本日は快晴なり。
気持ちのいい風を浴びながら、俺は上機嫌で道を歩いていた。
お日さまはぽかぽかと陽気な日差しを落とし、空気もからっと乾いている。
足取りは軽やかで、俺の自慢の尻尾だってびーんと立っている。気力は満ち満ちていて、髭もやる気がみなぎり、ぴんと張っていた。
今日は何でもできそうな気がする。
確信に近い思いを抱きながら、俺はそうだとひらめいた。
あいつらを出し抜いて、あの人に触ってみよう。そして抱っこしてもらおうっ。
銀色でぴっかぴっかな、とってもきれいなあの人に!!
自分の思いつきにぶんぶん尻尾が揺れる。
善は急げとばかりに、俺はのんびり歩いていた歩調を早めた。
あの人の家はここから目と鼻の先だ。
木造立ての古い平屋の家。
周りは垣根に囲まれて、とても広い庭がある。ひなたぼっこに最適な、大きな石もあるのだが、生憎俺はそこで一度も寝たことがない。
なぜなら、そこには俺にとって、とっても恐いあいつらがいるからだ。
あの人の家の垣根の前まできて、鼻をひくつかせる。
あの人の匂いと混じって、恐いあいつらの匂いもしてきた。
嬉しさと残念な気持ちで尻尾が揺れる。
あの人がいるのは嬉しいけれど、あの人の近くにあいつらもいる。
「こら! おとなしくしてろ」
あの人の笑い声が聞こえて、耳がぴんと立った。
嬉しさのあまりごろごろと喉が鳴りそうなのを必死にこらえる。耳が異様にいいあいつらに聞かれでもしたら大変だ。
風下に立ちながら、あいつらの気配が薄い垣根をかき分け、体勢を低くしながら前に進んだ。
緊張でぷるぷると髭がさかんに動く。
あいつらはまだ俺に気づいていないようだ。
ゆっくりと一歩ずつ、慎重に垣根をかき分け、そーっと首を出した。
右には大きな池がある。左には色々な低木が生い茂り、家の方向にあの人とあいつらが見えた。
どきどきと胸が高鳴る。
あの人はホースを片手に8匹のあいつらと一緒にいた。
今日はいい天気だからあいつらを洗ってやる心づもりらしい。
あの人は腕と足の袖をまくり、ホースを振り回して逃げるあいつらを追いかけていた。
洗われるのが嫌というわけではなく、ただ単にあの人とはしゃぐのが嬉しくて逃げているようだ。
ホースから出る水はきれいな弧を描き、逃げ回るあいつらに当たっては弾ける。
日に光るそれは、きらきらしていて、銀色のあの人をもっときれいにきらめかせていた。
いいなぁと思う。
水とあいつらはとっても恐いけど、俺もあの中に入って、あの人と一緒に遊べたらいいのになぁ。
無邪気にはしゃぐあの人に目を奪われていたせいで、気がつくのが遅れた。
「カカシー! 変な奴がいるぞーっ」
間近で声が弾け、全身の毛が逆立った。慌てて逃げようと後ろに下がって、垣根の枝がおしりに突き立った。
痛い!!
「うにゃッ」
あまりの痛さに垣根を抜け、前に飛び出た。
でもそこで待ちかまえていたのは、俺の存在に気づいたあいつらだった。
目は爛々とし、裂けた赤い口から覗く牙は鋭く、興奮のため唾液をこぼしていた。しかもそれが6匹もいるッ。
いぎゃぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!
背中といわず、体中の毛が逆立った。止まろうと四肢を踏ん張るが、勢いが殺せないまま、待ちかまえていたあいつらのど真ん中に突っ込んでしまった。
「なんだ、こいつ?」
「おもしろい匂いだ」
「ちっちぇなぁ」
大きな鼻が腹といわず全身に突き立つ。視界は塞がれ、ふがふがと荒い呼吸音と、時折見える鋭い牙にパニックに陥った。
いつガブリとやられるか分からない。逃げようとしても、あちこちから押されてもみくちゃになって、何が何だか分からなくなる。
父ちゃん母ちゃん、助けてぇぇぇ!!!
「うにゃぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
ここで恐いあいつらに噛まれて俺は死ぬんだと思っていたそのとき、突然首根っこを捕まれ、体が宙に浮いた。
途端に視界が広がり、ふがふがという音しか聞こえなかった耳に、じょばじょばと何かが落ちる音がした。
「あれ、お前……」
声に引かれて顔をあげれば、俺の大好きなあの人がいた。
「にゃ、にゃっ!!」
嬉しくてなって、目の前にある顔に抱きついた。
やった、俺はついにやったんだ!! あの人にようやく触れることができたッッ。
「こら、痛いよ」
ぜんぜん怒っていない声で、笑いながら言ってくれるあの人の態度が嬉しくて、今まで押さえていた喉が盛大に鳴る。
好き好き好き好き。だーい好き。
「ほぉ。こやつはおぬしのことが大好きだと言っておるぞ」
「え? 本当?!」
足下で声がした途端、あの人は引っ付いていた俺を引き離した。
どうしたんだろうと首を傾げると、あの人がにっこり笑ってくれた。いつもは覆面で顔を隠しているけど、今日は何もつけてなくて、あの人の笑顔がよく見えた。
あの人が笑っていることが嬉しくて、喉がもっと大きく鳴る。
「かわいいなぁ」
ホースを地面に投げ出し、あの人が俺のおしりをすくって、胸に抱いてくれた。
うわぁ、やった! やっぱり今日は絶好調の日なんだっ。あの人に触れられたばかりか、抱っこまでクリアしちゃった!!
大きな胸に顔を擦りつけて、目を閉じる。温かいなぁ。気持ちいいなぁ。
「悪い、お前ら。今日は大事なお客様がきたから、また今度にしてくれないか?」
あの人がすまなそうな声を出すから、鳴っていた喉が止まる。目を開いて見上げれば、あの人の眉が寄っていた。
俺が来たとき、恐いあいつらとあの人は楽しそうにしてた。もしかして俺、邪魔だったのかなぁ。
ちらりと下を見れば、恐いあいつらの尻尾が少し下がっていた。
あいつらはとにかく恐いけど、俺と同じようにあの人のことが大好きだって分かるから、申し訳ない気持ちになった。
「うにゃ、にゃ」
俺、もう帰るよ。きらきらに触ったし、抱っこもしてもらったし、十分だよ。
あの人の胸を押して主張すれば、また足下から声がしてあの人に喋った。
するとあの人は前よりもっと眉根を寄せて、悲しい顔をしてしまった。
つられて俺の髭も落ちる。笑った顔がいっぱい見たいのに。
「そんなこと言わないで。来てくれて、オレ嬉しかったんだーよ。ミルクあげるから、帰らないで」
所在無げに揺らめいていた尻尾が、あの人の言葉にぴくりと跳ねる。
ミルク?!
あの白くて甘い味を思い出して、喉がぐるぐると鳴ってしまう。思い出してどうしようもなく飲みたくなってしまった。
「気に入ってくれたんだ。よかった。ーーと、いうわけで、お前ら悪いな。あとで埋め合わせするから」
頭を撫でていた手を縦にして、あいつらに向けると、あの人は軽く頭を下げた。それに対して、あいつらはため息混じりに口々に言った。
「ちぇ、仕方ないな」
「カカシのご執心がきたんじゃ無理言えねーよなぁ」
「しっかりやれよー」
そして、投げ出したホースの水を止めると、器用にぐるぐると巻いて後かたづけをし始めた。
わー、あいつら恐いだけじゃなくて、すげーことできるんだ。
恐いのに変わりはないけど、ちょっと尊敬した。
俺もあんな風にできたらいいのになぁとあいつらを見ていると、あの人は俺の頭を撫でて俺の気を引くと、にっこり笑って言った。
「ねぇ、うちに入って、何かを食べるってことは、家族になるってことなんだーよ? 意味、分かる?」
家族?!
あの人の言葉にごろごろと喉が盛大に鳴った。
本当? それ本当? 俺、家族になれるの?
俺の言葉にあの人は小さく笑った。
「その様子だと嬉しいの? もうかわいいんだから。そんなにかわいい態度取られると、帰せなくなっちゃーうよ。……ま、それもいいか。もうちょっと段取り踏もうと思ったけど、あなたが望んでいるなら省いちゃってもかまわなーいよね」
あの人の頬が俺の顔に擦り寄ってくる。
俺は嬉しくて嬉しくて、お返しにほっぺたを舐めた。
「猫の舌って痛いねー」
でも、嬉しいと、額をごつんと合わせて、俺はあの人の家に入った。
「これからはここにちゃんと帰ってくるんだよ。オレの奥さん」
うん、俺、ここに帰ってくるー!
「にゃー!」
元気よく返事すれば、あの人は満面の笑みでえらいねと俺の喉をかいてくれた。
わー、すっごい、夢みたいっ。
俺とあの人は家族になった。家族になっちゃった!!
*******
「…んー」
白い光が瞼に突き刺さり、目を開けた。
カーテンの隙間から光がこぼれ出て、それが顔に当たったらしい。
もう少し寝たかったのにと、目を閉じながら、今まで見ていた夢を思い出す。
やけにリアルな夢だった。
夢の俺はなぜか猫になっていて、好きで好きで仕方ないあの人に会いに行く夢。
夢の猫の俺が好きで好きでたまらない人物というのも、意外すぎて笑えた。
はたけカカシ。
今年卒業させた生徒を受け持ってくれた上忍師の一人。
現実では顔を合わせば挨拶するくらいの仲で、あの人のことは何一つ知らないというのに、猫の俺は、はたけ上忍の家を知っているばかりか、使役している忍犬の存在も知っていたようだ。
夢は願望の表れというが、案外、俺ははたけ上忍のことが気になっているのかもしれない。
「かといって、どうにかできるものでもないしなー」
相手は里の誉れ、皆の憧れ写輪眼のカカシだ。
ふふふと笑って寝返りを打つ。
肌触りのよい布団にくるまって、まぁ良い夢だったよな、はたけ上忍の知られざる素顔を見たわけだしと、一人悦に入っていれば、
「なーに、笑ってるの? イルカ」
間近で、聞き覚えのある声を聞いた。
声すら出せずに目を開ければ、朝の日差しの中、猫の俺が銀色でぴっかぴっかなと表した、はたけ上忍がこちらを見つめていた。
はたけ上忍?!
心で叫ぶが、声に出ない。
ぱくぱくと声にならない音を出していれば、はたけ上忍はきれいな笑みを浮かべて、顔を寄せてきた。
「おはよう、イルカ」
とろけるような声と共に、ちゅっと触れてきた唇に、俺は呆けるしかない。
突然陥ったこの状況に、魂が飛んでいる最中、はたけ上忍はにっこりと笑った。
「これから、よろしくーね。オレの奥さん。ちゃんとここに帰ってきてね」
そう言って、首にかけられた真新しい鍵を見て、かーっと顔に熱が集まった後、血の気が引いた。
どうしよう。
俺、本当に家族になっちゃった!!!
おわり
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H23.2.22にブログへアップしたものです。…結局書き直してない…orz
猫の日 1