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「えー。何と申しましょうか…」
前回の飲み会のメンバー同様、マキ、ササ、コヅエ先生と俺の四人で、正式に付き合い始めたササとコヅエ先生を冷やかそうぜ会を、酒酒屋でしていた最中だった。
任務でいないはずだった男が突然乱入してきた。
男は俺の隣に陣取ると、腕にしがみつき、周りを威嚇するように睨み付けている。
目の前には、青い顔をして俺に説明を求めている三人がいて、特に男の眼差しを一番浴びているマキは、半泣きで大層切実な様子だった。
ちらりと視線を下に向ければ、俺の視線に気づき、眉根を寄せて頬を膨らませる男がいる。
あぁ、なるほど。
男の無言の訴えを聞き、俺はこくこくと頷く。そして。




「紹介します。はたけカカシさん。俺の恋人です」




俺の言葉に、三人は同時に固まり、次の瞬間、酒酒屋を盛大に騒がせた。












カカシさんと一緒に牢から出た後、俺は入院生活に逆戻り、遅れること一週間後、ようやく我が家へと帰ることができた。
家に帰ると、俺のアパート部屋は、元から狭かった部屋がもっと狭くなっていた。
見知らぬ箪笥が二つ増え、布団を敷いて寝ていた四畳間の寝室部屋には、みっちりとダブルベッドの上をいく、とにかくでかいとしか言いようのないベッドが鎮座していた。
そして、忘れてはいけない人。
カカシ先生、もといカカシさんがいた。




俺が入院する時、カカシさんは自分が面倒を見ると言って聞かなかったが、火影さまとの交渉で、驚くほどあっさりと病院の人に任せると態度を豹変させた。
カカシさんが俺の部屋にいることに、家主不在で何らかの裏取引があったように思えてならない。
イルカ先生と一緒に暮らせるなんて嬉しいと無邪気に喜んでいるカカシさんの罰は、これまた驚いたことに不問にされた。
確かに、木の葉の里には写輪眼カカシは欠くことのできない存在だと分かっているが、それでも減俸とか減俸とか、減俸とか、罰することは可能だと思う。
上が罰しないと判断したのだから諾としか言いようがないのだが、重ねて驚いたことに、俺とカカシさんが付き合うことも、上層部は大歓迎らしい。
と、いうのも。
「イルカ先生、今度温泉に行きませんか? オレ、今度まとめて休みもらったんです。それと一緒に温泉宿のチケットも、もらっちゃって、行くしかないですよね」
なーんて、俺が長年垂涎の的として見つめていた、源泉かけ流し露天風呂のある、古式ゆかしい老舗旅館のタダ券をもらってきた。
おまけに俺の休みも申請すれば、いつでも確保できるという優待ぶり。
周りからやっかみを受けるレベルではない。こんなの知られたら、同僚たちに追い回されるに違いない。というか、身近にそんな奴いたら俺はやる。
せっかくの話だが、それは丁重にお断りを入れて、一日ほど正式に休みを取って、近場の銭湯に行ってきた。
一流旅館から日帰り庶民派銭湯となり、渋るかと思えたカカシさんは、初めての銭湯に大いにはしゃいでいた。愛い奴め。




いきすぎた好意は、カカシさんの為にならないとばかりに、三代目に直訴しにいけば、三代目は呑気にも「黙って優遇されとれ」なんて言ったから、俺は今の里の経営状態を武器に、酸っぱく、それはもう酸っぱい口調で主張した。
今は安定しているからといって、里の大看板をそう何日も休ませられるほど、木の葉の財政は潤っていない。
危険な任務は極力してもらいたくないが、大看板があるからこその、少しの手間で良い見入りがある任務をばんばん取ってもらわないと困る。
花形忍者の人気期限は短いと相場が決まっているのだから。
俺の熱弁に、三代目は依怙贔屓はしないと約束してくれたが、少々拗ねた声で言い訳もしていた。
曰く、「カカシには苦労をかけた」と。
上層部も上層部で、カカシさんのお父さんの件や、幼少時のカカシさんに強いたことを悔やんでいる節があって、その罪滅ぼしも含まれているみたいだった。
けど、それはそれ。これはこれだ。
上層部がカカシさんにしたことはもう消えないんだから、ずっと重荷を背負って反省すればいいと言えば、三代目は苦み走った笑みを浮かべていた。




とにかく、俺とカカシさんのお付き合いする上での環境は、予想に反してすこぶるいい。
ただ、やっぱり問題というのはある訳で。












大絶叫した三人を前に、カカシさんはひどくご機嫌な様子だ。
心持ち胸を張って自慢げにしているカカシさんの態度を可愛いなぁと思いつつ、こっそりと耳打ちする。
「カカシさん、今日、任務じゃなかったんですか?」
予定では、明後日が帰還日だったはずだ。
すると、カカシさんはにこやかに言った。
「後輩でも何とかなるって分かった時点で、そいつらに放り投げたの。オレの後輩は優秀でーね。それに、先生が飲み会するメンバーにアレがいるって聞いたから、釘刺さないと」
「……アレ?」
どことなく不穏な台詞に眉根を寄せれば、カカシさんは「そ」と頷く。
後輩に放り投げられる任務ってことは、暗い方面の仕事だよな…。カカシさん、まだ暗部の任務してたのかって、そういう任務って、途中で、オレ抜けるから後頼むわ的なことってできるのか?
疑問は尽きないが、所詮秘された部隊での話だ。一介の中忍である俺が、知る術はない。
つらつらと考え事をしている間に、目の前の三人はどうやら落ち着きを取り戻したらしい。
「お、おま、おまおまっ」
「もしかして、噂の彼女さんって…!」
ササが言いたいことをコヅエ先生が代弁する。そうだよと肯定する前に、カカシさんが立ちあがった。
何すんのかなと見上げれば、カカシさんは一歩足を踏み出し、胸に軽く手を当て、高らかに宣言した。
「言っておくけど、イルカ先生を傷つけることができるのは、オレ一人だけの特権だから」




ふんと荒い鼻息をついたカカシさんの言に、ぽかんと目と口が開く。
おそるおそる三人に目を向ければ、俺と同様に口を開けていたが、意味が分かると顔を真っ赤に染めた。
お、おいおい、何を想像した!!
「ちょ、ちょっとカカシさん!」
こちらも釣られて赤くなりつつ、窘めるために手を引けば、カカシさんは逆に手の平を痛いほど握りしめ、マキに向けて指を差した。
「だから、アンタの出番はないから。次はないから、よーく胸に刻んどきなさいよッ」
この泥棒猫がと、カカシさんの魂の咆哮を聞いた気がした。
言い終えて満足したのか、カカシさんはすとんとその場に座ると、唯一覗かせる目を幸せそうに細ませ、握っていた手を捧げ持ち、空いた手で思い切りつねってきた。
「いたっ!! 痛い痛い痛い痛いッ、カカシさん、痛いッッ」
悲鳴をあげる俺に、カカシさんは至極ご満悦だ。
これが、カカシさん流のイチャイチャの見せつけ方らしい。
「血が出るのは嫌です、嫌いです」と俺が言ったことを尊重してくれるのが分かるだけに、手を振り払えない。
痛い痛いと身悶えながら額を押さえていると、ようやくカカシさんは離してくれた。
つねった箇所を見れば、内出血を起こして赤黒く染まっている。
「ほぅ」と内出血の痕をうっとりと見つめた後、どう? と、俺の甲を見せつけるカカシさんの行動に、三人は固まったままだ。
その後、「嫉妬?」「お仕置き?」「新手のプレイか?」とひそひそと囁きをかわし始めた。
ササの意見が当たらずとも遠からずで、複雑な気分に陥る。




「あ、あの。一つ、お聞きしてもいいですか?」
いつまでも黙っていることが居心地悪かったのか、マキがおそるおそる尋ねてくる。
「なに?」と俺を抱き寄せ、威嚇するカカシさんに、マキは少し顔を赤らめつつ、口を開いた。
「イル…。いえ、うみの中忍の髪と肌の手入れをしていたのは、はたけ上忍なんですか?」
そこまで知りたいのか、お前。
マキが気にするべきところは他にあると思うが、マキは期待を込めた瞳でカカシさんを見つめていた。
「そうだーよ。何か文句でもある?」
ぐぐっと胸の内に引き寄せられ、俺はされるがままにされておく。俺を殴ったマキの存在は、カカシさんにとってかなりの脅威らしい。
時折、こちらをガン見してくるササの視線がかなり痛いが、この際無視だ。
カカシさんの言葉に、女性陣二人は顔を見合わせた後、きゃーっと黄色い声をあげた。




「やっだ、どーしよう!!」
「でも、チャンスですよ、チャンス!!」
きゃっきゃと盛り上がる女性陣を、生ぬるい目で見つめていれば、二人は興奮に目を光らせながら、心持ち前傾姿勢で質問を口にのぼらせる。
「あの、どうやったら、うみの中忍みたいな綺麗な髪になれるんですか? コツとかあるんですか?」
「コツ? そんなの毎日のケア以外ないよ。シャンプーする前にブラッシングして、髪を十分にすすいで、シャンプーは泡立てて使う。爪を立てないで指先で洗ってやって、十分な時間をかけてすすぐ。イルカ先生の場合、痛みがひどかったからトリートメントを毛先につけて蒸しタオルで包んであげたーね」
それからと、洗髪の仕方ならびに、よく分からない液をつけてだの、髪の拭き方や、ドライヤーのかけ方まで一息に言いきった。
マキとコヅエ先生は真剣な顔をして、メモを取りつつ、疑問があれば手を上げて質問する具合だ。
「あの、お肌の手入れもご教授お願いいただけませんか? イルカ先生の肌、すっごく綺麗で、私、羨ましくて…!」
両手を合わせ、羨望の眼差しを送るコヅエ先生の言に、カカシさんの気分が上向いているのが分かる。
俺が無頓着だから、やってもらってもありがとうございますとしか言わないので、物足りなかったのかもしれない。
カカシさんは俺の頬を指先で撫でつつ、これはねと説明し始めた。
飲み会のはずが、美容教室に早変わりだ。
酒や料理を端に寄せ、机にメモ帳を置き、カカシさんの言葉を一言一句逃さぬよう書き始めた女性陣に、ため息を吐く。
揉め事が起きないだけよかったのか? でも、ササはつまんないだろうな。
主役の一人であったはずの男に、視線を向ければ、ササは苦笑を浮かべている。
自分が放っておかれたことに対するものではなく、何となく俺に向けてのその笑みに、眉根を寄せれば、ササは唇で言葉を型どった。




『やっぱり、お前愛されてたな』
にやりと笑ってきたササに、一瞬反応ができなくなる。
『ば、おま、何言ってんだよ!!』
何を言われたか気付いて、こちらも唇で言葉を返せば、ササは端に置いてあるグラスを口に運びながら、人の悪い笑みを向けてきた。
『いやーねぇ。お前、前の飲み会の時より格段に血色良くなっちまってるし、確かにコヅエ先生が言っているように、肌も髪も見違えるほどきれいになってるからよ。さぞかし、大事にされてんだろうなぁ、と』
ササの言葉に、カカシさんと暮らし始めた日々のことが走馬灯のように駆け巡った。
確かに未だ噛みつかれたり、足を踏まれたり、首を絞められたり、体には血こそ出ないものの痕が残ったりしているが、それ以外のときのカカシさんは口から砂糖が出そうなほど俺に甘い人で、まめな人だった。
風呂はもちろん、爪切りや耳かき、髪の手入れ、果ては着替え、食事までカカシさんは自分にやらせてくれと縋り付いてお願いしてきた。
自分ですると言っても、カカシさんは隙あらば俺の世話を焼こうと虎視眈々と狙う有様で、気づけば何もかも済まされていたということがざらにあったりする。
特に、風呂は大問題で。
闇討ちされていたときは気づかなかったが、意識のある状態でカカシさんの世話をされて、俺は羞恥死するかと思った。
カカシさんは普通布で体を洗うところを、よく泡立てた泡を手に取り、直接手で洗ってくるのだ。
訳分からなかったとはいえ、カカシさんとは体を重ねた仲で、しかも俺だってカカシさんのことをそういう目で見ているんだから、体が反応しない訳もなく。
勘弁してくれと泣き言を言う俺を無視して、カカシさんはそれは毎晩といっていいほど、ねちっこく体を洗ってくる。
その度に俺は我慢できずに何度も昇天したり、興奮したカカシさんに噛まれて流血惨事になったりとかして、それはもう爛れた風呂風景で。
穴があったら入って、風呂場での記憶を全部埋めたい気分に陥る。
「イルカ先生、ここも気持ちいいの? ホント、あんたって、やーらし」
人差し指の付け根をくすぐられながら、耳元で囁いてきたのは、昨日のことだ。
カカシさんは暴力以外で俺を傷つけることも学習してしまった。




ぐわわわと顔に熱が集まる。
ササのからかう目が、昨日のカカシさんの目つきとどこか似ていて、泣きが入りそうになった。
くっそ、だいたい陰険なんだよ、カカシさんは! 受付業務で感じたらどうするのとか、皆の前で試してみようかとか、本気で言ってくるし!!
頬をくすぐるカカシさんの指先を意識してしまい、体が勝手に熱くなる。どうにか冷静さを保とうとするのに、ササの視線が気になって集中できない。
居たたまれなくて、じわりと瞳が濡れた瞬間、首を後ろに引かれ、俺の視界はササから天井へと移り変わった。
畳に寝転がされ、起き上がろうとすれば、カカシさんの手が俺の額を押さえてきた、直後。
「ちょっと。イルカ先生を泣かせるのも、オレだけの特権だからーね」
そんな言葉が聞こえた。




「きゃぁあっぁぁあぁ、もう、やだ、痺れるぅぅぅっっ」
「イルカ先生、羨ましすぎます!! もう、ごちそうさまです!」
きゃっきゃと喜びの黄色い声をあげる二つの声に混じり、「いえ、おれはそういうつもりは毛頭ありません! はい!」ときびきびと答えるササの声が聞こえてきた。
今日の飲み会は、俺を苛める会なのか?!
己のフォローをしようと起き上がろうとするも、カカシさんは俺の額から手を外そうとはせずに、「さてと」と言葉を漏らした。
「オレたち、二人っきりで過ごしたいから、帰るね。今日の飲み代はオレが持つから、ゆっくりして」
ササとマキの歓声が聞こえ、遅れてコヅエ先生が「ありがとうございます。ごちそうになります」という声が聞こえてきた。
「ちょ、ちょっと、俺はまだ帰るって」
「イルカ先生にちょっかい出したら殺すより痛い目見せるから。それだけは肝に銘じてね」
『はい! アカデミー、受付を重点的に、徹底的に周知させますっ』
手を退けようともがく俺を前に、勝手に会話が進む。
『自分たちは、はたけ上忍の味方ですから!』と、最敬礼しているんじゃないかと思えるほどの三人の言葉を最後に、俺の体は運び出された。





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もう少し!!





白光9

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