有言実行 7




後日、火影岩から飛び降りて告白することが流行ったが、事態を重く見た火影、上層部により、火影岩から飛び降りることを禁止された。
当然、どうしてそうなったかなどの経緯を調べられ、オレとイルカの関係は公的にも知られることとなった。
ま、あんなにド派手なことしたんだからそれは無理もないというか、イルカさまさまだーね。
オレとイルカが付き合っていることは、里もそれなりに好意的に受け止めていて、3年周期で見合いだなんだと口出してきた上層部は今後大人しくなると思われる。
逆に、いつ結婚するのだとせっついてもいいのよと、三代目の顔色を窺っているが、いまだにその気配はない。
そればかりか、妻帯するならそれなりの甲斐性を養わなければのぅと任務数が増えた。
イルカとの時間が減るじゃないと内心やきもきしていたが、イルカから三代目との関係を聞いてオレは納得した。


「三代目は、私にとって祖父みたいな人です。今でも、お茶を一緒に飲んだり、囲碁したり、肩もみしに行ってますよ」
のほほんと宣ったイルカに、オレは厄介な大舅が控えていることを知り、愕然とした。
あの任務数は孫娘可愛さ故の牽制をされていたのだ。
けれど、イルカは三代目の思惑もどこへやら、オレをきちんと将来一緒になることを考えている人として三代目へ紹介してくれた。若干涙目だった三代目をざまぁみろと思っていたが、その直後無論清く正しい交際をすると宣言されて、逆にオレが落ち込んだ。有言実行のイルカは必ずやり遂げるだろう。
イルカの人となりを知っている三代目は打って変わって、オレに対し余裕の笑みを見せつけ煽ってきたのが腹ただしいことこの上ない。。
でも、ま、それも時が解決してくれるのだから、何も焦ることはない。何せ、オレはイルカと里公認で付き合っていて、上忍連中には周知のことなのだから。そう、だから、別に全然気にしてないし、いいじゃない、清い交際! 散々爛れた生活を送っていたオレにはきっと真新しくて逆に刺激に満ちているはずなんだよ、うん、きっとそうに違いない。でも、キスは清い交際内に入っていると思うし、キスはきっと大丈夫だと思う!


「破廉恥です!!」
夕飯時、折を見て清い交際でキスはありかなしかを聞けば、イルカは顔を赤くして拒絶してきた。
「……だよねぇ~」
ちっとも同意はできないが、イルカの憤慨ぶりに同調してしまう。


今、オレはイルカと共にほぼ同棲のような生活を送っている。無論、清い交際で、だ。
付き合う前、オレが意地を張り、イルカには全く興味がないという態度で半同棲していたこともあり、どうにもイルカはオレがイルカにそういう欲を持っていることを理解できていない部分がある。
はっきり言って生殺し状態だ。
時々理性が飛んでしまいそうになり、イルカを守るために今日は自宅で寝るよと告げれば、イルカはすごく悲壮な気配を出して落ち込むため、オレはすぐさま前言撤回をして眠れぬ夜を選ぶ羽目になっていたりする。
上忍待機所で仮眠をするオレを見ては、周囲の上忍たちは何とも生ぬるい目をこちらへ送ってくるし、紅とアスマなんて最悪で、指をさして自業自得だと笑い転げている。
オレもオレで、自分がイルカにしでかしたことは十二分に理解しているために、甘んじてその屈辱を受け入れている。
完全に惚れた弱みというやつだ。


ぷりぷりと怒るイルカに、冗談だよ冗談とすすけた笑みを張り付けて、今晩の夕飯に箸を入れる。
本日はご飯、ジャガイモと玉ねぎの味噌汁、味の南蛮漬け、小松菜の胡麻和えだ。
オレが魚好きだと知って、週の大半は魚を出してくれるところにイルカの愛を感じる。でも、少しは肉体的な愛も欲しいと思うオレは罰当たりな男なのだろうか。
今日は寝れるかなぁと己の性欲と対話していると、不意にイルカが箸を置いた。
ぐっと顎を引き、ぴんと背を伸ばし、正座でオレと対する。イルカの気配がひどく真面目腐っていたので、オレも思わず猫背を正してイルカへ顔を向けた。
「カカシさん、そろそろ私たちのこれからについてお話したいと思います」
これから……!
火影岩で告白し合ってから一週間。恋人期間を吹き飛ばしての結婚宣言か。ありだ。あり。こうなったらもう婚約期間もなしで、即結婚でもいいと思う。こんな人、今捕まえておかないと二度と手に入らないだろうし。
ごくりと生唾を飲み込み、期待を込めてイルカを見つめる。
イルカはちょっと恥ずかしくなったのか、頬を赤らめてごほんと一度咳を払うと息を吸った。
「私としてはそろそろ触れ合いを――」
「結婚だね!!」
辛抱堪らず、イルカの言葉に被せるように言って、お互いの言葉が噛み合わないことに気付いた。
「けっこん」
「ふれあい」
お互い顔を見合わせて、同時に顔が火照る。
「そ、そんなカカシさん、早すぎます! 嬉しいですけど、すごく嬉しいですけど、私まだはたけ家の家訓覚えてませんし!!」
「イ、イルカってば、ちゃんと考えてくれてたの! う、うれしい、オレ、すごく嬉しいけど触れ合いってどこまでなのかすごく気になるけど、すごく嬉しい……!!」
二人して照れまくって、顔を合わせて笑い合う。
おずっとイルカがオレに向かって手を伸ばすから、それをさらう様に握りしめて、ここぞとばかりににぎにぎと握りこむ。
恥ずかしそうに俯いて顔を真っ赤にするから、もうそれだけで浮かれてしまった。
夕飯そっちのけでイルカの手を堪能していると、イルカも小さく「私も触っていいですか」と言うから今なら空を飛べるかもと本気で思った。
どうぞと差し出せば、イルカはオレのクナイだこやら印の切り過ぎで変形している指先を労わるように一本ずつ触れると、静かに口づけをくれた。
目の前でそんなことされると思いもしなくて、喜び以上に口から本音が出た。


「ずるい、イルカ、ずるい!! オレだってしたかったのに、イルカの指先にキスしてもいいならしたのに!!」
くぅぅっと悔恨の声をあげれば、イルカは少し目じりを下げてごめんなさいと謝った。
別に謝らせたくて言ったことではないと慌てて口に出そうとしたけど、イルカはゆるく首を振ってオレを見つめた。
「あのですね。本当はカカシさんが我慢してくれていることは分かっていたんです。それとなく、上忍の方々に助言をいただきましたし、カカシさん、私とお付き合い始めてから目の下にくまが出てましたし」
指摘されて、否定しようとした言葉が途切れる。
迂闊だった。どうやらオレはこの一週間浮かれすぎて、自身がどういう状態か確認するのを疎かにしていたようだ。
上忍としてはあり得ない失態に無言で落ち込んでいると、イルカはオレの手を撫でながら「情けないですけど」と切り出した。
「私、お付き合いするのがカカシさんが初めてで、一般的な恋人がどういう経緯を経て関係を深めているのか分かっていないんです。それに相手はくノ一千人切りのあなただし、強く言っておかないと培われた手練手管に流されそうで、必要以上に牽制してました」
知られざるイルカの本音と、それを上回る嫌な情報に息が止まる。
「……イルカ、その情報、誰から聞いたの?」
「カカシさんと関係持ったくノ一方です」
しれっと言われて、思わず胸を掻きむしった。過去の己を今すぐ雷切で貫きたい。
動揺して若干乱れる呼吸を戻そうとしつつ、過去の己が口走った馬鹿な行動を弁解するべく、唇を湿らせる。
「あの、イルカ。その汚名はね。信じてほしいんだけど」
「あぁ、その経緯は紅先生とアスマ先生から聞いてますから大丈夫です。カカシさんも有言実行する方なんですね」
何故かぐっと親指を突き出され、胸に杭を撃ち込まれた衝撃を覚えた。気にするところ、そこ?
胸を押さえてふるふると震えるオレに、イルカはどことなく途方に暮れた表情を見せる。
愁いを帯びたそれが気になって、名を呼ぶと、イルカはへにゃりと笑った。
「あー。正直言って、気後れしてるんですよ。私、カカシさんが抱いてきたくノ一方とは違って、綺麗でもないし、ナイスバディでもないし、そもそも技術もないから満足してもらえるか、自信なくて。だから、これか」
「言わせないよ!!?」
ぞわっと背中に嫌な予感が走り抜けて、上忍の速さでイルカの口を片手で塞いだ。
自分の目が据わるのがわかる。
イルカはオレに口を塞がれて、目を白黒させていた。可愛い。いや、今はそれどころではない、しっかりしろ、はたけカカシ!


「アンタ、今、頑張って特訓するって言うつもりだったでショ? 頷くか、横に振るかで答えなさい」
口を覆う手を離そうと手にかけたイルカへ告げれば、イルカは不思議そうな顔をしつつも、こくりと頷いた。
オレは続けて問う。
「そして、その特訓はオレ以外の誰かから教えを乞おうとしていた?」
当然と言わんばかりに頷いたイルカに、オレは頭を抱える。やっぱり、やっぱりか。
あまりな答えに蹲るオレに、イルカはそぉっと声を掛けてくる。
「あの、カカシさん、どうかし」
「どうかするに決まってるでショ!! アンタね、何が悲しくて、己の最愛な人がオレ以外の男に仕込まれて喜ぶっていうのよ!! そこは、オレと特訓してよ! オレと!!」
全身全霊で訴えれば、イルカはまだ分からない顔をする。
どうして分かんないのと癇癪が出かけて、イルカの言葉に撃沈した。
「いや、だって、カカシさん、『何もできない女はお断り』なんですよね? 文字通り私、何もできませんよ。恥ずかしながら房中術は未修ですし」
「過去のオレを本気で殺したい!」
うつ伏せに倒れ、畳を叩いて呪う様に願った。
確かに自分がしてきたことで、今更どうしようできないことを目の当たりにして、鼻に痛みが走る。そのうち鼻から液体が下りてきてすんすんと啜っていると、背中に重みが乗った。
「!!」
布越しに温かい人肌の感触を受け、思わず体を跳ねさせれば、それを宥めるように背中を撫でてくる。
鼓動は大きく波打った直後から最速の律動を刻んでいる。
イルカはオレの背中に耳をつけるようにして寝転がっているようで、オレの心音はバレバレだろう。
年甲斐もなくドキドキしている自分が恥ずかしくて、でも起き上がってイルカの接触を避けるのも惜しくて、目を瞑って固まっていると、イルカは小さく笑った。
「カカシさん、私もね、すごく心音が早いんです。カカシさんとお揃いです」
ね、聞こえます? と、イルカがオレの背中にうつ伏せに寝転がってくるから、顔に熱が溜まる。特有の柔らかさが背中に押し当てられている。だから、そういうところ! そういう無防備すぎる接触は勘弁して!!


声なき悲鳴を上げて顔を覆い、イルカの胸の感触と微かに感じる心音をどん欲に受け止める。
今となってはこのうつ伏せの状態が非常にありがたい。少々痛いがその痛みも今は助かっている。
下心と理性と、浮かれる気持ちと獣な気持ちが交じり合って、かつてない感情の許容値を超え、無様に溺れていると、這いあがってきたイルカがオレの耳へ囁いた。
「カカシさん。私ね、たぶん満足させてあげられないと思う。でも、カカシさんさえ良ければ教えて欲しい。カカシさんにとって不幸だけど、私はカカシさんに全部教えてもらえることは幸運で、きっとそれは宝物になるから」
密やかに、とっておきの秘密を教えてくれるようにイルカは言った。
その言葉に、息が止まった。
ぐちゃぐちゃに溢れていた感情が凪ぐ。


あぁ、どうしてこんな人がいるんだろう。
過去の最低なオレさえも簡単に受け入れて、真摯に共に歩んでくれる。
あぁ、この人こそが、この人こそオレの―ー。


堪らなくなって、起き上がると同時に、オレの体から滑り落ちるイルカを抱き止めた。
肩口に顔を埋めて、必死に首を振る。
「違う、違うよ、イルカ。オレは不幸じゃない。この世で一番幸せな男だ。だって、アンタこそがオレの宝物だもの」
零れる涙を見ないふりして素早く腕でふき取り、イルカと顔を合わせる。
「イルカ、結婚しよう。もう待ってられない。はたけ家の家訓も、イルカの知らないことも一緒に教えるよ。アンタがオレの奥さんだって皆に言いたい。オレだけの宝物なんだって言わせて。ねぇ、イルカ」
お願い、頷いて。
縋るようにイルカを見つめる。
対するイルカは目を丸く見開いてオレを見つめていたけど、やがて顔を綻ばせ、ひどく優し気な眼差しをくれた。
「はい、喜んで」
その瞬間、必死に耐えていた涙腺は崩壊して、ぼろぼろと大粒の涙をこぼしてしまった。
「うぅぅ、よかったぁぁ、うれじいぃぃぃ」
「あははは、もう、泣かないでくださいよぉ。私まで、泣けてきちゃう」
片やボロ泣きで、片や笑い泣きで、オレたちのプロポーズは告白の時と同様、締まりのないものになってしまった。


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次でラストです!!