突然だが、オレは見えない。
 何がだと言えば、上忍ならば見えて当然。というより、上忍になるための必須規定にあたるところの霊というものが見えない。
 人の生き死にを生業とする忍びならば、恨みは当然買うことになる。ターゲットに止めを刺す際、怨恨を叫ばれたり、逆恨み、八つ当たり気味に呪詛を投げつけられたりなど日常茶飯事だ。
 ただ恨まれるだけで終わればいいのだが、そうは問屋が卸さない。全体から比べると数こそ少ないが、本当に化けて出られることもある。
 しかも、化けて出るのは、専ら複雑で厄介な事情が絡んだ者たちが主で、Aランク以上の任務をこなす者、つまり上忍たちに被害が出る。
 そこで木の葉の里は、上忍の必須規定として霊が見える者、それに対抗できる者を組み入れた。ま、大抵アレが見られれば、対抗する術なんて 自ら学ぶのが常らしいから、霊が見える者ならば上忍資格の一つはクリアしたとみていい。
 だから、他の里では知らないが、木の葉の上忍以上の者たちは全員霊が見えるし、除霊だってできる。
 木の葉の上忍は除霊集団だなんて、カルト集団みたいで外聞が悪いから伏せられているだけで、その筋で困っている者たちから除霊の依頼なんかも来たりする。依頼書に除霊依頼であることを示す暗号を組み入れると、それとなく上忍へ依頼が回ってくるのだ。それが大額でおいしいこともあり、里を潤わせる一つにもなっている。
 中忍以下には全く知らない世界だが、見えない奴に何言っても仕方ないもんね。


 さて、ここで一つ、疑問が浮かぶことだろう。
 オレ、はたけカカシは霊が見えないのにも関わらず、上忍はおろか、暗部まで勤めている事実だ。しかも、オレはそっち関連でも他を圧倒するほどの戦績をあげている。
 それは何故か。
 答えは簡単、オレの家系が霊に対抗できる強い力を有しているからだ。
 古参の上忍たちが言うには、はたけ家の対霊能力は並大抵ではないらしい。一度発動させれば辺り一帯の浮遊霊、自縛霊、怨霊などの類が全て成仏するという。ただし、その能力を発動するには番となる者が必要だということだ。
 残念ながら親父から直接話を聞いたことがないため、その古参の言い分を信じるしかないのだが、とにかく効果は絶大という話だった。
 よって、はたけ家の生まれであるオレは、例え見えなくとも後々番となる者が見つかれば多大な戦力になるため免除された。
 ただ、オレの場合、見えないだけで除霊能力はしっかり持っていた。
 どうやらオレは、霊を弾き飛ばす力があるらしく、近付けば問答無用で霊が吹っ飛ぶらしい。
 成仏という縛りのある任務は苦手だが、除霊ならばオレの右に出る者はいないようだ。周りの上忍たちや暗部の後輩にさすがと拍手喝采されるのは悪い気はしないが、曖昧模糊としたものがいなくなったなぁ程度の実感しか沸かないオレには何とも味気ない任務ではあった。
 霊に対しても百戦錬磨のオレだったが、天敵ともいえる霊もいた。
 それが子供の霊だ。
 ガキの霊にはオレのご自慢の霊力も大して効果がないようで、それが判明した時は周囲が慌てふためいていた。ガキの霊は純粋であるが故になかなかに手強く、上忍連中が五名がかりで三日間不眠不休を強いられる、下手したら里に赤字をもたらす過酷な案件となる。
 だが世の中出来たもので、ガキの霊に関してだけは特別に強い奴もいた。それが、イルカ先生だった。


 その頃のイルカ先生はまだ先生にはなっておらず、教師見習いとしてアカデミーに勤めていた。
 一応オレにも、見えないとはいえ除霊してきた自負があったから、子供の霊を除霊できるイルカ先生が気になって、顔を見に行ったことがある。
 特筆することもない平凡な青年で、特徴があるといったら頭の天辺で一本に結んだちょんまげと、顔のど真ん中を横切る傷ぐらいだった。あとは、とにかくよく笑う青年で、子供に好かれていることが窺えた。
 忍びとしても大丈夫かと思うほどに平和ボケした平平凡凡な青年は、驚くべきことにオレと同様に 霊が見えない人種かつ、能力のみを有していた。
 もしかしてオレと同じく家系が力を持っているのかとも思ったのだが、それはなかった。 うみの家には特に霊に対して力を持つ者はおらず、彼だけが突然変異のように忽然と力を持って現れたみたいだ。
 そして、手段はオレのように吹き飛ばす訳ではなく、ただ一緒にいることで成仏させていた。
 だから、上忍たちの手に余る子供の霊が現れた際、捕縛を得意とする奴らがその霊を一旦封じ込め、 里に持って帰ってアカデミーに放す。それを、彼が時間をかけてゆっくりと成仏するというサイクルをとっていた。
 彼は何故か子供の霊だけは見えるようで、どう認識しているのか不思議なのだが、名簿上にない生徒もアカデミーの生徒として認識している節があった。
 時にはうざがられたり、こっぴどく拒絶されるのに、彼は何度も話掛け笑いかけ、時には叱り、時には我が事のように泣いたり、喜んだりして子供の霊と過ごすのだ。
 除霊を頼まれるくらいの危険極まりない子供の霊がいても、他の無関係な子供たちに悪影響を及ぼすこともなく、逆に子供たちにも認識されて一緒に遊んだりする始末で、吹き飛ばすしか能のないオレには摩訶不思議な光景だった。


 一回だけだが、オレはイルカ先生が子供の霊を成仏させた瞬間を見たことがある。
 昼休み、アカデミーのグラウンドで彼が生徒たちと鬼ごっこをして遊んでいる時だ。鬼になった彼が霊である子を笑いながら腕に抱き止めた瞬間、淀んでいたものが内側から一瞬光を発し、導かれるように空へと吸い込まれていった。
 それはとても幻想的な光景で、初めて霊が成仏をする場面を見て俄かに興奮したのだけれど、その興奮も彼の顔を見て一瞬にして冷めた。
 イルカ先生は何かを失ったような表情を晒し、涙を零していた。
 突然泣き出した彼に気付いた生徒たちが駆けつけ、彼は何かを取り繕うようにその表情を消したが、オレはあの顔に魅せられてしまった。
 この人は霊に対する特別な力がある訳ではない。ただ、ただ情が深く、求められればその腕に抱き止めて慈しむ人なのだ。
 それが世間から見て悪というものだとしても、懐に入れさえすれば無条件で抱き締める。
 だから、一度懐に入った者が消える哀しみを何よりも強く感じる。その者にとって正しい道だとしても、自分の元から去る辛さに泣くのだ。
 彼の本質を知り、ぞくぞくした。
 なんて自分勝手で傲慢な情なのか。
 なんてうっとおしいほどに粘つく思いなのか。
 あの情に絡め取られた者はさぞかし不自由で息苦しい思いをすることだろう。だが、その代わり、彼の腕の中、一番奥底に届いた者はきっと幸せだろう。
 何があっても変わらぬ、永劫ともいえる愛を手に入れられるのだから。
「いいねぇ」
 気付けば勝手に呟いていた。
 周りにはいなかったタイプの人間だ。
 それも当然といえば当然。そんな甘ちゃんが生き残れるほど、オレたちが遂行する任務は容易くない。
 逆を言えば、彼は今までよく生き残っていたものだ。アカデミー教師になるという道を選んだのは、彼にとってもオレにとっても僥倖に違いない。
「イルカせんせい、か」
 成仏した霊体は認識から外れてしまうのか、何事もなかったように生徒たちを追いかけ始めた彼を見つめた。
 単なる好奇心は今では確固たる執着心に変わっている。もしかしたら、彼に興味を持った時点で何かしらオレの中の琴線に触れていたのかもしれない。
 きっと彼とオレは日の下で会う。
 暗部のような曖昧模糊な存在としてではなく、はたけカカシとしてオレは彼と出会うだろう。
 予感ではなく確信。
 当たり前の事実のように認識する己に口元が上がった。
 もしかして、これも運命ってやつかねぇ。
 運命なんてこれっぽっちお信じてない癖に、そうであったらいいと思う己が滑稽で愉快だった。


 暗部としての籍を持つオレがイルカ先生に会えたのは、それから数年後のことだ。
 上忍師としての役割を望まれ、オレのお眼鏡に叶う子供たちが見つかったことにより、イルカ先生との関わりが生まれた。
 受け持った子供たちの元担任がイルカ先生だったのだ。
 初めましてと屈託のない笑顔を浮かべるイルカ先生に、同じく初めましてと嘯いて握手を交わした瞬間、オレは確信した。
 この人が、オレの番となる人だ、と。
 触れた瞬間に体の中を走った電撃にも似た疼き。
 訳もなく胸が高揚し、彼を求める気持ちが膨れ上がる。
 それは今まで体験したことのない、直感よりもなお強い、宿世を知らしめるもの。
 その衝撃はイルカ先生にも感じ取れたようで、弾かれたように手を離し、オレの顔を驚いたように見つめていた。
 やっぱりオレたちは出会うべくして出会った者だーね。
 静電気、凄かったですね、大丈夫でしたかと惚けたことを言い出すイルカ先生にオレは小さく笑った。
 そしてその接触以後、オレは今まで見えなかったアレが見えるようになった。これも番と触れたことによる力の解放かと、ますますイルカ先生が欲しくなったのだが、それに待ったを掛ける存在が現れた。


 オレの腐れ縁とも言える髭熊のアスマと、顔だけはべらぼうにいい魔女の紅だ。
 積極的にイルカ先生と関わりを持とうとするオレを引き止め、何を企んでいるんだと人を悪者扱いしてくる。
 企むも何も、あれはオレの物だからとこの世の真理を言えば、二人は激昂してそのまま火影室にオレを連れ込んだ。
 そこで起きたのは、オレにとっては非常に七面倒臭い類のもので、よりによって火影までイルカ先生に無体な事をけしかけるのは許さんと怒気も露わにこちらに告げてきた。
 そこでオレは長年親しんだ暗部流ではなく、里のおままごとのような恋愛手順でイルカと接触することを約束させられ、血判まで求められた。
 爺め、ガキの霊の処分が困るからって一介の中忍に気を回し過ぎじゃないかと始めは思っていたら、時が経つにつれ、それよりもなお悪い、単なる孫贔屓だったことが判明した。
 里内勤務になったら里の女を食い散らかすと予想されたオレが、イルカ先生ばかりに付きまとっている現状に疑問を感じたのだろう。
 何故イルカに付きまとうと火影権限で問われた時、オレの番ですと正直に言った後の爺は憤死せんばかりに取り乱していた。
 アスマや紅もそうだけど、イルカ先生って厄介な人種に好かれるよーね。
 嘘じゃ、そんなのわしは認めん、認めんぞー!! と、イルカ先生に近々気立てのいい女性を斡旋し、 二人の間に出来た子供を猫可愛がりする計画を口走る爺が一時期公務に 支障をきたしたり何だりしたが、はたけ家の霊に対する万能な力は火影だからこそ無視できず、 結局はオレとイルカ先生の仲を認めた。
 ただし、絶対無理強いはするなとそれこそ耳にたこができるまで言われた。 ま、そんな心配しなくていーよ。オレも、これから長年連れ添うイルカ先生に嫌われるようなことはしたくないかーらね。
 任せろとオレ的に太鼓判を押したのに、爺はあやつの常識を誰か正してくれと泣き叫ばれた。まったく失礼な爺だーね。
 そんなこともあり、人生のバイブルと言ってもいいイチャパラシリーズを参考に、里の恋愛手順をイルカ先生に仕掛ける日々が続いた。
 イルカ先生も満更ではないのか、オレを誘うようにボディタッチをしてきて、これならば自他共に認める番になるのも遠くはないなと思った矢先だった。


 イルカ先生を狙う悪霊の類が出た。
 どうやら、オレが霊を見れるようになったのと同時に、イルカ先生も見える人間となってしまったみたいだった。
 相変わらず子供の霊に対しては向かうところ敵なしというか、見事に懐柔しては成仏させているイルカ先生だったが、大人の霊になると見える分だけ影響をモロに受け、最弱な存在となってしまっているようだった。
 霊が活発になる時間帯の夜がとくにひどいらしく、満足に眠れずに隈をこさえるイルカ先生に、霊を弾くオレの気配が濃厚に染み込んだ私物をこっそりと忍ばせて影ながらに守ってはみたものの、イルカ先生が引きつける悪霊の類が多すぎてすぐに効果がなくなってしまう。
 いっそのことオレの家で暮らしませんかと言いたかったが、アスマ、紅は別にしても、この里の最高権力者が絶対に許しはしないだろう。イルカの安眠と貞操、どっちが大事なんだと言ってやりたい。
 オレと一緒に帰りたいと言い出せずに、何か掴んでいないと泣きそうと可愛いことを言い、 会いに行けば必ずアパートまで送るようになったのに、それでもイルカ先生はオレに対して「抱いて」と一言も言ってくれない。
 イチャパラだったらアパートの前に来たところで、「お茶でも飲んで行かない」という「抱いて」という言葉の代わりの誘い文句が出るはずなのだが、イルカ先生は「ありがとうございました!」と晴れやかな顔でオレに帰りを促してくるのだ。


 一体どういうことだ。
帰り道を送れば、体のお付き合いが始まるのではないのか。そこから恋人関係が始まるのではないのか。
ま、イルカ先生とは番だから夫婦関係って言ってもいいけーどね。
 ちっとも進展しない現状にオレ自身どうしていいか分からなかったが、運命はオレを見捨ててはいなかった。








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説明臭い話ですいません…。
そして、続いてしまいました。あばばばばば。




見えない カカシ編