伽2
酒酒屋の前で別れ、家が別方向にあるイルカは、一人ぶらぶらと夜道を進む。
頭は酒に侵され、いい具合に腑抜けている。道を進む足が時々思わぬ方向に行ったりするので、少し飲み過ぎたかなと反省する。
明日が休みで良かった。この調子じゃ、明日は二日酔いかもしれない。
布団の住人になっている自分を思い浮かべ、苦笑する。
ひっそりと静まり返った住宅街を抜け、誰もいない道を行く。その先に待っているだろう人のことを考えて、泣きそうになりながら、イルカは足を止めた。
この角を曲がれば、イルカのアパートが見える。今日は明かりがついているのか、ついていないのか。
心臓近くのベストを握り、荒れる呼吸と鼓動を押さえて、祈るように足を踏み出す。
いつまであの人はおれの部屋にいてくれるのだろう。
毎日毎日、あの人が自分の部屋にいない様を想像して、帰りたくなくなるイルカの気持ちを、あの人は知っているのだろうか。
酒に侵されても、恋情は薄まることを知らない。そればかりか、強くなる一方だ。
俯いていた顔を上げる。閉じていた瞼を開く。
小さく息を飲んだ。
明かりはない。
確認した直後に、アパートへと駆けた。古びた階段を高らかに鳴らし、自分の部屋へと急ぐ。
深夜だから、先に寝てるのかもしれない。ちょっと買い物に出ていったのかもしれない。
大丈夫だと自分を慰める言葉が脳裏を過ぎるが、体は恐怖で震えている。
もう駄目なのか、もう終わったのかと、震える手でドアノブを握る。鍵を差し込もうとする前に、ドアは捻れば簡単に開いて、イルカは安堵と焦りを同時に感じた。
狭い玄関口に踏み込み、名を呼ぼうとした音が口の中で消える。
暗い部屋。
人の気配はなく、台所の蛇口の締めが甘かったのか、ぽつりぽつりと水の滴る音が響く。
玄関に靴はない。
それでも認めたくなくて、脚絆を乱暴に取り、サンダルを後ろ足で蹴って、廊下から居間へと進んだ。
2Kのイルカの部屋は居間として使っている部屋と、寝室に使っている部屋がある。襖で区切った寝室へと視線を向ければ、襖は開けっ放しで、部屋の全貌をイルカへ見せた。
「……カカシさん」
返事をする者はいない。
寝室はぽっかりとした空間が広がり、ただただ何もなく佇んでいる。
息を吸って吐いた途端、膝から落ちた。心臓がうるさいほど高鳴っている。
回らない頭で、今朝出掛け間際に言われた言葉を思い出す。
今日は飲み会があるから遅くなると告げたイルカに、カカシはイルカの家で待っていると言った。いつ終わるか分かりませんよと言っても、カカシは待ってるからと笑顔で繰り返した。
終わったと、静かに悟って力を抜いた。
笑おうとして失敗する。いつ終わるかと思っていた。けれど、終わりはこんなにも早かった。
ぱらりと落ちた雫と同時に、去っていった人の名を未練がましく呼ぼうとした、直後。
「イールーカーせーんせーーーー!!!」
玄関の戸が開く音と同時に、慌ただしい足音と一緒に何かが部屋に突入する。気配を感じる間もなく、イルカの腹へと何かが埋まった。
もろに入った鳩尾の衝撃に呻き声すらあげられずに真後ろに引っくり返れば、飛び込んできたものは畳みに伸びるイルカの体に乗り上げ、泣き始めた。
「イルカ先生、ひどいです!! オレのどこが悪かったんです?! オレ、イルカ先生の好みに合わせて、一生懸命頑張ってたんですよ! どこがいけなかったんです! 悪いところ直すから捨てないでぇぇぇ」
息は苦しいし、胸倉を掴みあげ激しく揺すられ、イルカは何が何だか分からなくなる。
「ちょ、ま!」
がくがくと前へ後ろへと頭が揺れる様を気持ち悪いと思いながら声をあげるも、イルカの上に乗ったものは逆上したように叫んだ。
「なんで、何も言ってくれないんですかッ! もしかして、もう決定事項なんですか?! こうなったら、オレがあんたを飼います。誰にも見せないよう監禁して、一生閉じ込めますから!!」
最後の言葉と同時に、里内ではなかなか感じることのできない、殺気を身から迸らせた人物に、イルカはついカッとなって条件反射で拳を振り下ろした。
闇雲に落とした拳は、ちょうどいい具合に頭に命中したらしい。ぎゃっと小さく叫び、突っ伏した相手めがけ、イルカは声を張り上げた。
「あんた、アホか!! 里中で、しかも仲間に殺気ぶつけるとはどういう教育受けたんだ!!」
イルカの胸に倒れこむように顔を伏せている者の首根っこを掴み、顔をあげさせれば、そこには見慣れた顔があった。
額当てで左目を隠し、鼻の上まである口布を着用した男。
「……カカシさん?」
認めた直後、己のしたことに顔が青くなる。慌てて体を起こし、ぐったりとしているカカシを胸に抱えた。
「ちょ、カカシさん! 大丈夫ですか、カカシさん!!」
受付任務中、所構わず殺気を飛ばす輩を片っ端から殴り飛ばして説教していたイルカは、この時ほど仕事人間な己を悔やんだことはない。
これがきっかけで、イルカのことを嫌いになったらなったらどうしようと不安を覚えつつ、完全に気を飛ばしたカカシの頬を軽く叩いた。
「カカシさん! しっかりしてください、カカシさん!」
何度か頬を叩いていると、顔はイルカの肩に寄り掛かったままだが、手足がおもむろに動いた。
気が付いたかと一瞬喜色をあげたイルカの体に、カカシの手足が巻きつく。向かい合うような形で、両腕は上から腕を回され、腰は足でホールドされた。
絞るような締め具合に悲鳴をあげれば、カカシはぼそりと呟いた。
「……絶対、逃がさないから」
不貞腐れたような、子供っぽい口調のそれに、イルカはあれと違和感を覚える。
その違和感が何かを考えようとする前に、カカシはとんでもない発言をしてきた。
「オレ、絶対別れませんからね! イルカ先生は、オレの恋人なんです。絶対、離しませんし、離れませんから!」
いつもイルカの心の中にあった言葉に、一瞬、自分が声を出したのかと思う。「絶対、別れません」と、なおもきつく抱きしめ始めたカカシに、イルカは慌てて声をあげた。
「ちょ!! 誰が、別れるって言ったんですか! その台詞は、そっくりそのまま返しますよ!!」
イルカが思うことはあっても、カカシが思うことはないと思っていただけに、驚きが強い。
イルカの言に、カカシは「嘘つき」と小さく唸った。
「イルカ先生ってば、伽の任務に指名されたら、オレ以外になら誰でもいいって言ったじゃない!! 性の不一致は、別れの前兆なんですぅ! オレの抱き方に不満があるなら言ってよ! 先生、気持ちよさそうにあんあん鳴くし、入れてっていつも泣――」
「わぁぁあぁ、言うな、それ以上言うな!!」
胸にしがみついている頭に額をぶつけて、言葉を阻止する。
額当てを巻いていて良かったと心底思いながら、ぐすぐすと鼻を啜りながら痛いと呟くカカシに向けて、イルカは告げた。
「おれは、カカシさんと別れたいと思ったことは一度もありません。おれ、あんたにとって釣り合わない奴だけど、でも、おれはあんたと一緒にいたいんです! 飽きられるかもって、捨てられるかもって、いつも不安だけど、それでもやっぱりおれはカカシさんのことが好きだから。出来ることなら、ずっと一緒にいたいんです!」
ずっと言えなかった胸の内を吐いて、鼻が痛んだ。
迷惑ですかと、消え入るように囁けば、カカシは何も言わなかった。けれど、体に巻き付いていた手足が緩み、カカシは顔をあげた。
「イルカ先生、好きです。あなたさえいれば、オレは何もいらない」
イルカの頬に手を当て、カカシは口布を外しながら微笑む。
まるで少女漫画に出てくる、出来過ぎ感が否めない、才色兼備金持ち優等生な超絶美男子のような台詞と笑みに一瞬見惚れたが、そっと目を閉じてこちらに近づく顔を手で押し返した。
「い、イルカ先生?」
戸惑いの声をあげるカカシの顔を掴んだまま、イルカは先ほどから付き纏う違和感について考える。
今の流れは、互いに仕舞い込んでいた心の内を吐露し、めでたく分かり合い、キスしてハッピーエンドという、昔からのセオリーに則っているのだが、イルカにはどうしても見過ごせないものがあった。
「イルカ先生、手を放して欲してください。あなたのふっくらとした唇に触れる権利を、オレに与えてはくれませんか?」
語られるカカシの言葉はいつも通りだ。
惜しげもなく、恥ずかしげもなく情熱的に語る言葉は、イルカが付き合い始めて何度となく聞いたそれだ。
しかし……。
「……カカシ先生、さっき泣いてませんでしたか?」
全ての言動が大人で、思慮深く、滅多に感情を乱さないカカシが身も蓋もなく喚いて泣いていた気がする。
イルカの言に、びくびくっと腕の中にあるカカシの体が不規則に波打つ。
「何を言ってるんですか。オレはあなたの騎士です。あなたの涙を拭いとるのが、オレの喜び。騎士に涙は必要ありません」
カカシは真面目な顔をして、語りかけてくる。
イルカに顔を掴まれたまま、真摯にこちらを見つめてくる眼差しに偽りの色は見えない。けれども。
「それに、監禁とか飼うとか、やたら物騒な言葉を吐いていたような」
カカシの顔をホールドしていた手を外し、わずかな変化も見逃さぬように見つめた。
いつも見せる穏やかな笑みを浮かべ、イルカを見つめているが、微妙にカカシの頬が引きつっている。
眉根を寄せて窺っていれば、カカシの額から汗が浮き上がってきた。
「――愛しい人。そんなに見つめないで。あなたの全てを映す黒曜石の瞳に見つめられれば、恋の矢に射抜かれ、愛の神にひれ伏した哀れな獣の如く、その身を震わせることしかできません。あなたの濡れるような眼差しに映るのが、オレただ一人だということをどうか信じさせて」
イルカの手を胸に引き寄せ、カカシは顔を近づけてきた。
そのまま口づけを交わすなら交わすで、イルカとしては大歓迎なのだが、近づくカカシの瞳はうろうろと不安げに彷徨っていた。
どう見ても、いっぱいいっぱいなカカシの様子に、唇が引っ付く前に、尋ねてみることにする。
「カカシ先生、今までずっと猫被ってました? もしかして、おれと会った時からずっと本性隠してました?」
ほとんど触れあうような至近距離の中、じっとカカシを見つめれば、しばしカカシは固まっていたが、やがてふにゃりと表情を崩した。
「嫌ですー!! オレ、別れません、絶対別れません!! すべてがバレても別れませんからぁぁぁ」
うわぁぁぁと声をあげて、イルカの首に手を回し、しがみついてきたカカシに、うわぁとイルカは鼓動を跳ねさせた。
びくりと身を震わせたイルカの態度を、カカシは違う風に捕えたのか、意地でも離さないと叫ぶと、滔々と語りだした。
「だって、オレ、先生のことが好きで好きで仕方ないんです! でも、お前の愛は重すぎるって、そんなんじゃ付き合えるか分かんないって、髭やら婆が言うから! 必至こいて演じたんですっ。イルカ先生の好みに合うように頑張ったんですっ」
おいおいと涙ながらに語られる内容は、イルカの顔を赤くさせた。
正直言って嬉しい。
カカシがイルカの好みのタイプをどういう風に理解していたのか、甚だ疑問ではあったが、カカシがイルカのことを本気で好いてくれているということは実感できた。
「カカシさん」
抱き着くカカシの肩を揺さぶり、話を聞いてと声をかけるが、カカシは嫌ですとイルカから離れようとはしなかった。だから、イルカはカカシの背中を抱く。肩口に縋り付くカカシの頭を撫で、聞いてくださいと口を開いた。
「おれ、今までカカシさんと恋人になれて嬉しい反面、すごく不安でした。カカシさんってば、すごい出来すぎな恋人で、アカデミーの女の子たちが夢中になっている王子様みたいで、おれなんかの恋人には勿体ないって思わざるを得なかったんです。おれ、カカシさんみたいに魅力的な男じゃないし、どうしておれなんかとって、いつも思っていました」
自嘲気味に語るイルカに、カカシの顔があがる。
思ってもみなかったと、驚愕の表情を見せるカカシに、イルカは小さく笑う。
何か言おうと開く口を、首を振って閉じさせ、イルカは言葉を続けた。
「カカシさん。おれ、カカシさんのこと好きですよ。あなたがおれに見合わないほど素敵な人で、そのせいで例えどれだけ劣等感に苛まれても、どうしたっておれはあなたに惚れてるんです。だから」
瞳を潤ませるカカシの頬を撫で、イルカは笑う。
「ありのままのあなたを見せてください。王子様みたいなカカシさんも素敵ですけど、今ここにいる可愛いあなたも素敵だと、おれ、思ってるんです」
「――イルカせんせい!!」
感極まったように抱き着くカカシの体を受け止め、しっかりと抱きしめた。もっと早く自分の思いを告げれば良かった。
イルカは臆病になっていて、カカシはカカシで思い悩んでいて、随分と遠回りしてしまったみたいだ。
今まで躊躇していた手を伸ばす。銀色の髪は柔らかくて、イルカの手によく馴染んだ。
髪を梳くように何度も撫でれば、カカシは気持ちいいと吐息を漏らした。その言葉の中に、負の感情が一切ないことを感じ、堪らなく愛しい気持ちが沸き起こる。
辛抱堪らなくなって、胸の中にいるカカシをぎゅっと抱きしめた。
「苦しっ、先生、ちょっと!」
油断していたところを力いっぱい抱きしめたせいか、カカシが珍しく弱音を吐いた。
それも嬉しくて、最後とばかりにぎゅっと抱きしめた後、体を離す。
向かいには、少しだけ眉を下げるカカシがいる。
困ったような、どう反応していいか分からないような、途方に暮れた様子をイルカは笑い、くしゃりと前髪を潰すように後ろへ撫でつけた。
「おれ、カカシ先生のこと好きです。もう遠慮なんかしませんから、覚悟してくださいね」
前みたいにカカシが抱きしめてくれるのを待つのではなくて、こっちから抱き着いてやると宣言すれば、カカシはちょっと目を見開いた後、ふわりと目元を染めて、嬉しそうに微笑んだ。
「うん。そうしてくれるとオレも嬉しい。本当は、寂しかったんだ。オレばっかり求めてみるみたいで……寂しかった」
髪を撫でていたイルカの手を取り、カカシは頬に当てた。
視線を伏せ、イルカの甲に懐くように何度もすり寄るカカシを見て、胸が痛んだ。
「ごめんなさい。おれ、カカシさんに好かれてる自信なくて、そのことばかり考えていて、カカシさんの気持ちを考える余裕がなかった。本当にごめんなさい」
ごめんなさいと、もう一度口に出して謝ろうとすれば、カカシの顔が跳ね上がるように起き上がった。その直後、カカシは目を見開き、信じられないと叫んだ。
「ちょっと! さっきも言ってたけど、何言っちゃってるの?! オレのこの気持ちを疑うなんて、どうかしてるよ!!」
詰るような言葉に、イルカはしゅんと項垂れる。
「だって、おれ、顔良い訳でもないし、忍びとしての実力も微妙だし、性格も胸張って言えるほど良いっていう訳でもないし……」
カカシと付き合い始めて言われ続けたことが、頭の中を駆け巡る。周りが言っていることも、一理あると自分でも思うのだから、どうしようもない。
さっきまでふわふわと空に浮かんでいるような幸せな気持ちが、重く、冷たい気持ちに変わる。
気持ちに比例して俯きかけた顔を、カカシが顎をすくって止めた。
畳に落としていた視線を上げれば、カカシが真剣な顔をしてイルカを見つめていた。
怒っているのかと思っていただけに、真面目な顔を見せるカカシに戸惑う。
どうしたのかと聞こうとすれば、カカシは一つ息を吸い、「見せたいものがある」と告げてきた。
「髭や、婆が絶対見せるなって言ってたけど、イルカ先生がそこまで自信ないなら、オレの全てを見せる。オレの、イルカ先生に対する気持ち、余すところなく見せるから」
両手でイルカの手をぎゅっと握り、ちょっと待っててとカカシは寝室へと向かう。
何をするのだろうと、居間から視線を向けていれば、カカシは寝室の隅まで行くと、おもむろに飛んだ。
軽く天井に手をかけ、角の天板をずらし、人一人が入れるくらいの隙間を空ける。
このアパートに住んで、早十数年の年月が経つが、あそこの天板が外れるとは、イルカは全く知らなかった。
さすが上忍だなぁと感心しつつ眺めていれば、カカシは天井に両手をかけ、軽く体を振るなり、足先からその隙間へと入った。音一つ立てることなく、天井へと移動したカカシに、思わず拍手してしまう。
何て綺麗な侵入方法だろう。今度、生徒たちに教えてやらねばと思い立ったところで、カカシは両腕いっぱいに抱えて畳へと降りてきた。
「これは?」
未だ電気をつけてなかったことに気づき、寝室の電気を点け、カカシの元へと歩み寄る。
見たところ写真アルバムのようだ。表紙は手縫いの海のイルカの刺繍が施してあり、大きさといい、金具で補強した作りといい、かなり値が張りそうな逸品だ。それが十冊もあるのだから、すごいとしか言いようがない。
「まだ、上にもあるんだけどね。ひとまずはこれくらい。ねぇ、イルカ先生、見て」
カカシは一番古そうな物を手に取り、イルカへ差し出した。アルバムの四隅は擦り切れていたが、丁寧に管理されたようで埃一つ被っていない。
言われるまま受け取り、畳に置いて、表紙をめくる。するとそこには、病室らしい部屋の中、ベッドに座り、赤ん坊を抱いている女性と傍らに立つ男性が写っていた。
「父ちゃん、母ちゃん?! て、ことは、これ、おれ?」
記憶にある父母よりも若いが、見間違えるはずもない。赤ん坊は生まれて間もないらくし、真っ赤な顔で眠っていた。
写真の中の父母は、カメラに向かって嬉しそうに微笑んでいる。
イルカ自身、見たことのない写真に驚いていると、カカシは小さく笑いながら次めくってと促した。
「……!! え、もしかして、カカシさん?!」
めくった途端、イルカは声をあげる。
先ほどと同じ病室で、母はそのままに、赤子に触れようと手を伸ばす小さな男の子と、その子供の体を引き留めようとする男性が写っていた。男の子と男性は銀髪で、男性は驚くほど今のカカシに似ている。
写真とカカシを交互に見つつ、言葉を失っているイルカに、カカシは懐かしそうに呟いた。
「イルカ先生は小さくて、覚えてないだろうけどね。親父とイルカ先生の両親、仲良かったから、よく互いの家行き来してたの。それで、オレと一緒によく遊んだんだーよ」
ページをめくると、そこには小さい時のカカシと赤子のイルカが一緒に写りこんでいた。時には二人して大泣きしている様子や、反対に満面の笑みを浮かべている写真もあり、仲のいい様子が写っていた。
イルカがめくる度に、カカシは写真の説明をし、それにまつわる思い出話を語った。
忘れても仕方ないほどずいぶん昔のことを、克明に記憶しているカカシに胸が震えた。
嬉しさと共に、頬が熱くなる。
笑みをかみ殺し、カカシの思い出話に頷いていると、ある時を境に、子供のカカシの姿が映っている写真がなくなっていることに気付いた。
写真に写っているのは、イルカだけだ。そして、写真のイルカは、カメラの存在は気づいていないようで、まるで日常の一部を切り取ったかのようなそれらに、イルカは首を傾げた。
そんなイルカの様子に気づかず、カカシは写真の説明をする。
カカシに言われ、ようやく思い出すような有様に、イルカはすごいなーとただただ感じ入り、カカシの話に相槌を打った。
「もうね、このときのイルカ先生ってば、やることなすことすべてが可愛くて、おかげで変な奴とかが寄ってきて大変だったんだーよ。まぁ、寄り付きなくなる気持ちは分からないでもないけど、そこで許したらオレの沽券に関わることだし、イルカ先生はオレのって、最初から決めてたから、オレ、頑張ったんですよ」
「そうだったんですか。じゃ、カカシ先生のおかげでおれは恙ない幼少期を過ごせたんですね、ありがとうございます」
「いいのいいの、そんなの、当たり前じゃない。ね、で、これ見てーっ。数あるイルカ先生の写真の中でも、ベストショットっ」
「え? うわ! カカシ先生、なんてもん撮ってるんですか!!」
「えー、だって、イルカ先生が初めて精通した記念だもん。そりゃ、撮るでショ、残すでショ」
「もう、恥ずかしいなー。あ、これ、覚えてます。確か、初恋のミクちゃんにこっぴどく振られた帰り道。やけに夕焼けが赤くて、目に染みたの覚えてます」
「あぁ、あれ? 今だから言うけど、実はイルカ先生に変化して、その女の子の悪口言いまくったんですよー。だって、この女、いっちょ前にイルカ先生に告白するとか言いやがるんですもん」
「えぇー。カカシ先生、それひどい。おれ、この時、どれだけ傷ついたか。このせいで女の子に対して苦手意識芽生えたんですよ!」
ひどいと眉根を寄せては怒る振りを見せるイルカに、カカシは相好を崩して謝った。
「ごめーんね。若気の至りってやつだから、許して」
そう言って、後ろから抱きかかえられ、イルカは仕方ないなと息を吐く。
「あ、カカシ先生、すごい! これって中忍試験の時の写真じゃないですか。こんなのまであるんですか?」
「そりゃ、もう。イルカ先生にまつわる全ての写真を、あらゆる手段とコネを使って、撮影、収集しましたよ。……これで分かるでショ? オレがどれだけイルカ先生を思っているか。オレの思いは半端ないんです」
アルバムに乗せていた手を取り、カカシは指先に口づける。それにぽっとイルカは頬を染め、目を潤ませた。
「……カカシ先生、おれ、嬉しいです。おれが知らくても、カカシ先生はおれのこと見ててくれたんですね」
「ええ。そして、これからもずっとですよ」
ふっとニヒルに笑ったカカシに、イルカは振り返って、全身で抱き着いた。
「カカシ先生、大好きです!」
「オレの方が大好きです!!」
お互いの思いを改めて確かめ合った二人は、畳の上に雪崩込み、より愛を確かめ合うべく、めくるめく夜の営みの中へと没していった。
戻る/
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カカシ先生、いつもこういう位置づけだな…。書きやすいせいかな…。反省。