山深い農村部。
 高地であるそこでは、野菜を作っては近隣の村や町に出荷して生計を立てている。人口も少なく、近所の者たちが支え合い、村人全員が顔見知りという、犯罪の「は」の字さえ見かけないそこで事件が発生した。
 忍びであるはずが、ひょんなことで探偵うみのイルカとして名が知られるようになったイルカは、その事件を解決するために、その村にやって来ていた。
 村の門を潜ったイルカを出迎えたのは、憔悴しきった顔をした村長だった。探偵服をまとったイルカを見た瞬間、驚きに目を見張ったものの、救いの主が現れたと村長は目を潤ませながら、イルカの元へと駆け寄った。


「あなたが、名探偵のうみのイルさまですか?」
 村長の言葉に頷きながら、イルカは軽く自己紹介をした後に、早速本題に入る。村長の憔悴具合からしてよほど困っていると察したのだ。
「村長さんが困っていらっしゃることは? 依頼では現地で話すということだったのですが」
 人に聞かれたくない内容らしく、村長は小さく頷きながらため息を吐いた。村を案内しながら話すということで、イルカは村長の後についていく。
「見ての通り、わたしたちの村は小さく、村全体で野菜を作ってようやく村人全員が冬を越せるような貧しい暮らしをしております。外に出るのも野菜を売る時にだけ。……よその村や町に妙な風聞が立つとこんな小さな村はすぐに命取りになりますので、こちらに来た時にお話したいとお願いしたんです」
 木の葉の依頼料は、不作の時に使う金を使ったらしい。依頼料自体は安い部類に入るものだったが、村の貧しさを知る火影の温情で、他に入っている高額任務を蹴り、優先してイルカを向かわせた。
 村長の切実な話に頷きながら、イルカは耳を傾ける。火影の温情や村長や村人に報いるためにも必ず早期解決しようと胸に誓う。
 村長は目の前に広がる畑に立ち止まる。整然と並び、緑色の葉が米粒のような大きさになるほど遠くまで続いている。少し白味がかった緑色の大きな葉の中心部に、丸くなっている緑色の玉がある。
 キャベツ畑だ。


 村長は畑を見つめ、悲しそうな目を見せた。
「今から一年ほど前から、このキャベツ畑で収穫間際の物ばかりが忽然と消える事件が起こったんです」
 そして村長は畑に入り、外側の大きな葉だけを残し中身のないキャベツを指差す。
「未熟なものは残し、熟したものばかりが消える。寝ずの番もしたのですが、不審な影は見えず、一向にキャベツを盗んだ者は分からず仕舞い。今では村人の誰もがお互いを疑い不信感を抱く始末で……。村人たちの精神的にも、これから暮らしていく上での金銭的にももはや限界なんです……」
 苦いものを吐くように声をあげた村長の肩に手を置いた。家族同然に暮らす者たちを疑う辛さを想像し、イルカは地面に落ちかける村長の目を引き止め真正面から言い切った。
「分かりました。村長さんの依頼、俺が必ず解決します」
「……イルカ殿」
 うるうると目を潤ませた村長ににっこりと笑いかけ、まずは村人たちの話も聞きたいと言いかけたイルカの耳に、聞き慣れぬ音が聞こえてきた。
 ブヒブヒブヒ
 しかもそれはキャベツ畑の中から聞こえている。よくよく目を凝らせば、緑色の中に薄ピンク色の肌が動いていた。


「……村長さん。あれ、豚ですよね?」
 イルカは己が見たものが少し信じられず、村長に尋ねてみる。すると村長はキャベツ畑にいる豚に目を止め、朗らかに言った。
「あぁ、花子ですな。ゴン太さんとこが行商人から貰い受けましてな。始めは食用だったんですが、これがまぁ可愛くて。今では村の人気者です」
 性格も穏やかで優しくて、子供たちの良き遊び相手ですと孫を語るように言う村長に、イルカは言葉に詰まる。村長は続けて、目頭を押さえながら花子にもひもじい思いをさせて、豚にあるまじき細さを強いてしまったと涙ながらに語った。
 だが、イルカの目から見て、花子は十分に肥えていた。とどのつまり、結論は。
「……村長さん、犯人見つかりました」
「ふぁ! な、なんですとぉぉぉぅっ」
 素っ頓狂な声をあげた村長はさすがは聞きしに優る名探偵じゃと叫びながら、村人を集めに行った。
 村人一同が集まった場で、イルカは妙な喪失感を抱えながら、固唾を飲んでイルカの答えを待っている人々に向かって言った。
「……花子です」
 人差し指で、キャベツ畑を蠢いている花子を指差せば、村人全員が素っ頓狂に叫んだ。
 「馬鹿な!」「おらの花子がっ」「嘘よっ」などと混乱をきたす場に、イルカは困惑気味に言う。
「あの、皆さん、花子に今まで何を食べさせてたんですか?」
 すると飼い主のゴン太から、わしと一緒の物という言葉が返って来た。そしてあちらこちらから草やら花。虫、蛙、トンボ、ミミズ、ネズミ、米などの声があがる。
 一同に不思議な顔をする村人に、イルカはもしかして自分がおかしいのかと一瞬脳裏に過ぎりながらも、任務完遂のために口を開いた。


「豚は雑食性の生き物です。つまり、虫も食べるし、小さな生き物も食べるし、葉っぱ。つまり、キャベツも食べるんです」
 イルカの言葉に、一瞬間が開いた後、なんだとおぉぉぉと怒号が沸く。
 花子がいつから村に来たのだと聞けば、今から一年半前という。そこからでも、キャベツ泥棒が現れた時期と花子が結びつく。
 何てことだと深刻な顔で周りの者たちと喋り出す村人たちに軽い目眩を覚えていれば、村長が駆け寄りイルカの手を握りしめてきた。
「イルカ殿、早期解決ありがとうございます。これで、わたしたちの村は安泰です……!」
 うれし涙で揺れる声を振り絞る村長にイルカは苦い笑いしか出てこない。だが、村長は嬉しそうにしながらも少し陰った顔をした。
「……じゃが、花子は…罰を与えねばなりません」
 憂い顔の村長と、花子に駆けつけ抱きしめた飼い主のゴン太の絶望しきった顔を見て、イルカは花子に起こるであろう罰を察し、眉根を潜める。何かうまくまとまる手はないかと想像し、あることに気付き、手を叩いた。


「村長さん。キャベツ以外の被害はなかったんですか? 他にも農作物を作ってますよね?」
 突然の問いに村長は戸惑いながらも、そういえばとイルカの問いにキャベツしか被害がないと答えた。
 希望が見えてきた返事に、イルカは村長に断ってキャベツの葉を一枚食べさせてもらう。それも、花子がしきりに匂っていたキャベツのものを。
 軽く拭き、口に入れればシャキリと感触のいい葉応えに続いて甘い汁が口の中を満たした。それも甘味は口の中ですぐに消え、驚くほどの爽やかさが残る。
「うまいっっ」
 驚きを持って讃えたイルカに、村人たちが不思議そうな顔をする。ここにいる人たちは、滅多に外に行かないと言っていた。そのため、何かを比較することもなかったのだろう。これは花子が夢中になって食べるのも頷ける。
 イルカはにっこりと笑い、ある一つの提案をした。



「はぁ。豚が見つけた極上キャベツですか。世間は相変わらず平和ですね」
 写真付きの新聞をテンゾウが読みながら感想を漏らす。カカシが横目で見れば、写真には丸々と肥えた豚と村長らしき男と飼い主の満面の笑みと、後方に広がるキャベツ畑が写されている。その豚を食った方がうまそうだなとカカシは思いながら、待っていた気配を感じ、小さく合図を出した。
 今から捕り物の開始だ。


「お待ちしておりました。大地主、カワタリさま」
 屋敷に入ろうとした男を後ろから呼びとめる。カワタリと呼ばれた男はカカシを見た瞬間、驚愕の顔を曝け出し、後ろに振り向くと同時に屋敷に向かい声を張り上げた。
「出合えっっ、曲者じゃ!!」
 だが、カワタリの声に反応する者はいない。すでに屋敷は制圧済みだ。
 供についていた護衛たちを前に出し、カワタリは激しく動揺していた。
 カカシたちは今、さる大名の依頼により、最近出回った麻薬の証拠を見つけ、日の元に晒すような形で捕まえてもらいたいと依頼を受けた。
 本来、暗部であるカカシたちに回る仕事ではないが、今から行く前線の道のりに捕縛者の住まいがあったことが災いし、火影からついでに解決していけと無茶ぶりをされ、今に至る。
 証拠を見つけるのも、屋敷に忍びこむのも至極簡単だったが、暗部である身の上で誰を表に出すかが問題になったが、無茶ぶりをした火影から、探偵うみのイルカとしてやれと注文がついたので瞬く間に解決した。
 カカシは、探偵服をまとったうみのイルカの姿で、カワタリの前に出た。
 手に持つのは証拠品である麻薬と、その麻薬を流通するための隠れ蓑にしていたじゃがいもだ。
 このカワタリという男。地主ということを利用して、小作人たちにじゃがいもを作らせ、その中に麻薬を詰め込み販売していた。
 カカシは事の経緯と証拠品を掲げ、カワタリに大人しく捕縛につくよう告げる。
 カカシの後ろには、警吏隊に変化した暗部の精鋭がいる。カワタリに逃げ場所はなかった。
 この瞬間を狙って、新聞記者に扮したテンゾウが現れ、シャッターを切る。
 シャッターの光と音の余韻が響く中、あらかじめ屋敷内に潜ませていた別部隊に、閉じ込められていた女子供を出させ、時を同じくして屋敷前に誘導された保護した小作人たちが現れる。
 屋敷から出る女子供たちを見つけた小作人たちが、歓声を上げて自分の家族の元に駆けつけ、抱きしめたりと泣いたりと忙しないことこの上ない。
 このとき、カワタリとカカシが対峙する姿が入った、再会した家族の抱き合う姿を収めたシーンを狙い、テンゾウは狂ったようにシャッターを切っていた。


「くそ、貴様は一体何者だっっ」
 護衛者は何かしら感じるのか、暗部が扮した警吏隊を前に腰が引けた様子を見せている。その中、カワタリはカカシに指を指し叫んだ。
 カカシは一つ息を吐くと、カワタリに背を向け、勢いよく振り返るなり、己を親指で指す。この時、こっそりと幻術を使い、光の効果を入れることを忘れないようにする。
 幻術の効果か、それとも突然の行動に呆気に取られたのか、口を開けて見入る、カワタリと護衛者の面々に向かって、ニヒルに笑って告げた。
「うみのイルカ。――探偵さ」
 カシャカシャと連射機能を持つカメラのシャッター音がこれみよがしに鳴り響く。
「ぬ、ぬぬぬぬぬ」
 もはや言い逃れができない現状に、カワタリは顔を赤黒く染め、そして膝から崩れ落ちた。
「……おしまいじゃ」
 戦意喪失したカワタリに護衛者たちは見切りをつけて逃げ出す。だが、カワタリの元にいた時、散々うまい汁を吸ってきた奴らだ。当然逃すつもりもない。
 頼りになる仲間に護衛者を任せ、カカシは打ちひしがれるカワタリを見下ろし、残った警吏隊へ振り向き厳かに言い放つ。


「捕縛をお願いします」
 カカシの一言に、はっと了解の声を返し、警吏隊がカワタリの身を捕縛した。
 その瞬間、小作人とその家族の歓声が沸いた。
 そして、捕縛されたカワタリと共に去るカカシたちに向かって、口々に感謝の言葉が投げかけられる。
「……ありがとうございます! なんてお礼を言っていいか」
「うみのイルカ。あんたのことは一生忘れない!!」
「探偵さん、ありがとう!!」
 終いには万歳三唱が起こる場に、カカシは振り返り、にっこりと笑って言った。
「困ったことがあれば、木の葉の里にご連絡下さい。探偵うみのイルカ。あなた方の身の回りの事件を解決する、探偵です」
 このときも幻術を使い、美化することも忘れない。
 女たちはぽわんと熱に浮かされたように瞳を潤ませ、男たちはきらきらとした羨望の眼差しでカカシを見つめる。
 じゃ、と。やたら空気を孕むコートの裾をわざとはためかせて前を向くと、カカシはそのまま歩みを進めた。
 「かっこいい」「痺れるぅ」「ファンになった」と後ろで騒ぐ集団に、カカシはいつものことだが疲れるなぁとため息を吐いた。
 しょげかえるカワタリを待機していた正真正銘の警吏隊に引き渡し、これでようやく任務は終わった。


「テンゾウ、それ新聞社に投げ込んできて」
 ため息を吐いて変化を解き、これまたいつもの流れで言う。「今回はいい絵が取れましたよ」と回数をこなす度に写真の腕が上がっているらしいテンゾウが了解の代わりにそんなことを言って消えた。
 何というか。
 今度イルカと会う時、とんでもないことになっていそうだなぁとカカシは、火影が率先して行っている茶番劇に、尽きないため息を零すのだった。



(おわり)
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『畑の幸、海の幸』で配った、ペーパーです。
おふらいんの『イルカの事件簿1』の後の話として書きました。
微妙なイラストは、今年のオンリーではない時のものです。……使い回し…。





畑の幸