「………あれ? 先生、もしかして怪我してる?」
いくら夜とはいえ、男二人が抱き合って大泣きしている状況に、ちょっと照れつつ体を離したとき、カカシさんが鼻をひくつかせ眉根を寄せた。
「え? 覚えはありませんけど…。俺じゃなくて、カカシさんが怪我したんじゃないですか」
思いっきり抱きついたから、もしかして再出血したのかと顔を青くさせれば、カカシさんは心配ないと手を振った。
「いえ、怪我っていっても、親指掠った程度ですよ。ほら。微量の毒が出たんで、念のため自宅待機になっていただけですから」
包帯を巻きつけている親指を見せ笑うカカシさんに血の気が引いた。ど、毒って!!
「わ、笑いごとじゃないですよッ。小さな傷が致命傷になることくらい忍ならよく知っているはずでしょう?! 安静にしていないと駄目じゃないですかッッ」
部屋に入って寝かしつけようと身じろいだ瞬間、カカシさんに足を掴まれ引っ張られた。
まるっきり気を抜いていたせいで、情けなくも後ろから引っくり返ってしまう。
座っていた姿勢からの転倒だから、痛くもかゆくもないのだけど、カカシさんが掴んだ俺の足裏を凝視していることが、何だか気恥しい。
汚いもんじろじろ見ないでくださいと、足を取り返そうとした、そのとき。






「それはこっちの台詞です! アンタ、何、やってんですか!!」
気炎をあげて怒ったカカシさんは恐ろしかった。
視覚化できるほどの青白いチャクラを体から放ち、整った顔立ちを般若の形相に変え、俺を睨む。
「え、え? え?」
訳が分からず、動揺する俺の膝頭を掬い、問答無用でカカシさんは家に入っていく。
格子戸を開け放ち、懐かしい間取りが俺を出迎えた。何一つ変わっていない。
一ヶ月前のことだから当たり前といえば、当たり前なのだが、それでも感慨深く部屋を見回していると、カカシさんは俺を畳に下ろすなり、てきぱきとタオルと救急箱、水を張った盥を持ってきた。
何をするのか茫然と見ていると、カカシさんは俺の足を掴み、盥の水をかけた。瞬間、走った思わぬ痛みに体がびくつく。
「いッ!!」
呻く俺に、カカシさんは不機嫌な顔をしたまま、水を掬い足裏にかけた。
「痛くて当たり前ですよ。素足のままガラスやら何やらで切っているんですから」
いつの間にと顔を顰めて、ふと思い出した。
「あ…。靴、履くの忘れてた」
家を出るとき、とにかく早くカカシさんに会いたくて、素足のまま駆け出していた。
チャクラだって早く走るために足の筋力に使っていたし、頭がいっぱいで痛みなんて感じなかった。
今、思えば瞬身でも使えば一瞬だったのに、それすら思いつかない自分の鈍さに苦笑が出る。
「笑いごとじゃないでショ! もー、イルカ先生ってば、自分のことに関しては、時々抜けてますよね。お世話になってた身で言うのも何ですけど、オレが喜ぶからっておかずもご飯も全部あげちゃ駄目でショ! 腹鳴らして寝るなんて、何、考えているんですかッ」
頬を若干膨らませ、詰るカカシさんが可愛い。
腹空かして鳴る俺の腹をじーっと見て、困った顔をしていたカカシさんを思い出した。
なんで鳴るのと、首を傾げるカカシさんも可愛かったな。
思い出し笑いをしていれば、カカシさんは「こらっ」と恐い顔を見せる。叱られることが何だかくすぐったくて、笑いながら謝った。
「ごめんなさい。あ、カカシさん、後は、自分でー」
盥に突っ込んだ足を引き寄せようとして、軽く叩かれた。
「だーめ、オレがします。さっきも言いましたけど、先生は自分のことになったら手抜きしますからね。菌でも入ったら事です。先生は大人しく見といてください」
俺の足を自分の膝に置き、言いきったカカシさんに苦笑いしか出てこない。
ピンセットで細かな石粒を除け、丁寧に消毒してくれる。長い指が器用に動く様を見ながら、気になっていたことを聞いてみた。






「…カカシさん、俺と過ごした時のこと、全部覚えているんですか?」
軟膏を布に塗り、傷口を覆う。包帯をゆっくりと綺麗に巻きながら、カカシさんは口を開いた。
「覚えていますよ。ただ、犬のオレと人のオレの感情が同時にありました。犬としての感情の方が強くて、行動は全部犬主体でしたけど、はたけカカシという人の意志もあったんです」
思わぬことに、ちょっと身の置き所がなくなる。
犬のカカシさんを俺は猫可愛がりしていた傾向があった。
紅先生たちが甘やかしすぎと何度も言っていたから、人としてのカカシさんはさぞかし居心地が悪かっただろう。成人男性に世話を焼かれても嬉しくないだろうし。
「反対ですよ、イルカ先生」
「え?」
何も言っていないのに、返って来た言葉に驚く。
聞き逃していたことがあったかと会話を振り返る俺に、カカシさんは口元に小さな笑みを浮かべた。
「犬のオレがあまりに行儀が良すぎて、人のオレは指くわえて地団太踏んでいました。先生ったら、風呂入った後はいつも半裸で動き回るし、浴衣着て寝るから、朝起きた時、胸元から裾からいっつも乱れていて、何度その乳首に噛みついてやろうかと思いましたヨ」
予想外すぎる言葉に、声を失った。
あれ? カカシさんって、もしかして……。






「―そうですよ。オレは、アンタのことずっと前から好きでした。ナルトたちの上忍師になって、ようやくアンタに近づけると思っていたら、アンタは妙に余所余所しいし、付け入る隙も与えてくれないし、犬になってアンタが目の前に現れた時は拾ってもらおうと、必死でイイ子を演じたんですから」
目元を赤らめ、恨みがましい目で見つめてくるカカシさんに引きずられ、こっちまで顔が赤くなる。全く気付かなかった。
何と言っていいか分からず、沈黙していれば、治療を終えたカカシさんが前屈みに接近してくる。
「だから、先生。犬のときのオレより、今のオレの方が、断然手がかかりますからね、覚悟しておきなさいヨ」
俯いた顔を掬われ、言葉尻と同時に軽く口づけされた。
ぐわっと熱が顔に集まる。そ、そりゃ、カカシさんのことは好きだけど、そういう行為はちょっとまだ……!!
口を両手で覆い、尻を使って後ろに逃げようとして、腰を掴まれた。え、ちょ、ちょっと?!
四つん這いで俺の体を跨ぎ、カカシさんはにやりと意地悪げに笑った。
「オレの宝物を奪ったお礼もたっぷりしますからね。覚悟しなさい」
「た、宝物って何ですか!」
何とか時間を稼ごうと、圧し掛かってくるカカシさんに悲鳴をあげれば、カカシさんはふかーいため息を吐いた。
「イルカ先生が使い込んでいたパンツ。犬のオレの隠し場所がアレだったから仕方ないかもしれないですけど、問答無用で奪い取るのはいかがなもんですかねー」
オレ、とっても大事にしていたのにと、しおらしい顔で吐息を吐くカカシさんに、声を張り上げる。
「元々あれは、俺のですッ!! って、アンタ、人のパンツを勝手に宝物にしないでくださいッ。感性疑われますよッ」
そういえば、カカシさんは俺のパンツを咥えて町に駆けだすことを、ストレス解消にしていた節があった。
その度に、暗部と協力してカカシさんを自宅までおびきよせていたっけ。
任務が終わる頃には、今まで恐いとしか思っていなかった暗部と、妙な連帯感が生まれていた。
今となってはいい思い出だと、しみじみ思い出していれば、服に手を突っ込まれた。






「うあ! な、何すんですかッ、いきなりッ」
うぎゃぁとアンダーを抑え、無遠慮な手を追い出そうとするが、カカシさんの手は器用に動き回り、あっという間に上へと上っていた。
「んッ」
胸の天辺をいきなり抓まれ、びくりと体が跳ねた。
「なーに、余所事考えてんの? オレ、犬のときより遥かに嫉妬深いですからね。いっつもオレのこと考えてないと、噛みつきますよ」
冗談なのか本気なのか判断付かない目で見つめられ、俺は瞬きするしかできない。
いや、いや、それよりも、この流れは本当に、ちょっと、その!!
「ま、待ってくださいって、カカシさん!! そりゃ、俺も男だからヤリたい気持ちも分かりますし、乗らないこともないんですけど、こういきなりっていうのは、精神的にも肉体的にも色々と都合が……!!」
もう少し、落ち着いてから事に及びましょうと、俺の最大限の譲歩を、カカシさんは真っ向から拒否した。
「ヤダ。オレがどんだけこのときを待ってたか、先生、知らないでショ。オレは、今日、今宵、事に及びます」
真剣な顔で言い切るカカシさんは男らしいが、俺の準備が……!!
男は繊細な生き物なんですッ。カカシさんも男だから分かってくれるだろうけど、だが、しかし。同じ男だからこそ分かる部分もあって、カカシさんを傷つけちゃうかもしれないから、極力避けたいのが本音だ。
カカシさんのことは好きだし、いずれそうなりたいとは思うけど、今から急に抱けっていうのはちょっと無理かもしれない…!!
どうやって説得しようか泡を食う俺に、カカシさんは目を細めて言った。
「だいじょーぶ。先生、心配しないで。オレ、準備万端だから。始めは痛いかもしれないけど、すぐ慣れるよ」
ぐいっと押し付けてきた腰に当たるものと、交差させた両手の指の間に挟まれた、オイルやらローションやら、体に悪そうな成分の入った液体やら、そんなものまでっ?! というものを見せつけられ、俺は自分の考えを改めなくてはならないことを思い知った。






俺がカカシさんを抱くんじゃない。カカシさんが、俺を――。
一杯一杯で気付かなかったが、圧し掛かるカカシさんの色違いの目には獰猛な光が宿っている。
これは狩られるものの目ではない、狩るものの目だッ。






「……カカシさん、一つ聞いてもいいですか?」
「ん、なーに?」
柔らかい口調に抑えた声音。けれど、その瞳が全てをぶち壊している。
切れ切れになる理性を何とか次ぎ合わせての様だと俺は直感した。
この先の自分に降りかかる未知なる世界に戦慄しつつも、俺のゴーサインを辛抱強く待ってくれている律義な男に、俺は祈るような気持ちで審判の問いを口にした。
「…カカシさんは、いつ頃から俺をそういう対象として見ていたんですか?」
俺の問いはカカシさんの予想を超えていたのか。
目を見開いて驚いた後、一瞬にして真っ赤な顔に変わった。
男の正直さに、こちらが面くらってしまう。そして、何というか。
「……ひ、秘密です! 意地悪言う人には教えてあげませんッッ」
真っ赤な顔で瞳に涙を溜めた男の姿に、陥落してしまった。
問いの答えはよく分からないけど、カカシさんが必死に俺を求めてくれていることだけが分かったなら、まぁ、いいか。
ぎらぎらと恐いほどに光っていた瞳はなりを潜め、いたいけな瞳に涙を滲ませ、心持ち小さく見える男の頬を掴む。
そして、何か言う前に、こちらから男の唇に噛みついてやった。






「言っておきますけど、俺、ぺーぺーも何もあったもんじゃないほどのへたくそですからね。後から、泣きごと言っても知りませんよ。覚悟してください」
にやりと笑えば、カカシさんは一瞬泣きそうな顔を晒したが、寸でのとこで抑え、歪んだ顔で笑った。
「――それは、こっちの台詞ですッ」
えー、それって問題じゃね? と、思わなくもなかったが、素足で駆けて痛みも感じなかったくらいだし、尻が裂けて出血するくらい大丈夫か、痛みの耐性だってそれなりにつけてんだからと、大きな気持ちで誘うように抱きついたのは、後から思えば俺の失態だった。
………一つ、言えることは、上忍の精力は上忍だということだけは言っておこう。


















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以上です! 最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
追記:続きをアップしました。(H25.1.19)








けもみみしっぽ5