むかし、むかし。
月に恋をしたウサギがいました。



一人夜空へ佇む月へ、ウサギは毎晩声をかけました。しかし、ウサギが声を枯らして叫び続けても、月は素知らぬ顔で夜空を行きます。
ウサギの思いが月に届くことはないのだと悟ったウサギは、ひどく落ち込みました。
そして、失意のあまり、床に伏せてしまったのです。



毎晩、追いかけていた月をベッドの上で見つめながら、ウサギは毎晩泣きました。
ウサギの友達は、ウサギを心配し、理由を聞きました。
月に恋をしたというウサギを笑う者もいました。同情する者もいました。元気を出せと励ましてくれる者もいましたが、ウサギが泣き止むことはありませんでした。
そのうち、何を言っても泣いてばかりのウサギに、友達たちは呆れ果て、徐々に足は遠のき、誰もお見舞いにやって来るものはいなくなりました。



ウサギは一人、ベッドの上で月を見上げます。
応えてくれない月を見ることを止めればいいと、ウサギの友達に言われたこともありました。けれど、ウサギは月を見ることを止めることができません。
見上げる月は美しく、ウサギの心を魅了して止まないのです。
誰も来ない一人きりの部屋で、ウサギは月だけを見ていました。



何度夜空にのぼる月を見たことでしょう。
ウサギはふと思ったのです。
ウサギには手が届かない月だけれど、見上げれば、そこにある。
それは、幸せなことじゃないかと。



ウサギは、ようやく目を閉じることができました。



******



『昔は分からなかったんですけど、今はなんとなく分かる気がするんです』



俺の知らない彼の一部分に触れたくて、昔話が聞きたいとねだった俺に、彼は物悲しい恋物語を聞かせてくれた。



胸に秘めるはずの恋だった。



けれど、今、俺の目の前にいる彼は、月に恋した哀れなウサギで。
目を引く癖に、決して落ちない高慢ちきな月を乞う彼の目に、俺だけを焼き付けたいと、望んでしまった。




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『太陽』と対になります。