手を繋いで 24

「え! じゃ、7班の次の任務って、日の湯が舞台なんですか?!」
宣言通り、夕飯にカレーを作ってくれたカカシにお皿を手渡しながら、声をあげた。
本日のカレーは、チキンカレー。
木の葉産有機野菜と、コバトさん家の放し飼いで育てられた鶏を使った極上の一品だ。
玉葱は飴色になるまで炒めなければならないとカカシが譲らず、忍犬候補の身として私がやりますと申し出たのだが、それも許してくれないから、食事ができるまで優雅に風呂を楽しんでしまった。
忍犬候補として、いかがなもんかと思うが、まぁ、今日はご主人さまのご命令だったのだということにしておこう。
それにしても二時間弱火で炒め続けられた玉葱が入るカレーは、一体どんな幸せを運んでくれるのか、楽しみで仕方ない。
カカシの忍犬ってやっぱり待遇良すぎと、気持ちも新たに忍犬になると決心した私へ、エプロンをつけたカカシが口を開いた。



「舞台って大げさな。でっかい風呂っていうだけでしょ」
カカシの言葉に、ぴくりと眉根が波打つ。
カレーも好きだが、大の銭湯好きな私にとって、その言葉はちょっといただけない。
「その認識間違ってますよ、カカシ先生っ。日の湯って言えば、銭湯好きならその名を知らぬ者はいない名湯ですよ?! 木の葉唯一の源泉掛け流し、無味無臭の肌に優しいお湯。効能は神経痛、筋肉炎、関節炎、運動麻痺、打ち身、冷え症、慢性消化器病、疲労回復、美肌効果だってありますし、果ては子宝湯とまで呼ばれ、男性にうれしい効能だってある話なんですからッッ」
「……や、やけに詳しいじゃなーい」
素顔をさらした顔が、少し赤く見える。ちらりとこちらに視線を向けたカカシに、やっぱり男だなと内心笑った。
「特別報酬は、貸し切り入浴ですか?」
目を輝かせて聞けば、カカシは苦笑混じりに頷いた。
何て羨ましいっっ。下忍時代、呪うようにこの任務に当たることを祈り続けていたが、とうとうそれは叶わぬ夢となった。
「日の湯貸し切り。なんて、いい響き……っ!」
ぐっと握り拳を握った手に、大盛りのカレー皿が手渡される。それと交換に空のお皿を渡した。
っしゃ、カレー、カレーだっっ!
カレーを捧げ持ち、卓袱台へと運ぶ。
すでにサラダとスープは並び、福神漬け、お茶も準備万端だ。後はカカシを待つばかりと、後ろを振り返れば、カレー皿を手にカカシがやってきた。



席につくのを横目で見つめ、号令がかかるのを今か今かと待つ。
「はいはい、そんな目で見なーいの。はい、では、いただきます」
「いただきます!」
スプーンを手に早速かき込む。口に広がるスパイシーさとそれだけではない甘みが堪らない。
カレーのお供の福神漬けと一緒に食べれば、また違った味わいでおいしいのなんのって。
「おいしいーっっ」
生きてて良かったとふにゃりと笑えば、カカシは大げさなと顔を赤くした。
「料理のお手伝いはできませんでしたが、後かたづけはお任せを! おいしいご飯へのせめてもの気持ちです」
「はいはい、よろしく」
ぶっきらぼうに言う時、カカシは照れている場合が多い。
素直じゃないなーと笑いつつ、話を日の湯の任務へと戻す。
「で、カカシ先生は日の湯に入ったことあります?」
「なーいよ」
首を振るカカシに、初入浴になるのならばと日の湯の丸秘スポットを伝授してやろうかと思っていれば、
「次の任務でも、俺は入らなーいよ。というか、覆面忍者が大衆風呂に入るってどうなのよ。ま、温泉にしろ、風呂にしろ、あんまり好きじゃないしね」
と、まさかの言葉に、口に含んだじゃがいもを丸飲みしてしまった。げほげほとむせる私を驚いた表情で見つめているが、こっちの方が驚きだ。
差し出されたお茶を飲み、私は信じられないと声を上げる。



「カ、カカシ先生、正気ですか?! 日の湯貸し切りですよ? 部下と水入らず、背中の流し合いっこですよ? 裸の付き合い、男冥利に尽きるですよ?!」
「……アンタ、本当に時々、何言ってるのか分かんないこと言うよね」
迸る情熱をぶつければ、カカシの冷めた目がこちらに向いている。あぁ、もー、何、この朴念仁はっ。
こんなにおいしい状況が何故分からないとヤキモキしていれば、カカシは平然としてサラダを口に運ぶ。
「しょうがないでショ。その日はオレ、単独任務入ってるんだから。ま、夜には帰れるとは思うけーどね」
日の湯がすでに開店している夜じゃ、意味ないんだって!
もったいないと唸る私に名案が閃く。
カカシに提案しようとして口を開けば、ずばりと切り込まれた。
「ダメに決まってるでショ。アンタ、その日夜までアカデミーと受付任務入ってるでしょーが。それにね、元生徒だろうが、アンタに部下を預ける理由がなーいね」
「うっっ」
すべてを見透かしたカカシの言葉に、二の句が継げない。
日の湯貸し切りは、縁遠い夢だったかとニヒルに笑っていれば、カカシがそういえばと口を開いた。
「銭湯好きなら、大衆風呂のマナーとか知ってるよね。経験者としてあいつらに教えてやって欲しいんだけど」
「ナルトたちにですか?」
思わぬ頼み事に、ちょっと驚いた。
カカシはそうそうと頷き、カレーを口に運ぶ。
「知識はつけさせたんだけどーね。オレは入ったことないから、経験者ならではってのを教えてもらいたいのよ」
嫌なら別にいいけどと視線を向けられ、慌てて頷いた。
「やります! ぜひやらせてくださいっ! 私、生徒と一緒にお風呂入るの夢だったんですっ」
喜ぶ私にカカシは苦笑をこぼした。
「お風呂に入らなくてもいいよ。話だけでいいんだから」
「いえいえ、やっぱりここは実地が肝要ですから。私、いい秘湯知ってるんです。子供たちの時間が空いたら、そこで教えてきます」
早くも脳内では、ナルトとサスケとサクラと一緒に風呂で戯れる映像が流れ始める。背中の流し合いっこして、風呂に浸かって、普段話さないようなことを話して……。
生徒と過ごせる親密な時間にうっとりしていれば、カカシが訝しげな声をあげた。
「……一応聞くけど、まさか全裸で入るとか言わないよね?」
妙な心配をしてきたカカシがおかしくて、笑い飛ばした。
「まさかー! 水着着用させますって。サクラがいることですし、教育者としてはそこは守らないと。本当は、温泉に水着は厳禁ですが、連れていこうと思っている秘湯は滅多に人が来ませんからね」
今回だけ許してもらいますと続ければ、カカシはほっと息を吐いた。
子供のことになると必死だなと微笑ましく思っていれば、カカシは私の視線に気づいたのか、少し頬を赤らめ、カレーを食べ始めた。
「ほら、アンタも食べなさいよ。冷めるでショ」
じろりと睨まれ、笑って返事を返す。
「はいはーい」
「『はい』は一回!」
「はーい」
くすくすと笑う私を、カカシはずっと恨ましげに見ていた。







「ひゃっほー!! 温泉だ、温泉ッッ」
荷物を放り投げ、真っ裸になろうとしたナルトへ拳骨を落とす。
「いってぇぇ!!」
頭を押さえうずくまったナルトに説教しようとすれば、遅れて着いたサスケがため息混じりにつぶやいた。
「ウスラトンカチが…」
「っっ、なっにをー!! やる気か、サスケ!!」
「もー、やめなさいよ、バカナルト!! サスケくんが迷惑でしょ?!」
逆上するナルトを押さえるサクラ。それに背を向け、明後日を見るサスケ。
アカデミー時代と変わったところと、変わらないところを見せる三人に、笑いがこぼれ出た。
「はいはい。そこまで、そこまで。長引くようなら、喧嘩両成敗するけど、いい?」
めきょっと拳に血管を浮かび上がらせば、三人の口が閉じる。うん、皆、いい子だ。



本日は、土曜日。
銭湯マナー教室を実施するべく、早速ナルトたちを引きつれて、奥深い山へとやってきた。
目的は秘湯、天然露天風呂。
川沿いを上ること数時間。険しい傾斜と獣道さえない山の中腹にそれはある。
河原のあちこちから沸いている湯は、皆で入るためには少々手狭で、手をくわえる必要があった。
「冷たいのと温かいのがある」と興奮して騒ぐナルトを笑い、子供たちと一緒に温泉が湧き出る湯を選び、石を移動させ広げること三時間、ようやく広い湯船が出来上がる。
凝り性なサスケのおかげで、湯船の中には細かな石や尖った石はなく、外堀を高く積み上げた造りで、湯量共になかなか快適な湯船となった。
「おー、立派なのができたな。サスケが率先してやってくれたおかげだ」
ありがとうと頭を撫でれば、サスケはバツが悪そうな顔をしてそっぽを向いた。照れているのか、少し顔が赤い。子供って可愛いなぁ。
「さっすがサスケくん!」と黄色い声を上げるサクラと、「おれは? おれは?!」と主張してくるナルトの頭も撫で、「二人ともお疲れさん」と労をねぎらった。
落ちてくる日に気付き、顔を上げれば、太陽がだいぶ傾いている。
夜の露天風呂も趣があっていいものだが、今回は授業で入りきたのだから、視界を確保できている今の方がいいだろう。
それに今日はここに泊まる予定だ。
子供たちが望むなら、夜にまた一緒に入ればいい。
日の湯には入れなかったけど、ナルトたちと露天風呂に入る機会に恵まれるなんて感激だ。
ここにはいないカカシに感謝しつつ、手を鳴らした。



「よーし、そろそろ日が暮れてくるし、授業兼ねて温泉に入るぞ。各自、水着に着替えておいで。サクラは私と一緒に行こう。では、解散」
声を掛ければ、ナルトとサスケは可愛い小競り合いをしながらも一緒に岩場へと向かった。
何だかんだ言って、仲いいなと微笑ましく見ていれば、隣のサクラが不安な顔で見上げてくる。
「先生、本当にするんですか?」
「もちろん。サクラもしたらいいじゃない。裸の付き合いができるよ?」
にっかと笑って誘うが、サクラはもじもじとしながら「サスケ君に見せたくない」と恥じらった。
どうして恥じらいが出てくるのか、よく分からないが、そういうものなのかと納得させて、木々の枝に吊って作った簡易更衣室にサクラを入らせる。
「じゃ、先生、またあとで」
サクラの声に頷き、更衣室の中でがさごそと動き始めたのを確認し、自分の用意をする。
さてさて、子供たちの反応が楽しみだ。
むふふふとこれから起こることを笑い、私は準備を始めた。













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いえっす! 次回、書きたかったネタ本番!! みなさんが思っていることで間違いありませんv