ビンゴブックに載った男4
「イルカ先生、これからどう?」
受付の人が途切れたところを見計らい、オレはイルカ先生へと声を掛ける。
ちらりと時計を見上げ、大丈夫ですと満面の笑みをもらったことで、知らず知らずのうちに止めていた息が零れ落ちた。
下忍たちの合格祝い以後、給料日まで奢り続けた後も、オレとイルカ先生は機会が合えば一緒に食事や飲みに行く間柄となった。
階級も違うし、育ってきた環境も違う。ましてや、イチャパラ好きで基本インドア派なオレと、巨乳好きだけど初心で鼻血吹く、暇を見ては温泉に入りに行こうとするアウトドア派なイルカ先生とでは趣味も趣向もまるで重なるものがなかった。
なのに、どうしてか馬が合うオレとイルカ先生。
他人の趣味なんて興味の欠片も持てなかったはずのオレが、何故かイルカ先生の湯治、温泉話には積極的に話を聞いてしまうし、イルカ先生も若干挙動不審になりながらも顔を赤らめイチャパラの話についてきてくれる。(いや、これは男なら当たり前のことか)
とにもかくにも、オレとイルカ先生は階級を超えて友情を育むことができたのだった。
昔からの腐れ縁とイルカ先生からお誘いが重なれば、迷うこともなくイルカ先生を選ぶほどの親しさだ。
実際そうなったらイルカ先生が遠慮して辞退しようとしたところを、アスマがならお前も来いとイルカ先生を強引に誘って、皆で飲み会とかになるんだろうけど、それは本当に迷惑だから止めろよこの髭熊!!
お前、何度か故意にそうしてオレとイルカ先生の二人っきりの飲み会を邪魔したことあるよな!!
英気を養うはずの癒しの飲みがお前らが混入することで、毒劇の宴になるんだからな!?
劇物のガイが始終勝負だ勝負だと絡んでくるし、酒中毒な紅が飲め飲め言って無理やり酒を突っ込んでくるし、髭は髭でイルカ先生とべったりでこっちのこと無視しやがる! だからオレはイルカ先生と気兼ねなくゆったりと飲みたいって言ってるだろうが、お邪魔虫どもめっ。にやけた顔でオレを見てんじゃないよ、厄介者どもが!!
話が脱線したが、そういう悲劇に見舞われること数度、オレは厄介者どもの目をかいくぐりながらイルカ先生を誘うことを常とするようになった。
おまけに好青年であるイルカ先生は常に声を掛けられようとしているので、早い者勝ち、いや、オレが誘うんだからお前は黙っとけとちょくちょく牽制しなければならなかった。
前にも、イルカ先生を呼び出そうとした複数の輩に釘を刺しまくった。オレの癒しを奪うなと本気のチャクラを見せつけた以後、あまり姿を見せないので問題は解決したと思いたい。
今宵もそんな人気者のイルカ先生を確保するために、ささっと迅速に行動するが吉とばかりに、引継ぎを終えたイルカ先生の手を握り、颯爽とオレは建物内から出た後、瞬身を使う。
公私混同も甚だしい忍術の使い方だが、忍びをまくのに体裁を保っていては欺けない。
今日は小料理屋の親父にもイルカ先生を会わせたくなくて、意外に穴場の居酒屋チェーン店の奥座敷へと来た。
愛想のいい定員に奥座敷を案内されたところで、オレはようやく警戒を緩め、イルカ先生の手を離す。
最近、忙しなく店へと直行するオレに何かを察しているのか、イルカ先生からは特に言葉はない。
何か訳ありなのだろうとどこか真剣に受け止めているイルカ先生に、事の真相を言うつもりはこれっぽちもなく、イルカ先生の思惑に乗る形でなぁなぁのままにしている。
「さて、と。飲みますか?」
「はい、もちろん。俺はビールからにしますが、カカシ先生は?」
「オレも最初はそれで」
「はーい」
慣れ親しんだやりとりをして、飲み物とつまみを適当に注文してくれるイルカ先生。
いの一番にきたビールをお互いに手を持ち、「お疲れ様ー」と声を掛けて、ぐっと飲む。
ぷっはーと気持ちよく息を吐くイルカ先生と、お互いに顔を合わせて二人でだらけるこの一時。
これなのだよ、これ。
このなんとも言えない時間を味わいたくて、オレはイルカ先生と二人きりで飲みに行くのだ。
しばし突き出しと酒を楽しんだ後、ふわりふわりと取り留めのない話をするのが常だったのだが、この度は様子が違った。
始めの一口を飲んだ後、イルカ先生がおもむろにオレに尋ねてきた。
「カカシ先生、顔色が少し悪いですけど、どうしたんです?」
こちらを見つめる黒い瞳は真剣で、茶化すこともごまかすことも許さない強さがあった。
オレとしても今日の飲み会はちょっとした愚痴を吐きたいこともあり、その瞳の強さに促されるままに話始める。
「うんー。ま、体調が悪いわけじゃなくて、ね。ちょっと困った依頼にぶち当たってんのーよ」
本心では愚痴りたいのだけれども、今まで誰かに愚痴を言ったこともない身としてはどう愚痴っていいのか分からず、どうにも歯切れの悪い言い方をしてしまう。
イルカ先生はオレの言葉におやっと目を見開くと、体を前のめりにしてきた。
「それはそれはさぞかしお困りのようで。ささ、ずずいっとずずいっと」
どこか嬉しそうに浮かれたように茶化してくるイルカ先生に、ほんの少し力が抜ける。
「もう、嬉しそうにしないでよ。ま、ともかく、あれなのよ。依頼内容も守秘義務は掛かってないから言うけど、娘の嫁入りの警備で、依頼主である男親が警備に不満があるって再三言ってくるの」
烈火に怒る禿面親父の顔を思い出して、頭が痛くなってきた。
とある金持ち商家から、今年の夏に嫁入りに行く娘の花嫁行列の警備を依頼された。
特に敵対する勢力もおらず、ただただ娘の嫁入りに箔をつけたいがために、オレを隊長として指名されたそれは、お飾り任務の意味合いの強いもので、依頼主や娘に媚びへつらえば良いだけの割のいい任務だった。
ところがどっこい、蓋を開けてみればびっくり。
詳しい警備配置や旅程などを話し合う段になると、依頼主である男親がすべてに駄目出しをしてきたのだ。
この道を使いたくないと行程にケチをつけたり、警備する忍びを呼び出してこいつが気に食わないから他の奴を呼べ、警備する忍びが娘に懸想するかもしれないから近づけさせるな、けれど娘に危険がないように配置をしっかりしろ、果てには娘をずっと閉じ込めておくのか、散歩させるくらいの気遣いを見せろなどと言いたい放題で、それを受け入れては案を変えるのだが、どうしても納得してくれない。
そして二言目には「だから忍びは信用できないんだ!!」という鬼気迫る顔で怒鳴りつけてくる。
「オレが隊長なんだけどオレがいたらいただけ依頼主が興奮して収集つかなくなるから実質外されたようなもんで……。当日までもう三日を切っちゃってるし、納得できるような資料作りもしているんだけど、これがなかなか」
オレが抜けた話し合いでも、部下たちの案はことごとく却下され、そればかりか木の葉の忍びを散々こき下ろしてくる。
比較的冷静な部下を向かわせているが、最近、部下の精神状態が不安定になってきて、これまた頭の痛い問題だった。
はぁとため息を吐きながら、ビールを口に運ぶ。
冷たい喉越しは気持ちいいけれどオレの気鬱を晴らしてくれるまでではない。
「……そんなに、ひどいんですか」
オレの愚痴を聞き、イルカ先生は首を捻る。
眉根にぎゅっと皺が深く刻まれる様を見て、イルカ先生を悩ますつもりではなく、ただ聞いてもらいたかっただけなこともあり、この話は終わりにして、いつもの楽しい宴を満喫しようとしたオレは次の瞬間、言葉を失った。
「カカシ先生、一日、いえ、今晩だけちょっとお時間下さい。あと、その任務の話し合い、俺も同行させていただけませんか?」
真剣な瞳がこちらを射抜く。
「え、え?」
「ちょっと気になることが出来ましたんで、今日はすいませんが解散で」
脇に放っていたカバンを引き寄せ、体に掛けるなり、残っていたビールと突き出しを慌ただしく食べるイルカ先生。
これ、俺のお代ですと少し多めの金額をテーブルに置くなり、イルカ先生は立ち上がると颯爽と座敷から出て行った。
止める暇もないものの数秒のことだった。
ぽつねんと一人残されたオレは、急によそよそしくなった座敷で呟く。
「……愚痴なんて言うんじゃなかった」
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カカシ先生は落ち込んだ!