恋愛相談?(カカシ編)

「オレ、好きな人に告白されるのが、夢なーのよね」



突然発言したカカシの言葉に、上忍待機所にいる者たちの誰もが一瞬身動きを止めた。
そして次の瞬間、誰も彼もが出入り口へと殺到した。
我先に逃げ出す後姿を眺めながら、カカシは今日も自分の相談に乗ってくれる、心優しい友人へ視線を向ける。
「ねぇ、アスマ。どうしたらイルカ先生は、オレに告白してくれると思う?」
カカシの斜め前。
立派な髭を生やした男はワイヤーに身を拘束され、床へと転がっていた。
カカシの発言にいち早く動いたのはアスマだったが、それよりも早くカカシは本気で拘束してきた。
今日こそは逃げ切ってやると意気込んでいたのにこの体たらく。
相談と言いながら犯行予告を宣言してくるカカシの話は、こちらまで片棒を担いでしまったような後味の悪さが残るため、遠慮しておきたい類のものだった。
それがアスマも知る、忍びとはかけ離れた善良と言っていいほどのお人よし、部下達の恩師ならばなおのこと。
出来るなら、カカシの毒牙にかかる、いたいけな羊に忠告してやりたい。しかし。



「言っとくけど、イルカ先生に妙な入れ知恵したら、あんたのその髭。二度と生えないようにしてやるかーらねっ」
にこっと唯一覗く右目を細め、明るい感じに言ってくるが、千の技をコピーした男が言うと洒落にならない。
髭の手入れをしている時、何気に幸せを感じるアスマにとって、カカシの脅しは非常に堪えた。
イルカ、すまねぇと、アスマはイルカよりも己の髭の安否を、本日も取るのだった。



アスマが観念したことを察したのか、カカシは上機嫌でワイヤーを外すと、アスマにソファを勧める。
どことなく肩を丸めてソファに座ったアスマへ、カカシはふふと含み笑いを漏らすと、再び尋ねてきた。
「ねぇ、ねぇ、どーしたらいいと思う〜?」
体を前のめりにさせ、アスマの言葉を待っているように見せるカカシだが、アスマはカカシの内心を理解していた。
何度も何度もカカシの話を聞かされていれば否が応でも分かってくる。
カカシはアスマの助言を聞きたいのではない。カカシは語りたいのだと。
アスマはめんどくせぇとため息に込めて吐き出し、恒例となったやり取りの始めの言葉を発した。
「おめぇはどうしたいんだ?」
アスマの言葉に、カカシの瞳が光り輝く。待っていましたと言わんばかりのカカシの態度に、アスマはこれから始まる話を思い、遠い目をした。



「今、オレ、イルカ先生に殺気ぶつけてるじゃない? 一瞬だけど濃厚なの。で、その直後にオレ、イルカ先生の前に現れてるでショ」
カカシの発言に、あぁと頷く。
いつの頃かは明確に覚えていないが、カカシはイルカを見れば必ず殺気をぶつけている。それも巧妙な手口でカカシだとは全く気付かせないようにだ。
それがどうしたと視線を向ければ、カカシは狡猾な光を右目に浮かべた。
「吊り橋効果って知ってる?」
「あ? 吊り橋が揺れる中、男女がすれ違うと恋と勘違いしちまうってあれか?」
アスマの言葉にそうそうと頷き、カカシは黙る。アスマも釣られるように黙り込み、カカシの言わんとすることを理解した。
「……通用すんのか、それ」
男女間ならばいざ知らず、相手は男。それも見るからに恋愛面には疎そうなイルカだ。
最近不整脈がひどくてと、友人に愚痴っているイルカを思い浮かべ、その想像が一番らしいと頷いていると、カカシは口に両手を当てて、ぷぷぷーとわざとらしい笑いをよこしてきた。
「も、だから、熊は熊止まりなんだーよねぇ。イルカ先生のことちぃっとも分かっちゃいないんだから〜」
カカシよりもイルカのことを分かっていたらいたで、カカシは不機嫌になる癖にとアスマは胸の内で顔を顰める。
だいたいカカシがイルカの話を上忍待機所でする時は、牽制と威嚇が主だ。
受付員であるイルカの元へ、連続で書類を提出しただけで威嚇対象となるため、迷惑なことこの上ない。
腐っても里を代表する忍びの反感を故意に買いたい奴らは皆無と言っていいが、イルカに対して何も思っていない連中ほど、うっかり連続提出をするため、カカシがイルカの話をする雰囲気になれば皆逃げることが常となっていた。
やっぱりオレが一番のイルカ先生の理解者なんだよと、含み笑いを漏らすストーカー疑惑男に掛ける言葉はない。
煙草に火を点け、浮かれているカカシを横目で観察していれば、カカシは嬉しそうに言葉を続ける。



「あーのね、ああ見えて先生って、初心なのよ。というか、淡い恋心的なものは何度か芽生えてるだろうけど、恋ってやつを知らないの。任務じゃ結構な場数踏んでいるのに、初体験もまだなのよ、先生ってば!! これって奇跡だよねっ」
きっと神様がオレにくれたご褒美的な存在なんだよと、両手を組んで天を見上げるカカシに、乾いた笑みが零れ出る。
一体いつからカカシはイルカに目をつけていたのだろうか。聞けば答えるだろうが、とんでもない答えが返ってきそうで、アスマは沈黙を守った。
「だから、殺気を浴びてのドキドキと、好きな人に対するドキドキなんて、全く分からなーいの。明日か明後日くらいにイルカ先生から告白してくーるよ」
断言してきたカカシの言葉に、アスマはロクでもない予感を覚える。思わず額に手を当てため息を吐けば、カカシはにっこりと決定的な言葉を吐いた。
「イルカ先生の日記にそう書いてあったから確かだーよ。今日、友達に相談して具体的な案を練るってさ。もー、先生ってば可愛いよね〜。失敗したくないからって、恋愛相談なんかしちゃうんだよ〜」
オレはいつでもオッケーなんだけどな、早く告白してこないかなーと、浮かれるカカシに良心というものはないのだろうかと、アスマは真剣に思い悩む。
カカシとの付き合いは長いが、こいつこんなストーカー野郎だったっけと過去を思い返してみるが、任務ではストイックに事をこなし、酒はほどほど、女は郭だけと、大層出来た男だったと記憶している。極たまに、今日は急いで里に帰らなくちゃいけないと、鬼気迫る勢いで任務をこなしている姿を見かけたが、もしかすると、もしかするのだろうか。
『今日は授業参観日だ、邪魔するな』と、目を血走らせて敵を屠っていたカカシをふと思い出し、藪から蛇を出してしまった心持にさせられた。
恐い。純粋にそう思う。



「オレ、イルカ先生と恋人になったら一から色々と教えてあげるんだー。ていうより、オレ色に染まれっていうの? イルカ先生ってば、初心は初心でも知識持った初心じゃない。だからこその羞恥心ってのがあるから堪んないよねー。やっぱり恥じらいってのは大事だと思うの。昔から唾つけてたけど、よくぞここまでオレの理想に育ったもんだーよ。ま、それなりのフォローは逐一してたけど、やっぱりイルカ先生の根っこの部分の勝利だーね。言っとくけど、オレ色に染まったイルカ先生が例えどれだけの魅力を発しても、一切手出しさせないかーらね。オレだけのオレのためのイルカ先生なんだから、そこのところちゃんと周知してもらわないと困るのよ」
べらべらと喋りだし、結局いつもの牽制になったカカシの話に、アスマは「分かっている」と大人しく頷く。
それでも心配なのか、カカシはどれだけ自分がこの時を待っていたかを、懇々と語りだした。
幼少時から見染め影ながらに見守り、暗部に入ってからも影ながらに見守り、ようやく大手を振って直接交流するようになってから、どうしたら穏便に、イルカの奇跡的な在り様を損ねることなく我が物とできるか、練りに練った計画を実行し、明日か明後日に日の目を見ることとなった自分の思いが如何ほどか分かるかと、熱弁をふるってきた。
そうか、そうだったのか、大変だったなと、棒読み台詞でアスマはカカシに相槌を打つ。



カカシは思っていたことをすべて吐き出したのか、満足な気配を放出し、待ちに待った明日のことに思いを馳せているようだ。
打って変わって静まり返った待機所で、アスマは煙を吐き出し、そういえばと問いを口に上らせた。
「なぁ。一つ聞くが、今までオレに話してきたものは、恋愛相談か?」
アスマの問いに、カカシの目が見開く。一体何言ってんのと、カカシはアスマの肩を叩き、輝かんばかりの幸せオーラを放出した。
「決まってるでショ。今まで何聞いてたの。というか、今ここでした話、周知徹底しといてーね。ま、紅かアンコあたりに言えば自然と広がるから任せたーよ。オレは、明日からイルカ先生にかかりっきりになるし? オレがこれから開発するイルカ先生の驚き成長ぶりを期待しててもいいーよっ。でも、イルカ先生はオレのだから、そんでオレはイルカ先生の物だから、余計なこと考えないでーね」
ふふふ、ははははははと、高笑いしながら、待機所を去っていくカカシの後姿を見送り、アスマはため息と同時に白煙を吐き出す。



カカシは分かっているのだろうか。
今までカカシがアスマにした話に、恋愛要素など一つも出ておらず、執念深いストーカー男が獲物を追い回し、果ては罠を仕掛けて生け捕りにしたという、たちの悪いホラー話だということを。
「……恋愛相談、ねぇ」
カカシの常識が常人とはかけ離れていることをしみじみと理解しながら、アスマはカカシの望み通り、この話を広めてやろうと思うのだった。



その半年後、うみのイルカには物の怪が憑りついているという噂が実しやかに囁かれた。
何も知らないイルカは怯え、事の元凶であるカカシはそんなイルカに寄り添い、自分が守るとイルカの好感度を大量ゲットしていた。
その物の怪がカカシであることは、一部の者たちだけが知る事実だった。





おわり




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う。すいません、微妙な話となってしまった…!! オチがない! でも、書き直す案も気力もない…!
そして、いつもながら扱いがひどくなってしまった。カカシ先生、ごめんなさい…。
いつか、リベンジをしたい…!!