おとめ座の彼





「イルカ、何熱心に読んでんの?」


休憩時、受付の奥にある休憩室で、雑誌を片手に唸っていると横から声がかかった。
昼飯を食べている最中、行儀悪く喋りかけてくるから、米粒がこちらに飛んでくる。手元にあった要らない紙でそれを防ぎつつ、付箋だらけの雑誌に目を落とした。
「デートの候補地選定本だよ。色々と書いてはあるけど、どうもピンと来なくてさ。お前だったら彼女連れて行くならどれだ?」
『デートスポット木の葉』という題名の、デートに最適な候補地の情報をこれでもかと詰め込まれた一冊を差し出す。すると、彼女いない歴=年齢のアサリは非常に渋い顔をした。ふふ、米粒飛ばした腹いせはこれで相殺できたな。


「とうとうお前の朴念仁ぶりに、はたけ上忍は愛想を尽かせたか」
ごちそうさまでしたと両手を合わせた後、弁当箱を包むホタテに鼻白む。
「んなわけあるか。言っとくが、俺とカカシさんは倦怠期すら見せぬラブラブ具合だぞ!」
ふんと胸を張れば、ホタテは非常に白けた眼差しをこちらに向けてくる。
「……そうだろうな。毎日毎日懲りずによくあそこまでべたつけるもんだ。おれは未だに何ではたけ上忍はお前を選び、おっぱい大好き魔のお前が何故、男であるはたけ上忍を選んだのかが理解できん」
受付で一番頭固い代表のホタテの眉間の皺が深く刻まれる。
俺もそこは同意するところなので、素直に肯定してやる。
「まぁな。俺も未だに不思議なんだが、結局は惚れた腫れたは理屈じゃないってことじゃないか? カカシさん可愛いから、俺が惚れるのは分かるが、カカシさんがなんで俺を選んでくれたのかが未だに分からん。木の葉の七不思議として選定されても許されるレベルだ」
俺の発言に、茶を啜りつつ眉間の皺を深くさせるホタテと、飯を頬張りながら心底不可解な眼差しを向けるアサリの両名が賛同してくれているとひしひしと感じながら、似合わないデート雑誌をめくる切欠となった俺の恋人を思い浮かべる。


はたけカカシさん。
木の葉の言わずと知れた凄腕の上忍で、天才忍者。
うちはの家以外に写輪眼を保持、使用できるとんでもない人で、他国のビンゴブックに毎年名前が載っている人。
普段は左目を覆うように額当てを斜めにかけ、鼻先まで口布で覆い、顔で見える場所は右目周辺のみという胡散臭い風貌だが、素顔はとんでもない美形。
木の葉では珍しい銀髪に、色白の肌。少し足れ気味の目は灰青色と赤色で、鼻筋は高く通っており、薄い唇の斜め下にある黒子は妙な色気を漂わせている。
色的には一見儚そうに見えるも、男性らしい顎のラインや首筋。長年暗部で辛苦を舐めた結果か、瞳の奥底には凄みがあり、決して女性的な美には見えず、どちらかというと野生的な美を感じる人だ。
だというのに、性格は可愛らしい人で、やることなすこと可愛いがふんだんに散りばめられていて、俺はそれこそ毎日胸をときめかせている。


この間も、俺が残業を家に持ち帰った時、あからさまに気配ががっかりしていた。表情は大変ですねとこちらを労わってくれるのに、肝心の気配が拗ねて拗ねて拗ねまくっており、俺は構いたくなる心を押し殺すのに非常に我慢を強いられた。本当ならめいっぱいカカシさんに構ってあげたかったが、如何せん、持ち帰った残業の締め切りが明日までなので、心を鬼にして励んだ。
その後も、甲斐甲斐しくお茶のお代わりなどを持ってきてくれたりはしたが、それは俺の残業の進行具合をこっそり見るためで、その度にまだ終わっていないと肩を落とし、俺の邪魔しないように本を読むふりして全身で俺の行動を読み取っているのだから堪らない。
思わずにやけそうになったが、俺に気付かれないように平静を装っていることは見て取れたので、必死に頬の緩みを引き締めていた。あのときの俺は非常に厳しい顔をしていたに違いない。
長年の癖か、それとも性格かは分からないけど、人に感情を読ませないよう常に己を戒めている分、俺にだけ駄々洩れな感情を見せてくれることが嬉しいし、そんなところも可愛くて仕方ない。
もう何度も可愛いと言っているけど、可愛いはきっとカカシさんのためにある言葉だと、俺は最近になって思うのだ。


「あのはたけ上忍を可愛い呼ばわりするのはお前だけだろ」
「わっかんねぇなぁ、イルカの基準」
ぼやく二人の言葉は聞かないことにする。俺だけカカシさんが可愛いことを知っていればいいのだ。お前らに教えるつもりは毛頭ない。
「まぁ、とにかくだ。記念日デートの候補地がどうしても決まらなくて、こうして探してはみるんだけど……。何かいいところないか?」
ホタテに雑誌を手渡し助言を求めてみる。
「記念日デートというが、何の記念日だ」
眉間に皺を寄せたままのホタテはぱらぱらと雑誌をめくりながら、質問してきた。気乗りしないだろうに、律儀に応えてくるところはホタテの美徳だと思う。
「えっとな。……付き合って300? 日記念」
『ぶっっ』
言った直後に同時に吹き出され、俺はきったねぇと叫ぶ。特にアサリ、お前、最悪!!
米粒どころか具までも吹き出し、共有机を汚したアサリに掃除を求める。綺麗好きなホタテも無言で掃除一式を指さし、アサリを追い立てた。
「んだよー! イルカが変なこと言うから!」
「お前は黙って掃除しとけ」
ぶーぶー言うアサリを押しのけ、ホタテは普段無表情な顔を思い切り引きつらせて俺を見る。
「もしかしなくても、はたけ上忍が記念日を数えているのか?」
「あぁ。俺、記念日覚えるの苦手で。誕生日すら時々怪しいのに、記念日まではとてもとても。いつも当日が記念日で、カカシさんに連れられてそこで何かされてようやく気付く体たらくでさ。今回はさすがに俺からしないと申し訳ないというか、彼氏失格だと思って、事前に近い記念日聞いてきたんだ」
今度こそ俺からするんだと決意を胸に拳を握れば、ホタテは何とも言えない表情を見せる。どうしたとこちらから問う前に、ホタテはとても嫌そうに聞いてきた。


「……もしかして、はたけ上忍が突然バラの花束を持ってきたのも?」
「あぁ、あれは……俺と目が初めて合った記念日だ」
「タキシード着込んで、イルカに衣装箱持って颯爽とやってきたのは?」
「う、んんん、何だったっけ、あれは、俺が初めてカカシさんの好物のサンマを焼いた記念日か……?」
他にも受付所で繰り広げられた、突然のカカシさんのプレゼントについて聞かれ、俺はその一つ一つに答える。
追加で何か言おうと口を開いたが、結局そのまま閉じ、非常に塩辛いものを食べたようにホタテは口をすぼめた。その後ろではアサリが「やめろぉぉ、木の葉の誉れがぁ!」「写輪眼のカカシがぁぁぁ」と悶えながら掃除をしている。
一体何なんだ、お前ら。


理解不能な反応を見せる二人に少し不機嫌になる。
助言もくれないなら返せよと雑誌を奪い取ろうとしたが、ホタテはいつも通りの無表情になると、まぁまぁと俺を宥めた。
「分かった。よくよく分かった。お前がこうも付箋をつけまくっていながら、デート候補地を選べないのも、どれもこれもピンとこないという理由も何となく分かった」
ホタテはとても優しい、いや、優しすぎてぬるくなりそうな眼差しを向け、俺に言った。
「この付箋ついたところ、すでにはたけ上忍がサプライスで行ってるんだろ」
「え、えぇぇぇぇぇ!!!」
ずばりと言った言葉に、アサリが驚愕の声をあげる。そして、俺はといえば、ホタテの慧眼に目を丸く見開いた。
「すげぇ。よく分かったな、ホタテ」
「え、えぇぇぇぇぇ!!!」
俺の言葉に再びアサリが叫ぶ。
うるさいとホタテはアサリの頭を叩き、口を閉じさせ、おもむろに切り出した。


「普段は非科学的なものは信じるに値しないと思っているが、この場合は参考にしてもいいのではないかと思うものに思い至った」
おお、何だかとっても遠まわしだけれど重みのある言葉だ。
期待してもいいのではないかと胸を高鳴らせる俺に、ホタテは言った。
「星座で見る性格判断。はたけ上忍の誕生日は9月15日。星座は?」
ひたっと視線を向けられたが、俺の口からは何も出てこない。え、星座? 星? 星の座?
むむむと唸りだしたところで呆れた感のあるため息を吐き、ホタテはアサリへと視線を向ける。
するとアサリは水を得た魚のようにとうとうと喋り出した。
「はたけ上忍の星座はずばり乙女座。性格としては非常に繊細であり責任感のある完璧主義者。けれど、恋に憧れを抱く、とてもロマンチストな面を持っていることで知られています。案外、ストレスをため込んでいることが多いので、自然に触れるのが吉かと……って、おい。マジかよ……」
掃除をし終えたアサリは、床に座り込んで落ち込んでいる。
何が起きたと訝しむ俺に、ホタテは簡単に説明した。
「こいつは隠れはたけ上忍ファンだ。孤高の忍び。触れる者すべてを切り刻む、孤独な王者。それがこいつが持つはたけ上忍像だ」
あり得ないカカシさん像に、思わず吹き出す。
「あ、あり得ねぇ!! アサリ、頭沸いてんじゃねぇか!?」
アサリは馬鹿笑いする俺を睨み付け、こちらを叩いてきた。
「うるせぇー!! お前と付き合うようになってから、オレがどれだけショックを受けたと思ってるんだ!! お前が付き合う前のはたけ上忍を返せぇぇ! このバカ! 恋愛馬鹿! バカップル!!」
結構強い力で打ってくる拳を甘んじて受けつつ、俺は笑う。
本気で半泣きするアサリに、ほんの少し悪い気持ちも覚えたが、まぁ、本性はいずれバレるためにあるものだから、仕方ないということにしておこう。


きゃんきゃん泣き言を言うアサリを笑い、ホタテに現実を見ろとばっさり切られたアサリをまた笑いつつ、俺はきたる300日記念日の予定を立てる。
これだというものがようやく見つかった。
やっぱり持つべきものは友人だな!!







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