両思い

俺は今、訳の分からない事態に襲われている。


目の前には、どえらい美形の男が素っ裸で微笑みながら立っている。うん、そう、立っているのだ、己の分身というものも一緒に!!


顔の作りもさることながら、男の裸身は男の俺から見ても惚れ惚れするほど鍛えられたもので、艶めかしい白磁の肌と相まって、俺と同じ人間とは思えぬ、まるで神が丹精込めて作った美の化身のようだ。だが、ただ一つ、美を冒涜せんが如きものが鎌首を構えてこちらを見据えていた。


思ったことはただ一つ。
でけぇー!!


ちらっと視線を向けた先でやはり第一印象と変わらぬそれを認め、ついでに自分のものを見る。
とんだ展開に委縮しているのか、平常時よりも縮こまっているそれが哀れになってきた。
ごめん、俺の分身よ……!!
いいよ、気にすんなよ相棒とばかりに、俺の動きに伴って横に揺れたそれを見ていれば、目前にいる男が小さく笑いながら距離を縮めてきた。


「先生の、かーわいい。食べちゃいたい」
語尾に物騒なマークがついたような気がして俺は思わず股間を両手で隠す。


おそるおそる男を見れば、男はじっと見つめていた目を俺の視線に合わせ、「なーんてね」と微笑み、誤魔化してきた。
だが、今の発言は絶対本気だっただろう。
笑みにたわんだ細い目の奥、冗談ではすまされない危険な光が今も爛々と輝き、俺の相棒にロックオンされている。
あぁ、こういう時はどうすればいいんだ!! 「やった! 棚から牡丹餅っ」と喜んでいいのか、それとも素直に「恐えぇ!! あんなの入らねぇよっ」と思えばいいのか!?



混乱する頭で昨夜の記憶を探る。


昨晩、俺は一楽でテウチさんを相手に管を巻いていた。
話題は俺の辛い恋の話だ。テウチさんは最初こそ俺が男に惚れたということに少し驚いていたが、黙って俺の話を聞いてくれた。


端から見込みのない恋だった。
相手は何せ、里の誉れと言われる写輪眼カカシ。


女にも男にもモテ、けれど本人の浮ついた噂は一切皆無。
ただひたすらに高難易度の任務を遂行し、それを鼻にかけることもなく、仲間たちを体を張って守る、最上級の出来た男。
忍びとしても人としても尊敬を集め、この男に似合う伴侶はそんじょそこらの者には務まらないと言わしめた。


平平凡凡な俺がどの面を下げて告白できるのだろうか。
ましてや、ただ単に元教え子が、カカシの下についたという細い関係しかないのに、カカシ先生に余計な気苦労を与えるだけで終わってしまう。
子供たちの話をしようと飲みに頻繁に誘ってくれたが、それは単にカカシ先生の子供たちに対する愛情が成せる業であろう。


「イルカ先生」と少し酔った顔で俺を見つめる度に、甘くときめく心を何度握りつぶしたことか。
最近富に、カカシ先生から誘われる機会が増え、嬉しい気持ちと同等に恋する気持ちを握りつぶす痛みにとうとう堪えかね、俺は過去例がないほど泥酔してしまった。


テウチさんに辛い、苦しいと胸の内を吐き出していると、誰かがもう一人やってきて、俺の話を真摯に聞いてくれた記憶がある。
その誰かは霞みに影っていて分からないのだけど、そいつも辛い恋をしていた。だが、諦めないときっぱりと言い切っていた。
そんな姿に感動し、俺の告白しない訳を話したら共感して泣いてくれ。
とにかくとてもいい奴だった。兄弟の契りなんかを結びたい気持ちに駆られもした。
そんな気のいい誰かの肩を借りて、おれの家に泊まれみたいなことを言われて、ありがてぇと思った記憶で切れている。


そして、衝撃の朝につながる。
目を覚ませば、そこは知らない家で、おまけに美形な顔が間近にあった。
昨日の酒はいい酒だったようで二日酔いはないももの、酒臭い自分の息と体臭に気付いて申し訳ない思いに駆られた瞬間、美形な男は前触れもなく目を覚まし、色違いの目で俺を数秒見つめると、にっこりと笑って言ったのだ。


「おはよう、イルカ先生。大好きだよ。一緒に風呂に入ろうね」と。


聞き覚えのある声と、特徴的な赤い瞳と銀髪に、目の前の美形が誰かを思い知るよりも早く、男は俺を抱き上げるなり風呂場に運び、呆然自失となっている俺の服と自分の服を脱ぎ捨て、今に至る。


そう。俺の目の前で、分身をいきり立たせているカカシ先生と風呂場で向かい合っている。




「うおおおえあえああああああ!?」
現状を今一度把握し、今まで沈黙していた声がようやく飛び出た。
起き掛けに言われた言葉が頭を回る。
うわ、どうした、何が起きた!?


告白されたのだと頭では理解しているものの、その好きという言葉の種類は俺とは違うものかもしれない。
ぬか喜びだ、現実を直視しろイルカ!!
己に言い聞かせていれば、問題のカカシ先生は俺の気持ちを読んだように口を開いた。


「言っておくけど、恋愛感情だからーね。この一物見て分かるでしょう?」
爽やかな口調の癖に、ぎらついた目をこちらに向け、一歩踏み込んできた。
「い、いやいやいや、それは生理現象という可能性も……!!」
成り行きについていけなくて、踏み込んできた分一歩後ろに下がる俺。
カカシ先生は口端を引き、朝には似つかわしくないほどの色気を垂れ流して言う。


「イルカ先生を見て、こんなになってんの。ほら、もうよだれ垂らして大変。生理現象でそんなことになるって思ってんの?」
鈍いねぇ、先生はと、ゆっくりした動作で、でもカカシ先生は俺に確実に歩み寄る。
嬉しいはずの言葉なのに、なぜか腰が引けてしまい、無意識に後ろへと下がる俺の背に、冷たく固い感触が当たる。


小さく息を飲む瞬間、俺の目の前に来たカカシ先生は俺を囲い込むように両腕をつき、顔を近づけてきた。
咄嗟に目を瞑った俺の耳に熱い息が触れた。びくりと体が跳ね、反射的に突き飛ばそうとした手はカカシ先生の一言で止まった。


「イルカ先生、好きだよ。オレと付き合って下さい」


触れた熱い息が遠ざかる気配に目を開けば、ちょっと困ったような顔で照れているカカシ先生の顔が見えて、俺は何だか胸がいっぱいになった。


カカシ先生をそういう意味で好きになった瞬間を思い出す。
ナルトたちが下忍に合格したと伝えに来てくれた時、自分たちの先生を紹介すると連れてきてくれた。
火影さまからカカシ先生の厳しさや、忍びとしての優秀さを聞かされていたせいか、ひどく緊張してしまい、粗相があってはならないとガチガチに固まってしまった。
そんな時、カカシ先生は俺を見て、ちょっと目を見開いた後、今みたいな顔を見せたのだ。


高名であることが、逆に修羅場とも地獄ともいえる世界を生き抜いた証拠ともいえる。そんな忍びの世界を俺よりもよく理解している人が見せた表情に、俺は衝撃を受けた。
初めて子供たちを受け持ち、喜んでいるような、でもどう扱えばいいか困っているような。
そして、子供たちに先生と呼ばれて照れている顔。


一瞬のうちに、様々な感情を見せてくれた、愛らしいその人に、俺の心は落ちてしまっていた。


再びあの時の顔を見て、顔が歪んでしまう。
あぁ、もう、いいじゃないか。俺の恋は決して見込みのない恋なんかではなかったのだ。


突然泣き出した俺にカカシ先生はひどく動揺していた。
必死に慰めるための言葉を探すカカシ先生へ、俺は息を吸いこみ言った。


「俺もカカシ先生のことが好きです」








おわり








(おまけ)


「カカシさん、一体俺のどんなところ見て好きなったんです?」


あの告白の日から、数か月。
自分の部屋に帰ることより、イルカの家に入り浸ることが多くなったカカシへイルカは尋ねた。


居間でごろごろとお気に入りの本を読んでいるカカシは、顔を上げてイルカを見る。
入れたての茶を卓袱台に置けば、カカシはありがとうと言いながら、匍匐前進でイルカの元へと這い寄ってきた。


熱い茶を啜りながら動向を窺っていると、カカシはイルカの膝にたどりつくなり頭を乗せる。そして、美麗な顔を子供のような笑みで飾り、言ってのけた。


「初めて会ったときですよー。もう、イルカ先生ってば、生まれたての犬みたいにぷるぷる震えてるんですもん。そのくせ、一生懸命粗相がないように気張っている様子とか見たら、もう堪らなくなっちゃって。あぁ、こんな可愛い人がこの世にいたのかーって思うと同時に、どうやってお近づきになろうかと困っちゃいましたよ~」


だって、アンタ、傍から見ても同性愛なんて受け付けそうになかったし、と、続けざまに言われた言葉に天地がひっくり返るような衝撃を受けたイルカだった。









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18禁を入れようと思ったけど、切りが悪くなるので止めました。
人はそれを「逃げ」という。

ふふふふふふふうふ。