男友達 1

「あなたっていう人は、なんで男友達が多いんですか?!」



夕飯を食べ終え、食器を洗った後、まったりと茶を啜っていると、すったもんだの騒動を経て、自称妻と言い張る、不気味なだけのストーカー同居人から恋人へと華麗に転身した、外面だけは異様にいい中身変人の上忍、はたけカカシが真面目な顔をして「話がある」というもんだから、同じように正座して対面すれば、逆ギレ気味に激昂された。

このバカ上忍が……。


特Sランクの任務が入ったのかと、今だ慣れそうもない覚悟を決めた自分が哀れになってくる。
やれやれと足を崩し、少々冷めてしまったお茶を口に含む。そういや採点付けが少し残ってたっけと、持ち帰った仕事を今から片付けようかと考えていれば、
「ひどいっ、イルカ先生! 妻であり恋人であるオレの言葉を無視してテストの採点付けのことを考えるなんてっっ! 男はみんな狼なんですよっ、警戒心なさすぎですっっ」
鋭い。さすがに腐っても上忍だなぁ…。
かわいいイルカ先生なんて一口で食べられちゃうんだからッ、食べられてもいいというんですかひどいひどいバカバカバカッ愛がないっと頭の緩い発言をかましながら、顔を覆ってさめざめと泣くカカシさん。



この人、本当にあの写輪眼のカカシなのかな。そっくりさんじゃないのかな。あぁ、でもそっくりさんだった方が良かったよなぁ。
写輪眼のないカカシさん。
忍びじゃない、一般人のカカシさん。
俺より弱くて、俺が守ってあげられる、危険な任務とは無縁の平凡な生活を送るカカシさん。



普段は顔の大部分を覆い隠している口布と額当てを外し、涙といわず鼻水までも盛大に垂れ流す美貌の男を見て、半ば本気で夢想する。けれど――。



振り乱れた銀色の髪に見え隠れする赤い瞳。
覗き込めば三つ巴の紋様が見える、うちは一族に供わる血継限界。



うちはとは血縁関係にないカカシさんが何故その目を持っているのかは知らないけれど、俺なんかじゃ想像もできない思いや出来事を経て、移植されたのだろう。
でも、例え写輪眼を持っていなくとも、カカシさんは今と変わらぬ任務を割り振られるのだろうし、例え一般人だったとしても、カカシさんの修羅は変わらずに存在するのだろうなと考えるより先に分かってしまう。



到底叶わない夢想は立ち消え、代わりに自嘲的な笑みが浮かんでしまう。
一番嫌になるのは、分かっていても俺からカカシさんの元を離れることはないということだ。失う辛さを嫌というほど知っているのに、もう二度と味わいたくないのに、傷付くと分かっていても共にありたいと願っている。
要するに、俺は惚れているのだ。
いついなくなってもおかしくない人なのに、惚れて惚れて惚れ抜いちまって、自分が壊れてもいいほどにカカシさんにイカレちまってる。
だというのに、人の気も知らないで、おいおいと泣きわめいて、お門違いもいいところだ。
だいたいそんなくだらないことでよく泣けるもんだ。
友達は友達だろ? 何を心配する必要があるんだ。しかも、何故、男限定?



カカシさんは俺のことをことあるごとく可愛い可愛いと目が腐った発言をしてくるが、可愛いのはカカシさんの方だ。
秋刀魚を食べてるときの幸せそうな気の抜けた顔といい、やることなすことが子供じみていることといい、すぐ拗ねるしすぐ泣くし、泣いたと思ったら笑うし、変な笑いのツボ持ってるし、分かりにくい悪戯しかけては引っ掛かった人を見て一人悦に入ってるし、褒められることしてるのに照れ臭くてわざと気難しい態度とったり、美声なのに実は音痴だし、パンツはイルカ(動物)柄だし、俺のパンツまで案山子柄にしようとするし(断固、拒否、死守した)、嫉妬しては殺気で人を殺しかけるし、バレンタインにチョコあげなかっただけで任務で「チョコ−!!」と涙ながらに雄叫びあげて敵を切りまくってたらしいし(アスマ先生、談)、とにかくこれで可愛いと思わない人がいたらお目にかかりたいほどカカシさんは可愛くて、魅力的な人だ。



というわけで、むしろそういう心配しているのは、俺の方だ。
女は言うまでもなく、それこそ男にもだ。
俺はいつ誰かにカカシさんを取られはしないか、日々、戦々恐々と過ごしている。
それなのに全く分かってないんだもんなぁ。
でも、俺のこと心配してる間は、回りに目を向けることがないかもと、ちょっと期待する自分がいたりする。
女々しすぎるなぁ、俺。
男としてどうよとも思わなくもないが、これも惚れた弱みっていうやつだろうか。
情けない自分にため息をつきつつ、ひとまずカカシさんを泣き止ませることにする。


目や鼻を乱暴に擦るせいで、元から白い肌が真っ赤に腫れ出している。
畳に滴り落ちんが如く、号泣するカカシさんの顔をいつも持ち歩いている手ぬぐいで優しく拭ってやる。
涙の後に、鼻水を拭い、締めとばかりに鼻先を覆えば、潤んだ瞳がちらりとこちらを窺い、ち−んと鼻を噛む。そして照れの混じったはにかんだ笑みをこちらに向けてきた。
きゅきゅ〜んと心臓だか胸だかわからんところが、変な音を出して、甘い痺れに襲われる。
可愛い。抱きしめて、無茶苦茶に撫で回したいほどに可愛い過ぎる。
油断すれば緩んでしまう顔を引き締め、俺はとんでもない妄想に捕われている、カカシさんを救うために、膝を付き合わせ向き合った。



「カカシさん、俺は女が好きです」
俺の言葉に、せっかく引いていた涙が瞳にあっという間に溜まる。
涙と鼻水が一気にどばっと出る顔も、ぶっさいくな可愛さがあって好きなんだけど、再び泣かせるのは忍びなくて、俺は言葉を続けた。
「なのに、カカシさんと恋人になってる意味、わかりませんか?」
「ふぇ………!」
うりゅと泣きそうになっていた顔が突如固まる。
首からだんだんと上に赤みが差していき、見えるところ全てが真っ赤になる頃には、カカシさんの顔には満面の笑みが浮かんでいた。
「ぅっっ!!」
目にした途端、ドガンと胸を強かか殴られるような衝撃に目が眩んだ。
一歩後退して衝撃をやり過ごせば、瞬間、視界が白く瞬き、どこからともなく懐かしい声が聞こえてきた。
はて、あれは花畑か? あ、川向こうに、会いたくて堪らなかった人たちが手を振ってる。お−いと、応えるように手を振れば、ますます手を振り返してくれた。考えるより先にうれしくなって、俺はそちらに駆けた。
足を進めながら、そういえば最近ここによく来ていることを思い出した。いや、待てよ。だいぶ昔、初めてAランク任務を任されたときも来たっけ。不意をつかれて腹をかっさばかれて、気が付いたらここにいたんだよなぁ。いや〜、あんときはさすがに死ぬかと――



『イルカ、しっかりなさいッッ』



「ふおぅっっ!!」
川目前に来たとき、懐かしい顔ぶれに怒鳴られ、我に帰った。
はたと周辺に視線を散らしても、先程までいた人たちや川やお花畑はなくなっていた。
心臓を押さえ、カカシさんから視線を逸らせる。
押さえた心臓はきりきりと痛みをもち、自分の限界以上の走りを見せた後のように、異常な心音をがなりたてていた。
危ない、危ない。今日は完全に不意うちだったなぁ。またどこかへトリップしちまうところだった。
一人でに熱の集まった頬を擦り、深呼吸で息を整える。



最近では、気が付いたら床にぶっ倒れて鼻から大量出血、やたらと体が冷えて、指先がかじかんでいることはなくなったが、つい気を抜いてしまうと、先程のように不思議体験を経験してしまう。
やはり里の誉れである上忍とお付き合いすることは、しがない中忍風情では荷が重過ぎるのだろうか。……いや、これも俺の鍛練不足に違いない。修業あるのみだぞ、イルカ!! けど、やっぱすごいなぁ上忍っ! 笑顔だけで戦闘不能にできるなんてすごすぎ…ッッ!!
明日から倍の距離の走り込みをするかと、早速考えながら、落ち着いてきた心音を機に、逸らしていた目を戻す。そして、すぐに悪い想像をして落ち込んでしまう可愛い人の頬へ、そっと唇を寄せた。



びくっと体を跳ねさせて、目をまんまるく見開いて凝視してくるカカシさんの目を、真正面から受け止めて、しっかりと見つめ返す。 
「だから、こういうことをするのはカカシさんだけです。それと、俺がこういうことをしたいと思うのもカカシさんだけです」
きっぱりと言った後、じんわりと自分の頬がほてってくるのが分かる。
あぁ、誤解を解くためとはいえ、やっぱり苦手だな、こういうことするの。
カカシさんはしばらく夢見心地のような顔でぽぅっとしていたが、顔を合わせるのも気恥ずかしくて元の場所に戻ろうとした俺の手をいきなり引いてきた。



突然の行動に対処できなくて、あっけなくカカシさんの腕の中に囲われる。身長は大して差はないのに、悔しいことにカカシさんの方が体格に恵まれている。
ぱっと見は、俺の方が勝っているように見えるのだが、着痩せするだけで、胸板から腕や足の太さはカカシさんが上だ。
それが単なる贅肉だったら諦めがつくものの、全てが無駄のない良質な筋肉だけに嫉妬を覚えるばかりだ。鍛練の仕方を色々変えても、固い筋肉しかつかない自分とは大違いだ。
いい体しやがってとやっかみの視線を上に向ければ、上機嫌だが何か企んでいそうな笑みを浮かべたカカシさんがこちらを覗き込んでた。
「情熱的な言葉は嬉しいんですけど、どうせならこっちにしてくださーいよっv」
泣いたカラスがもう笑った。
おまけに調子に乗って、唇を突き出す始末だ。
さすがにたこチュ−は気持ち悪い。泣かせたくなる顔だよな。
にこりと受付業務で培われた笑顔を貼り付ければ、カカシさんの顔が期待で輝いた。それを目におさめながら、おもむろに顔を片手で鷲掴む。
「カカシさん」
「ん?」
ようやく甘い雰囲気にはならないことを悟ったのか、訝しげな声で応えた男の顔に、その通りだとばかりに指へ力を込めてやる。
「調子に乗らないでくださいね〜」
「きゃぁぁぁ、痛い痛い痛いっっ」
胡桃の殻をも粉砕する俺の握力に、さすがのカカシさんも悲鳴をあげ、降伏のタップを俺に示した。
鬼畜生ではない俺は快く解放してやる。
どっこらしょと身を起こせば、いたい−、イルカ先生の馬鹿力と涙目で非難された。
それを鼻で笑い飛ばし、事の始まりとなった出来事を聞くべく問いただした。



「で、今日は一体何を見たんです? 帰ってから様子がおかしいとは思っていましたけど、何があったんですか?」
しばらく拗ねた瞳との我慢比べになったが、無言でいるのも飽きたのか、渋々といった感じで口を開いた。
「だって…、今日はイルカ先生残業なしで帰れるっていうから、一緒に帰って新婚さん定番の夫婦で商店街のお買い物、お店のご主人や主婦に『まぁ、仲の宜しいことで、ごちそうさまっっv』っていわれて『まぁ、そんなこと……実はありますけどっvv』って恋人繋ぎしてラブ×2ぶりを見せ付ける計画だったのに、イルカ先生ってばオレのこと気付いてくれないばかりか、隣に座っていた男と仲良さそうに話しちゃって! その汚れなき天使の微笑みを向けるだけに飽き足らず肩まで触れて…!! そ、それに、あろうことかイ、イルカ先生の、み、耳にいい息吹き掛けっっっ」
そのときのことを思い出したのか、カカシさんの体からチャクラが流れ出、見ている側からチャクラが密になり、バチバチと放電し始めた。
今、電気消したらキレイだろうなぁと関係のないことを思いながら、言葉をつかの間忘れる。



友達と喋っていりゃ、おもしろかったら笑うし、馬鹿なこといや小突くし、内緒話だってするだろ。普通だ、普通。日常生活の一コマだ。
それにしても、夫婦で商店街の買い物って……。
180cm近い男が二人、手を繋いで歩いていても微笑ましくもなきゃ、不気味で声なんてかけられないだろう。商店街の皆さんにそんなこと求められても困るっていうか、見て見ぬ振りが一番妥当な行動だよな…。俺でもそうするよ…。
ぷりぷりと口を膨らませて可愛く怒っているのに、身に纏わり付かせるチャクラの禍々しさがすごいギャップだ。
どちらがカカシさんの本当の心情なのか判断できない。仕様か? それは上忍さま仕様の怒り方なのか?



「カカシさん、穿って見すぎですよ。あいつとはただの同期の友人で、そんな勘繰られる仲じゃありませんて」
馬鹿馬鹿しいと手を振れば、「勘繰られる仲であってたまりますかっ」と殺気と怒気を倍増させ、食ってかかられた。
もろにぶつけられたそれに、声にならない悲鳴と共にひゅっと肺から空気が押し出される。
幾分慣れたとはいえ、名高い忍びの気をもろに浴びるのはきつすぎる。
意識をもっていかれまいと踏ん張っている中、カカシさんは聞いたことがあるフレ−ズを繰り返してきた。
「イルカ先生は全く自分のことが分かってません! かわいいイルカ先生を狙う輩は多いんですっ。オレがいなかったら一口で食べられちゃうばかりか、踊り食いですっ! 今頃イルカの踊り食いされてましたッッ」
えぇ−、踊り食いって。白魚じゃないんだからさ。何か納得いかね−……。
何か悲しいことを思い出したのか、鼻をすんすんさせて瞳を潤ませてる。それに伴って、発狂しそうなほど濃密だった気が薄れた。
再び同じ展開を繰り返しそうで、俺は先手とばかりに話を変えることにする。



「カカシさん、俺の周りにいる奴らが俺のことどう言ってるか知ってますか?」
すっかりしょげて、銀の髪が心なし下へと垂れ下がっている。
膝を抱え、拗ねたときに見せるお馴染み座り方をし、カカシさんが口を開いた。
「かわいくってかわいくって、誰の目にも触れさせたくなくて、誰かに見られるくらいなら、いっそ監禁して檻の中に閉じ込めておきたい……」
犯罪だろ、それ。つか、俺は捕虜か?
「…カカシさんの冗談はさておき、俺の周りからの評価は『いい人』程度ですよ。可もなく、不可もなく、平凡で、普通のどこらでもいそうな奴ですって。それが証拠に――」
一旦言葉を止め、カカシさんを見れば、未だにしょげ返っている姿がある。あぁ、出来れば言いたくなかったんだけど、これも惚れた弱みってやつか。
俺は長年隠していた情けないともいえる事実を、口を尖らせて言った。



「こ、こういったお付き合いはカカシさんが初めてなんですからねッッ!!」
カッと顔に血が上る。
とてもじゃないが真正面から向き合うことができずに、顔を逸らしてしまった。……やっぱ引くかな。この歳で初めてお付き合いしただなんて、情けない以前にドン引き??
黙ったままのカカシさんの反応が気になって、掠めるように視線を走らせれば、やに下がった顔に出迎えられた。
「知ってーるっv」
その後に続いた上機嫌の声音に、二の句が継げない。つまり、それって……。



「俺のモテなさ加減知ってるなら、そもそも心配する必要ないじゃないですか……!」
己のモテなさ加減を見透かされていた事実に、衝撃を受ける。
知っているなら、それこそいらぬ心配だ。
くそぅ、モテ男はモテなさすぎ男に対する気遣いってものがなっていない!
「それで、イルカ先生の初めてはぜーんぶ、オレがいただいたんだーよねv」
上機嫌にチュッとこめかみに口付けられ、大いに睨みつける。
そういうことなら、俺にこそ言い分があるのではないかッ。
「カカシさん、ずるい! 俺はカカシさんしか知らないのに、カカシさんは俺以外の人に初めてを全部あげてるなんてッッ。不公平だっ!!」
言っても仕方ないことだと分かっているが、言わずにはいられない。
どうしてくれるんだと主張すれば、カカシさんは鼻の下を伸ばして何故か喜んでいた。
なんで、そこで喜ぶ?!
悔しくて、すり寄ってきた髪の毛を引っ張ってやった。
痛い痛いと口では言っているが、その口調が喜んでいる。
俺は本気で怒っているんだと頭突きを食らわそうとして、その直前でカカシさんが慌てて口を開いた。



「もう、嫉妬しちゃって可愛いんだからっ。いいよー、そうしたら明日皆の前でオレのとっておきの初めてをあげるから、楽しみにしてーてv」
だから頭突きは止めてねと頭を撫でてくるカカシさんに、俺は首をきっぱりと振る。
「いーえ、今、下さい! こう見えても俺はせっかちなんですっ。それに、カカシさんに関することで待てるほど辛抱強くもないんですからねっ」
啖呵を切って人差し指を突き付ければ、カカシさんはきゃっと何故か喜んだ。
「もうぅぅぅっ、イルカ先生ってば大胆っ。今日は頑張っちゃうッッ」
と、弾んだ口調で言われた後、不思議なことに俺は寝室に連れて行かれ、やり残していた採点付けを結局できない羽目に陥ってしまった。
カカシさんの発情条件は突拍子もなくて、俺にはよく理解できない。






戻る/ 2


----------------------------------------

私の努力はここまででした……orz
出来れば、全部書き上げて載せたかったなぁ…。この後のオチをどうしようかと、悩んでいる最中でもあります…。
前途多難だ……。


追記:祭り終わってからと思いましたけど、加工し直しました〜。禁じ手、発動ッ!