有言実行 5
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「あ、カカシ先生ー! 一緒にお弁当いかがですか? いっぱい作ったんでぜひ食べていってくださーい!」
偶然通りかかったカカシ先生を見つけて、声を掛ける。
周囲で私のお弁当を食べている3班と7班の子供たちは何故か微妙な気配を漂わせていたが、まぁ気にすることもないだろうと手招きした。
カカシ先生は私の声掛けでようやく気付いたようで、のそのそとこちらにやって来て、「ま、食べてあげなくもない」と言った。
途端にあがる7班の文句の声を宥めながら、カカシ先生の好きな魚をよそって渡す。
唯一見える右目が少し嬉しそうに輝いたのを見て微笑ましくなりつつ、私も自分のご飯を食べる。
うーん、今日も外でみんなで食べるご飯が美味しい。
カカシ先生と劇的な和解並びに、同士としての絆を育んだ後、私は自身のけじめとしてガイ先生に告白をした。
勿論、振られる前提での告白だ。ガイ先生にはきっちりとそこは言った。
結婚していると知らずに懸想していました、と。奥様との仲を壊すつもりはなありません。でも、許されるなら踏ん切りをつけるために告白させてください、と。
それに対し、ガイ先生はひどく驚いた表情を見せたが、度量も深いガイ先生は優しい笑みを浮かべいいぞと了承してくれた。
そして、私は言った。
「好きです。初めて会った時から、今まで大好きでした」
対するガイ先生の答えは。
「ありがとうな。だが、オレには最愛がいる。お前の気持ちは受け取れん」
予断も許さない完璧なる拒絶。
見事なまでの失恋だった。
私は思わず泣いて、でもガイ先生が私の気持ちを正面から受け止めて返してくれたのが嬉しくて、笑ってしまった。
ガイ先生もそんな私を見て笑って、お前とは教師仲間でありたいと言ってくれたから、私はよろしくお願いしますと食い気味に言ってしまった。
こうして、短かったような長かったような私の初恋は終わりを告げた。
何かと協力してくれた3班と7班の皆には報告をした。
サクラが泣き出しそうな顔を見せたけど、テンテンに慰められて落ち着いた。
他の男どもはガイ先生が既婚者だったことに驚いていて、私の失恋は頭から飛びぬけたみたい。でも、なんとなーくネジが率先してそういう空気を作ってくれたみたいで、大人な対応をしてくれたことが少しくすぐったく思えた。
そして、ほぼ毎日あった昼のお弁当だが、せっかくなんで変わらずに続けている。
一度ガイ先生もご一緒できる機会は巡ってきただけれど、家で嫁が昼飯を作って待ってくれているというお言葉をいただいた。
くすぐったそうに照れながら話すガイ先生は幸せそのもので、痛むかなと思った心は案外痛まず、それどころかふわりと柔らかくほころぶから、私の初恋は綺麗に昇華できたのだなと感慨深く思えた。
そして、新たにお弁当を食べる一員に加わったのがカカシ先生だ。
このカカシ先生。
失恋を癒すためしこたま酒を飲んで酔っぱらって部屋に泊めてもらった翌日、一宿の恩義とばかりに部屋の掃除と、冷蔵庫の物を使い夕飯を作って待っていた私は、驚くべきものを見てしまう。
「ただいま」とどこかぎこちなく声を掛けてきたカカシ先生を、「おかえりなさい」と玄関で出迎えた先、カカシ先生は素顔をさらけ出していた。
銀色の柔らかい髪に、白磁の顔(かんばせ)、通った鼻筋に、少し下がり気味の眼、品の良い薄い唇と、その斜め下にぽつんとある黒子(ほくろ)。
私は思わず二度見をしてしまった。
え、誰と声を出さなかった自分を褒めてやりたい。
あの得体のしれない胡散臭さしか覚えなかったカカシ先生の素顔は、まごうことなき美形だった。
表現力に乏しい我が身を悔やみたくなるほど、綺麗な顔をした男性だった。
10人いたら9人は振り返って見るほどの美青年だったのだ。
そこで、私は二度目となる納得をする。
私よりすべすべで、吹き出物一つもなく、艶やかな光沢を放つ肌。くるりと巻く長いまつ毛に、かさつきの一つもない潤った唇。
断然、私より手入れの行き届いたケアは、そのままカカシ先生の女子力の高さを示していた。
カカシ先生は隠された素顔の中で乙女心をきちんと発揮していたのだ。
それを知った私は、そんなカカシ先生がいじらしくなって、思わず頭を撫でてしまった。
くわっと目を見開き、固まったカカシ先生を思う存分撫でまわし、私は心に決めた。
カカシ先生の乙女心、私だけは絶対にいかなる時でも味方しよう。この無垢で愛らしい心を守ってあげようと。
それから私は八面六臂の活躍を見せたことを自負する。
受付所で、カカシ先生に心ない下品な言葉を投げつける輩に対し、常備してあるお菓子を突っ込むことで言葉を封じ、カカシ先生の周りで碌でもない下ネタを言う輩を見つけては、ここぞとばかりに女という武器を生かして「やだぁセクハラー!」と大騒ぎしてみせた。
おかげで私がいる範囲内では下品、下ネタは厳禁となった。次からはカカシ先生がいる場所でも厳禁だと知らしめようと思う。
ただこのカカシ先生。どうも素直な性格ではなく、時々私はカカシ先生の言動に悩まされることがあった。
例えば受付任務終了後、偶然カカシ先生と会ったので挨拶して帰ろうとすると、「つれないふりして気を引くつもり?」「別にアンタが望むなら飲みに行ってもいいんだけど」「オレは別に飲みたくないけど」などとよく分からないことを言うのだ。
薄給の私は懐がうすら寒いのが常なので、飲みに行くという贅沢なことは年に3回くらいが限度だ。
そのことを素直に話して帰ろうとすると、「金ないの? ならオレが奢ってやってもいいんだけど? どうしてもアンタがオレと飲みたいなら奢ってあげてもいい」と引き留めてくる。
最近の私は失恋の痛手はもうすっかり癒えてて、特に同士カカシ先生と話すこともないし、奢られる理由もないのでご遠慮すれば、何故かものすごく不機嫌になった。
首を傾げつつも、そんなことが数度起こり、心の知恵袋と私が称している友人マキへ、カカシ先生の名前を伏せて相談した。すると。
「は? 何それ、典型的なツンデレってやつじゃない」
「……つんでれ?」
どこかおかしそうに笑いながらマキは、首を傾げる私に説明してくれた。
「あのね、イルカ。その人はね、素直に自分の気持ちを言うのが恥ずかしくて、つい反対のことを言っちゃう内気な人なのよ。あんたがさっき言ってた状況を訳すと、『つれないふりして気を引くつもり?』は『もういっちゃうの?』で、酒云々の言葉は『嫌じゃなかったら飲みに行かない? お金ないなら自分が出してもいいから、一緒に飲みに行こう』っていう風になる訳。にしても、ぶふふ、そんなこと言う人本当にいるのね。ねー、一体誰よ? 誰??」
にやにやと笑いながら私をつつくマキを他所に、私の頭の中は大変な騒ぎになっていた。
あのときのカカシ先生の言葉と表情、そして口調。
思い返して、マキ曰くつんでれ言語を普通の言葉に直して、ついでにあの覆面を取った乙女なカカシ先生で再生させてみた。
少し俯きがちになる顔。視線はどこか迷うようにさ迷っていて、ほんの少し目元を赤く染めたカカシ先生が言う。
『もう、いっちゃうの? 嫌じゃなかったら飲みに行かない? お金ないなら自分が出してもいいから、一緒に飲みに行こう?』
そして、きゅっと眉根を潜めて視線を上げ、私の答えを緊張しながら待っていたカカシ先生。
……やっだぁっぁぁ、可愛い!! カカシ先生ってば、すっごく可愛い!! もしかして覆面の下は頬を染めていたのかもしれない。帰る時ちょっと涙目だったのはうまくいかなくて泣きそうになってたとか!? やだぁ、何それ、可愛い、カカシ先生!!
何だかよく分からないところが大いに滾った。
心の知恵袋の助言を聞き入れ、そこから私はカカシ先生との接し方を変えた。
するとどうだろう。
さすがは心の知恵袋! マキの助言は価千金にも等しかった。
カカシ先生のつんでれ言語を変換して言葉を返すと、カカシ先生はものすごく嬉しそうな気配を出したのだ。
そこからは坂道を転がるように、カカシ先生と私の仲は急速に深まった。
実際、このお昼のお弁当会の材料も、カカシ先生がさりげなく週一で私を買い物に誘って食材代をカンパしてくれるばかりか、任務がない日に私の自宅まで来てお弁当を一緒に作っている。
初めてカカシ先生が夜に私の家を訪ねてきた時は驚いたが、弁当の下準備をしている様子を見て、「別に手伝いたいなんて思ってないから」とこぼしたことで、一緒に作りたかったのだと理解した。
嫌がる素振りを見せつつも、いざ包丁を持つと黙々と作業をするカカシ先生にほっこりと癒されつつ、手伝ってくれたお礼と称して家で飲み、夜遅いから泊ってもいいよと寝かせ、翌朝は一緒に受付所まで行った。
カカシ先生はよほどお弁当を作りたかったのだろう。
その一件を機に、カカシ先生はお弁当を作るために私の家に泊まるようになった。
今ではカカシ先生がすぐにでも暮らせるくらいに、カカシ先生の私物が私の部屋に置いてある。
カカシ先生は子供たちを介さない任務後も私の部屋に帰ってくるし、私も私でカカシ先生が部屋にいないと何となく居心地が悪く思えるから、ほとんど家族と言ってもいいかもしれない。
隣で黙々と弁当を食べているカカシ先生を見る。するとカカシ先生は私の視線に気付いたのか、ちょっと視線を上げて私を見た。
視線がかち合って、そのことが恥ずかしくなったのかパッと視線を逸らすが、おずおずと再び私へ視線を向けてちょっと眦を下げるから、私もつられて笑ってしまう。
私たちの様子に子供たちはこそこそと何か話始めているが、私はカカシ先生の笑みに夢中で構っていられない。
カカシ先生が自分がこの弁当作りに関与しているということは絶対子供たちに知られたくないと、つんでれではない様子で言い張っているので黙ったままだけど、勘の鋭いネジやサクラあたりは気付いているんじゃないかなーと思ったりする。
バレた時の子供たちの反応や、カカシ先生の慌てふためく様を思い浮かべて思わず笑えば、「何よ」とつっけんどんな言い方でカカシ先生が聞いてくるから「内緒」と言ってやる。
「もう何よ」と小さく呟いて、不貞腐れる気配を出すカカシ先生へ、デザートのリンゴを渡せば、何だかんだといって機嫌を直してくれるから可愛いと思う。
晴れ渡る空の下、私は始終ご機嫌でランチタイムを満喫したのだった。
だというのに。
「あかん……。私、どんだけ報われない女なの」
自分の部屋に入るなり、玄関扉に背中を付けてその場に崩れ落ちる。
両手に持った買い物袋から嫌な音が聞こえたが、それに気遣うだけの余裕はなかった。
カカシ先生と恒例の買い物を終えた帰り道、今晩は任務があるからとスーパー前で別れた。
「ご武運を」と声を掛け、カカシ先生が小さく頷いて歩き始めた直後、横から見慣れない忍びがカカシ先生に抱き着いた。
「先輩、どこに行ってたんですか!」とその抱き着いた相手はカカシ先生に向かって叫ぶばかりか、「もう離しませんからね」と胴に腕を回し、意地でも離すものかという気概を見せていた。
カカシ先生はその男に対して雑な態度で離そうとしたが、意地でも引っ付く男に根負けしてそのままにしていた。
普段、人との接触を好まないカカシ先生がその相手には抱き着かれたままになっていることに驚いていると、男は私に気付いたのか、抱きついたまま伸び上がるように起き上がると、見せつけるようにしてカカシ先生の耳へキスをした。
すると、どうだろう。
カカシ先生は遠目から見ても分かるくらいに、耳まで真っ赤にさせた。
そして何やら文句らしきことを言いつつ、二人で仲良く姿を消した。
一人残された私は、一連の光景に衝撃を受けたみたいで、しばらく馬鹿みたいにその場に佇んでいた。
そして、我に返った直後、全速力で自宅へと走った。たぶん逃げたんだと思う。
玄関扉に背をつけたままの格好で、心臓へ手を当てる。
走りこんだ直後だから心臓が早く波打っている。でも、それだけじゃない。ひどく痛い。きりきりと絞るように心臓が痛い。
「あ、ははは、ははは」
乾いた笑いがこぼれ出るのに、目からは涙が落ちていた。
痛い、痛い、苦しい、切ない。
覚えのある痛みは、ほんの少し前に味わったものと酷似している。
我ながら節操のない移り気に笑えてきた。
でも、本当に笑えるのは。
「端から失恋しているなんて、どんな喜劇よ」
下を俯きたくなくて、顎を上げる。
ぼやけた視界にくすんだ天井が見える。
あの日、真っ白い朝の光の中みた天井は、白くて綺麗だった。
思えばあれが最初なのか、それとも、なんて事はない日々の中でなのか。
切っ掛けはいつだったのか自分では分からなかった。
ただ、一つ分かるのは。
「私、カカシ先生に惚れていたんだなぁ」
零した言葉は響くことなく、静かに消えた。
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イルカ先生、自覚する!!