有言実行 1
一つ深呼吸をして、緊張と期待と不安で今にも暴れだしそうな心臓を宥める。
胸の中にあるものは、今朝4時起きで作った弁当だ。
激辛カレー好きなことを考慮し、自分で作った特製激辛カレー粉で味付けを施した、まさに激辛カレー好きな人のためだけのお弁当!!
無論、お昼に食べてもらうために、こっそりとアカデミーの冷蔵庫をお借りし、食中毒にも気を付けた。そして、すぐさま食べていただけるように、この数分前にアカデミーの家庭科室でレンジで温めてきた。
「大丈夫よ、イルカ。今日こそ、今日こそは渡して見せるっっ」
毎日毎日、何故このタイミングかっ。貴様、まさか狙ってやってんじゃねぇだろうなぁ!? あぁ!? と、額に青筋立てて責め立てたい輩は、元教え子の助けを借りて遠くに撤去済である。
大丈夫、大丈夫と胸の内で唱えながら、勇気を持って私は己の幸せのために一歩踏み出した。
「あのっ、ガイせんせ」
「おお、カカスィー!! 昼時なのにも関わらず、永遠のライバルたるオレに勝負を挑むとは見上げた心がけだなーっっ!!」
「……止めてよ、暑苦しい。そんなつもり一切なーいから」
稽古していた3班の昼休憩に、突如横から現れたにっくきあんきちしょーがガイ先生の目をさらう。
私に気付いたネジとリーとテンテンが非常に気まずそうな顔をしていたが、私は引きつる頬を必死に宥めながら気にするなと笑みを浮かべた。
「あの、ガ」
「もう、ちょっと急いでんだから退いてーよ」
「何故だ、カカシ! オレに会いに来てくれたのだろう!? オレとの勝負に胸をときめかせて会いに来てくれたのだろうっ」
「それよりもガ」
「んなわけないでしょーが。あ、来た」
「どこへ行くのだ、カカシー!!」
シュンと残像を残してどこかへ去るあんちきしょーを追い、ガイ先生まで消える。
後に残されたのは、視線を散らせ、ものすごく気まずそうな顔をしている3班の面々だ。そしてあの野郎の足止め件撤去をお願いしていた7班が遅れてこちらに駆け寄ってきた。
「え? イ、イルカ先生、なんだってこんなとこにいるんだってばよ!!」
「あー、また失敗しちゃいましたか……」
「……何が悪かったんだ」
私のお願いことを叶えられなかったと知った第7班のみんなが、肩で息をしながら足を止める。
色々とくたびれた様子からして、がんばってくれていたことが分かり、ほろりときてしまう。
「ごめんね、私の我儘で皆に迷惑かけて。お詫びといっては何だけど、今日もみんなのお弁当作ってきたから食べてくれるかな?」
「め、迷惑なんて、そんな!!」
「そうです! イルカ先生のお弁当が食べられて嬉しいですよ、こちらは!!」
「有難くいただきます。お前たちもこっちへ来い」
テンテンを皮切りに、口々に言葉を返してくれる3班のみんな。
ネジの手招きで、7班のみんなも近寄ってきて、ここ毎日恒例のお昼の食事会が開催される。
背中に括り付けてある風呂敷から、特大のレジャーシートを地面に引き、特大の水筒とカップをサクラとテンテンに渡し、私は左手に持っていた重箱を展開させる。
その間に、ネジを先頭にしてナルトとサスケ、リーたちは近くの雑木林から竹を見つけて、即席の器と箸を作る。
毎日やっているせいか、ただ切っているだけの器と箸が、今では機能的かつ飾りがつき、商品として売れるのではないかという出来栄え具合だ。
このことから見ても、自分が何度失敗してきたかが実感される。
ちなみにガイ先生のために作った特製激辛弁当もその場で提供している。正直言って、私には食べられないほどの激辛なのだ。
なのに、子供たちはポツンと放置されていたその弁当を見て、これも食べていいかと聞いてくれた。
興味と恐れ知らずと、私の気持ちを慮って「カレェけどうめぇ!」と叫びながらも完食してくれる。
本当に、お前たちは優しい子たちだよ。
「イルカ先生、うまいってばー!!」
「本当、食べる度に美味しくなっているみたい」
「サクラさん、こちらもおいしいですよ!!」
「リーさん、ありがとう。あ、サスケくぅーん、これ私のお勧めっ」
「……ふん」
サクラに構われるサスケに、仄かな恋心を抱いているナルトとリーがギリギリと悔しがっている。
小さな恋の鞘当てが始まるのを煤けた表情で見守りつつ、私は雲一つない空を見上げた。
あぁ、いい天気だ。本当、いい天気。
もぐもぐと機械的におにぎりを口に入れる私へ、隣に座ったネジが少し不審げな声をあげた。
「しかし……。偶然とはいえあまりに出来すぎではないですか? 毎回、必ずといっていいほど現れるなど故意としか考えられない」
ネジの一言に、一瞬、子供たちが黙り込む。
私も同様に黙り込むが、その可能性はないとふふふふと小さく笑った。
「私もそう思ったことはあるんだけど……。どう考えてもはたけ上忍が邪魔する意味が見つからないのよねー」
私のにっくきあんきしょーこと、7班たちの上忍師であり、愛しのガイ先生のライバルである、はたけカカシ上忍。
この上忍とは、この春、ナルト、サスケ、サクラの3名が下忍試験に合格したことで、私と接点が生まれた。
初対面時は、怪しい風体の猫背な銀髪な、やっぱり怪しさ満点の男だったが、子供たちを介して挨拶や世間話をしてもやっぱり怪しい男だった。
私がおはようございますと挨拶して、軽く子供たちのことを聞くと、決まってはたけ上忍はこう言う。
「……えっと、アンタ誰だっけ?」と。
はぁぁぁぁん? おめぇ、昨日自己紹介しただろが、それとも高名な忍びは下々の、中忍アカデミー教師の名前なんて興味ないっていうことかぁぁ? ああん?
胸の内で罵倒しつつも、引きつる頬を無理やり笑みに変えてもう一度自己紹介する。
すると、少し納得した顔を見せて、普通の会話になるのだが、次の日にはまた同じ問いをしてくる。
何度も何度も繰り返されるそれに、やべぇ、もしかしてはたけ上忍って脳の病気なんじゃないかと、戦々恐々しながら周囲の者に聞けば、周りの者は私がおかしいのではないかという目をして言ってくる。
「そんなことないって。逆にはたけ上忍の記憶力すげーぞ。昔一度一緒になった大規模任務でも、ほとんど全員の顔と名前覚えてるから」
前、会った時言われて驚いたんだからと、どこか誇らしげに胸を張る同僚に、私は言葉を無くした。
深く考えると何だか個人的にヤバい状況に陥っていることを自覚しそうで、私はそれ以後、はたけ上忍に声を掛けることを止めた。
そうして、はたけ上忍と関わることもなく平凡な日々を過ごしていると、何故か、どうしてか。ピンポイントで間接的にはたけ上忍と深くかかわることとなってしまったのだ。
私が今、絶賛、片思い中のガイ先生に、声を掛けようとするとどこからともなく現れる。
挨拶しようとしたら、横から出て、掻っ攫われる。
はたけ上忍がいなかった頃、毎日のように話していた日々があっけなく消え去ってしまった。
昔は、リーとガイ先生と一緒に修行もしていたのに。
早朝ランニングだってやっていたし、休日だって修行をご一緒したこともあった。空いている夜には二人だけでお酒飲みに行っていたし、夜景の綺麗な場所を二人っきりでランニングして、木の葉の未来のことを熱く語り合ってもいて、それはそれは自他ともに認めるいい雰囲気だったのだ。
「ちょっとー、イルカ。昨日の夜見たわよ。いい雰囲気だったじゃない、もしかするともしかする?」
アカデミーの同僚件友人で、色恋沙汰に詳しいマキからだって、そんなお言葉をいただけていたのだ。なのに、なのに!!
「……ねぇ、もしかしてはたけ上忍って、ガイ先生のこと狙っているんじゃない?」
ぽつりと言った言葉に、子供たちの動きが止まる。
ダラダラと汗を流し始めた面々を見て、もしやまさかと思っていたことが実は周りも思い至っていたことを知る。
別に同性だからといって蔑むつもりはない。私の友人の男にも彼氏がいて、事実婚めいた生活を送っているのは知っているし、人様の目も憚らずにいちゃつかれるのはどうかと思うが、それは異性同士でも当てはまることだ。
ただ。
「……宣戦布告、よね」
私の言葉に、子供たちの空気が張り詰める。
「ねぇ、これって、私に対する宣戦布告とみなしていいわよね?」
思わず握っていた箸が木っ端みじんに砕ける。
ゆらりと目を座らせて、ここにはいないはたけ上忍を見据えて、にやぁと笑みを形作る。
「昔からの馴染みが何? この数年間、私はガイ先生の近くにいたわ。それなのに、何? 今更になって、出てきて我が物顔で私の恋路を邪魔するなんて」
ふふふ、ふふふふとおかしくもないのに勝手に笑いがこぼれ出る。
顔を青くして固まる子供たちを尻目に、私は決めた。
「どちらがガイ先生にふさわしいか、思い知らせてやろうじゃない」
******
上忍師となり、里に帰ることとなった。
受け持った子供たちは実にガキっぽく、元気良すぎで、これが未来の木の葉を背負って立つ忍びになるのか甚だ疑問を覚えたが、性根は真っすぐできていて、これならば任せられると未来に希望を持った。
子供たちを見守り育んだ存在に、その時興味を持った。
子供らしい感性と、忍びに必要な基礎力、そして、仲間を大事にするという心。
まだまだ甘く、未熟な面もたくさんあるが、大事な根っこを育んでくれた存在には感謝もある。できれば、これを機に色々と話をしてみたいと会うまではそう思っていた。
「初めまして、はたけ上忍。この子たちの担任を務めていました、うみのイルカと申します。どうぞこの子たちのことよろしくお願いします」
忍びの正規服を綻び一つもなく身に着け、黒い髪を頭頂部で一本結びにしている女。
身なりに気を遣うくノ一とは思えないほどの化粧っけなさと、隠す気もない、顔のど真ん中を横切る深い傷痕。
黒い瞳は真っすぐにこちらを向いており、背筋を伸ばしてオレと相対していた。
子供たちから、怒らせたら恐い、ゲンコツがすげぇ痛いという情報を聞いていたから、てっきり男なのかと思っていた。
「どーも、はたけカカシです」
軽く頭を下げたオレに、うみのイルカも軽く頭を下げ、子供たちと向き直る。
初対面時にありがちな、秋波を感じさせる気配は一切なく、どちらかといえばオレに無関心なその態度に少し面食らった。
それでも従順な振りをして裏ではやることをやっているくノ一は数多くいるもので、特に下忍たちという切っても切れない師弟関係を結んだ子供たちとの関係者だ。気を付けるに越したことはない。
そうこうしているうちに、案の定、うみのイルカはオレを見つけると話しかけてくるようになった。
やっぱり初対面時の興味ない態度は振りだったのかと、これから起こる一連の流れが面倒で、「アンタ、誰?」と身も蓋もない態度で接してやった。
まさか昨日の今日で忘れられるとは思っていなかったのか、余所行きの笑顔はひび割れる寸前だったが、何度もしつこく声を掛けてくるため、その都度言ってやれば、とうとう声を掛けなくなった。そればかりか姿を見せなくなるようになるから、心底安堵した。
けれど、くノ一っていうやつは諦めが悪いのか、このうみのイルカも例に漏れず悪あがきをしてきた。
オレの行く先行く先、どうやって知るのか知らないが先回りしてきて、どうにかオレと接触しようとしてくるのだ。
やーだねぇ。そんなに写輪眼のカカシというブランドが欲しいのかねぇ?
友人枠に入るくノ一の紅から聞けば、覆面を取ればそれなりの美形で、忍びとしての才も、名誉も、男としての価値もそこそこ高いというのが、オレらしい。
本当のオレなんて物臭で、休みの日は忍犬の世話をして、日がな一日ゴロゴロしているのーにね。
そんな巷で流行りのディナーとか、私服は有名デザイン家を専属につけているとか、夜は綺麗どころの女を侍らせて超高級ホテルで自堕落な遊びをしているとか、よくもまぁ根も葉もない嘘が出るものだよ。
やだやだと、声を掛けたそうなうみのイルカを意図的に無視すること数度。
焦れたのか、自棄になったのか、うみのイルカは上忍待機所へと直接乗り込んできた。
「はたけ上忍とお話したいのですが、お呼びいただけませんか?」
知った声のそれに、めんどいのが来たなぁと思いつつ、たかが中忍の要件を取り次ぐ訳ないと高をくくっていれば、出入り口で対応したくノ一は何故かあっさりとオレへと話を通してきた。
「カカシ、うみのイルカ先生が話あるって。出て行ってやりなさいよ」
どこか同情するように、うみのイルカへと視線を向け、オレに催促してくる。
以前からオレの彼女の座を虎視眈々と狙っていたのに、あり得ない言動だ。
まさか変な術でも掛けられたのかといぶかし気にしていれば、ソファの対面に座るアスマと紅も口を出してきた。
「あー、とうとう来たか」
「無自覚ってのが性質悪いのよねー。ほら、とっとと行きなさいよ。んで、自分の所業を反省してきなさい」
しっしと手を振られて、いささか気分を害する。ったく、野良犬じゃないのよ、オレは。
「はいはいはーい」
いっそのことバックレてやろうかと思ったが、上忍待機所内が何故かオレの一挙手一投足を監視している。ここで逃げた方がうるさいと、仕方なく会ってやることにした。
「お呼びで?」
上忍待機所の出入り口で、オレを付け回しているうみのイルカとご対面する。
女にしては背の高い、でもオレよりは幾分低いうみのイルカを見下ろせば、うみのイルカは胸元に持っていた包みをいきなりオレに突き付けた。
思わず受け取り、直後にしまったと思う。こんなものを受け取ったら、ますます勘違いに拍車がかかるーよ。
「ちょっと何よこれ、いらな」
「はたけ上忍、それでも食って自覚してください。私が引くことはあり得ませんから。あなたがそういう気なら、私は正々堂々と受けて立ちます」
剣呑な眼差しで睨みつけ、うみのイルカは不敵に笑った。
「私は、負けません!!」
では失礼しますと、直角にお辞儀をして去っていくうみのイルカ。
その後ろ姿からは、気迫がみなぎっており、これから戦場でも行く忍びのようだ。
「……なに、あれ」
思わず眉根が寄ってしまう。
本当ならすぐさまゴミ箱にでも突っ込みたいところだが、うみのイルカの口ぶりからして食べ物の類だろう。任務中、飢餓直前まで陥ることもざらにあり、食べ物だけは無益に出来ない。ま、異物混入やら薬物混入物なら論外だーけど。
待機室へと戻り、定位置のソファに座ると、早速紙袋を開けてみる。
出てきたのは四角い弁当箱だ。飾り気もない、食欲だけを満たせと言わんばかりのそれに、まーた違うアプローチ法をしてきたのかとやれやれとため息が出る。
「お、弁当か。食うのか?」
「ふふ、イルカ先生らしいわね。早く開けなさいよ」
弁当を前にしたオレを囲む二人が鬱陶しい。
仕方なしに弁当箱を開けると、隅々にまで無理やり押し込んだような量のおかずと、文字が書いてあるご飯がお目見えした。
「……っっ!!」
「ぶふぅぅ!!」
ご飯の上にある、海苔で作った文字を読んだのだろう。アスマと紅が一斉に顔を背け、肩を震わせていた。
その様子を見た、物見高い上忍連中もやってきて、うみのイルカが書いた文字を読んでは腹を抱えて悶絶している。
あー、まぁね。皆が笑い転げるのも無理はないーよ。
うみのイルカが書いた文字は、『私はガイ先生が好きだ!!』とある。
おまけに集中線というのだろうか。文字を強調すべく、周囲のご飯の上に斜め線をつけて、とくと見ろと言わんばかりにあしらっている。
けーどね。
「ほーんと、これでオレの気を引こうなんて、あったま悪いったらありゃしなーいね」
『は!?』
一度開けたなら食べなくてはならない。
ご丁寧に箸袋までついているそれから箸を取り出し、海苔をかき混ぜて妙なアプローチ文を消す。ふむふむ、唐揚げ、ポテトサラダ、酢の物、西京焼き、小さめのハンバーグ、プチトマト、野菜炒め。ちょっとリサーチ不足が否めなーいね。オレ、好きなのは魚なのに、一つしか入っていない。でも、ま、味はそこそこかーね。
手っ取り早く顔半分に幻術を掛けて、口布を下ろして心きおなく食べる。あー、どうせなら茶も入れてくれればいいのに、本当に気が利かないねー。
もくもくと食べ進めていれば、横から肩を掴まれた。
「……なに?」
西京焼きを今まさに食べようとしたのを邪魔され、眉間に皺が寄る。
オレの肩を掴んだのは、アスマで、その隣で紅が、そしてその後ろでは上忍連中がどこか唖然とした顔をさらけ出している。
「お、おめぇ、その文見ても言うことはそれなのか?」
「は?」
アスマの言葉が腑に落ちない。
「あ、あんたね!! イルカ先生はガイのことが好きなのよ! ちょっと、アンタしっかりしなさいよ! その摩訶不思議な認識の根拠は一体どこからきてるのー!?」
キーキーわめく紅がうるさい。
オレは何故こんなにも騒ぐのか理解不能だったが、あまりに応えろと鬱陶しい目を向けるものだから、仕方なしに根拠となるものを言ってやる。
「あのねー、そもそもガイは――」
オレの一言は知られざる情報だったらしく、上忍待機所は余計騒がしくなってしまった。
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2へ
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始まりました!! 再びイルカ先生はガイ先生にお熱設定です。
書き終えているので、ばんばん載せたいと思いますが、次回は明日以降を予定です!