手を繋いで 15
「ひぃあぁっぁ」
何とも気の抜ける声と同時に、横腹に鋭い痛みが走った。直後、けたたましい音と共に前面へ鈍痛が駆け抜ける。おまけに、あらぬところの痛みが体中に駆け巡り、頭の天辺を貫いたものだから、たまったもんじゃなかった。
「にぎゃぁぁぁぁぁぁ…………!!!」
ひくりとも動けず、悶絶の痛みをただひたすら耐える。
「え…ウソ。俺、寝ちゃったの……?!」
上から困惑した声が聞こえてくるが、それどころではない。う、うぬれ、カカシッッ。一夜の寝床を提供した恩人に向かって、何て卑劣な真似をっっ……!! つぅか、いつまでこの痛みは続くんだ、千年殺しミックス!!
もしやネーミング通り千年まで続くのではあるまいなッとぐるぐる考えていると、上からおそるおそる声がかかった。
「………生きてる?」
「死んでたまるかッッ」
ようやく痛みから脱し、顔を上げる。
ぎっと睨みつければ、カカシは胸にシーツを押し当て、所在なげな態度を見せた。
朝の淡い光に照らされ、カカシの銀髪がきらきらと光る。白いなめらかな肌はほのかに赤く色づき、私を直視できずに軽く逸らされた瞳を縁取る長い睫が小刻みに揺れている。
恥じらうような戸惑いを見せる男の仕草を目にした途端、頭の中が真っ白になった。
……………ナニ、コレ。
「……かわいい」
「ーえ?」
ぽんと出た自分の言葉に、首を絞めてしまいたくなった。
今、何と言ったの、うみのイルカ! 男に対してかわいいって何ッ、つぅか、恋敵に向かって言う台詞じゃないんじゃないッッ。というか…!!
「はたけ上忍が、好きな人と一夜を共にして、朝を迎えた時に初めて一線を越えた恥ずかしさと嬉しさが混じる感情で、好きな人を直視できない初な女性のかわいらしい風情を醸し出しているからいけないんですッッッ! なんですか、それ、なんですか、それは! 『イルカー、お前もっと恥じらえよー。女としての色気ゼロだぞ』って言われた私に対する当てつけですか、当てつけなのですか?! 色白の肌を軽く赤く染めて、潤んだ瞳で上目遣いとか一体何なの?! 何とか言ってくださいよッ!!」
機関銃のようにまくし立て、何とか言えと迫る。すると、カカシは
「……………ばか」
私の顔を一瞬見た後、すぐに視線を逸らせ、一言だけ言った。形のいい唇が少し突き出、柳のような眉が少し潜められているが、決して本気で怒っている様子はなく、恥ずかしくて出た憎まれ口といった具合だった。
きゅん
胸のどこかの器官が鳴った。
「ーーかわいい」
「……っ」
真顔で言い切った私に、カカシはびくりと体を震わせると、俯いてしまった。
つむじが見えるほどに俯き、髪から覗く耳がほんのり赤く色づいている。
その仕草も何ていうか、きゅんと胸に迫って……かわいって、ハッッ。
さきほど己を罵ったはずなのに、再び陥ってしまったかわいい発言に、地の底まで落ち込んだ。
バカなッッ。何故、男を可愛く思わねばならんのだ。これから恋のバトルを仕掛ける相手をどうして私が『可愛いv』と愛でなければならないのだ! は、もしや、これも!!
「写輪眼の力……!!」
「ーありません」
間髪入れぬ冷静な突っ込みに、気持ち身構える。
ちくしょー、もう二度とおまえの術中にはハマらんと気合いを入れた私に、カカシは顔を手のひらで覆い、何かを呟くと、私に視線を向けた。
「………体、大丈夫なの?」
目元を赤くしたまま、こちらを気遣うカカシに一瞬言葉を失う。
「どうなの」と眉間に皺を寄せた時点で、慌てて口を開いた。や、やばい。私、ちょっとどうかしてるんじゃないか。まだカカシが可愛く見えるなんて……!!
「だ、大丈夫で……」
言いかけて、止める。いや、大丈夫な訳ないじゃないか。
「全然大丈夫じゃありません! はたけ上忍、コレ、何ですか?! このダメージ半端ないですよッッ」
今日の出勤さえ危ぶまれると、半泣きで訴えれば、カカシはさきほどの風情はどこへやら、一瞬にして表情を変えた。
「……アンタ、鍛錬怠ってんじゃないの? おおかた、攻撃された時点でチャクラで防御してなかったんでショ。はー、これだから内勤従事者ってのは緊張感に欠けるんだよねー。アンタ、里外任務なんて受けるんじゃなーいよ」
怪我でもされて足引っ張られたら、たまったもんじゃない。と、底意地悪そうな目を向けてきたカカシに、ぎりぎりと歯を噛みしめる。
そうだ、これでこそ奴だ。陰険極まりない、ムカつく男のカカシだ。あのときのカカシはきっと幻だ。朝が見せた幻覚だったに違いない。
「……悪かったですね…。つか、トップクラスの技に対処できるなら上忍なってるっつぅの…」
事実なだけに大声で言えない私は、そっと可愛く思いの丈を口にだしてみる。
腕を組み、何事かを言い続けていたカカシが、何か言ったと視線を向けてくるが、そこは世渡り上手な万年中忍力を生かし、笑顔でいいえと首を振った。
「…まぁ、過ぎたこと言っても仕方ないしーね。これでも飲んでおきなさいよ」
枕の横に置いていたポーチから、カカシは何かを取り出すとこちらに投げてきた。
反射的に掴み、手の中にある物を見れば、カプセルだった。
「………何が入ってるんですか?」
一見、何の変哲もない白いカプセルだが、カカシが持っている時点でその物自体怪しい。
匂いをかいでもわからず、近く遠くに掲げてみても、よく分からない。
「痛み止め。内勤のアンタには強い代物でしょうから、何か食べて飲みなさいヨ」
カプセルを手に眉間に皺を寄せていれば、カカシはベッドから立ち上がるなり、台所へと進んでいく。
人の家だというのに、我が家のように自由気ままに振る舞うカカシに一言言いたくもあるが、ここは大人しくしておこうと自分に言い聞かせる。しかし、それより。
……何か食べ物あったけ?
冷蔵庫の中の物を思いだそうとして、カカシの悲鳴に思考を中断させられた。
その直後、カカシの声が甲高く響き渡る。
「信じらんないッッ!!!」
何がだ?
「あー、これもあれも、うわ、何よ、コレ!! 考えらんないッッ」
瓶同士がぶつかる音と、何かをかき分ける音が絶え間なく聞こえてくる。一体、何をやってるのだろうか。
気にはなるが、身動きできないことを理由に、静観していれば、どたどたと忍にあるまじき足音を立て、カカシが戻ってきた。
おかえり的な気分で手を上げた私の目の前に、カカシはいっぱいになったゴミ袋を突きつけた。
「………はい?」
これは何ですかと見上げれば、カカシは色白の顔を真っ赤にし、金切り声を上げた。
「『はい?』じゃないでショ?! コレ、何ですか! 冷蔵庫は乾物作る機械じゃないんですよ。アンタ、一体、何考えてんのッッ」
女のヒステリーみたいだなと、どうでもいいことを思いながら、朝からけたたましくわめくカカシを眺める。
カカシは信じられないともう一度叫ぶなり、ゴミ袋に入った物を指さした。
「アンタ、これいつ買ったもんなの?! このわずかに白くて茶色い人参みたいな物。これ大根でショ。大根!! しかもまるまる一本が何でこんな貧弱な有様になるんですかッ。おまけにコレ。完璧腐ってますよネ。いろんな物が混じりあって、ドドメ色になってますネ! これも聞くにはおぞましい代物に成り果てて……!! そんで、なんで冷蔵に製氷用の器入れてんですかっ。その代わりにどうしてマヨネーズやら塩こしょうやら醤油を冷凍してんです?! しかも使った形跡がないッ。アンタ、バカですか、それとも大バカなんですかッッ」
ダンとその場で足を鳴らし、まだまだ言い足りないがひとまず言い分とやらを聞いてやろうと腕を組んだカカシに、私は左右に視線を泳がせ、そこに何も答えがないことに気づくと、精一杯の可愛らしい笑みを漏らした。
「えへへへv」
片頬に人差し指までつけて、上目遣いまでサービスしてやったのに!
「笑ってすませられることじゃないんだーヨ。お百姓さんの苦労を、食品会社の血と涙と汗の結晶を、アンタは足蹴にして唾はきかけるような真似してんですよっ。言え、今すぐオレに理解できるよう、さっさと口を開けッッ」
「い、痛い、痛い痛いッ!! 割れるッ砕けるッッ!」
頭を片手で捕まれ、ぎりぎりと五指に力を入れられた。
「す、すいません! 忙しくて冷蔵庫整理する暇なかったんですッッ」
半泣きで言い訳すれば、カカシはひとまず手を離してくれたが、代わりにふっかーいため息をくれた。
ちょ、なんでそんなに絶望的な影背負って、顔を覆うんですか?!
「信じらんない…。暗部時代、任務で半年間、里を離れた時ですらこんな有様になったことはないってのに…。この女…、色々手遅れ過ぎる……」
何がだッッ!
またアイアンクローを食らっては堪らないので、心の中で突っ込んでみる。
カカシはぶつくさと文句を言いつつ、自分のベストを拾うなりホルダーから巻物を一つ取り出すと、畳の上に広げた。
「口寄せ」
印を組んだ後、右手を巻物の上に置けば、忍術を使った時に出る特有の煙が部屋にまき散った。
視界を眩ませる煙を手で払っていれば、煙の中心部から小さな気配が現れる。
「なんじゃ、カカシ。ずいぶんと早起きではないか」
いつもなら眠っておるのにと、渋い声がカカシを詰る。それにカカシは苦笑をこぼし、頼まれてくれないかと声をかけた。
そのときのカカシの声がやけに穏やかで、新鮮な印象を受けた。
「しょーもないの。…まぁ、よい。今度、肉を馳走せいよ」
ようやく煙が晴れ、窓をよじ登る小さな体を見て、きゅんと胸が鳴った。
背中に『へのへのもへじ』の絵を縫いつけた服を着た、小さな犬が窓辺に立つ。
ぺたんと寝た小さな三角の耳に、へしゃげたトボケ顔。
いっちょ前に木の葉の額宛を頭につけたそれは、忍犬だ。
ぶさかわいー!!
きゃぁと心の中で黄色い声を上げたところで、そのぶさかわ忍犬はカカシが開けた窓から外へと飛び降りた。
「あぁ、私の癒しがッッ」
せめてその顔をもみくちゃさせろと手を伸ばせば、カカシはため息を吐きながら、水が入ったコップと干し肉を渡してきた。
「……これは?」
「ひとまずそれ食べて、飲みなさいヨ。あんたもいつまでも芋虫って訳にはいかないでショ」
気がきくカカシにちょっと感動。
いただいてもいいんですかと窺えば、早く食べろと睨まれた。では、遠慮なく。
がぶりと噛みつき、咀嚼していれば、
「こ、これは……!!!」
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……話が進まない…。すみません……orz