手を繋いで 23
「……で、イルカ。この状況を説明してくれないかな…」
アサリが言った言葉に、口に頬張ったおにぎりを飲み込み、首を傾げた。
「昼ご飯食べてる」
一体何に目をつけているんだと、机に広げた弁当とアサリを交互に見つめる。途端にアサリはうっと小さく呻くなり、隣で焼きそばパンを食べているホタテに囁いた。
「どう思う、ホタテ! この状況、どうすればいいんだっ」
「ーー飯を食え。それがオレたちにできる全てだ」
全てから視線を外し、焼きそばパンをひたすら食しているホタテ。
アサリはぷるぷると体を震わせ、わっと机にすがりついた。
「それが出来れば、苦労しねぇよッッ。おれの癒しの昼食タイムがぁぁ」
受付職員、休憩所。
わんわんと泣くアサリの前で、私はカカシお手製の弁当を食べていた。
その横に作り手を座らせ、背後に暗部さんを張り付けて。
私的に恥ずかしい騒動があった後、カカシの要望を無視することができずに、弁当作りに取りかかった。
監視しようとするカカシを、気が散ると居間に追い払い、いざ料理に腕をふるえばひどい目に遭った。
鍋に火をかければ異臭がし、ご飯をしかければ炊飯器から火花が散り、卵焼きを作ろうとすればフライパンが炎上、飛び火して布巾が燃え上がり、それがまた床に飛び火して危うくアパート火災を起こすところだった。
水遁で火を消し事なきを得たが、そういえば私に火を使わせるなと教養科の先生が叫んでいた過去を思い出し、火を使わない料理をしようと思い立った。
私の包丁さばきは天下一品だと嘯き、カカシが持ってきてくれた切れ味最高の包丁を前に、どんどん切った。これでもかというほど切ってやった。
その延長線上で、まな板や、手近にあったコップでこの包丁の切り味を確かめんと振るおうとしたところで、カカシママの金切り声が響き、断念せざるを得なかった。
これからってところだったのに、まったく堪え性のない男だ。
所々焼け焦げた廊下に正座させられ、軽いお説教を食らっていれば、時刻は早7時。
そろそろ支度をせねば危ういと気もそぞろにする私に、「今日は俺が作るけど、ちゃんと見てなさいよ」とカカシママに言われた。そして、紺色のエプロンを身にまとったカカシは鮮やかな手腕で、私の切り刻んだ食材から弁当を二つ完成させた。
そして、昼食。現在に至る。
もっきゅもっきゅとにんじんとごぼうの牛肉巻きを堪能していれば、隣のカカシがすまなそうな顔を作った。
「気を遣わせちゃって、ごめんね」
恐縮するカカシに、テーブルにへばっていたアサリが飛び起きるなり、首を振る。
「い、いえいえいえ!! はたけ上忍と食事できるなんて、身に余る光栄ですッッ。同僚たちに自慢できます!!」
「だったら、なんで胃に穴が空きそうな顔してんの?」
お口の幸せを余すことなく堪能し、飲み込んだ後に聞けば、アサリは一瞬にして瞳に涙を溜め、私の背後に立つ暗部さんへと目を向けた。
暗部さんはこちらに背を向け、周囲を警戒している。
時折休憩所の外や天井、階下から「うっ」とか「はぅ」と、小さな声が聞こえることからして、何かしらの罠を張り巡らせていることが窺える。
「……カカシ先生…」
責任の所在を求めて、横目で見つめれば、カカシはちっとも悪びれない顔をこちらに向けてきた。
「何ですか、イルカ先生?」
あからさまな丁寧語が嫌みなことこの上ない。
あくまで認めようとしないカカシに、私はずばりと言ってやった。
「だから、言ったじゃないですか。『カカシ先生は別の場所で食べた方がいいですよ』って。賭に狂ってる野次馬どもが群がる受付所隣の休憩所で食べたいって、どれだけサービス精神旺盛なんですか」
カカシ先生も賭対象に入ってるんですよと、顔をしかめて見つめれば、カカシは何故かアサリとホタテに視線を向けていた。
カカシの視線を受け止めた二人は、諦めた微笑みを浮かべ、小さく首を振っている。
男同士何かを語らっているらしいが、女の私にはとんと分からない。
ふーっと額を片手で押さえ、首を振りだしたカカシに、これだけは言っておかねばと、私は再度口を開いた。
「カカシ先生。いくら昔の後輩といえど、火影さまの直属部隊を私的に使うのはどうかと思うんですが」
カカシときたら、昼休憩に入る私に弁当を持ってきてくれたのは花丸行動だが、気分を変えたいからと受付休憩所で食べたいと言ってきた。
何だかんだで今朝も一緒に出勤してしまったものだから、賭の首謀者やらそれに関わる者たちの好奇の視線は痛いほどで、それを理由に断れば、カカシの奴は涼しい顔で言いやがった。
『大丈夫、何とかなーるよ』
その発言後から3秒後、どこからとも知れず、面をつけた男が現れ、先に昼休憩に入っていたアサリとホタテに有無を言わさず、部屋に何かを仕込み、小さな机にカカシの席を作るとそのまま警護体制に入った。
それを当然のように受けるカカシに驚くばかりだ。今までどういうVIP待遇されてんだか。
「イ、イルカ、おまッ」
絶対本心では思っていただろうに、アサリは顔を青くして、カカシと暗部さんへ窺うように視線を送っている。本当のことだろうが。
火影さまにバレたら大変だぞとカカシを睨むと、意外なところから返答があった。
「…私の個人的な趣味だ。カカシ先輩はそれに付き合ってくださっている」
文句があるかと背中で凄む暗部さんに、アサリはぶんぶんと首を横に振りまくる。
「いえ、いえいえいえいえっ、滅相もございませんッッ。どうぞお気の済むまで居てくださいませっ」
力に屈したアサリに、バカめと心の内で罵る。お前がここで踏ん張らないと、こいつらは助長するぞ?
「アサリ、なっさけなー」
「本当にな」
非難の言葉に、ホタテも賛同した。
「お、お前らなぁ!!」
目に涙を溜めて、こちらを睨みつけるアサリを無視して、食事を再開した。
しばらく何かを言っていたが、二人とも相手をしてくれないことに気付いたのか、アサリもようやく昼食を取る気になったようだ。いつもながら鈍い奴だ。
絶品お弁当を食べる傍ら、アサリの昼食を覗き見る。
今日もまたお手製のおにぎり。具なしの塩結びか……。ぷふふふ。
「…な、何だよ。何、見てんだよ」
私の視線に気付いたのか、アサリは自分の塩結びを隠すようにして腕を回している。
「いや…、今日も塩結びかと思ってね。早く可愛い彼女でも作りなよ」
ぷふふと笑いを漏らせば、アサリの目に今まで以上に涙が溜まる。モテない男は辛いねぇ。
その点、カカシの忍犬候補として着実にステップを踏んでいる私は運がいい。こんな美味しいものが毎日食べられちゃうのだから。
これからもわびしい食事事情が続くであろう、独身男を腹の底で笑っていれば、横から声が上がった。
「こら。そういう底意地悪いこと言わないの。性格疑われちゃうよ?」
ご主人さまの言にしぶしぶ「はーい」と返事を返した。ちぇ、これからがおもしろいところだったのに。
大人しくご飯を食べていれば、ご主人さまことカカシが自分の弁当からおかずを何個かつまみ、弁当の蓋に置いた。そして、それをずいっとアサリの前に差し出す。……ん?
何が起きているのか分からず観察していれば、カカシは覆面をつけていても分かるような笑みを作ると、穏やかな声で二人に言った。
「これ、どうぞ。少ないけど、少しは腹の足しにはなるから」
箸つけていないから綺麗だーよと、付け足したカカシの言葉に衝撃が走る。これは、もしかするともしかする?
「はたけ上忍……!」
「ありがとうございます!!」
目を輝かせて、カカシに感謝の言葉を告げる二人を見て、動揺した。これは嫌な予感が当たる前触れ。
何、これ、何これ、何コレッッ!!
「里芋とイカの煮っ転がしだ!! はたけ上忍の手作りが食べられるなんて、感激ですっ」
「この艶といい、色といい。本当うまそうです。どこの誰かさんに見習ってもらいたいですよ」
はっはっはと目の前で笑みを交える三人に、危機感が募る。そんな、そんなこと……。
「いただきまーす」
「いただきます」
一礼して、二人が箸を伸ばした瞬間。
「させるかぁぁ!!!」
光速の速さで、弁当蓋に置かれたおかずを掻っ攫った。
カツンカツンと遅れて、蓋に音を立てる二人の箸を他所に、私の箸に連なるおかずたちを口に放りこむ。
「あぁぁ、てっめ、イルカ!!」
「お前、それはひどいぞ!!」
椅子を蹴飛ばし席を立つ二人に、親指を真下に向け、床に向かって振り落とした。
舐めるなッ。カカシの忍犬候補すら名乗っていないお前らに食わす飯はねぇ!!
急いで飲み込むのは勿体無く、よく噛んで味わって飲み込んだ。その間、男二人はぎゃーぎゃー文句を言っている。
お口の中の旨みを心置きなく堪能した後、騒ぐ二人を鼻で笑い、私は高らかに宣言した。
「だまらっしゃいッ!! カカシ先生の料理が食べたかったら、忍犬候補の私を倒してからになさいッ」
この痴れ者がッと、人差し指を突きつければ、二人は顔を赤くして怒った。
「ふざけてんのか、イルカ!」
「オレらの方がカロリー消費でかいんだぞっ。そこらへんの所察しろッッ」
「うるさいッ! 食べ物の恨みは恐ろしいって言葉、知らないの?!」
『それをお前が言うな』と二人で突っ込んできたところで、まぁまぁと横から声が掛かった。
突然の仲裁役の登場に二人は怯むが、私は怯むつもりは毛頭ない。
「オレの弁当あげるから、二人で食べなよ。オレはイルカ先生の弁当を半分もらうから」
と、前にも増してふざけたことを抜かしてきたカカシに、私の堪忍袋の緒がぷっつん切れた。
「すいません」と現金にも機嫌を直した二人が弁当を受け取る前に、それを奪い、目の前でがーっと弁当を掻き込んだ。
『あ』
間の抜けた声をあげた三人の目の前で、次に自分の弁当もその勢いのまま掻きこんで、無理やり飲み干す。
急いで飲み込んだせいで、ご飯が喉に詰まった。
「ん、んんんーーーー!!!!」
「み、水!!」
苦しみ悶える私をぽけーと口を開けて眺める二人の代わりに、カカシが持参した水筒から水を注ぎ手渡してくれる。奪うようにそれを飲み干し、窒息死を免れた。
ぜぇはぁと荒い息を吐く私の背をさすりながら、カカシが呆れた声を出す。
「もー、アンタは一体何なのよ。何がしたい訳?」
親の心子知らず。転じて子の心親知らず。応用して、忍犬の心主人知らず、だ!!
窒息寸前で盛り上がった涙をそのままに、私はカカシの胸倉を掴んだ。
本当に、本当に何も分かってないんだからっっ!!
「ご主人さまのばかぁぁぁぁぁ!!!!」
激情に駆られて、ぽろりと涙が零れ落ちる。
そのままぽかぽかとカカシの胸を叩き、私は詰った。
「ひどいです! 私以外に餌付けしてどうするつもりなんですかッ。私が忍犬になるって言ってるのに、どうしてそういうことしちゃうんです?! カカシ先生の料理は私が食べるんですッ。他の人に食べさせるなんてことしないでくださいッッ」
あの絶品料理の分け前が減るなんて考えたくもない。
分かっているのかと睨めば、何故か、カカシの唯一出ている右目の肌が赤く色づいていた。
「カカシ先生ッ」
名を呼べば、カカシは我に帰ったようにしきりに瞬きを繰り返すと、俯いて後頭部を掻いた。
もー、本当に分かっているのか、このご主人さまは!!
不信感でいっぱいの眼差しで見詰めていたことに気付いたのか、カカシは私の頭を一、二度軽く叩くと、心をどこかに飛ばしたような顔つきの二人に向き合い、軽く頭を下げた。
「……えっと。……ご、ごめーんね。そういうことだから、弁当はあげられないや」
あはははと上機嫌に笑いを漏らしたカカシの声を聞きつけ、二人は「そうですか」と一言漏らし、席についた。
その際「…おめでとうございます」とホタテが言った言葉が意味不明だった。
カカシはカカシで、ホタテの言葉が通じているようで、「ありがとね」とホクホク顔で言葉を返し、アサリは「複雑すぎる。はたけ上忍って趣味悪すぎる」とぐじぐじ小声で文句を言いつつ、塩結びを口に運んでいた。
男の会話ってどうして、こうも理解不能なのだろうか。
「今日は不快にさせたお詫びに、オレが夕飯作るーよ」と出し抜けに言ってくれたご主人さまの申し出に、手を叩いて、カレーをリクエストした。
それから昼休憩が終わるまで、カカシはずっと上機嫌で、きゅーきゅーお腹を鳴らしていることにすら気付かないようだった。
一体、何がカカシをそうさせるのか、謎だ。
そして、警備をした暗部さんが姿を消す寸前、「おいたわしや、先輩」と言葉を残したこともすこぶる不思議だった。
とかく今日は男というものの不可解さに、頭を傾げた日となった。
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そこはかとなく恋愛ちっく??(一方通行ですが)