有言実行 2





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「おっはようございます、はたけ上忍! いかがでしたか、私の本気、実力、思い知っていただけましたか!!」
朝の通勤途中。
珍しく朝早い時間帯にふらふらと前を歩くはたけ上忍を発見し、私は意気込んで声を掛けた。
何せあの弁当は、素材からして違うのだ。米、魚、味噌、肉、海苔、玉ねぎ、にんじん、じゃがいも、調味料などなど。己の貯金を切り崩して、最高級品のものを取りそろえ、そして手間暇かけて、細心の注意を払って作り、または寝かせ、一週間はかけて作った己が今持てる全ての技術をつぎ込んだ集大成なのだ。出来た時は泣いた。よくやったと己を褒めたたえてやった。
どやー! これが私の本気や!! という思いを込めた弁当。まずいなんて言葉はよもや出るはずもない、そして、海苔に込められた私の思い、もう十二分に伝わっただろう。
きっと眦を上げて挑むように睨めば、はたけ上忍は「んー」と要領のない返事をした後、手に持っていた風呂敷を私に突き付けた。
「それじゃ」
私が持ったのを見て取り、はたけ上忍は目の前から消える。


「はぁぁぁ?」
思わず素の声が飛び出る。
こちらの挨拶を返さないばかりか、謎の物体を押し付けて去るとは一体何様だ!! くっそ、写輪眼さまだ!! 上忍さまだ!!
ぶちぶちと文句にならない文句を口の中で掻き混ぜながら、はたけ上忍が渡してきた風呂敷を解いて首を傾げる。
出てきたのは弁当箱だった。しかも、中に入っている気配のする。
もしやまさかと思いつつ、その場で改めることは止めて、私は本日の昼にそれを確かめることにした。


そして、認めざるを得なかった。


「完敗やぁぁぁぁぁぁぁ!! うあぁぁぁっぁん、完敗したぁぁぁぁっっ」
私の目の前には朝、はたけ上忍から受け取った弁当箱がある。
本日は、不規則授業並びに、受付業務も間に入っていたため、少し遅めの昼だ。前々から分かっていたため、今日はガイ先生のための弁当を作っていないから、子供たちへの弁当もない。無論、事前に伝えている。
「……泣くの止めなさいって。ほら、泣くか、食べるかどっちか一つにしなさいよ」
もぐもぐと厚焼き玉子を食べながら滂沱の涙を流す私を、横からアカデミーの同僚兼友人のいとのマキが注意してくる。
マキの手元には私が作った弁当がある。
マキも私と同様の遅いお昼だったため、余る私の弁当はマキに食べてもらうことになった。


「だっで、おいじいんだもん。素朴なのに、おいじずぎるぅぅ。愛が、この弁当には愛があるぅぅ」
少し焦げた厚焼き玉子。でもそれはほんのり苦いだけで不思議と心温まるものだった。
形がいびつなおにぎりだって、中には梅干し、こんぶ、おかかと、丁寧に入れられて、はむっと口に入れるとほろりと米がほどけ、程よい塩加減と中の具材が慎ましやかに存在を主張してくる。
おかずだって、そうだ。肉、肉、ボリュームが命の私の弁当に対して、こちらの体調を気遣うようなバランスの取れたもの、しかも野菜多めのそれ。
最近胃が重いなと思っていた私にドンピシャの消化によいものが取りそろえられたおかずは、まるであまり無理しないでねという言葉が聞こえてくるようだ。
小手先だけの私の料理にはない愛が、ふんだんに込められたお弁当は、まさに珠玉の一品だった。


「うぇぇっぇぇぇん、悔じぃぃぃぃ、でも諦めきれないぃぃぃ。私だって私だってやれるものぉぉ。これからだもの、これから頑張れるものぉぉっぉぉ!!!」
「……見た目では完全にあんたの弁当の方が美味しそうだし、味も良さそうなのに……」
疑う目で私の食べる弁当を見るマキに、私は机に拳を振り下ろした。
「マキは分かっていない、まるで分っていない、アカデミー幼年組の子供よりも分かっていない!!」
「えぇー」
少し引き気味のマキに、私は拳を握る。
「いい!! 確かに、確かに、格好は不格好だよ! おかずの種類だって少ないし、味だってなんか足りないものもある。でもね、でも、これは本当にその人のために作った弁当なの! 世界に一つしかない、私を思って私のために作られたお弁当!! そこには混じりっけなしの純度百パーセントの愛があるのっっ。それは、まるでお母さんのお弁当と同義! 母の愛に優るものはあるのか、いや、ない!! これこそが弁当界に輝くダイヤモンド、至高の弁当と呼ぶにふさわしい!!」
「そう、そうなの」
マキの肯定の言葉を耳にし、私は満足する。
「そうなの、そういうことなの」
あとはひたすらにお互い弁当を満喫し、食後のお茶をいただいた。


お腹も満たされ、愛で心も満たされ、渋いお茶でその余韻を味わう。
あぁ、至福。幸せだ~。
ほにゃにゃーとこの世の春を満喫していれば、隣で同様にお茶を啜っていたマキが呟いた。
「で、どうすんのよ。あんたの作戦はマイト上忍に懸想しているとあんたが思い込んでいるはたけ上忍を撃退するために料理の腕を見せつけて、相手にならないことを思い知らせるんだったんでしょう?」
この世の春から一転、冬が訪れた。
「あんたの様子からして、相手にならないのは自分だったていう結論じゃない。……どうするの?」
「あぁ、止めて、傷を抉らないで! 私、こう見えて繊細だからー!!」
頭を抱えて叫ぶ私に、マキはふーと深いため息を吐く。
「まぁ、あんたが諦め悪いのは知っているんだけど……。ただね、ちょっと気になる噂を耳にしたのよ」
「噂?」
もしかしてガイ先生についてとだろうかと期待に目を輝かせて待っていれば、マキはちょっと表情を曇らせ、曖昧に笑った。
「うーん。まだ噂の段階だからね。真偽が分かったら、教えてあげるわ」
「えー、今教えてくれてもいいのよ?」
食い下がってみたが、結局マキは教えてくれなかった。


アカデミーの授業も終わり、残業もなく、今日は早い時間に帰られる。
とんだ出費を強いられたが、家に帰っても冷蔵庫には何もない。これから給料先まで生き抜けるのかと遠い目をしてしまう。
そして、それはイコール、ガイ先生へのお弁当作戦を一時中断しなくてはならないことを意味していた。
『先生、お金なくて月末の給料日までお弁当作れません。ごめんね。 イルカ』
3班を代表してネジへと式を送る。そして、7班の三名にも同様に式を送る。
そこまでして、私はハッと気づく。
もしやまさかこれが狙いだったのではないだろうな、はたけカカシぃぃぃぃ!!!
中忍アカデミー教師の薄給具合を見越して、罠にかけるとは何てふてぇ野郎だ!! あぁぁぁ、この木の葉の策士め!! あの銀髪箒頭の猫背野郎めぇぇぇぇっっ。
まんまと策にはまり、うぁぁぁぁと町の往来で頭を抱えていると、腰に何かがぶつかった。


「へへへ、イルカせーんせ」
驚いて下を見れば、ナルトが満面の笑みを浮かべてこちらを見上げている。
気配を何も感じなかった。もしかしなくても気配を消してこちらへ来たのだ。
「ナルトーっ、お前、成長したなー!!」
いつの間に気殺を覚えたんだと両手を使って顔から頭から撫でまくっていれば、少し離れた場所にサクラとサスケの姿も見えた。
「おぉー! サクラにサスケ、どうしたんだ、そんなところに突っ立って。おいでおいで」
二人も思う存分撫でまわしてやろうと下心満載で手招きすれば、何故か二人は気まずそうな顔で近寄ってきた。
確保できる距離に近づいたところで、三人まとめて抱きしめて可愛い可愛いと撫でていれば、いつもはナルトを除く二人からは本気の抵抗に合うのに今日ばかりはやけにおとなしい。


「ん? どうしたんだ、二人とも。先生は嬉しいが、もっと抵抗してくれてもいいんだぞ!!」
「おれは抵抗しないってば、しないってば!!」
おれは違うと主張するナルトへ、この愛い奴めぇとぎゅーっと抱きしめると、笑い声が弾ける。
きゃっきゃと二人で笑っていれば、サクラが口を開いた。
「あの! 式読みました。私、全然気が回らなくて」
「……悪かったな。その気がなくともたかっていた」
深刻な顔をする二人に、合点がいった。と同時にほろりとくる。ほんまにええ子たちやでぇ。
「もう馬鹿だなー。あのね、二人とも、いや、三人とも!!」
腰を下ろして、三人と同じ目線になる。気まずそうに視線を背ける二人の肩を持って無理やりこちらへ注目させ、私は言う。
「子供をね、たくさん食べさせるのは大人としての矜持であり喜びであり、幸せなの。心苦しく思うなら、お前らが大人になった時に子供たちに食べさせてやりなさい。実は先生もそうやって育った口だよ。木の葉はね、そうやって大人になっていった子供が多いんだ」
驚いたように目を見開く二人に、私は笑う。
「特に先生は孤児だったからねー。奢ってくれそうな人からは全身全霊をかけてたかりましたもの。勿論感謝は忘れずに!! ……まぁ、見極めはいるけどね」
狙い目は上忍師先生のお友達だ。まず間違いなく、金持っていて、気のいい奴らが多い。おまけに上忍師という身元がしっかりした人がバックについているので心置きなくたかられる。
まぁ、やり過ぎて上忍師の先生からしこたま怒られもしたが、お友達さんからは面白がられて可愛がられた。
「だから、感謝も大事だが、見極めることも大事だぞ! ちなみに上忍師に奢ってもらうのも手だけど、先生ところみたいにケチ臭いのもいるから、やっぱり見極めることが大事だ!!」
自分の過去の経験を元に力説すれば、何故か二人から引かれた。なんだよ、食ってすっごい大事なんだぞ、先生今、ものすごくいいこと言ってるぞ!!


「じゃぁさ、じゃぁさ!! イルカ先生の給料日に一楽スペシャル奢ってくれってばよ!!」
「あ、私も奢って欲しいです」
「それじゃ遠慮なく餃子とチャーハンもな」
調子に乗ったナルトに続いて、サクラとサスケが乗ってきた。くぅぅ、容赦ない!
「先生は今、見極めが大事と言っただろうがー!! 弁当はまだしも一楽スペシャルならびに餃子とチャーハン、杏仁豆腐とは先生の薄給舐めるなよーっっ!!」
こらぁぁと怒る振りをすれば、子供たちから笑い声があがる。それに、つられて私も笑っていれば、すっと背後に気配を感じた。
バッと後ろを振り返れば、物も言わずに佇むはたけカカシがいた。
思わず体がびくつき、鼓動が狂ったように踊りだす。一体いつからいたんだ。


「……アンタ、薄給なの?」
「は?」
唐突に問いかけたはたけ上忍に、思わず素で返してしまう。不躾な態度にも関わらず、はたけ上忍は俯くと後頭部をがりがりと掻いた。
子供たちははたけ上忍の唐突な登場にも、不思議な言動にも慣れているのか、特に騒ぐ様子はない。そればかりか、どこに行ってたんですかと文句を言っている。
「カカシ先生、一人でふらっとどこかに行くから困ってたんですよ! 解散なら、解散って言って下さらないと」
腕を組んで意見を言うサクラに、はたけ上忍はのっそりと顔を上げた。
「ん、それじゃ、解散。あと、一楽奢ってやるからついておいで」
突然の奢りに、子供たちは喜色に沸く。特にナルトなんて全身からきらきらとした喜びの波動が出ていた。


上忍師とその部下。そして、元担任の私。
明らかな疎外感を覚え、私は寂しいなぁと呟く心の声を押し殺し、この場を去ることにする。
「よし、それじゃ、みんなここでお別れだな。はたけ上忍に心から感謝していただくんだぞ」
『え!?』
言った後に手を振って歩き出せば、子供たちから声があがった。
「え……」
思わず足を止めれば、すかさず子供たちに囲まれる。そして、じーっとはたけ上忍を見つめ始めた。
子供たちから注目されたはたけ上忍は、再び後頭部を掻くと、おもむろに手を伸ばして私の手首をつかむ。
「言わなくても分かるでショ。アンタも行くんだよ」
「えっ」
驚く私を無視して、はたけ上忍が引っ張るように歩き出す。それに付随して、子供たちも私の体を押すようにして歩き始めた。
「いや、あの、先生はちょっと奢られる理由ないし、お金ないのも私情がふんだんに入った理由でして」
「いいえ! イルカ先生の身銭で作ったお弁当を散々ぱらいただいた身として、ここは上司であるカカシ先生がお礼をするのは当たり前だと思います!!」
「上司が部下に代わって礼するくらいの甲斐性はあると思うぜ、カカシは」
「やった、やった、イルカ先生と一楽~、しかもカカシ先生の奢りだってばよ~」
ナルトを除いてはたけ上忍に容赦なく当て擦りする二人。はたけ上忍は特に異論はないのか、黙ったまま先頭を行く。
結局、はたけ上忍から一楽スペシャルならびに餃子とチャーハン、杏仁豆腐のフルセットを奢ってもらった。
あー、久しぶりの一楽、染み渡るぅぅ。
一楽のおやっさんにも、先生久しぶりだな、会えなくて寂しかったぞとリップサービスをいただいた。ガイ先生に恋してなくて、おやっさんが結婚していなかったらぜひお嫁にもらって下さいと言えたのに。
そう返せば、おやっさんはまんざらでもない顔を見せてくれたので、キュンとした。
そうして、7班のみんなと行った一楽は非常に楽しいものだった。横に気落ちする原因がいようとも、すごくすごく楽しんでいい時間を過ごせたのだが。


「ちょっとアンタ、付き合いなさいよ」
幸せ一杯で子供たちと一楽前で別れ、私も気が乗らなくとも今晩の糧と充実した時間をくれたはたけ上忍にお礼を言おうとするより早く、はたけ上忍が告げた。
え、やだ。
そう言えたらどんなに良かったか。本心は紛れもない、三文字だが、避けて通れぬ道もある。
「私も、はたけ上忍とお話したいとそう思っていました」
昼間に突き付けられた事実を直視する時がやってきた。だが、私は諦めない、諦めたくないのだ。
挑むように見上げる私の手首を再び握り、はたけ上忍が印を組む。
揺れる景色を残して、次に現れたのは赤ちょうちんがぶら下がっている屋台だった。


「親父、二人。酒飲めるでショ?」
屋台に下がる暖簾をくぐり、丸椅子に座るはたけ上忍。私は問いに頷きながら、その隣に腰かけた。
屋台はおでん屋のようで、はたけ上忍は肴のあてとして適当に見繕った後、出された酒を静かに飲んでいた。
しばし、沈黙が続く。ぐつぐつとおでんが煮込まれる音のみが流れる中、屋台の親父は屋台の外でタバコをふかせながら新聞を読んでいる。
もしかして気を遣ってくれているのかなと、外の親父を気にしていれば、はたけ上忍が口を開いた。
「アンタさ。もう止めたら?」
突然すぎる核心を抉りこむ発言に、思わず胸を押さえる。
吐血せんばかりの喉元を引き締め、ゆっくりとはたけ上忍へ顔を向ければ、はたけ上忍は微動だにせず煮込まれるおでんを見つめていた。
そこで私は己の失態に気付く。
はたけ上忍は顔の大部分を額あてならびに口布で隠している。そして、唯一見えるのは右目のごくわずか一部。
だというのに、私は自分の癖で左に座ってしまった。つまり、だ。私は今、はたけ上忍から得られる感情の機微は何一つ分からないということだ。
昔上忍師からお前は頭より体を先に動かすことがあるから直せと散々ぱら言われたことを思い出す。先生、私は成長しない奴です……。


悔恨の思いでふるふると震えていると、はたけ上忍は小さく息を吐いた。
「だいたい、オレに気があるからって、関係のないガイまで巻き込むのはどうかと思うーよ。そもそもガイは結婚してるんだし、幸せな家庭に水差すような真似は金輪際止め」
「――今、なんて言いました?」
一瞬息を吸うのを忘れた。
無意識にはたけ上忍の肩を掴んでいる自分を遅れて発見する。
はたけ上忍が煩わしそうに肩を竦めたけれど、私は逆に力を入れた。
頭が揺れる。
「今、何て言いました?」
不敬罪だ、上官に対する態度じゃないと、頭の片隅で声がするが、そちらに意識を持っていけない。
いつの間にか立ち上がっていて、私ははたけ上忍へ圧し掛かるように両肩に手を置いている。
「今、何て言ったか、答えろって言ってんだっっ! 答えろ!!」
悲鳴みたいな声が聞こえた。
はたけ上忍の右目が丸く見開いている。
あ、こんな表情もするんだと場違いなことを考えて、そして、力が抜けた。
「うそだ。嘘。嘘って言ってよ」
耳を塞いで、頭を振る。
イルカと曇りのない笑顔で自分の名前を呼ぶガイ先生が脳裏でちらつく。
いやだ、ガイ先生。



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捏造炸裂だ!! 
次回、イルカ先生、ガイ先生との出会いを語る。