手を繋いで 16

一口齧って体が震えた。
これは、間違いない。これは、これは…………!!!
「超最高級、木の葉牛のモモ肉、お手製干し肉……ッッ!」
噛みちぎった残りの干し肉を握りしめ、私は断言した。
「………そこらのスーパーで安売りしてた鳥モモ肉ですよ…」
ため息交じりに言われた言葉に、少々凹む。
恥ずかしい奴と哀れな目で見られ、決して恥ずかしいという訳ではないけど、勘違いするなと声を高くした。
「け、けど、この干し肉を作った方はさぞかし、名の売れたコックに違いありませんッッ。えぇ、これはもう間違いありません、このコク、この旨み、噛めばじわりと出てくる鳥の底深い味わい……!! この干し肉には愛がありますッッ」
ぐわぁと目を見開けば、カカシは何故か顔を赤くさせた。
残りの美味な干し肉を一生懸命噛みながら、どうしたのだと見上げれば、カカシは一つ咳を払った後、眉を跳ね上げ、目を細めた。
「……それ、俺が作った、忍犬用の干し肉ですけど?」
カカシの一言に全身の毛穴から、ぐわっと汗が吹き出る。な、なんと……!!
固まる私をカカシは肩をそびえさせて笑った。
「忍犬のおやつを美味しいと言ったことがそんなにショックだったーの? 本当、バカだね、アンタ。味覚破壊もここまできたら」
「ー羨ましい……!」
「そうそう、うらや……って、は?」
肩すかしを食らったような顔を向けるカカシが不思議だ。
そのまま固まるカカシを放って、歯を食いしばって、己の悲惨な食料事情に涙した。私なんて外食かレトルトばっかで、おやつなんて買えないし作ってくれる人いないし、給料前なんか三食素うどんで過ごしているのに…!
忍犬がこんな美味しい手作りおやつを食べているとなると、食事の方はさぞかし……!!



最後の一欠片となった干し肉をよく味わって噛み、お口の中で消えたお肉のうま味の余韻に浸り、はぁとやるせないため息を吐く。
「……私、はたけ上忍の忍犬になりたいです…」
「…………は?」
アホの子みたいに口を開けるカカシの顔が面白い。
あ、そうだ。
ぽんと手をつき、私は早速凛々しい顔を作った。そして、L字に作った指を顔の下に添え、爽やかに笑ってみせる。
「どうです。中忍な忍犬。書類整理は完璧、ご近所付き合いもそれなりにこなす、一家に一人。案外役に立つ、お買い得品ですよ?!」
売り口上を述べる私をぼけっと見たまま、今度はカカシが固まった。
これは、葛藤していると取っていいだろう。
うんうん、よく悩んで決めろよ。そして私の未来は三食おやつ昼寝付きの忍犬ライフが待っていると、広い気持ちで待っていてやれば、カカシは突然吹き出した。
「ブッ!!!」
前屈みで口を抑えたまま、カカシは静止した。私を見詰めたまま、ぴくりとも動かないカカシはとっても気味悪い。
あまりの薄気味悪さに声をかける寸前、カカシは床に跪き、大声で笑い始めた。
「アーハハハッハハハハッハハハハッッ、やっだ、この女、本当信じらんなーいッッ」
野太い笑いに混じって、おねぇ言葉で喋るお前の方が信じらんないよッッ。
心の中でひとまず突っ込み、笑い転げるカカシに声を張り上げる。
「な、なに笑ってんですかッ?!」
自分だけツボが分からない笑いほど、イラつかせられるものはない。
口から腹へと手を移動させ、本格的に笑いだしたカカシの気を引こうと、畳を叩く。ちらりとこちらに視線を向け、再び吹き出して笑いだしたカカシに血が上る。
「な、なんなんですか!! ちょ、ちょっと、私にも分かるように説明してくださいッ」
どこにカカシの笑いのツボを刺激する、面白いことがあったのだ。普段は八方美人の、中身仏頂面の男を笑わせられる美味しいネタがあったのだ?!
自分だけ楽しんでんじゃねーぞと、ぱんぱんと畳を叩き続けていれば、カカシは涙を拭いながら仰向けに寝転がった。



「あ〜、もー、こんなに笑ったの久しぶり…。はぁ〜、疲れた……」
「寝るなッッ」
ころんとこちらに背を向け、油断すれば寝そうな空気の男に渇を入れた。
「今更、寝ませんよ…」
どうだかな! 昨日数秒で熟睡したアンタは信用ならんッ。
寝たら大声をあげてやると見張る私に、カカシはため息を吐く。
「はぁー、ほんと、何でアンタみたいな奴がいるんだか…」
ちらりとこちらに視線を向け、しみじみ呟いた奴の言葉が引っかかる。
「……それは、私の存在を否定しがたいためのお言葉ですか?」
あぁん? こちとら他人様に認められなきゃ生きていけないほど繊細なものは持ってませんよ?!
やるのか、この野郎と眉根を寄せれば、カカシはぷっと小さく吹き出し寝がえりを打った。そして、仰向けになったまま天井を見詰め、カカシは柔らかく笑った。
「悪い意味じゃなーいヨ。残念だけどイイ意味。……アンタと会ってから、調子崩される一方だーね」
美人なだけあって笑う顔も美人だなと、じぃーっと眺めていれば、不意に腕で顔を隠された。
腕が移動しないかなと、右に左に顔を動かし待つ。すると、カカシが不機嫌な声をあげた。
「………チョット。オレの顔見てる暇あんなら、早くそれ飲みなさいよ」
覆った腕から右目だけ覗き、不機嫌に咎めてくる。だが、残念ながら色白の肌はカカシの心情をもろに語ってくれていた。
「余計なこと言うと、食らわすよ…」
バチバチと右手が鳴るのを見て、私は目を逸らしてカプセルを口に含んだ。ちっ、目元まで真っ赤に染めらしてる癖に、可愛くないんだからッッ。



水を含み、ごくりと飲み込む。
味が何もしないカプセルはちょっと苦手だ。
喉に引っかからないように、コップの水を煽る私に、腕を除けたカカシはぽつりと呟いた。
「あーぁ、本当に飲んじゃった…」
思わぬ言葉にぎょっとする。カカシは片肘を畳につき、その手に頭を乗せてこちらを興味深そうに見やった。
「そのカプセルに毒仕込んでたら、どうするつもり?」
口を釣り上げ、意地悪そうに笑う顔は、いくら美人でもムカつく。
「―どうもなりませんよ。はたけ上忍が扱う毒なら、私は一発でお陀仏ですからね。苦しまずに逝けて良かったな、くらいじゃないですか?」
フンと鼻を鳴らす私を、カカシはつまんなーいと眉根を寄せた。
「つまるつまらないの話じゃないですよ。だいたい、はたけ上忍ほど強ければ、私なんて証拠すら残さず瞬殺できるじゃないですか。わざわざカプセルに毒仕込んで、痕跡残すことないでしょうに」
コップの水を全部飲み干し、口元を拭えば、もう一度カカシは「つまんなーい」と声をあげた。
何を期待してんだ、お前…! だが、それよりも、
「…それより、はたけ上忍! 私を忍犬として雇うお話はどうなりましたか。考えてくれました?!」
自然と弾む口調で結果発表はと目を輝かせる。すると、カカシは口を引きつらせた。
「………アンタ、本気で言ってたの?」
オレを笑わせるための冗談じゃないの? と大真面目な顔で言う男に、神経が焼き切れるかと思った。



「馬鹿にしないでくださいよッ! このうみのイルカ、誰にでも尻尾を振る駄犬だと思ったら大間違いですからねッッ」
ビッと親指を自分の顔に向け、言いきった言葉に、カカシは肩を落とした。
「……いや、そういうことじゃなくて」
だったら何だ、結論言わない男だなーと渋い顔を作ると、カカシは頭を掻き、「それじゃ聞くけど」と前置きをした上で、口を開く。
「オレの忍犬になりたい動機は? まさか干し肉一つで心動い……。…ウソ、動いたの、アンタ?」
口を覆い、目を開いて絶句するカカシ。
問いかけた癖に、自分から聞いてくるカカシはバカだと思う。
しかし、まぁ、事実なだけに、ここは素直に頷いた。
「ええ、そうですよ。はたけ上忍のお手製干し肉に感激しました。理由は、それで十分です…!!」
あの美味なお肉を思い出し、視線を遠くに羽ばたかせる。あの至福の感動、あれが毎日味わえるならば、この身、忍犬として働かせるに十分だ。
「ば、バッカじゃない?! あんな肉のために忍犬になるって奴がどこにいんのよッッ」
「ここにいるじゃないですか! はたけ上忍、何、謙遜しまくってんです。あの干し肉はそんじょそこらにある干し肉とは訳が違いますよ?! さきほども言いましたが、あれには愛があるんです、愛がッッ」
顔を赤くして噛みついてきたカカシに、負けじと目を見開き、私は拳を握りしめる。
「あ、愛?」
聞き返すカカシに、ふかーく頷いてやる。
「そうです。愛です。あの干し肉には、はたけ上忍の忍犬に対する深い愛情が感じられました…。無着色無添加物、吟味された香辛料に漬け込み、均等に日に当たるように天日干しを繰り返し、風通しの良い場所、しかも数々の野生の猛禽類やら野良猫やら、腹を空かせた忍、又は仕置き人たちの魔の手から守り抜き、じっくり急がず作ったこの一品……。これには、愛が溢れているのです…ッ。そう…」
緊張の面持ちで唾を飲み込むカカシを一度見て、私は言葉を切る。そして、言った。
「ラーメン界の神様、一楽店主テウチさんのラーメンのようにッッ!!」
ぐわっと目を見開けば、カカシは何故かこけた。



「………チョット。ジャンクフードなんかと一緒にしないでくれます?」
こけた後、眠たげな目に険しい光を宿し、カカシは引きつった笑みを浮かべる。
その言葉に、私は激昂する。ジャンクフードだと?! テウチさんのあの至福の一杯をそこらのジャンクフードと一緒にするとはどういう了見だ、コラァ!
「………ジャンク、フード? おや、おかしい。私の耳がおかしくなったのでしょうか? あの神の一滴と言われる至高のラーメンと、そんじょそこらの三分ラーメンを同列にする愚かしい人間がいようとは、考えるだに嘆かわしい」
「ラーメンなんてどれもジャンクじゃなーい。オレの作った、無着色無添加は元より、原産地に至るまで事細かく調べ上げ、体にとって、もっとも必要な栄養素まで考慮した他の追随を許さぬ、究極の干し肉と比べるなんて、バカげてるーね。お話にもなんないヨ」



ビリっと殺気が漏れ出る。対するカカシの体からも青白い炎のような殺気がゆらめく。
一触即発の空気の中、同時に立ちあがった。
もちろん、お互いの目から一瞬たりとも外さず、見つめ合ったままだ。
恋だけではなく、至高と究極の一品までも勝負することになるとはな。



目にモノを見せてやるッッ。
ホーォ? 不摂生だらけの中忍の実力で何を見せてくれるんです? 吠え面ですカ?



目で語り合いながら、徐々に距離を近づけていたそのとき。



「朝っぱらから痴話喧嘩とは、いいご身分だな。周りの迷惑も考えんか、お主ら」



渋い声が現実に引き戻す。
『ち、痴話喧嘩じゃないッ』
ハモる声音に、お互いぎっと睨みつければ、渋声はため息交じりに呟いた。
「仲がいいの…」
『どこがッッ』



一度ならず二度までも、息の合った所を見せてしまい、激しく落ち込む。
しょぼくれる私よりも早く回復したカカシは、忍犬から荷物を受け取ると労いの言葉をかけた。
「ご苦労さーま。助かったよ。何せ、ここの家の食生活はケダモノ以下だからーネ」
「…ほぅ。それで先ほどから、カカシの臭い干し肉の話をしておったのか」
「パックン!!」
カカシの慌てた声に耳が大きくなる。
ブサかわ忍犬の名前はどうやらパックンというらしい。そのパックンは首を振りながら、重々しいため息を吐いた。
「カカシが拙者らのために作ってくれたのはよぉく分かるんじゃが…。体にええとはいうがあの強烈な臭い匂いを放つ草はどうもな…」
遠い目をするパックンに、そこはかとない哀愁が漂って見えるのはどうしてだろう。
ちらりとカカシの顔を窺えば、途端に顔を赤くさせ、わめいた。
「余計なことは言わなくていいの! はい、パックン、御苦労さ―」
「ちょっと、待ったぁぁ!!」
口寄せを解こうとするカカシの体にタックルをしかける。
ひょいと体を避けられたが、解呪を阻止し、目的の君には近づけた。



派手な音を立てて畳に倒れこむ私の鼻の先に、ブサかわ忍犬こと、パックンが迷惑そうな顔でこちらを見詰めている。
そんなつれない視線もかわいいだけだっての…!!
「何、やってんの、ア」
「先輩って呼んでもよろしいですか? 先輩!!」
余計なことを言われる前に正座をし、深々と頭を下げた。
『は?』
二つの訝しげな声を聞き、顔を伏せた状態で私はにやりと笑う。




勝負は、先手必勝。先を制したものが勝つ…!!










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……話がどんどん逸れる…。これがネット小説の恐ろしさかッ…?!(いえ、単なる力不足ですね…orz)