「あー、もう信じらんない! なんでオレってこうも幸薄いの!?」
木々の合間を疾走し、里を目指しながら叫ぶカカシに、後ろから後を追うテンゾウは宥めるように口を開いた。
「仕方ないじゃありませんか。今日は先輩の目が必要だったんですから。けれど、さすが先輩です。今日の任務の手際も鮮やかで、見事としか言う他ありませんでした」
さすが先輩と素直な称賛を送るテンゾウに、カカシは鼻で笑って一刀の元に切り捨てる。
「お前に褒められたって嬉しかないんだーよ」
唾棄すらしそうな調子に、テンゾウはそうですかと肩を落とす。
カカシから頼み事をされたものの、思うような成果をあげられないテンゾウは、只今カカシから非常に冷たい仕打ちを受けている。
今日なんて隠密行動だったのに、足が滑ったという棒読み台詞と共に護衛が群がるど真ん中に蹴飛ばされた。
幸い護衛者に忍びはおらず、一般人だったため上手く誤魔化すことができたが、任務が失敗してもおかしくない嫌がらせを受け、さすがにテンゾウは抗議した。
だがそれも笑顔で目が笑っていないカカシを目にし、これ以上のひどい仕打ちをされそうで、大人しく口を閉じた。
あのツバキというくノ一の素性を明らかにできないために機嫌が悪いのは分かるが、任務時まで影響するものだったことに、テンゾウは内心驚いている。
カカシのイルカ狂いは里でも有名だが、それでも根っから忍びのカカシは、任務時には全て忘れ、修羅になりきれると疑っていなかったのだ。
自分の見立てもいい加減なものだと思いつつ、だからこそテンゾウは興味を覚えた。
「先輩にとって、あの中忍はどういう存在ですか?」
唐突な問いに、カカシの気配が若干揺らぐ。
昔だったら無駄口を叩けば、問答無用で殺気と共にクナイが突き付けられていた。
血に飢えた獣そのものだったカカシが、テンゾウに対して牙を向けないばかりか、驚くほど簡単に動揺を悟らせてしまう変わり具合に、ますます興味が煽られた。
黙ってカカシの返答を待っていれば、カカシは前を見つめたまま一言呟いた。
「全て、だーよ」
思わぬ言葉に、束の間思考回路が止まる。
「本気ですか?」
思うよりも先に突いて出た言葉に、カカシは笑った。ひどく楽しげな気配を振りまき、カカシは歌うように名を呼ぶ。
「イルカ先生。イルカ先生」
里に近いとはいえ、ここはまだ里外だ。
無防備に口に出すカカシが信じられなくて、テンゾウの方が慌ててしまう。
「ちょ、ちょっと先輩!!」
止めてくださいと制止を掛けるより早く、カカシは事も無げに言う。
「いいじゃない。別に隠しても、どうせ分かっちゃうことだーよ」
それにしても不用心だと告げようとして、テンゾウはふとした疑問を覚えた。
全てと言い切る存在がいるカカシ。
だが、その存在はカカシと同じ忍びだ。
忍びが故に何度も失くし、失くさざるを得なかったものが山ほどあるカカシは、喪失の痛みを嫌ほど知っている。
なのに、どうしてカカシは笑っていられるのだ。
未だ上機嫌に名を口にするカカシへ一つの考えが閃き、テンゾウは息を飲む。
察したテンゾウに気付いたのか、カカシはくすりと笑った。そして、首を巡らすと、瞳を細め、口布で隠れている唇へ人差し指を静かに押し当てた。
驚くほどの情念と狂気すら感じられる眼差しに、ぞっと血の気が引く。
あの中忍がここまでカカシを変えたのか、それともカカシの本性があの中忍と出会ったことで表面化されただけなのか、テンゾウには判断がつかない。
ただテンゾウはカカシの本気の度合いに、言葉を失くした。
一つ生唾を飲み込み、テンゾウは一歩近付くための言葉を差し向ける。
「……うみの中忍は、知っているんですか?」
カカシの意図を知って名を呼んだテンゾウに、カカシは愉快げに笑った。
「知らなーいよ。教える必要性はないし、無駄に恐がらせたら可哀想じゃない」
一生隠し通すと告げたカカシに、テンゾウは踏み込むべきではなかったかとも思う。だがそれにも増して、カカシがテンゾウに話してくれたことが、信頼されているようで誇らしかった。
「……もう一度、一から調べてみます」
テンゾウの言葉はあらかじめ予想できていたのか、カカシは気軽に「頼むね」と後ろ手を振ってくる。
うまくカカシに乗せられた気がしないでもないが、それでもこの人の役に立てることが嬉しいと思っている自分は、お人好しな部類なのだろうと、テンゾウがため息を吐いた。
そのとき。
「…はぁ?!」
突然、カカシが一声叫び、落ちた。
目の前で起きたことが理解できずに、思わずカカシを追い越し先を進んでしまう。
「先輩?!!」
慌てて引き返し、落ちた場所を覗きこめば、雑木林の根元。
背の高い草に埋もれ、頭を抱えているカカシを見つけることができた。元気に何か罵っているため、頭から落ちたということはないらしい。
ひとまず安堵して、テンゾウも地面へと降り立つ。らしくない失態の原因を聞こうと近付いた時、カカシは血走った目をテンゾウに向けた。
「あんのクソガキ、とうとう実力行使に出やがった!! 急いで帰るよ、テンゾウ!」
どうしてそんなことが分かるのだと疑問があがるより早く、カカシは身を屈め跳躍する。それと同時に、目の前で丸い円を描いた糸がふわりと舞い上がり、示し合わせたようにテンゾウの首に巻きついた。
「え? ちょっと」
首に絡みつく糸が締まる気配を感じ、テンゾウの血の気が引く。
身を跳ねて木に登ると、前方でものすごい勢いで駆けていくカカシの後姿を見つけた。その手に掴まれた糸が見る間に張る様を目にし慌てて駆ける。
「ちゃんと着いてこないと、死ぬからね! 死ぬ気で駆けてきなさいよ!!」
鬱憤晴らしか、不甲斐ない後輩の仕置きか。
たぶんその両方だろうなと胸の内で涙を零しながら、テンゾウは「はい!!」と声を張り、死に物狂いでカカシの背を追った。
******
「ツバキ? おい、冗談は止せって。どうしたんだ?」
腰に跨り、見下ろしてくるツバキに、イルカは戸惑いの声をあげる。
ツバキはテグスを懐から出すとイルカの手首をまとめて、ヘッドボードの際へ括りつけた。
思わぬ展開にイルカは血相を変える。カカシでもあるまいに、この状態は一体何事だ。
外そうともがくが、テグスにはツバキのチャクラが流れているのか、びくともしない。そればかりか、両手を引っ張るように括りつけられ、抵抗すらままならなかった。
信じられない思いで見上げれば、ツバキは淡々と切りだした。
「私がいることで、イルカさんが不自由な思いをしていたこと知っています。良くしてくれたお礼です。どうか、私で発散してください」
言うなり、ツバキは身に着けていたものを脱ぎ始めた。
子供とばかり思っていたイルカには驚きで、慌てて目を閉じたが、一瞬だが網膜に焼きついた肢体は、柔らかな曲線を描く女性のものだった。
下着をつけていたため安全圏内だったが、今しがた見た映像にイルカの鼓動が激しく波打つ。
目を閉じたことで音が余計際立つ。布ずれと何かを落とす音を拾い、イルカの顔は真っ赤に染まった。
「ツ、ツバキ! 止めなさい、本気で怒るぞっ!!」
変な焦りと緊張で汗が滲む。体を捩じったり、腰を跳ねたりと色々抗ってみるが、ツバキは依然とイルカの腰に跨ったままだ。
「イルカさん」
吐息と一緒に名前を呼ばれ、少し冷たいがすべらかな感触が頬に触れる。
「止めろ、ツバキ!」
顔を背けて、叫んだ。ツバキは気にする素振りも見せず、露わになった首筋に口付けを落とし、イルカの欲を煽るように舌を這わせる。
ぞくぞくとした痺れが背筋を這う。
「ツバキ!!」
首を振って振り切ろうとするが、ツバキは丹念に首筋を舐め、アンダ―の下に手を忍ばせて擽るように触れてきた。
カカシとは違って小さい手の平は、きめ細やかにイルカの性感をくすぐってくる。手の平で撫でるようにアンダ―を押し上げると、柔らかな肢体を押し付けられ、頭が茹った。
止めるように何度もツバキの名を呼び、足をばたつかせたが、ツバキは愛撫を止めようとはしない。そればかりか、一番恐れていた部分に手を伸ばしてきた。
「ツ、ツバキ、本当にいいんだ。俺、そういうの本当にいらないから、止めてくれ!! 頼むから!!」
懇願するしかイルカには術が無い。
目尻に涙が滲むのを感じながら、本当にお願いだと拝み倒したのに、ツバキは何も答えずに、無情にもイルカのズボンと下着をずり下げた。
無防備に晒された下半身が、外気に触れて肌寒い。
ツバキはずり下げた手をそのままに、しばしの時を置いて尋ねてきた。
「……イルカさん、もしかして不能ですか?」
さっきのあれは見間違いだったんでしょうかと首を傾げた風のツバキに、んな訳あるかと思わず突っ込んでしまう。
「ですよね。さっきは立っていましたし、私の見間違いではありませんよね」
ではと、ツバキは一つ声を掛けるなり、イルカのものに手を這わせる。繊細なタッチで、男心をよく分かっている手つきで色々としてくれたが、イルカのものはぐったりと萎れたままだ。
ここまできたらどうにでもなれと、イルカは口を真一文字に結び、寝台へ顔を押しつけ羞恥に耐える。
口に含んだり、睾丸をくすぐったりと、ツバキはあの手この手でイルカを立たせようとしたが、結局イルカのものが反応することは無かった。
「……気は、済んだか?」
しばらくして、イルカが声を掛ける。
くったりと沈黙しているそれを見つめ、ツバキはため息を吐いた。
「……イルカさん、不能、なんですね」
心底同情したような、悲哀のこもった言い方に、イルカは「違うから!!」と全身で否定する。
「あー、とにかくツバキは何か服着て、俺の拘束解いてくれ。……訳話すから」
言うことを聞く気になったのか、衣擦れの音をさせた後、イルカの手首を縛めていたテグスが解かれた。
痺れの残る手首を擦りつつ目を開ければ、何とも情けない恰好の自身が目に飛び込んでくる。
起き上がって、下着とズボンをずり上げれば、待っていたようにツバキが近寄り、傍らに座った。
イルカも胡坐をかいて、顔を覆って息を吐く。ひとまずは。
「こら、ツバキ。礼だろうが何だろうが、人が嫌がることをしちゃ駄目だろ」
こつんと軽く頭に拳骨を落とせば、ツバキは驚いたように目を見開いた。
「……イルカさんに、叱られちゃいました」
「そりゃ、叱るよ。ツバキが俺の本当の生徒だったら居残り罰受けてもらうレベルだぞ」
気難しい顔をして向き合えば、ツバキはイルカの拳骨が落ちたところに手を触れ、その感触を確かめるように撫でた後、笑みを浮かべた。
無表情だったツバキが感情豊かな表情を見せたことに驚いていれば、ツバキは表情を再び失くすと、話して下さいとイルカへ切りだした。
落差に戸惑ってしまうが、自分が訳を話すと言った手前、気乗りしないながらも話し始める。
所詮、カカイラーな管理人が書ける誘惑なぞ、ぬるいものです…。