カシブタ 2



******



「大丈夫?」
不安な顔をしていたのか、下から気遣う声が聞こえてきた。
大丈夫とイルカは引きつる顔を何とか笑ってみせる。



ここ数日間、テンゾウと会うために夕方は必ず受付所に行き、待ち伏せをしていたが、テンゾウの姿を見ることができなかった。
日が経つにつれて、テンゾウとの気持ちがどんどん離れていくようで、落ち込むイルカをカシブタは何度も励ましてくれた。
そして、今日。
偶然、受付所でテンゾウのらしき人物の話を小耳に挟み、今日帰ってくることを知った。
どうもテンゾウはフォーマンセルのBランク任務に数日予定で出かけていたようで、里にはいなかったらしい。
任務も無事終え、夕方ころには帰ってくるというので、喧嘩別れしたアカデミーの校門前でテンゾウの帰りを待つことにした。
校門に寄りかかり、アカデミー前の空が急速に暗くなっていく様を眺めた。あのときも、これぐらいの時刻だったなとぼんやりと物思いに耽っていれば、アカデミーの建物から見知った気配が感じられた。



校門の影に隠れるようにいたためか、見知った気配はイルカに気付かずそのまま出ていこうとする。
黒い短髪の、少しつり目で、イルカよりも少し大きい体。
後姿を見て、テンゾウだと確信したイルカは声を張り上げた。
「テンゾウ!!」
何か考え事をしていたのか、不意を突かれたように体を震わせ、テンゾウが振り返る。
「……イルカ」
振り返ったテンゾウの顔に一瞬喜色が浮かんだが、それはすぐさま曇って、視線がさ迷った。そして、表情を凍らせて、歩き出すために顔を前に引き戻してしまった。
無視されたような、見なかったことにされたようなテンゾウの態度に、胸が引き絞られた。やっぱりテンゾウは――。
「イルカ、頑張れ!!」
諦めかけるイルカに励ます声が響く。
視線を下げれば、カシブタがまるで自分が傷ついているような顔でイルカを見上げている。頑張れとイルカにならできると、必死な光を宿らせる瞳を見て、勇気が湧いてきた。
うんと、カシブタに頷き、一歩踏み出す。
「テンゾウ…!!」
テンゾウに駆け寄り、前に回り込んだ。
許してくれなくても、許してもらう。
謝り倒してでも、土下座してでもいいから許してもらう。
イルカは、テンゾウとずっと友達でいたいから。



「テンゾウ、ごめん!」
テンゾウが何かを言う前に深く頭を下げた。
一方的に話を切ったこと、テンゾウの話を聞かなかったこと、何より思ってもいないことを口に出したことを謝った。
「ごめん、テンゾウ。俺、まだまだてんでガキで、お前の立場とか言えないこととかいっぱいあること頭では分かってるのに、どうしても納得できなくて…。俺、待つから。テンゾウが帰ってくるの待つから、だから住めなくなったとか言うなよ。俺、お前とずっと友達でいたいんだ。あの家でお前と一緒に、前みたいに住みたいから、だから!!」
顔を上げて、テンゾウを見つめる。
テンゾウはあんまり感情を顔に出さない奴だったけど、白目が多い範囲を占める大きな瞳は感情豊かで、その瞳が頼りなく揺れているのを見て、イルカは手を差し出した。
「ちゃんと、お前と俺の家に帰って来いよ!」
にかりと笑って言い切れば、テンゾウは一つ、二つ息を大きく吸い込んだ後、声もなくイルカに抱き着いてきた。
小さく何度も頷きながら、イルカに抱き着くテンゾウの体を抱き返して、どこか遠くへ行ってしまうであろう友人の無事を願う。
テンゾウに会えないかと、周辺を探し回っている時に偶然知ってしまった。
テンゾウの住んでいた部屋が解約されたのにも関わらず、テンゾウ本人は安宿に泊まっていたこと。部屋にあった、テンゾウの生家で使われていた、今となっては形見である大事な箪笥が質に売り出されていたこと、色んなものを処分していたこと。
導き出せる答えを受け入れるには、イルカは強くもない。
だから、祈った。
未練になれるように願った。
「テンゾウ、帰って来いよ! 俺、待ってるからなっ」
テンゾウに不安を与えたくなくて、絶対に泣かないと決めていたのに、根性のない目から液体が噴き出てイルカは悔しく思う。
でも、テンゾウはそんなこと気にもしないで頷いて、笑ってくれた。
「分かった。泣き虫で抜けてるイルカ一人だけじゃ、心配だからね」
一人で家一軒を管理できるわけないしと、真っ赤な目で憎まれ口を叩いてきたテンゾウに、イルカも違いねぇと笑った。



******



「……あんなにずっと抱き着かなくてもいいんじゃなーい?」
帰り道、笑って手を振ってテンゾウと別れた後、カシブタが不機嫌に言ってきた。
「傍から見て、気色悪かった?」
よく考えれば、人目が多い場所で熱く青春をしてしまったものだ。
だけど、あれは勢いというか、テンゾウと自分の仲では至極当然というものだ。
周囲には悪感情を覚えさせたかもしれないが、イルカとしてはテンゾウとの絆が深まった感じがして気分が良かった。
へへっと笑えば、カシブタは「おもしろくない」と拗ねた声を上げる。
カシブタの不機嫌な理由は分からなかったが、イルカは足を止めてカシブタに囁く。
「なぁ、カシブタ」
「ん?」
イルカの呼びかけに、カシブタの顔が上がり、柔らかそうな銀色の髪がふわりと後ろに流れた。
イルカの生家は住宅街から離れているため、街灯というものがない。
けれど、すっかり暗くなった帰り道は月の光が落ちていて、夜目が利くようになったイルカの目には十分な光量だった。
月の光を受け、カシブタの髪がきらきらと輝く様を綺麗だと思いながら、イルカは地面に腰を下ろして、カシブタと距離を縮めた。



「ありがとう、カシブタ。テンゾウと仲直り出来たのはお前のおかげだ」
鼻を啜り、イルカは笑う。
カシブタは驚くように少し目を見開いた後、ぎこちないながらも照れたように笑みを浮かべてくれた。
よくよく思い返してみれば、カシブタと会ってから初めて笑みを見た気がする。
何となく嬉しくなって、今晩は礼も兼ねてごちそうしてやろうと思い立つ。
「なぁ、カシブタ。お前が好きな食べ物って何だ?」
料理は一通り作れるから遠慮すんなよと言ったイルカに、カシブタは知っているよと返してくる。どうやらここ最近食べさせたイルカの料理はカシブタの舌に合ったようだ。
「秋刀魚とナスの味噌汁が好き。あ、でも天ぷらは嫌い」
苦手な物まで言ってきてイルカは笑う。
「安心しろよ。天ぷらみたいなぜいたくなもん作りたくても作れねーよ」
「それは、安心した」
安堵の息をつくカシブタがおかしくてくすくすと笑っていれば、カシブタは寂しげに呟いた。



「悔しいけど、イルカの料理はもう食べられない」
耳に届いたはずの言葉を理解できなかった。どういうことだと聞き返そうとする前に、カシブタは続けて言う。
「イルカの傷、綺麗になくなったね」
カシブタはイルカの膝小僧の上を撫でるように手を動かし、見つめている。
「さすが、オレ。……傷跡も残ってない」
自分で自分を褒めている癖に、カシブタの声はどこか悔しさが込められていた。
カシブタが言わんとしていることを知りたくなくて、イルカは声を掛けられずにいた。妙な胸騒ぎがして、視線がさ迷う。
カシブタは一つ息を吐くと、視線を上げた。
「ね、イルカ。だから言ったでショ。傷が治るみたいに、元通りになるって。……生意気なことばっかり言ったけどさ、本当はイルカが感謝することなんて何一つないんだよ。オレがいなくてもイルカはきっと仲直りできてた。イルカだけの力で傷を治すことだってできたし、テンゾウって奴ともうまくいっていた」
オレはただここにいて虚勢を張っていただけと、カシブタは寂しそうに笑う。
そのとき、イルカは気付いた。会っていた時よりカシブタが小さくなっていることに、その体が薄く、存在感が無くなっていることに気付いてしまった。
「……嫌だ」
無意識に言葉が零れ落ちる。
カシブタはかさぶたみたいなものだ。だったら、イルカの傷が治れば、カシブタの存在はどうなる?



「絶対、嫌だ!!」
思い立った結論にイルカは立ち上がると、左膝をぶつける様に地面へ飛び込んだ。
カシブタがいる右膝を庇い滑りこめば、ちりちりと熱が走り、後からむず痒いような痛みが走る。
起き上がって左膝を見れば、イルカが望んだ傷がそこには出来あがっていた。前の時よりも軽いが、かさぶたが出来る傷には違いない。
「イルカ」
カシブタが呆れたように、困ったようにイルカの名を呼ぶ。
小言が多いカシブタのことだから、つまらない傷を作るなとか言って顔を真っ赤にして怒り出すだろうが、イルカはカシブタがここにいることを望んだ。
「これでいいよね? これで、カシブタはここにいられるよね。いなくなったりしないよね。ねっ!」
小言が過ぎた後、不機嫌な声で仕方ないでショとすまして言ってくれると思ったのに、予想に反してカシブタは口端を上げて、眉根を寄せるだけだった。
バカじゃないのかとか、それでも下忍なのとか、思い切りバカにされると思ったのに、カシブタは黙ったままイルカを見上げている。
カシブタが何も言わないことが答えなのだと知って、息が詰まる。ひっひと肺が引きつって、気付いた時には大粒の涙が零れていた。
「いやだよ、カシブタ。行かないでよ、側にいてよ!!」
聞きわけのない子供みたいな言葉が口から出てくる。
テンゾウと仲直りが出来て、上り調子だった気持ちが地の底まで落ちる。せっかくカシブタと仲良くなれたのに、これからカシブタといっぱい楽しい思い出を作っていけると疑いもしていなかったのに、突然さよならをしなくてはならないなんてひどすぎる。
カシブタとも二度と会えない気がして、イルカは大声を張った。



「嫌だ、カシブタ、行くな! 行くな!!」
恥も外聞も関係なく泣き叫んでイルカが訴えているのに、カシブタはイルカの名を呼びながら小さく笑い出した。
馬鹿だなと、こんなことで泣くなんて信じられないと笑いだすカシブタに腹が立った。イルカはこんなに悲しいのに、カシブタと別れたくなくて泣いているのに、カシブタが許せなくて睨んで、驚いた。
カシブタも泣いていた。
眉根を寄せて笑いながら、声をあげることもなく静かに泣いていた。
泣くカシブタを見て、胸がひどく痛んだ。
カシブタのように静かに泣く人を、イルカは今まで見たことがなかった。悲しみや負の感情を全く感じさせないのに、逆に、だからこそひどく辛そうに見えた。
「カシブタ、泣くなよ」
黙っていられずに、イルカは声を掛ける。
しゃくりながら、カシブタの頭を指で優しく触れた。
カシブタは笑みの顔を崩さずに小さく笑って、イルカの指に頭を擦りつけてくる。
「泣いてないよ。泣いているのは、イルカでショ?」
これは汗に決まってるじゃないと、嘘にもならない嘘をつくから、イルカは何だそれと返す。だったら俺のだって汗だと言い張ろうとすれば、カシブタは首を振りながら顔を俯けた。
様子のおかしいカシブタに戸惑っていれば、カシブタは震える声で話し出した。



「ごめん、イルカ。オレ、思い出したんだ。全部、思い出した。オレはイルカと同じ木の葉の忍びで、任務中に敵の術に掛かって、こんなことになったんだって」
カシブタの言葉に息を飲んだ。
にわかには信じられない話だったが、泣きながら謝るカシブタの言葉を疑うことはできなかった。
数日の付き合いだったけれど、カシブタは非常に傲慢で高飛車で、プライドがえらく高い奴だということを知っている。だから、そのカシブタが泣いて謝るなんてことは非常事態もいいところで、嘘をついているとは考えもつかなかった。
カシブタの言葉にうんと頷き、イルカはカシブタの話を促す。分かってもらえる訳ないと端から諦めているカシブタの言葉をもっと聞きたくて、イルカは続きを望んだ。
「ちゃんと、聞くから。信じるから、話して」
つっかえながら口に出せば、カシブタの顔が歪んだ。笑みを消し唇を震わせ、悲しみの感情を浮かべたカシブタにイルカはどこかホッとした。
カシブタは顔を覆い、体を震わせ、低い声で吐き出した。
「オレは、つまらない奴なんだ。情けなくて、弱くて、臆病者で、忍びなんて名乗れない……ただの卑怯者なんだ」
苦しげに吐くカシブタの言葉を黙って聞く。
何かを思い出すように視線を上げたカシブタは、真っ青な顔をしていた。
「逃げたくて仕方なかった。里も、父の名も、オレの名も、仲間も、肩書きも、周囲の期待も、昔の約束も、全部が煩わしくて……。だから、敵の術に掛かった。全てを忘れたくて、オレは逃げ出したんだ」
最低だろとカシブタは暗い瞳をイルカに向ける。里の反逆者だ、裏切り者だと、荒んだ空気をまとい、自分の体を抱きしめた。
まるで一人で凍えているようだと思った。カシブタの周りの空気が冷たくて、凍っていて、寒くてたまらないと叫んでいるように見えた。



自分の体を抱いたまま、顔を俯けて、カシブタは数回息を吐きだした後、顔を上げた。もうその顔に涙の跡はなく、顔色も戻っている。
「だから、ね」
カシブタは暗い瞳も荒んだ空気も取り払い、穏やかな気配を醸し出しながら、笑った。
「こんなオレを引き止めるなんてあり得ない。こんな出来そこないのために泣くなんて馬鹿馬鹿しいよ。オレはただ術にかかって、イルカの膝に居座っただけの厄介者でショ? ……だから、オレのことなんて忘れなよ」
優しく笑うカシブタに、イルカはバカじゃないだろうかと思った。
カシブタは自分を裏切り者だとか、出来そこないとか言うが、正真正銘の裏切り者や出来そこないだったら、そもそもそんなことは言わない。他人が傷つき悲しむ様を見て、自分に我慢を強いる優しい嘘をつくような繊細さなんて持ち合わせていない。
「何だったら、オレがイルカの記憶を消してあげる。オレ、ちょっと特別だからさ。イルカの中からオレだけの記憶を消」
「さなくていい!! ていうか、勝手に俺の中からいなくなろうとするな、このバカ!!」
カシブタの言葉を遮り、続けて、イルカは睨みつけた。
本当にこいつはいけ好かない野郎だと、歯を食い締めた。
「お前、バカだろっ。自分で自分を貶めて、最低だって罵って、何一人で悩んでバカみたいに先走って結論出してやがんだ!! 里の反逆者? 裏切り者? 出来そこない? どこがだよ! お前、逃げたって言いながら、俺の膝小僧守るとか抜かして現れたのは、一体何だと思ってんだよ!! 俺の友達を諦めるなって励ましてくれたのは、どこのどいつなんだよ!!」
無性に腹が立って、大声で攻め立てた。カシブタは突然の罵声に驚いたようで、目を見開いたまま固まっている。
口合戦になったらイルカが負けることは目に見えているので、イルカは涙を腕で拭い、放心している間に全て言い切ってやると息を吸い込んだ。
「だいたい本当に逃げたいなら、里の、しかも同じ忍びの膝小僧に現れる必要性がどこにあるんだ!? それこそ野生動物でも一般人でもよかっただろうに、何、のこのこ関係者のとこに来てんだよ、お前、バッカじゃねぇ!? それにな、こんな下っ端の下忍が大声で泣き叫んでいたからって、呼ばれて来たとか言ってんなよ。最初っから守ろうっていき込んでいるのはなんでだ? 里とか仲間とか考えてないって言うなら、貧乏神とか言って出てくれば良かったじゃねぇか! 何もしないで、俺のことだって放っておいて、無関心にやり過ごせば良かったじゃねぇか!! 俺が泣いていたからって、諦めようとしてたからって、傷ついた顔見せてんじゃねぇよ!」
なんでこんな簡単なことに気付かないのか、イルカは不思議でしょうがない。だけど、何となくだが分かる気もする。
要するに、こいつは……。



「お前、友達いねーんだろ! いないから、相談する相手もいなくて、つるんでバカやってくれる奴もいなくて、一人で寂しい寂しいって寒がっているんだろう!? 寂しくて遣り切れないから、全部諦めようとしたんだろ!!」
このドアホが!! と、一息に言い切ってやった。
一気にまくしたてたから息が荒れる。ぜいぜいと荒い呼吸を吐きながらカシブタの様子を窺っていると、カシブタは放心した顔のまま「あぁ」と小さく息を吐いた。
「……本当だ。オレ、友達いないや」
呟いた後、カシブタの表情が動いた。
困ったような、驚いたような、苦笑するような、色々な感情。
ふふと小さく笑い出したカシブタを見て、イルカは一つ咳を払う。カシブタが注目したのを見てとり、おもむろにイルカは言った。
「いないんじゃなくて、いなかった、だ。俺とカシブタはもう友達だからな」
にかっと笑えば、カシブタは心底驚いた顔をしたから、ちょっと傷ついた。あれだけ風呂もトイレも任務も、何もかも一緒に過ごして、テンゾウと喧嘩して凹んでいたのを励ましてくれたり、バカなことを言い合って喧嘩だってしたのに、カシブタの中ではイルカは友達認定をされなかったのか。
不機嫌さが顔に出て、唇が突き出してしまう。それを見て、カシブタは指を差しながら笑った。
「何、その顔っ。ぶっさいくー!」
ケタケタと笑うカシブタに、イルカはますます顔が険しくなる。眉間の皺がこれ以上深くはならないところまでいった時、ようやくカシブタは笑いを止めて、ごめんと一言言ってきた。
「……そうだね。そう。イルカとはもう友達、だよね。いや、もっと大事な…」
イルカを見つめるカシブタの表情に、どきりとした。
白い肌に微かに朱を引き、柔らかく微笑む顔。
熱っぽさと切なさを交えた瞳に見つめられると、落ち着かない気分にさせられた。
親友と思ってくれたのだろうかと、誇らしさと気恥ずかしさで百面相をしていると、カシブタは急に目を伏せて、やっぱり無理だと消極的な言葉を呟いた。
その言葉にムッとすれば、カシブタは寂しげに見上げてきた。
「ごめん。でも、オレのこの記憶。イルカと過ごした記憶は、オレが本体に戻ったら、きっと覚えていないと思う。こういうさ、掛けられた本人の分身を飛ばして衰弱させる術は、分身の記憶が引き継がれないのが一般的だから」
あー、また一人ぼっちかぁ、忘れたくないのにと、困ったように笑うカシブタに、イルカは唇を噛みしめる。鼻がツンと痛んで、喉が痛くなった。
また諦めようとするカシブタに、イルカはふっきるように叫んだ。



「そんなことねぇ! 俺、カシブタが俺を忘れてても絶対友達になる、絶対カシブタを見つけ出して、友達だって認めさせてやる! だから、心配すんなっ、勝手に諦めんな!」
言い切った言葉に、カシブタの目が真ん丸く見開いた。
今までの中で一番大きく見開いたカカシの目に、イルカは親指を上に突き立て、任せろと胸を張ってやった。
「……ホント、敵わないなぁ、イルカには……」
顔を伏せて、手荒く目のあたりを擦るカシブタに、泣き虫とからかいの言葉をかけてやろうかと思ったけど、泣いているカシブタを見て、イルカも泣きそうになっているの気付き、今回は見逃してやろうと口を閉じた。
「ねぇ、イルカ」
鼻を啜った後、カシブタは口布を下げて大きく両手を開いた。
何だと言いながら、カシブタへ顔を寄せれば、カシブタの手が頬に触れる。
冷え性なのか、冷たい手を頬に押し当てられて、少しくすぐったくて忍び笑いを漏らした。
笑うイルカの顔を見つめ、カシブタは少し困ったように目を細める。
「あのさ…。正直なところ、オレの立場って特殊過ぎて、イルカに会えるか分からないんだ。もし会えたとしても、オレ、かなりの捻くれ者だから、心ない言葉を吐いてイルカのこと傷つけちゃうかもしれない。……それでも、イルカはオレに会ってくれる? 諦めないでいてくれる?」
縋るような、不安に瞳を揺らせるカシブタに、イルカは舐めるなと声を張る。
「諦める訳ない! 俺、忍術の成績は悪いけど、根性だけは人一倍あんだからなっ。それに、カシブタが性格悪いの承知の上だ。カシブタが嫌がっても、追いかけて無理矢理友達になってやるよ」
心配すんなってと笑って、口を引き上げる。それと同時に、溜まっていた涙が頬に流れ落ちた。
目の前のカシブタは、もう消えかかっている。触れているはずの手の平の感触も曖昧なものになっていて、別れが近いことをイルカに伝えた。



「あーぁ、泣き虫だなぁ、イルカは」
イルカが言ってやろうとした言葉をカシブタに言われて悔しくなる。
ぼろぼろと泣くイルカに対して、カシブタは笑っているから何も反論できずにいれば、カシブタはもう一つ、わがまま言っていいかなと聞いてきた。
涙が邪魔でカシブタが見えない。でも、涙を拭おうとすればカシブタが完全に視界から消えてしまう。
瞬きを短く繰り返しながら、まだそこにいるカシブタを見詰めて、イルカは頷いた。
「この際だから、何でも言え! 絶対、叶えてやるからっ」
カシブタはイルカの言葉に嬉しそうに笑いながら、顔を近づける。
あまり近づくとカシブタが見えないと文句を言おうとしたイルカに、カシブタは小さく囁いた。



「イルカと一緒に暮らしたい」



微かに唇を突かれた感触と、ぎゅっと抱きしめられた感覚を最後に、カシブタは消えてしまった。







戻る/ 3


----------------------------------------

カシブタくんは色々と繊細なんです。
ちなみにイルカ12歳、カカシ15歳ぐらいの設定です。