカシの私に対する態度の豹変も、ここが怪しいなと見当付けた。



「――あなたの身近な者に被害が及ばないようにするためですか」
カカシの真剣な声が不思議だった。
カカシの唯一覗く瞳が真っすぐこちらを見下ろしている。
あのとき見た、灰青色の奥にあった死の匂いはしない。
今はただ、全てを見守る優しい色合いが広がるだけだ。
「……別に、そんな大層なこと思ってませんよ。寝覚めが悪くなるからってだけです。私の居場所ごときで友人たちが怪我するのって、後味悪いじゃないですか」
仲間思いの奴らばっかりで本当に困りますと笑えば、カカシは何故か瞳を揺らせた。



本当は、優しい人なのだと思う。
ムカつく相手には違いないが、誰よりも優しくて、繊細で、だからこそ死の匂いから抜け出せられない。



「―――私と真逆ですね」



するりと出た言葉には、妬みが含まれていた。



細められた視線に、失言だったと己を諌める。
「何でもないですよ。―まぁ、そういうことですので、はたけ上忍はお先にお帰りください。私はナルトに―」
奪い取った懐紙の鶴にチャクラを注ぎ入れようとして、真上からくしゃりと握り潰された。
あ゛。



一体、何すんですかと、文句を言おうとして息を飲んだ。
カカシは腰を屈ませるなり、うつ伏せになった私の胸下と太ももに腕を入れ、そのまま持ち上げた。
鳩尾から太ももまでは地面と平行に、それ以外はだらりと下に落ちる格好。
「………………痛くないでショ」
固まる私に、カカシが掛けた言葉は何とも間が抜けていた。






「あ、あのあの!! ちょ、ちょっとはたけ上忍!!!」
そのまま障子を足で開け、どすどすと外廊下に出る暴挙をやらかす上忍に叫んだ。
「だーかーら。今、真夜中なんだから、声を落としなさいよね。それに、アンタ。無粋だよ」
カカシの言い回しに、思わず顔が赤くなる。
そうか、こういう高級料亭は込みもありなのか。
黙っていたら、そういう気配を感じてしまいそうで、小声で話を続けた。
「あ、あの、はたけ上忍、私、ものすっごい恥ずかしいんですけど……!!」
首を捻り、カカシの顔を仰ぎ見る。
カカシはお尻に向き合う形で、私を捧げ持っているのだ。
振動を露とこちらに与えないところはさすがと唸るしかないが、形が形なだけに恥ずかしくて居た堪れない。どんな羞恥プレイだ……!!
「奇遇だーね。オレも相当、恥ずかしい」
声の調子や、こちらから見える顔に、恥ずかしいという可愛らしい感情は全く窺い知れなかった。
それよりも以前に、右目しか出ていない面で言う台詞ではない。
「全然そういう風に見えません! あ、あのそれより、ちょっと、あの、手、手がですねッッ」
先ほどからずっと胸に当たっている骨ばった感触に、何とも言い出しにくい。
こんなことになるならベストを脱ぐのではなかったと、己の手にあるソレが恨めしい。
ごにょごにょと口の中でぼやいていれば、カカシはあっさりと言った。
「あぁ、手が当たってんの気になりますか。大丈夫です。アンタの胸は、胸であっても胸じゃありません。それに、慣れてますから」
しれっと自慢を交えるのが何とも憎らしい。
くそぉ、ガイ先生に懸想している癖に女遊びたぁ、とんだアバズレだなッッ。
「わ、私は恥ずかしいんです!!」
きぃぃと叫び、アンタと一緒にしないでくれと主張すれば、カカシは鼻で笑った。
「へー、性格と違ってずいぶん可愛らしい性観念なんですね」
「な、なんで、そこに性観念なんてもんが出るんですか!!!」
「いえいえ、胸が手に当たっていると口に出せないばかりか、こちらが指摘した途端、耳まで真っ赤になってるんでーね。アンタ、もしかして閨房術習ってないんですか?」
ちらりと視線を落としたカカシの目が、疑問ではなくきっぱりと断定している。
口と態度が真逆って、どんだけ捻くれてんですか!
「し、失礼なッッ! クノイチは閨房術は必須です。おまけに私の閨房術の腕は里一番ですッ。前線では指名率No1の超売れっ子だったんですからッッ」
「へーーーーーー。でかい風呂敷ですね」
「なッ、嘘じゃありません! 一度私に身を委ねたら、また明日の晩もと、そりゃ皆さん喜んでくれたんですからねッッ。任務でとある国主さまだって骨抜きにしたことあるんですからッ」
「………へーーーーーーー」
あからさまに信じていない目が、悔しすぎる。
本当に本当だと叫ぼうとして、背後から「はたけ様、いってらっしゃいませ」と女将の涼やかな声が聞こえてきた。



ハッと気づけば、そこは近江屋の表玄関だ。
前に広がるのは玉砂利に敷かれた庭園であり、その門の先には歓楽街の通りに通じる。
「また来るよ」と背中越しに言葉を返し、迷った素振りも見せずに進むカカシに、私は悲鳴を上げる。
「ま、待ってください、待ってください! このまま本当に帰るんですか?! 帰るつもりなんですか?」
赤を通り越して、土気色になりそうだ。
歓楽街という、噂が光の速さで飛び交う界隈で、この姿を見られたら、明日、どういう騒ぎになるか。



唇を噛みしめ、勘弁してくれと訴えれば、カカシは大きく欠伸をして、目をしょぼつかせた。
「勿論帰りますよ。こっちはいい加減、任務で疲れてんです。さっさと帰って寝たいんです」
「だ、だからナルト呼ぶって言ってるじゃないですか!!」
私の心からの絶叫に、カカシの足が止まった。
面倒臭くなって放り出す気になったかと、希望を見た私には、直後に奈落へ突き落された。



「もう一度でも、ふざけたこと抜かしたら、ミックスどころの話じゃありませーんヨ」
微笑んだカカシの目はマジだった。



上げる声すら失って、恐怖に身を固まらせていれば、カカシは分かればよろしいと歩き出す。
「じゃ、アンタの家、教えなさいよ。このはたけカカシが直々に送ってやるってんだから、感謝しなさいね」
青い顔でぷるぷると言葉もなく震える私に、悪魔は重ねて言った。
「早急にアンタの家の場所答えないと、会う度にお見舞いすーるよ?」
悪魔だ。いや、鬼だ。



喧騒激しい歓楽街。
そのざわめきに負けないほどの周囲の声に囲まれて、私は泣く泣く銀髪の鬼を自宅に案内した。




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次回、イルカ先生宅、訪問!