手を繋いで 25
「おっさん誰だってばよ」
顔を合わした途端、放たれたナルトの心ない一言に、拳骨を食らわした。
「ナルト…。ここは『お兄さん、誰ですか?』って聞くところだろ…?」
いつもより低い声で唸れば、サスケの目が見開く。
「…イルカ、先生か?」
「へ?」
サスケの言葉に頭を抱えていたナルトが顔を上げる。その目には困惑した色がありありと浮かんでいたが、鼻をうごめかすなり、途端に表情が変わった。
その変化がおかしくて笑えば、ナルトが飛びついてきた。
「本当にイルカ先生だってばよ!! なになに? どーしちゃったんだってば?!」
目を輝かせて腰にしがみつくナルトを余裕で受け止め、いつもより低いところにある頭を撫で回した。
「ナルトたちと裸のお付き合いをしようと思ってな」
銭湯の醍醐味といえば、裸のお付き合いというやつだろう。
私は今、変化の術で性別を変えている。ナルトのお色気の術控えめバージョンというものに相当するのだろうか。
自分のチャクラ量を考え、ガイ先生のようなかっこいい男になることは泣く泣く諦め、性別だけを変えた。
男の私は身長はそれなりで、男らしい太い眉と大きな口、顔だってなかなか精悍な顔立ちだった。おまけに嬉しいことに、その顔には父ちゃんの面差しがあった。
鏡でその顔と対面したときの懐かしさは、言葉では言い表せない。
私は男の自分にそれなりの満足を覚えていたのだが。
「もう、イルカ先生ってば! せっかく変化するなら、もっとかっこよくなってもいいのにッッ」
遅れて登場したサクラが腰に手を当て、不満げな声をあげる。
変化した私と顔を合わせてから、サクラはそればかりを言ってくる。散々ぱら言われ続けた言葉に、苦笑いがこぼれでた。
「そう言われてもなぁ。チャクラ量ってものがあるって言っただろ?」
「そんなの根性でどうにかしてください! なんです、その親父くっさーい、もさい男はっ」
変化するって聞いて期待してたのにと、サクラは心底悔しそうに地団太を踏む。そして、きっとこちらを睨みつけるなり、ぷるぷると震えながら叫んだ。
「でもですね、私が一番許せないのは、コレなんですッッ」
人差し指で指されたのは、私のすねだ。
成人男性ならば標準装備のそれを、思春期まっただ中の多感な年頃である少女は許せないらしい。
「もーやだぁ! イルカ先生、それ止めてよッッ、消してッ」
涙目になって抗議するサクラの言葉に、頬を掻く。
うーむ、せっかくの機会だ。男というものを分からせてやるのも、裸のお付き合いの一環だろう。
「あのな、サーー」
「サクラちゃん、かわいいってば!!」
声をかけようとして、言葉を遮られた。
やけに静かだと思っていたら、ナルトはサクラの水着姿に見ほれていたらしい。
白に薄い桃色を差した、フリルのついたワンピース型の水着は、確かにサクラによく似合ってとても可愛いかった。
だが。
「うっさい、ナルト! あんたに言われたって仕方ないってのッ。そんなことより私はこれがどうしても許せないッッ。視界に入るのが嫌ぁぁ」
サクラの怒りはナルトの誉め言葉だけでは収まりきらなかったらしい。
「サクラちゃ〜ん…」
しょぼくれた顔つきで肩を落とすナルトが哀れだ。
怒り心頭でキャンキャン吠えるサクラに、ひとまず聞く耳を持ってもらおうと、対サクラ戦では最強カードのサスケを頼ってみる。
サスケに「かわいいぜ」の一言でも言ってもらえばイチコロだと、視線を向けて驚いた。
サスケは、サクラとは真逆の熱い視線を、私のすねに注ぎ込んでいるではないか!
ピンとくるものがあり、思わずにやけてしまう。
そう、これなのだよ、これ。私が求めていた裸の付き合いとは、まさにコレなのだよ!!
「サスケ」
サスケの肩を持ち、同じ目線になるようしゃがみこむ。
サスケは何かに気付いたのか、顔を赤らめるなり、視線を明後日へと向けた。だが、恥じることはないと、私は笑い、自信を持って言い切った。
「安心しろ。いずれお前もボーボーだ」
ぐっと親指を突き立てれば、真横から絶叫がこだました。
「いやぁぁぁあぁぁぁ!!! サスケくんがボーボーだなんて、いやぁぁぁぁぁぁっっっ! サスケくんはつるつるでいいのッ、むさい男になんてならないのッッ」
先生とは違うんだからと肩を怒らせるサクラの言葉に、笑いがこぼれ出た。まだまだ甘いな、サクラ。
「先生とサスケは黒髪だ! 少量でもボーボーに見えるッッ」
サスケの肩を組み、胸を張った。
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁっぁぁぁぁ!!!!」
大絶叫するサクラを尻目に、だから大丈夫だとサスケに微笑みかければ、サスケの顔が喜色に輝いた。
先生、サスケのこんな嬉しそうな顔を見たの初めてだよ。やっぱり裸の付き合いってのはいいなぁ。
「なぁなぁ、先生。おれは? おれはどうだってば?」
ナルトは自分のすねを見せつけるように、掲げてくる。どれどれと見てやれば、サスケよりは確かに生えているのだが、残念なことにナルトの毛は金髪だ。
「ナルトは生えてるんだけどなー。地毛が金に近いから、目立たないんだよな」
「えー、ずっけぇ! おれ、サスケのどの毛より生えそーーってぇ!」
「ウスラトンカチがッッ」
後頭部にきれいに決まった張り手に、ナルトがつんのめる。そこから始まったいつもの喧嘩を微笑ましく見つつ、頭を抱えて葛藤するサクラに近寄った。
「嘘よ嘘、そうよサクラ。サスケくんがそんなおぞましい姿になる訳ないじゃない。気をしっかりもって、サクラ!! そうよ、カカシ先生だって立派な成人男性だけど、つるつるじゃない!!」
ぱぁぁと顔を輝かせ復活しかけるサクラだが、忍にあるまじき認識の甘さに、苦笑がこぼれてしまう。
「サクラ〜、カカシ先生は銀髪だぞ? 今度、日に透かす角度でカカシ先生のすねを見てみろ。真実が見えるぞ」
私の指摘にサクラは声にならない悲鳴をあげる。
己の詰めの甘さにようやく気付いたかと、ひとまずほっとした。成長したとはいえ、サクラもまだまだだなーと笑っていれば、口喧嘩をしていたナルトたちが本格的に取っ組み合いになろうとしていた。
「お前らー、そこまでにしとけよ。さぁて、話もまとまったところで、銭湯の心得を教えるぞー」
私の声に、ナルトとサスケは手を止め、こちらに向き直る。素直な二人に笑みがこぼれ出る。早くも銭湯効果が表れたかな。
一方のサクラは魂の抜けた顔でこちらに顔を向けた。うーん、女の子には銭湯効果は薄いのだろうか。
いずれ表れるだろうと前向きに考え、それではと私は印を組んだ。
組み終わった後に現れたのは、寸分違わず再現した日の湯の内湯と洗い場だ。
「おおおおお、すっげー!! これが銭湯?!」
かっぽーんと風呂場に響く独特の音に混じり、ナルトは興奮で顔を赤くする。今にも走り出しそうなナルトの肩を押さえ、ナルトとサスケに言う。
「お前ら運がいいんだぞ。これは日の湯の女風呂だ。男だと絶対見られないものが見られるんだからな」
二人がこちらを見上げ、ぽかんと口を開ける。サクラは何を勘違いしたのか、「先生?!」と素っ頓狂な声をあげた。
「サクラは日の湯に行ったことないか?」
話くらいは知っているだろかと話を振れば、サクラの顔が曇り、首を小さく横へ振った。
眉間に皺が寄ったのを見て、何となくサクラの気持ちが分かる気がした。
「サクラ、大丈夫だって。そのうちお前も大人の女性になるし、今は今の美しさってものがあるんだ。気後れしなくていいんだぞ」
「…そ、そういう訳じゃ……」
微かに頬を赤らめ、歯切れの悪い言葉を漏らすサクラの頭を撫で、まだ口を開けて理解不能だという顔をする男二人を笑う。
「話は戻して、前方見てみろ」
子供たちの視線が前に向いたのを確認し、私は話し始める。
日の湯は、番台を境に、女湯と男湯が鏡合わせになるように作られている。壁際から湯船、洗い場と続いており、そして、男女の境に当たる壁には、大きく歴代の火影が描かれているのだ。
「女風呂には初代、四代目火影、男風呂には二代目、三代目の火影が描かれているんだ。男じゃ、初代、四代目の壁画は絶対見れないんだぞ。よかったなー」
わっしゃわっしゃと男二人の頭を撫でれば、二人はあからさまに顔を歪めた。
つまんねー、くだらないと口には出さないまでにも、表情に表れている。ちらりとサクラを窺えば、サクラは何かに気づいた顔をして、ぽっと頬を赤らめた。
細かいところに気が付くサクラに有望性を感じつつ、それでは風呂に入るかと声をかける。
まず銭湯とは共同風呂なのだという認識から付け始める。
一人で入る風呂に慣れている子供たちには、とっても重要なことだ。
試しに子供たちへ一人で入る風呂と銭湯の違いを答えさせてみたら、「湯船がでっかくて泳げること」「番台がいる」「勝負の場」と自信満々に言いきってくれた。
カカシが一体どいう情報を学ばせたのか、非常に気になるところだ。
ひとまず銭湯の基本的なルールを教え、どうしてこういうルールがあるかを実地で教え込んだ。
要は簡単。自分一人のものではない、皆で使うもの。常に人のことを考え、その中で楽しく交流を結ぼう、と。
ナルトはしきりに泳ぎたがっていたが、私の銭湯愛と拳により、諦めてくれたらしい。
一通り教え、実地演習を終えると、子供たちはへなへなとその場にへたり込んでしまった。
幻術を解き、情けないその姿を笑えば、子供たちは顔と体を赤くして息を吐いた。
「さすがに100はきついですよー」
「あっちぃ」
「………熱い」
まだまだ子供だなーと笑いつつ、日が暮れたのを機に、第二のメインイベント、夕飯作りをすることにする。
「よっし、日も暮れたことだし、今日の夕飯にカレーを作るぞー!!」
てっきり歓声が突いて出ると思いきや、三人は途端に黙り込んでしまった。
「……どうした? カレーだぞ?」
何故か顔を伏せて視線を合わせようとはしない子供たちに、疑問が募る。
お慕いするガイ先生はカレーが大好物だし、私だってカレーは大好きだし、子供もカレーが大好きなはずだが。
暗くなる子供の顔色が不思議で見下ろしていれば、サクラが目を泳がせ聞いてきた。
「あ、あの。先生も作るんですか?」
聞くまでもない言葉に、「おうよ」と男らしく親指を立てれば、ナルトとサスケが呻いた。
何故、そこで呻く?
眉根を寄せる私に、サクラはへたり込んでいた腰を上げ、そうだと提案した。
「せ、先生! ぜひ、私たちに夕飯作らせて下さい! わざわざ実地訓練をしてくださった、せめてものお礼ですッ」
「そうだってば!」「オレもそうしたいッ」と続く子供たちの優しさに思わず鼻に痛みが突き抜ける。
「おまえら……」
任せてと瞳を輝かせる子供たちが急に大人びて見えた。
だがーー。
「ありがとう。おまえたちの気持ちはしかと受け取った。でもな……先生はこの日のためにスペシャルカレーを持参したんだ」
腕を組んで、自慢げに言えば、子供たちはすぐさま食いついた。
「…スペシャル」
「カレー?」
「ってなんだってば?」
ぽかーんと口を開ける子供たちにふふふと笑ってやる。
「まぁ、とにかくお前たちはご飯炊いてくれ。ここに干飯があるから、水汲んで炊け。わかっているだろうが、ゴミは全部持って帰るからな。食器を洗うのも帰ってからにするぞ」
いまだこちらを見上げる子供たちを追い立て、私はこっそり持参してきたカレーを取りに行く。
テントの中のどでかいリュックには、丸秘アイテムを入れたのだ。
ふっふふふ、カカシが多めに作ったカレーを冷凍しておいて良かったな。
この絶品カレーを食した子供たちの、『イルカ先生って本当は料理上手だったんだ。いいな、オレもあんな料理上手なお嫁さんが欲しいな。ね、ガイ先生もそう思うでしょ』作戦!!
直接聞くよりも遠回し、いいやガイ先生の部下にそれとなく伝わるルートからの絡め手!
あぁ、自分の頭脳が怖いっ。これでカカシを一歩も二歩も出し抜いてやったわい、あーはははははは!!!
「せんせー、ご飯もうじきできるってばよー」
ナルトの声に我に返り、私は満面笑顔でカレーのタッパーを持っていく。
「おう、今行くよー!」
待っててね、ガイ先生っ。私、もうじきあなたのお嫁さんになりにいきますっっ。
「ぷっはー、食べた食べた」
「…うまかった」
「本当、先生、いつの間に料理上手になったんですか?」
タッパーにたんまり入っていたカレーは底を尽いた。
ごちそうさまとこちらに向かって笑顔で言った子供たちに、私はニヒルに笑う。
「ま、人生何事も努力っていう奴だな」
忍犬になる努力を怠らなかったおかげでゲットした品物だ。私は嘘は言っていない。
膨れた腹をぽんぽん叩いて満足げな三人に、私はお誘いをしてみる。
さぁ、これから醍醐味第三段! 自然露天風呂で語り合いたいだ!!
「なぁ、これから風呂行かないか?」
にかっと笑って言った誘いに返ってきたのは、思いも寄らない反応だった。
絶句。
私の顔を見たまま固まる三人。
なんだ、なんだ、何かが出たのかと、一応背後を見てみるが、やはり私の後ろには何もない。
どうしたと笑おうとすれば、子供たちは目を反らした。
「…オレは遠慮する」
「わ、私も。えっと食事の後のお風呂は消化に悪いってきいたことあるし」
二人の言葉に眉根が寄ってしまう。ナルトはと視線を向ければ、ナルトは寝転がっていた。
「ナ、ナルトはどうだ? 先生と一緒に行かないか?!」
今度は泳いでも構わないんだぞと必死に言い募ったが、返ってきたのは何ともつれない一言だった。
「おれ、あっちーの苦手だし、これ以上浸かったらふやけちまう。先生、一人で入ってこいよー」
ナルトの言葉にうんうんと頷く二人。
ひ、ひどい! 先生、めっちゃ楽しみにしてたのに!!
「あーぁ、こんなはずじゃなかったんだけどなぁ」
はぁと重いため息がこぼれ出た。
「朝風呂は付き合ってやるってばよ」とナルトが言ったのを聞き、しぶしぶ私は一人で風呂に浸かっている。
実地は実地で、これは純粋な入浴なのに何故わかってくれないのだろうか。
幻術を使った先ほどとは違って、目の前には大きな川が広がっている。
耳を澄ませば、川のせせらぎに混じって、自然で息づく生き物たちの音が聞こえた。
ん〜、いいねぇ。
大きく伸びをして、大自然の中の開放感を味わう。
変化を解いて入浴しようとした私に、サクラは顔を赤くしてそのまま入れと怒鳴られ、私は未だ変化中の身だ。
何故、サクラが怒るのか理解不能だったが、男の体は女の身と違いがあって面白い。
柔軟さやしなやかさでは劣るが、女の時よりも筋肉量が段違いで多い。
力こぶを作れば、むきーっと固い筋肉が張り出てくるのが何とも頼もしくて、一人ボディビルなんてものをしてしまう。
一通りし終えて、清々しい達成感を覚えつつ、石の浴槽へと背中をもたらせた。
頭も置いて天を仰げば、湯けむりが立ち上る中、夜空に星空が見える。
湯けむりに負けず、きらきらと輝く星はとても綺麗で、この美しさを誰かと共感したくなった。
「……で、酒をきゅっといくのもいいよなぁ…」
なんて贅沢なと、想像上できゅっとやる自分を思い浮かべて悦に入っていれば、目の前に影が躍った。
いついかなる時でも戦闘できるよう、私は温泉に行く時にも必ずクナイを持っている。
温泉の湯にも耐えうるそれは、常に私の太ももに巻きつけてあったが、それに手を伸ばす間もなく、喉元にクナイを押しつけられていた。
火照った肌に押し当られた硬質的な冷たさに、一瞬、肝を冷やしたが、目の前の人物を目にして、強張った肩から力が抜ける。
「……カカシ先生…」
不審人物を見るような眼差しでこちらを見据える男に、ため息がこぼれ出た。
今日は任務に行っていたはずだ。任務日程も明後日終わるはずのものだったが、子供たちが心配になって超特急で終わらせてきたのだろうか。
案外過保護だなと思いつつ声をかけようとして、覆面男の右目が大きく見開いた。
「……まさか、イルカ先生?!」
信じられないと驚く顔がちょっと心地いい。
どうです、私の変化も捨てたもんじゃないでしょと軽口を叩こうとして、カカシの視線が私の顔から下へとつつーと移動し、ある一点で止まる。
「………カカシ先生?」
じーっと注視するカカシに不安を覚えて声をかければ、カカシはハッと我に返ったように一度ぶるりと震え、そして突如、肌の色を赤く染めさせた。
え?
「卑猥すぎるちくぶぁぁぁーーーーー!!」
カカシは雄叫びをあげたかと思うと、ぶごほぉと何かを吐いて真後ろにぶっ倒れた。
覆面していても突き抜けた何かは、私の顔を濡らし、周辺に鉄くさい匂いをまき散らせる。
そして、目の前にはぷかーと仰向けに浮かぶ、上忍一人。
こめかみを流れる汗に混じって、嫌な感触が顔を伝う。
きっとこの湯も台無しになってんだろうなと静かに状況を分析し、私はひとまず仰向けに倒れている上忍を叩き起こし、ワンランク上の浴槽を作ってもらおうと決意した。
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やりたかったネタ、女イルカ先生の変化で男イルカ先生!!
次回も男イルカ先生で続きます。カカシ先生と風呂で語り合いだ!!