手を繋いで 13

「……きったない部屋ですね。どうやって部屋にあがれって言うんですか」
カカシの第一声は最低だった。



古ぼけた二階建てのアパート。
さびついた手すりのついた階段を上がり、五号室ある一番奥の部屋が私の城だ。
た、確かに玄関は畳の四分の一の広さしかないし、明日がごみの日だから廊下というには狭すぎる通路に燃えるゴミ袋がいっぱい置いてあるけど、そういう言い方はないんじゃないのかな?!
「ま、待ってくださいよ。キッチンはどうですか、キッチン。そらーもー、ピカピカなもんで」
「アンタ、レトルトばっかり食べてるから、いらない贅肉つくんだーよ。ちょっとは自分で料理作りなさい。……ナルトの食生活の乱れは、アンタが原因だね」
呆れた物言いに二の句が継げない。
くそっ、上忍の観察眼が憎いッッ。
どうやって脱いだのか分からないが、カカシは靴を脱ぐなり通路を進み、茶の間兼仕事場に入る。
八畳間の空間に、丸いちゃぶ台とテレビと箪笥が置かれた、非常にシンプルな部屋である。
そこでもカカシは深い息を吐き、心ない一言で私を傷つけた。
「………おっさんくさ…」
おっさん? 言うに事欠いて、おっさんとは何?!
「全体的に色が茶色で、華やかさってものがないですよね〜。観葉植物も、花を生けることもなく。あーー、何、この貧乏臭い牛乳パックのペン立ては…。せめて、周りは色包装紙を張るとかしなさいよ。『木の葉朝一番』って堂々と何、見せてんですか。あーーー。この唐草模様。あり得ない。本当にあり得ない……」
窓を覆うカーテンを見つめ、遠い目で語るカカシに私は激昂した。
「ふざけたこと言わないで下さい!! これは、7班のみんなが初任務の給料で買ってくれた尊い布なんです!!! 少なかったから、こんな柄しかなくてすいませんって言われたけど、私は嬉しくて……!!!」
「そこでカーテンに仕立てるところが、アンタの敗因なんですよ」
「敗因って何ですか!!!」
「女としての?」と首を傾げながら言われ、私は悔しくてハンカチをきりきりと噛んでしまいたかった。
「はいはい。で、こっちが寝室ですか?」
「えっ」
まさかの寝室強行突破に、度肝を抜かれる。
止める暇もなく、足先ですぱんと襖を開かれ、私は絶叫した。
「そこはだめぇぇぇぇええええ!!!!!!!」



  ぱたん
開いた次の瞬間、カカシは何故か襖を閉めた。あ、あれ? 思ってた反応と違う。
どうしてだ、なんでだとカカシの顔をのぞき込んだが、深い息を吐き、眉間にしわを寄せ、何度も左右に首を振るカカシの感情は全く読めなかった。
疑問符で埋め尽くされる私に、カカシは一旦断りを入れてくる。
「ちょっと、失礼します」
「は、はぁ」
丁寧に畳の上に下ろされ、ひとまず安堵の息を吐く。ふー、やっと家に帰った心地になってきた。
やれやれと緊張していた体を緩めた直後、右手にクナイを持ち、左手で額宛をずらした、カカシは宣言した。
「ーー排除する」
「は?」
スパンと襖を開けるや否や、カカシは飛んだ。
「え、え、えっ?!!」
寝室に残像が走る。始めはカカシが何をしているのか理解できなかった。



私の癒しの空間部屋。寝室。
乙女が休む部屋にふさわしい、六畳間の安らぎの場所。
窓を頭にして寝台が置かれたその脇には、目覚めと共に愛しのガイ先生の笑顔が見られるように写真が飾られている。
私の朝の活力源たるその写真が、写真立てごと木っ端みじんに粉砕した。
お次はいつも一緒に寝ている、お手製ガイ先生人形。
等身大だと恥ずかしく、似せすぎても乙女心には照れまくり、ちょっとデフォルメした可愛いガイ先生v
「す、好きです、出会った時からずっとガイ先生が好きですッッ」と告白練習用に使うこと数えきれず、そんな思い出の品が見事、胴からまっぷたつにちぎれ、綿をまき散らし空中で燃えた。
天井に張り付けた、海をバックにこちらに親指を立て、振り返る私のお気に入りベスト3の等身大に引き延ばした写真は、紙屑になり空へ舞い、壁に貼っていた様々なポーズを決めたガイ先生のスナップ写真は細切れとなり、ガイ先生が記念にとくれた、ガイ先生着用済みのタイツは燃え上がり、ガイ先生を模したクッションは中身をまき散らして惨殺したい現場の有様に、それからガイ先生のくずかごも、寝間着も、室内用スリッパも、耳掻きもナイト用帽子も、エトセトラエトセトラ、ものの見事にすべて弾け飛び消え去った……。



「ーー任務、完了」
しゅたと寝室中央に現れたカカシは、ふっと爽やかな笑みを浮かべ、いい汗かいたと額を拭う。そんなカカシの姿に開いた口が塞がらない。
その時間、3秒間。止める暇もなかった。
口を開けたまま失神寸前の私に、悪魔の申し子いや、鬼子は手を緩めなかった。
「おっと、これも忘れずに、と…」
いかんいかん忘れていたと、『LOVE ガイ先生v』とガイ先生の似顔絵と海のイルカを刺繍した布団カバーをひっぺがすと、目にも止まらぬ速さで印を組み、口から炎を出して燃やした。
…………………………死に神?
「いや〜、ひさびさに上忍の本気って奴が発動しちゃったーヨ。オレの本気見たさにこんもん仕掛けるなんて、アンタ、よっぽど暇なんだーね」
まぁ、今晩おきた数々の里のトップクラスの上忍技は見て損はなかったーよと、ご機嫌に笑うカカシに殺意が芽生える。
こんなときにこの腰というかお尻というかその穴というかが、満足な状態でなかったばっかりに、私のお宝が…癒し空間をすてきにプロデュースのお宝ガッッ!!
無念すぎる思いを噛みしめ、畳に思いをぶつければ、「アンコール? 次、金取るよ」なんて抜かしてきやがった。



「ふ、ふざけるなーッッ!! 人の家の物というか、宝物を根こそぎ破壊して、何言ってんですかーーー!!!」
どれだけ苦労して、この癒し空間を作ったのか分かってるのか弁償しろと怒りの眼差しを向ければ、カカシは肩を竦めた。
「アンタの人にいえない悪趣味な部屋をまともにしてやったのに、何、切れてんの? 暑苦しいオカッパ頭の珍獣男の写真を部屋中に貼り付けちゃうなんて、こんなの生徒に見られたら教師生命終わっちゃうとこだーヨ」
やれやれと首を振る男の首を締めてやりたい。
誰が珍獣?! アンタか。そりゃアンタだろう! 銀髪ほうきお化けめッッ。
ーーはっ…、ま、まさか!!



男の本心を第六感で察し、私は息を飲む。口を押さえ、私はカカシの本当の狙いを糾弾した。
「は、はたけ上忍、いくら私のガイ先生秘蔵写真が充実してるからって、嫉妬のあまり全部燃やすなんてひどすぎるじゃないですかぁぁぁッッッ」
畳に突っ伏し号泣する私に、カカシは「は?」と間抜けな声を出す。
白々しい演技なんてして!!
「わ、分かってんですからねッ。はたけ上忍ってば、ガイ先生の写真が欲しいのに言えないから、飾りまくるほど写真のある私を妬んで、こんなことしたんでしょっっ」
鼻水を啜りながら責めた。カカシはそんな私を、これ以上なく眉根を寄せ、無言で見下ろしている。
「な、なんですか! 言いたいことがあったら言えばいいじゃないですか! い、今更言い訳したって、遅いんですからねッッ。あなたの思ってることなんて全部お見通しなんですからッッ」
しゃくりながら、カカシの言い分とやらを待った。カカシはしばし私を見下ろしたまま固まっていたが、やおら大きなため息を吐くと腰を下ろす。
「…時々アンタが未知の生物に見えるよ…。ー何でオレがガイなんかの写真を飾りたいと思うのヨ。待機所行けば毎日毎日絡まれるわ、欲しくもないダサい服を押しつけてくるわ、呼んでもないのに後付いてくんのに冗談じゃなーいネ」
がりがりと髪を掻くカカシの言葉に、心臓が悲鳴をあげる。
何それ。何ソレ、ナニソレッッ!! それって惚気? 自慢? 毎日顔を合わせるから物ごときじゃ物足りないって、言いたいワケッッ?!
ダンと畳に手をつく。ふるふると震える手を見据えながら、やるせない思いが胸中を満たした。
あのいつも着用している幻の服を手渡してくる?! それって、つまりペアルックじゃないのッ。後ついてくるって始終ずっと一緒にいるってこと?! 私なんて合間合間の時間を使って、ようやく探し出して「よぉ、イルカ! 青春してるかッ」の一言で別れることがざらなのに…!!
「……アンタ、痙攣してんの?」
余裕の顔でこちらを気遣うカカシをぎりりと睨みつけ、そして、そして、私は
ーーう、羨ましい…………ッッ!!!!!
血反吐の叫びを心の内で吐き、畳へ突っ伏した。
このときほど、カカシという男になってみたいと思ったことはない。
妬ましいッ。ガイ先生の関心を勝ち得た男に、この上もなく嫉妬する。
負け犬の遠吠えにはなりたくなくて、声にすることもできず、うーうー唸っていれば、カカシは大きくあくびした。








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…ひっぱってすいません…(T^T) もう少しイルカ先生部屋編続きます