「あー。これはツバキと俺だけの秘密ってことで頼むな……。俺、どうもカカシさんに変に仕込まれたみたいで、あの人しか反応できなくなってるんだ」
顔を赤く染め、恥じ入るように俯くイルカへ、ツバキが「は?」と間の抜けた声をあげる。
イルカは居心地が悪くなりながら、視線を左右に散らしつつ、どもりながら続けた。
「き、気付いたのは最近なんだけど。その、カカシさんが中期任務の時、久しぶりにエロ本見るか―って、同僚に借りて見た時、その。色々と昔と違うことに気が付いて……」
「……女性の裸を見ても興奮もしなければ、滾ることもなく、はたけ上忍の残り香の残る布団や枕の匂いを嗅いだり、最中の手の動きや煽り言葉を思い出した方がよほど興奮して滾ったと、そういうことですか?」
淡々と告げてきたツバキの的を得た言葉に、どこかで見ていたのかとイルカは恐怖を覚える。
否定することは変だし、かといって肯定するのも恥ずかしい。黙りこむイルカを眺め、ツバキはなるほどと生真面目な顔をして頷いた。



「だから、私の数々の絶技を駆使しても立たなかったんですね。危うく私はくノ一としてのプライドをズタズタにされるところでした」
ツバキに返す言葉は出てなかった。
ともかく夕飯にしようと、一刻も早くこのおかしな空気から逃げるため、イルカは腰を上げる。すると、引き留めるように服の裾を掴まれた。
もう話すことは何もないぞとため息交じりに言おうとすれば、ツバキはそれよりも早く口を開いた。
「……いいんですか、イルカさん。このままだと、あなたははたけ上忍としか関係が持てませんよ? はたけ上忍と別れた時、または先に亡くなった時、あなたには都合が悪いのではありませんか? 今ならまだ間に合います。私なら、昔のように女を愛せる体に戻せるお手伝いができますよ」
真摯に訴えかけてきた視線に、イルカは少しこそばゆくて頬骨あたりを掻く。
子供は相変わらず本質を突くのがうまい。大人ならば避けて通る道を、素直な感情で真っすぐに突き進んでくる。
上げかけた腰を下ろし、イルカはツバキともう一度向き合った。
ツバキの気持ちは嬉しいが、イルカはもう覚悟も何もかも決めているのだ。



「ツバキ、ありがとう。でも、俺には必要ない」
きっぱりと言い切れば、ツバキはなぜと切りかえしてきた。若干ムキになっているツバキが可愛く思えて、ぐりぐりと頭を撫でてやる。
「……イルカさん」
不満そうに名を呼ばれたところで、イルカは笑いながら手を退けた。少しいじけた眼差しを送るツバキにすまんすまんと軽く謝り、嘘偽りない気持ちを吐露した。
「何だかんだ言っても、俺はカカシさんに惚れてんだ。我儘で無茶苦茶で、時々、本当にこいつ人としてどうよって思うこともいっぱいあるんだけど、あの人の泣き顔を見るのだけは勘弁って心底思うんだ。あの人、嫉妬深いからな。例え別れても、死んでも、俺が違う人とそういう関係になれば絶対泣いちまう」
言葉を一旦区切り、イルカは息を吐いて視線を明後日の方向へと飛ばす。
そこで何かを見つめた後、イルカは小さく吐息を吐き、視線を戻すと同時に仕方ないとツバキへ笑顔を見せた。
「惚れた方の負けってことだ」
負けという癖に、陰りのないあけすけの笑顔を向けられ、ツバキはしばし放心する。だが、直におかしくなってきて、堪らず声をあげて笑ってしまった。



「あっはっはっはっは! イルカさん、おもしろい! あー、もうやだぁ。本当に完敗。今回は完膚なきまでに叩きのめされたわ」
ベッドに倒れ込み、お腹を抱えて笑いだしたツバキに今度はイルカが放心する。喋り方といい、ころころと笑う様といい、今まで一緒に生活していたツバキとは思えぬ態度に、狐に抓まれたのかとさえ思ってしまう。
呆然とするイルカの前で、ツバキは「あ、そうそう」と呟くなり、一つ指を鳴らした。
途端に結界が解ける際に感じる違和感を覚えると共に、寝室の四隅にあった何かが燃え上がると、凄まじい音と一緒に寝室の天井の一部が青白い光に包まれ、寝台を突きぬけ床へと突き立った。
「先輩〜、大丈夫ですか?」
青い光が空中に弾ける余波を残しながら、天井から声が降ってくる。
顔を上げれば、丸く空いた天井の穴から男が降ってきた。確かあれは、ナルトがお世話になっているヤマト隊長という人物だと記憶している。
なかなか会う機会がなくて挨拶がまだだったと近付こうとして、背中に何者かが張り付いてきた。
こういうことをする人は一人しかおらず、ということは先ほどの青い光も、あの人の必殺技の一つで。



「……カカシさん」
一体何やってんですかとため息を吐き、イルカはカカシに申し開きを要望する。けれど、カカシはイルカの背中に張り付いたまま、抱きついてくるだけだった。
「カカシさん?」
様子がおかしいカカシを不思議に思った時、笑い転げていたツバキが起き上がって、肩を竦めた。
「彼、嬉しくて泣いているみたいよ。よっぽどイルカさんの言った言葉が嬉しかったみたい」
小さく笑い、面白がる空気を出すツバキの言葉に、イルカは顔を赤く染める。
いつからいたのか分からないが、カカシが嬉しがることを言ったところは聞かれていたことは明白で……。
「あ、あのですね、カカシさん!! ツバキに言ったことは、その!!」
慌てて前言撤回を試みるが、カカシは胸に回した腕をぎゅっと引き締め、小さく呟いた。
「前言撤回は認めません。オレは、オレの一生かけてイルカ先生の体に責任持ちます…!!」
絶対離しません、大好きですとぐずる声で主張してきたカカシに何か言おうと口を開きかけたが、結局イルカは口を閉じて、額に手を当てた。茹るほど顔を真っ赤にしたイルカは口を引き結んで、カカシがしがみつくままにさせている。



「……で。結局あなたの目的は、このお二人の関係を量ったということで、いいんですか?」
二人を見つめるツバキへ、一人冷静なテンゾウが問いかける。
テンゾウの首には赤い筋が幾つも残り、ここに来るまで壮絶な何かがあったことを感じさせた。
「あら、このままばっくれちゃおうと思っていたのに、ここにあなたがいるとは誤算だわ、木遁使いのテンゾウさん。私のこと色々と探っていたようだけれど、惜しかったわね。もう少しで私の尻尾を捕まえる手前のところまできてたのに」
本当に惜しかったわとしみじみ呟かれ、テンゾウはカカシへ視線を向ける。何か反応を期待してのことだったが、カカシはイルカに懐くことで忙しく、一瞬たりとも目を向けてくれなかった。
期待はしてませんでしたよ、期待はと小さく呟くテンゾウを無視して、ツバキは傾きかけた寝台に腰かけ、足を組む。その仕草は少女とは思えぬ、大人の女性のそれだった。



「任務は一応終わったから、全部話すわ。あー、言っておくけど、私にはあなた達の役に立つ利用価値が十二分にあるから、殺さないでよ。一応、イルカさん、そこの写輪眼を大人しくさせておいてね」
ツバキの言葉に、イルカは慌ててカカシの首に腕を回して引き寄せる。すると、カカシは手に持っていた暗器を寝台に投げ出し、喜んでイルカの胸へと飛び込んできた。危うく再びツバキを危険な目に遭わせるところだった。
油断も隙もないと呆れつつも、ツバキの言葉に耳を傾ける。
ツバキは自身に危害が及ばないことを身と届けた上で、事の真相を話し始めた。



「私の任務は、綱手さまと上層部の依頼よ。よくある、血統のいい忍びを残したいから、はたけカカシとうみのイルカを別れさせようっていうもの。ただし、綱手さまは上層部と違って、二人が本気ならそのままでいいんではないかというお考えだったの。綱出さまの強い希望で、結局、二人が本気ならば良し、遊びなら双方に嫁を娶らせようっていう話になったの」
良かったわねと微笑むツバキに、イルカの胸にいたカカシが剣呑な声をあげる。
「それにしちゃ、イルカ先生ばかりにアプローチしてたーよね。何か理由でもあるの?」
何かを思い出したのか、極悪なものを立ち上らせるカカシの額を撫で、口付けを落として宥める。イルカの宥め方が気に入ったのか、カカシは蕩けるような笑顔を向け、ここにもしてとリクエストしてきた。
今まで一人にしてきたお詫びと、イルカもカカシに触れあえなかった寂しさも兼ねて、要望通り口付けを落とす。
そんな二人をどこか呆れた様子で見つめながら、ツバキはため息を吐いた。
「そんなの写輪眼が一番分かっていると思うけど? 私にだって好みってものがあるのよ」
ツバキの言葉に憤怒の表情を浮かべるが、イルカが口付けを落とせばふにゃりと緩み、唇が遠ざかれば再び憤怒の形相、口付けを落とせばふにゃりと表情を変えるカカシを見て、イルカの胸がキュンとなる。
可愛いなぁと頭も撫でれば、カカシは憤怒の顔を忘れて、イルカへと擦り寄ってきた。
いちゃいちゃとハートを乱舞させてじゃれあい始めた二人から視線を外し、ツバキはテンゾウに向かって話す。
本来テンゾウは全くの部外者なのだが、律義にもツバキの相手を買って出るように一人頷いていた。
「……とにかく。私の見立てじゃ、本気も本気の大本気。私も任務とはいえ、久しぶりの誑かし任務に気合入れて挑んだのに、イルカさん最強だわ。付け入る隙がないし、写輪眼は写輪眼で屋根裏で私を監視するわ、イルカさんに内緒で呪印施しているし、これ以上やるだけ無駄」
関わり合った方が馬鹿を見ると手を振るツバキの言葉に、じゃれ合っていたイルカが我に返る。
屋根裏も気になるところだが、呪印という穏やかではない言葉に身の毛が総毛立つ。
そんなものがこの身に刻まれているというのか!!



「……カカシさん。一体どういうことか、説明してくださいますか?」
ぴくりとカカシの体が動く予兆を感じ、それよりも早く胸の中に抱きしめ、イルカは拘束する。
一体どういうことだ、事と次第によっちゃ、拳骨どころの騒ぎじゃねーぞとこめかみを引きつらせるイルカを、カカシは嬉しい顔と困った顔を綯い交ぜにした表情で見上げた。
「え、えーと。情熱的な抱擁は嬉しいんですけど、ちょっと今は離していただきたいんですけども……」
「カカシさん」
有無を言わせぬ迫力を有すイルカに、カカシの声は凍る。
だが、こんなことを言ったらイルカはカカシのことを恐がるかもしれないし、嫌われるのも嫌だし、これが原因で別れることになるなんて御免だし、そもそもこの話は一生イルカには伝えない類のもので……。
つらつら考えた結果、カカシはどぎつい殺気をテンゾウへと向けた。
「テンゾウ、貴様……ッ」
秘密だと言っただろう、お前は何悠長にイルカの耳へ入れてんだと、八つ当たりさながらに罵られ、テンゾウは半泣きになる。
「僕、関係ないじゃないですか…!」
抗議をしてみるものの、カカシの殺気は止まらない。
これから自分は一体どういう目に遭うのかと、まだ見ぬ未来に慄いていれば、こらという小さな叱責と同時に、身を貫いていた凶悪な視線が止んだ。
目を転じれば、不貞腐れているカカシの隣には、テンゾウを見つめてすいませんと代わりに謝るイルカを見つけ、テンゾウは希望の光を見た気がした。
イルカとテンゾウの初めましてのアイコンタクトが始まるよりも早く、ツバキは口を挟む。イルカに伝える必要もない話だったのだが、真相を知ったイルカがどういう反応をするか見たかった。
「イルカさんの左胸。心臓の上に、彫られてるの。何重にも目暗まし掛けているから、逆に不自然で目立って仕方なかったわ。呪印は捕虜に掛ける簡単な物よ。同じ印をつけた者の中の一人が死ねば、同じ印の者が全員死ぬ。口封じ目的の機密を守る際に良く使われているものよ」
さっき触れた時に目くらましは解いたから見れるわよと言ったツバキの言葉に、イルカは自分のアンダ―を押し上げ確認した後、カカシのベストを下ろして問答無用でアンダ―を引き上げた。
果たしてそこには呪印というには気が抜ける印が、二人の心臓の上に刻まれていた。
「……カカシさん、あんた」
カカシのシンボルマークを呪印にする感性を疑うが、それにも増してそれを選んだカカシの思いに言葉が出てこない。



「――謝り、ませんからねっ」
イルカが言葉に窮していると、痺れを切らしたようにカカシが叫ぶ。
言葉は強い癖に、目を瞑り、顎を引いて、叱られることが分かっているような反応を見せるカカシに、イルカは耐えきれずに吹き出してしまう。
笑うイルカを前に、カカシは目を見開いて驚いている。その様もおかしくて、イルカは大声で笑った。
なぁんだとイルカは安堵に近いような、肩の荷が下りたような、まだまだカカシのことが分かっていないんだなぁと反省したり、おかしいやらホッとしたやらで、笑いが止まりそうにない。
腐っても木の葉の上忍はたけカカシ。写輪眼のカカシ、コピー忍者と言われた木の葉を代表する忍びの一人。
そんな人だからこそイルカが危惧していたようなことは百も承知で、それに対処する方法を講じていない方がおかしいのだ。
「一本取られちまったなぁ」
笑いながら手を伸ばしてカカシの頭を撫でる。
笑うイルカを不思議そうに見つめるカカシの頤を掴んで、イルカは顔を近付けた。



「上等ですよ、カカシさん。さすがは俺の伴侶」
ちゅっと口布の上から口付ければ、カカシは茫然としていた瞳を徐々に潤ませ、口布を下ろした。
「イルカせんせー」
両腕を突き出し飛び込んできたカカシを受け入れ、背中を抱く。
勝手にするだけの手腕と度胸を有しながらも、不安は付きまとっていたようで、安堵して泣くカカシの背中を叩いて励ました。
「でも、くれぐれも言っておきますけど、ナルトが火影になるまでは何が何でも死ねませんからね。最低でもそれまでは是が非でも生き延びますよ!! 頑張りましょうね!」
うんうん頷くカカシを強く抱き、約束を交わす。
自分たち忍びは、明日の約束はできない。でも、それに向かってお互い努力することはきるはずだと、カカシの強い抱擁を受け、イルカは思った。








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このカカイルは熱々なんです!! バカップル上等なんです!





誘惑 6