有言実行 3
ガイ先生と初めて出会ったのは、私が教師として第一歩を踏み出した時だった。
まだ仮という字がつく頃で、そのころ私は副担任として一つのクラスを任されていた。
担任の先生は何かと忙しい人で、重要な会議には欠かさず出るが、他の担任としての仕事はほぼ私に丸投げされ、後から思うに実質私が担任のような状態だった。
当時任されていたクラスは傍目から見ておとなしい子たちが集まっていたが、内実、いじめが蔓延っていた。
いじめられていた生徒は、忍びには必須のチャクラがごくわずかしかない子供で、子供の両親が共に上忍だったため、両親の強い勧めでアカデミーへと通う子だった。
チャクラありきで進む授業に、その子はついていけなくて、無意識に異分子を嫌う子供たちによってその子は疎外され、いじめられていた。
私が副担任になった頃は、もうその子はいじめになれきっていて、表情が乏しくて、いつも何かを諦めたような目をしていた。
周りにいじめるなというのは簡単だ。だけど、言ったからとていじめはなくならないし、その子が疎外されなくなる訳ではない。
どうにかして、その子がクラスと馴染むようにあの手この手でテコ入れしたものの、それはどれも効果はなく、逆にその子は先生に依怙贔屓されているとますますいじめられるようになった。
そして、その子が初めて私に怒りをぶつけた。
「もう何もしないで、放っておいてくれ」と。
その子の両親に相談をしたかったが、両親は外回りを主に受け持つ戦忍で、ほぼ里におらず、その子は一人で生活しているようだった。
他の先生に相談しようにも、他の先生も自分のクラスで手いっぱいで、おまけにいじめという扱いの難しい問題に積極的に助言をくれるような先生はいなかった。
一人で解決の手口を探すしかなくて、どうしよう、どうしようと思い悩んで、でも答えは見つからなくて、当時の私は追い込まれていた。
鬱鬱と一人で悩む日々はひどく辛く、その子に対して何もできないことと、いじめに対して何も思わない子供たちの残酷さにも打ちのめされていた。
一時、自分に教師は向いていなかったのではないかと思った。でも、そんな日々はあっけなく終止符が打たれた。
「おう、そこの君。ここの所ずっと塞ぎ込んでいるがどうした? 何か悩み事か?」
そう、ガイ先生が声を掛けてくれたのだ。
毎晩、公園のベンチで一人、打開策を練っていた姿を、日課のトレーニングで走りに来ていたガイ先生が見ていたのだ。
もう、その時の私はいっぱいいっぱいで、不意に現れた見知らぬ人のいたわりの声に触発され、気付けば全部ぶちまけていた。教師なのに情けない、子供たちに申し訳ないと泣きながらぶちまけた話を聞いて、ガイ先生は街灯の下、太陽にも負けない笑みを私にくれた。
「そうか、よく頑張ったなぁ。あとはオレに任せとけ」
見知らぬ私の頑張りをガイ先生は認め、そして、請け負ってくれた。
その後のことはまるで狐につままれたようにうまく行き始めた。
ガイ先生は私がアカデミーの教職員であることを知るや、放課後になると顔を見せて、その子について聞くばかりか、その子用の特別メニューを作ってくれた。
気乗りしないその子に会ってもくれ、話をしてくれた。
その子はガイ先生の話もあってか、驚くほど前向きになり、教室でも笑顔を見せるようになった。
残念ながらその子はチャクラの関係で忍びになることは諦めたが、アカデミーの卒業式に私へこう言ってくれた。
「もちろんガイ上忍には感謝してるよ。でも、今まで落ちこぼれだった俺をずっと見守ってくれたのはイルカ先生だから。だから、イルカ先生には一等感謝してる」
そうやって笑ってくれたその子の言葉に、私は大泣きした。
しっかりしろよ、先生と肩を撫でてくれたその子の成長ぶりに胸が熱くなった。
その子は今、大工の修行中だ。いつか木の葉へ帰ってきて、でっかい建物を作って自分の名を轟かせてやるよと最近の手紙に書いてあった。
そうやって出会ったガイ先生。
それを縁に、会えば話すようになり、ガイ先生も上忍師として最近部下を育てているんだという話になった。
先生仲間だなと肩を叩くガイ先生の明るさと強さに憧れて、徐々に惹かれる自分がいた。
あの時、どん底だった自分を引っ張り上げてくれたあの笑みを何度も思い返す自分がいて、そうして気付いた恋だった。
少しでも近くに行きたくて、少しでも近付けたらとこい願う恋だった。
なのに、なのに。
「うわぁあぁぁぁぁぁ、何でげっごんじでるんでずがぁぁぁ。ぞんなのじりまぜんよぉぉぉ」
おーいおいおいと泣きに泣く私の背を、はたけ上忍が擦る。
「あーはいはい、過去まで捏造するばかりか、きったないぶさいく顔の演技までできるなんて、くノ一ってすーごいねぇ。感心するよ」
「捏造、演技って、ぎだないぶざいぐってなんでずがぁぁ。あぁぁあ、親父ぃぃ、酒ぇぇぇ」
「……カカシさん、いいのかい?」
コップを突き出す私に、親父さんがためらいを見せるばかりか、はたけ上忍へと尋ねている。うがーっ、私も客だぞ、客!! 金はないけどなっっ。
酒くれ酒ーとわめく私に、はたけ上忍は不承不承といったように頷いて許しを出した。かぁぁあ、飲まずにやってられっかぁぁ!!
「ちょっと、アンタ、飲みすぎ。明日、アカデミーあるんじゃないの?」
「っくぅ、ひいっくっ。アカデミーは休みで、受付任務は……有給じゃぼけぇぇぇぇ!!!」
懐から式を出し、酔うがままに書き連ねる。
『うみのイルカ。三日間、有給。理由:失恋のため。追伸:今まで代わってやった恩をここで報いろよ?』
さぁ、飛んでけとばかりに鳥型の式を夜空に放ち、私は再び酒を口に運ぶ。
ひっくぅひっくぅとこみ上げるしゃっくりと、涙が止まらない。
横から現れたおしぼりを手に取り顔を拭く。ぷはーと息をつけば、背中を擦る手がかすかに震えている。
なんだと横目で見れば、はたけ上忍は顔を私から背け、小刻みに揺れていた。
そこで私は思い知る。
馬鹿か、私。この悲しみは私だけのものではなかった。等しくこの隣にいるはたけ上忍も、同様の悲しみを抱えているのだ、と。
そうすると今までの話が変わっていることに気付く。
はたけ上忍はずっとガイ先生と私との接触を邪魔していた。
だが、はたけ上忍はガイ先生が妻帯者だと気づいていた。
つまり。
「うっ、はたけ上忍。いえ、ここはカカシ先生と呼ばせてください。あなたも、あなたも辛い恋をしていたんですねぇ。自分と同じ思いを味合わせたくなくて、私に気遣って、ガイ先生を諦めるようにと今まで邪魔してたんですねぇ。なのに、私ときたら……うっ」
はらはらと新しい涙がこぼれてくる。なんてええ人や。自分の失恋の痛手を、元生徒の担任というだけの私が傷つかないように遠ざけようとしてくれたなんて……!! 何、この人、仏!? 仏様なの、このお方!!
まぁまぁ一杯と、カカシ先生のコップを奪い取り、親父に注いでもらって、コップを渡す。
今まで散々ぱら私が泣いていたせいで、この人は泣けないのだろう。だから、今度はあなたの番だ。
「いいんですよ、カカシ先生。私は十分泣かせてもらいましたので、今度はカカシ先生が思う存分お泣きください……。何なら胸でも貸しましょうか?」
薄い胸だが、胸は胸だ。さぁ、子供のように泣き給えと、両腕を広げたが、カカシ先生の反応は薄かった。
「……アンタ、そうやって男口説くの? 本当、油断も隙も無いよーね」
「口説く? いえいえ、私は別に口説いていませんよ。ただ抱きしめた方が泣きやすかろうというお節介魂のなせる業です」
さぁ、来い、先生受け止めちゃうぞーっとやる気を見せたが、カカシ先生はぷいとそっぽを向いた。
「いりません。そうやって、オレのこと骨抜きにしようって考えるなんて本当に浅はか」
先ほどからどうも話が空回っている気がする。この齟齬は何なのだろうかと首を捻っていると、カカシ先生は言った。
「だーかーら。オレ、何度も言ってるでショ。アンタ、オレのこと好きな癖にくだらない小細工ばかり弄していないでさ、とっとと言いなさいよ。本当に往生際の悪い」
「……は?」
思わず眉根が寄る。カカシ先生の言葉が理解できない。
「ったく、そうやって惚けたふりして。言っておくけど、オレ、搦め手は嫌いなの。はっきりと言わないと応えるつもりはないからね!」
ぶつぶつと文句交じりに言葉を漏らすカカシ先生の額当てと口布に隠された左面をじーっと見て、当然ながらちっとも感情が読み取れずに首を捻る。えーっと、これはどう解釈していいのか。
「あの、カカシ先生。私、カカシ先生のことは好きですが、恋愛的な好きではありませんよ。無論、カカシ先生だって私のことは恋の同士的なものとしてみてくれているんでしょうけど」
「はぁ?」
不機嫌そうな声を出して、カカシ先生がこちらを向く。ようやく感情が少し伝わる右目が見えたことで内心ほっとするが、何となくカカシ先生の言いたいことが分かって、笑いがこぼれ出た。
なるほど、なるほど。カカシ先生は私が同じ恋の同士としての関係から外れることを恐れているのだ。モテる男は疑り深いなぁ、まぁ、過去にそういうことが何度もあったことが窺えるけど。
でも、まさか、カカシ先生が男の人としかそういう感情を持てないと分かってて、好きになる馬鹿はいないのに。
あー、仕方ない。同士のためだ。ここはきっぱりと口にしておこう。
カカシ先生へ体ごと対面し、私はきりっと自分ができる最上級の真面目な顔をして宣言する。
「不肖、うみのイルカ、もしカカシ先生に恋しましたら、火影岩から飛び降りることをここに誓います!!」
ぐっと片手の拳を心臓に当て、誓いの言葉を述べれば、カカシ先生は信じられないものを見るような目でこちらを見た。
ふっふっふ、私の本気伝わりましたか?不肖、うみのイルカ、もしカカシ先生に恋しましたら、火影岩から飛び降りることをここに誓います
ぱちぱちと何度も瞬きし始めたカカシ先生に、私はぐっと近づき肩を組む。
「そんなに心配しなくても大丈夫! 奇しくも同じ人を好きになった同士としての立場から動きませんよ。まぁ、こうしてたまに飲んで敗れた恋の話とかして、一緒に元気になりましょうよ」
覗き込むように誘えば、カカシ先生は再びそっぽを向いた。
向いた先で何か言っているが、小さすぎて聞こえない。まぁ、とにもかくにも。
「さぁ、飲みましょう、カカシ先生!! 失恋は酒で癒すのが大人のセオリーです! 今日はとことん付き合ってもらいますよー!」
乾杯っと軽くカカシ先生の持つコップに打ち付けて、私は一気に煽った。
そして、目が覚めれば。
「アンタ、本当に信じらんない」
顔を大部分隠していても察することができるほどに怒りに満ち満ちたカカシ先生が仁王立ちして私を見下ろしていた。
「……ん、んー? カカシ、せん、せ? うー、頭いた……。お、はよーござます」
目がしょぼつく中、明るい日差しを感じて挨拶すれば、カカシ先生は数秒固まり、その後、無言でペットボトルを突き付けてきた。
「ん、んー? 水、です、か。ありがとうござ……あ、丸薬も? 重ね重ねありがとうございます」
億劫すぎる体を動かし、起き上がろうとすれば、カカシ先生はさっと腰に枕を当ててくれる。しかも水と丸薬を飲む補助までしてくれる親切さだ。あー、カカシ先生って優しいなぁ。
途中水を飲むのに失敗して口横から流れ出たが、それも神業的速さで拭ってくれた。
ほぼ空になるほど水を飲み、少し意識がはっきりしだす。はて、私はどこにいるのだろうか。
見慣れない手裏剣柄の布団に、小さめのナイトテーブル。その上には観葉植物と、写真立てが二組置かれていた。
一つ目の写真は見慣れない顔ぶれと、二つ目の写真はよく知る顔たち。
そこでやっと思い出す。
「あー、私、カカシ先生の家に厄介になっていたんですねー。こりゃまた重ね重ねありがとうございます」
ぺこりと頭を下げれば、ものすごく大きなため息を吐かれた。まー、酔っ払いの世話は面倒なことは身に染みて理解できる。
「もしかして、カカシ先生、すぐ任務ですか? それじゃ、私も急いで出ますね」
若干頭が浮遊するような心地が残っているが、これくらいなら大丈夫だ。これ以上はご迷惑を掛けられぬと布団を下ろして立ち上がろうとすれば、何故か肩を押さえられた。
「え?」
「……なさい」
「はい?」
「いいから、アンタはオレがここに戻るまでいなさい!! 上忍命令です! 絶対命令ですからねっっ」
何故か右目周辺の肌を赤く染め、カカシ先生は叫んだ直後消えた。瞬身だ。
「ええー」
時間が無くて瞬身したのは理解できるが、かといって同士とはいえ赤の他人を一人自宅に残すのはいかがなもんだろう。
いや、もしかしてそれほどまでに私に親しみを感じているということかもしれない。
「ふふふ、カカシ先生って優しいな」
失恋のショックがまだ明けていない私を一人にさせないよう気遣って、ここにいてくれていいって言ってくれるなんて。
ふと見下ろせば、カカシ先生の寝間着だろうか。
私にはだいぶ袖と丈があまるシャツ型の寝間着の上だけを着込んでいた。
酔っても風呂かシャワーは絶対入るという執念のおかげで、食べ物や酒の匂いは全くしない。よそ様のお布団を汚さずにすんでほっとする。
だが、服の下は……。
「あれ?」
ちらっと覗き込んで驚く。
ささやかな胸を抑えるブラはないが、下はきちんと履いていた。しかも、明らかに新品、高級そうな総レースの代物だ。
「……もしかしてカカシ先生って心が女の子?」
自分の物ではない下着にぎょっとしたが、私の考えが正しいならば、カカシ先生の朝から一連のきめ細やかな気遣いは理解できた。
「そうか。カカシ先生って女の子だったのか……」
今までツンケンした態度で接したことを悔やむ。
だがその後悔も一瞬だ。ありがたいことにカカシ先生とは同じ人を好きになった同士となった絆がある。それを縁に、これから仲良くやっていけばいいのだ。
「よっし! まずは手始めに布団周りの掃除して、夕飯の準備でもしますか!」
帰ってきたカカシ先生を感謝と共に存分に労わろうと、立ち上がる。
昨日あれほど痛かった胸の痛みが小さくなっていることに気付いて、ちょっと肩の力が抜けた。
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捏造炸裂! ガイ先生が既婚者だった設定でした。