ぴらぴらのフリルがふんだんにあしらわれた真っ白いエプロン。
女性が着るにしても、人を選ぶような、真っ白い甘ったるい可愛過ぎるエプロンを前に、イルカの思考回路は完全にフリーズした。
「あ、もっちろ〜ん、全裸で着るんですよvv お約束ですよ〜ねっ」
目の前の男が、裸エプロンでイチャイチャと脳が腐った発言をかますにあたり、イルカは己でも驚くような速さで頭突きをかました。
「っご!」
避けることも、受け止めることもできず、写輪眼のカカシと二つ名で呼ばれる上忍の男を床に伸した事実に、イルカはこの力が常時発揮できていればと思わずにはいられない。
万年中忍なんて言われないだろうになぁ。カカシさんにだって、好き勝手されないだろうになぁ……。
ついでにお給金もがっぽがっぽと胸の内で呟いていれば、カカシがイルカの体に縋るように這い上がってきた。
「ひ、ひどすぎですッ! 先生、額当て外してないのに、本気でやらなくてもいいじゃないですか! 頭割れるかと思いましたよッ、一瞬、お花畑見ましたよッッ」
ぎゃんぎゃん言い募る男に、体を揺らして男を払いのけ、イルカはぎりぎりと歯を食いしばり、目に殺気を込めて男を見下ろした。
「寝言は寝て言えッッ!!」
「寝てないですも〜ん。ちゃんと起きてますもん!」
「だぁぁ、うるさい! いい大人が『もん』て言うなッ。あんたの両目は腐ってんですか?! 可愛い彼女に着せるならまだしも、男の俺に着せて何が楽し――」
何かが目の前を霞めた。
一拍置いて、括っていた髪が肩に滑り落ちた。額当てがずり落ち、床に鈍い音を立てる。
鈍く低い音の反響を聞きながら、目の前に突きつけられたクナイと、冷たく射抜く剣呑な眼差しに声が枯れる。
カカシがイルカにクナイを振るった。
残像さえも見えない速さで。
体温が下がる。
場が凍りつく。
吐く息さえ白くなってしまいそうな錯覚に襲われ、瞬きさえもできずに固まった。
「……可愛い彼女? あんた、俺に黙って何悪さしてんの」
膨らむ殺気に、息が詰まる。
心臓を握りこまれる鋭い痛みと、身を覆う圧迫感に苛まれながら、違うと必死に目を振れば、カカシはイルカの頚動脈にクナイを突きつけたまま、耳元に唇を寄せそっと囁いた。
「あんたの恋人は誰?」
超一流の忍びの殺気を間近に当てられ、うまく声が出ない。
それでも、なけなしの気力を振り絞り、痺れる舌で言葉を紡ぐ。
「…シ、さ」
喘ぐように吐いた言葉に、若干殺気が緩む。
イルカのこめかみに摺り寄せるように頭を寄せ、カカシは囁く。
「あんたが、この世で一生涯愛しているって言える人は誰?」
「っ、かか、し、さん」
そう声に出した途端、ちゅっとこめかみにキスされた。
「浮気したら殺しちゃうよ?」
言葉が耳に届いた途端、殺気は解かれ、クナイが下ろされた。
痺れるほどの緊張感から一気に解放され、体中の力が抜ける。
傾ぐ体を大きな胸に抱きとめられ、宥めるように背中を擦られた。
死線を潜った後のように、心臓が波打っている。しばらくご無沙汰だった緊張感に、己の鍛錬不足を痛感した。
「…解いてください…」
震える声で要求すれば、クナイを手で弄びながら、腕と足の拘束を絶ち切られる。
クナイをホルダーに仕舞い、笑うカカシの声を聞きながら、痺れの残る手首を擦った。…この男……。
「―もぉ、イルカ先生ってば、変なこと言わないで下さいよ。浮気しちゃったのかと思って、一瞬、理性崩壊しちゃったじゃないですか〜」
何度か手を開閉し、痛みとむず痒い感覚が薄れたのを確認した後、イルカは拳を握り締めた。
「本当に気をつけてくださいよ。俺って沈着冷静が売りな訳ですけど、こと、あんたのことになっ―ッッ」
がつんと拳に鈍い痛みが伝わる。
ぺらぺらと聞いてもいない事を喋り出した男に、問答無用で鉄拳を落としてやった。声もなく頭を押さえて、床にひれ伏すカカシを尻目に、イルカは大きく息を吸う。
「い、いったー!! あんた、何すんー」
「この、馬鹿者ぉぉぉぉぉぉ!!」
今度は耳を押さえて床に沈んだカカシを見下ろし、イルカは腕を組んだ。
アカデミーで日ごろから生徒を叱り飛ばし鍛えている声は上忍以上だと自負している。
「な、なんなのよ……」
衝撃から立ち直り、涙目で体を起こしてきたカカシの真正面に対し、ここに座れと床を叩いてやる。
眉根を寄せながらも、正座したカカシを目に収め、イルカはカカシの両目を真っ直ぐに見詰めた。
瞬間、ばつの悪そうな顔をする様子に、イルカは若干態度を和らげる。
「カカシさん。俺が何故怒っているか分かりますか?」
問いかけた言葉に、カカシの目が泳いだ。床に落ちそうになる視線を、膝に置いてあったカカシの手を握ることで引きとめる。
「前にも言ったことがありますよね。俺は中忍で、あなたは上忍だ。そして、あなたは強い。あなたの意志があろうとなかろうと、里は、里の者達は、あなたが里を背負って立つ忍びだと認識している」
「イルカ先生…!」
悲痛な声で叫んだカカシに、思い違いしないで下さいとイルカは告げる。
不安そうに揺れる瞳をしっかりと見詰め、握っていた手に力を込める。
「誰もが認める実力者である、あなたの殺気をもろに浴びて、しがない中忍である俺が、耐えられると思っているんですか?」
さきほど殺気を浴びせかけた人物とは思えないほど、しょぼくれた顔をして、カカシが俯く。
イルカは苦笑しながら俯くカカシの顔に手を差し入れ、頑なに下を向こうとする顔を無理やり上げさせた。
怯える瞳を元気付けたくて、額に一つ口づけを送る。
頬にも一つ。閉じられた左目にも一つ。
「カカシさん。だから、俺に無理やり言わせるようなことしないで下さい。俺の言葉を、無理に言わせたようにもしないで下さい。俺が傷つくのは勿論ですし、もっと傷つくのは―」
上向かせるように顔を撫で、目に落ちる髪を掻き揚げる。
おそるおそるこちらに向いた瞳を捕らえ、イルカは困ったように笑った。
「カカシさん、あなたなんですから」
くしゃりと顔を歪ませて、大きく一つ頷く。
そのままイルカの肩に顔を埋め、カカシは小さく呟いた。
「…ごめんなさい。もうしないよう気をつけるから、側にいて…」
気をつけるだけかよ……!
突っ込みたい欲求を無理やりねじ伏せ、しがみつくように抱きつくカカシの背を叩いてやる。
まぁ、カカシにしては、だいぶ譲歩してくれたところだ。
昔ならば、イルカが抗議しようものなら、誰に唆されたのだと激昂し、イルカを殺して自分も死ぬと修羅場を演じていたところだ。
昔の俺って、ぎりぎりのところを生きていたんだなぁ。
過去の己に拍手を送るべきか、それとも成長したカカシを褒め称えるべきか。
両方だなと胸の内で呟き、イルカは安心させるべくぎゅっと強く抱きしめる。
「離れろって言われても、離れませんよ」
「ほんとに?」と問いを口にするカカシを馬鹿だなぁと心底思う。「本当ですよ」と囁いてやれば、カカシはぐりぐりと肩に額を押し付けてきた。
下心抜きで甘えてくるカカシは可愛い。
いつもこうだったらいいのにと、奔放な髪を梳るように撫でていれば、胸の中、小さな呟きが耳を掠めた。
「……どうやっても、あんたは俺に縛られてはくれないね…」
くぐもった声は言葉として聞こえてこず、イルカはカカシの顔を覗き込んだ。
「何か言いました?」
「……何でもな〜いよ。ねぇ、先生、こっちにもキスちょうだい」
唇を指差し、口を突き出し強請る。するとイルカは顔を真っ赤にして意味不明な声をあげた。
さっきは自分から三度も口付けてきた癖に。場所が変わるだけで動揺するなんて、可愛い人だ〜よね。
イルカの初心な反応を楽しむようにカカシは笑い、今日はイルカが口付けてくるまで動かずにいようと待つ。
顎を突き出すカカシの肩を握り締めていたイルカだったが、意を決したようにカカシの頬に手を添え、顔が近づいてきた。
薄っすらと目を開けると、緊張に顔を紅潮させ、強く目を閉じたイルカが見えた。
がちがちに固まっている姿が可愛い。
黒い瞳と同じように黒い睫は意外と長い。いつも高い位置に縛られている髪を紐解けば、イルカはあどけない顔になる。普段の男らしいイルカとはかけ離れていて、庇護欲と同時に情欲をそそられる。
顔の中央に走る一文字の古傷が、ほのかに色づいている様を色っぽいなと思っていれば、唇に柔らかい感触が落ちた。
ちゅっと小さな音を立てて、すぐ離れる幼い口づけに、苦笑が零れ出る。全然足りない。
急ぐように離れる顔を引きとめ、イルカがほだされるように舌足らずな声音を作る。
「せんせ、もっと深いのちょうだい。ね?」
お願いと嘯けば、元来、お人よしなイルカは断る術を持たない。
「う」と唸っただけで、顔が戻ってきた。
迎え入れるように口を開けば、一瞬躊躇しつつも舌を伸ばしてくれる。
まずは軽くお互いの舌を触れ合わせ、口内の中を行き来しあう、時折、歯の付け根や口蓋をくすぐり、舌を絡めた。絡み合いながらお互いの口内に引き込み、甘く吸う。
全部カカシが教えたことだ。それを忠実に実行してくれるイルカが自分に染まっていく様を見るようで、胸が高鳴った。
境目が分からないぐらい、自分に染まって、いや交じってしまえばいい。
しばらく、競い合うように口付けを交換していたが、息が続かなくなったのか、イルカの動きが止まった。カカシの首に回っていた手も離れていく。
冷たい空気を肌に感じ、無性に遣る瀬無くなった。
もっと触れ合いたいのに、交じり合いたいのに。
もっとと強請るように唇を寄せれば、イルカは首を振るばかりか、胸を押してきた。
素っ気無いほど簡単に離れようとするイルカが許せず、唇を押し当てたまま、後ろ首に手を回し、体ごと床に押し倒す。
腹筋と背筋を使って、衝撃を与えないように床に横たわらせ、イルカの股に自分の足を割り込ませた。床に散る黒髪が扇情的だ。
「んぅ?! っぐ!!」
カカシのしようとすることが分かったのか、イルカが胸を激しく叩き抵抗してくる。だが、もう遅い。
くちゅくちゅと唾液を粟立たせるように、口内へ注ぎ込みながら、イルカの感じる口内の箇所を擽ってやる。それと同時に、ベストのチャックを下ろし開いた。
途端に香る汗の匂いに、脳が沸騰するのが分かる。
イルカの匂いだ。日向のように柔らかく、カカシにとって心地良い、情欲をそそられる匂い。
顔を埋めたい欲求が膨らむが、ここで欲望のまま行動しては、事を仕損じる。嗅ぐなら、もっとイルカが前後不覚になるまで喘いでからだ。
ちらりと顔を見れば、顔を真っ赤にして苦しんでいるイルカが見えた。死なない程度に呼吸を確保してやりながら、満足できるほどの呼吸はさせてやらない。
可愛い恋人の切ない気持ちが分からない鈍ちんには、おしおきが必要だ。
アンダーの上から手を這わせれば、感度のいい体はすぐさま反応を返してくる。盛り上がり、存在を主張している乳首を指で弾き、片方の手で脇腹から二の腕にかけて指を滑らせる。
カカシの口に向かって喘ぐイルカに気を良くしながら、膝頭で軽くイルカの雄を嬲ってやれば、すでに勃ち上がりかけたそれは急速に硬くなっていく。
「ん、んんんんッッ」
カカシの肩の服を強く握りしめ、イルカの目が見開く。イルカの眦には涙が浮かんでいた。
我慢できないんだ〜ね。もう本当にこらえ性がないんだから、でも、俺はそんなイルカ先生が大好きですよvv
心の中で呟き、至近距離でにっこりと笑えば、何故かイルカは怯えた顔を見せた。
きっと感じすぎて恐がっているのだろう、己の腕前ならば無理もないと胸の内でのたまいながら、カカシはイルカを高みに上らせるべく、ラストスパートを切る。
激しくかつ繊細に動く膝の動きと口付けに、イルカは首を振って戦慄いた。
突如、本気になったその動きは、イルカにとって甚だ迷惑極まりないだけのものだ。
止めんかぁぁぁ!! し、死ぬ、苦し――!
息苦しさと快楽で頭が混乱してくる。背筋を走る快楽と悪寒に、気持ち悪ささえ感じ始めたとき、目の前が真っ白に染まった。
「っっ!!」
堪える暇もなかった。
馴染みの気持ちよさに体を跳ねさせた直後、体が弛緩する。
射精後の気だるさを持て余しながら、やっちまったと目を瞑る。
酸欠で我慢が利かなかったとはいえ、あまりに早過ぎる己の失態に涙が出そうだ。
「ふふ、か〜わいー」
塞いでいた口をようやっと離し、カカシはご機嫌に呟いた。
ぜいぜいと息を溢すイルカの頬に、何度も口付けを落とす男に殺意すら沸く。
いつもはこんなに早くねーッ! これが普通だと思うなよ、この野郎ッ。
男としての矜持を傷つけられた気分だ。
ちゅっちゅっと小さく音を立てて、まとわりつく顔をぶん殴ってやりたい。あぁ、体が重い。ズボンが濡れて気持ち悪い。
解き放たれた髪が頬や首に張り付く感触も不快で、苛々が増す。
退けとカカシに手を向けたのと、よいしょという声があがったのは同時だった。
何をするのだと思う間にも、腰を上げさせられ、膝頭を突っ込まれる。
足を抱き抱えられた次の瞬間、カカシの手が腰にかかった。
ちょっと待てと静止の声を掛ける暇も与えず、カカシは指を引っ掛け、下にずり下ろしてくる。
「わっぁぁぁ、待て待て待て待て待てッッ」
死に物狂いでズボンを引っつかみ、下げようとする力に対抗するべく上に引っ張り上げる。中途半端に下げられ、半分覗いた尻が空気に触れて冷たい。
「ちょッ、離してくださいよッッ!」
叫べば、カカシは邪気のない顔で笑った。
「え〜、何言ってんですか。イルカ先生、ズボンがべちゃべちゃで気持ち悪いでしょ? 着替えさせてあげますって」
そう言いながらぐいぐいと引っ張るから、イルカも負けじと引っ張り返す。
「いいですって、自分でします! カカシさんのお手を煩わせるまでもありません! それくらい、一人でできま、っっ!」
突然、カカシが手を離したせいでイルカは後ろに引っくり返った。勢いあまって後頭部を打ち付け、目から火花が散った。
痛みに唸りながらカカシの様子を窺えば、カカシは頬に手を寄せ、もじもじと恥らっている。乙女を意識しているのか、横座りなのも嫌な感じだ。
声をかけるのを躊躇ったが、無視すればするだけ後々に酷い目に遭った経験があるため、涙を飲んで声をかけてみた。
切りが悪くて、すいません! 次でラストです。