「いやぁぁ、私の秘蔵の大福がっ、プリンが、羊羹が、どら焼きが、杏仁豆腐がぁぁっ」
「お、おれのともちゃんが、手書きの服を身に付けてっ」
「あーっ、数日前失くしたと肩を落としていた、絶版の縛艶本がこんなところで公開処刑にぃぃ」
「鼻緒がっ、鼻緒が突然エビにっ」
「戸を開けたら、何故か猫が降ってきたぁぁ」
「扉の角のところで少し釘が出ていて、引っかかって危ないなと思っていたから、今日こそは取り除いてやろうと思っていたのに、いつの間にか綺麗になくなっているぅ」
今日もあちらこちらから沸き起こる悲鳴を背中で聞きつつ、俺とカッシーは二人、のんびりと中庭へ向かって歩く。
ちらりと見下ろせば、カッシーもちらりと見上げてきて、「今日の首尾は?」「上々」と、アイコンタクトを交わした。
最後の一つは悪戯ではないが、心根優しいカッシーが見せた仏心だろう。確かにアレ邪魔だったんだよなぁ。俺もあそこで手の甲引っ掻いたことあるもんなと思い返していると、カッシーが静かに言った。
「うぉん」
イルカのためだよ、と。
当たり前だろと事も無げに言ったカッシーの言葉に、カーっと顔が熱くなる。
お、男前過ぎるやろぉぉ。何、俺の相棒。すんげーかっこいいんですけどっ!?
カッシーみたいな出来た奴が、俺の相棒だなんて、俺の今世紀の運を全て使い果たしたかのようだ。それだけ、カッシーは俺には出来過ぎた相棒で、それこそ目に入れても痛くないほどに可愛くて、メロメロ夢中なメロリンコンってやつだ。



ふふふと笑いながらカッシーを見る。
遠目でも目立つ銀髪に、顔を大部分隠した覆面、そして正規の忍服を身にまとったカッシーは、傍から見れば、四つん這いで歩く、ちょっとイカれた覆面忍びだ。それでも、俺には大事な大事なパートナーで、唯一無二の相棒なわけだ。
ちなみに、俺が一目惚れするほど可愛がっていた忍犬カッシーは、火影邸のお手伝いさんたちへ、これから世話になるぜと挨拶代わりに悪戯を仕掛けた後、一緒の布団で寝た、翌朝、いなくなっていた。
代わりにいたのは、俺の宿敵、憎きあんチキショーともいえる写輪眼のカカシだったが、びびりまくる俺に、はたけカカシは「わん」と言って飛びかかってじゃれてきた。
顔を舐めまくられ、しばし放心していた俺だったが、「カッシー?」と呼びかければ、とてもいい返事をしてくれた。
いい動きをしていた耳と尻尾と、きらめくように滑らかだった被毛はないけれど、俺のことが大好きな、カッシーたる由縁のカッシーはいるのだからそれでいいやと、中身カッシーな、外見はたけカカシを受け入れた。



その日から、俺とカッシーは、火影邸にいる間は常に行動を共にし、夜になると鉄格子が落ち、座敷牢と化した部屋から、初日に空けた場所から抜け出し、思う存分悪戯を仕掛けては、寝に戻るという生活を続けている。
カッシーが切り裂いてくれた鉄格子は、俺の渾身の細工(飯粒)で繋ぎ合わせているように見せている。じっちゃんはあの鉄格子には絶大の信頼を置いているようで、今のところ鉄格子を調べることはせず、抜け道がないかと部屋の家宅捜査に重点を置いている。
初動ミスだなと笑う俺だったが、俺の方でも、当初の目的であったじっちゃんへの悪戯がなかなかできないでいた。
理由は簡単。もし、じっちゃんへ悪戯をしかけた場合、その時点でカッシーのお世話係任務から下ろされるからだ。
痛いところ突いてくるなぁと建前では大いに嘆きつつ、悪戯されたと思えないほど完璧な悪戯をしてこいというじっちゃんの挑発に、俄然やる気が出る俺とカッシーだった。
どうせなら、派手にいきたいねと、カッシーと二人で夜な夜な相談しつつ、構想を練り上げ、それも八割方できてきたので、今から実践してみるべく中庭へ向かっている。



悪戯の仕掛けに引っ掛かり、悲鳴があがる屋内から中庭に降り立ち、目的である池に近づく。
「わんわん」
カッシーは池を泳ぐ鯉を見ながら、俺に提案してきた。
「そうだよな。大切な食糧だもんな」
さりげない気遣いを見せるカッシーに大いに頷き、地下に掘ってある防火水槽へ鯉たちを移動させることにする。
カッシーが池の上を走り回り、鯉を一か所に集めたところで、俺の水遁で一網打尽。息の合ったコンビネーションに会心の笑みを浮かべ、俺とカッシーは心意気も新たに声をかけた。
「さぁ、カッシー! 俺たちの合体技始動だっ」
「わっふぅー!」
カッシーのやる気に満ちた吠え声を合図に、俺は印を組む。組むのは、水遁ぷらすの風遁だ。池の水を小さく丸く球体状にし、それを空へと浮き上がらせる。池の上空に、小さな球体が無数に浮き上がるさまは、何となくメルヘンちっくな情景だ。
続いてカッシーが球体に向かって、チャクラを飛ばす。バチバチと青白い光が球体に吸い込まれ、そこで俺はカッシーと叫ぶ。打ち合わせ通り、カッシーは心得たとばかりに、水の球体を俺の代わりに維持しつつ、俺に向かってアイコンタクトを飛ばす。そして、俺は火遁の印を組み、小さな火花を投げ入れた。



「喰らえ! 俺とカッシーの合体技、水球花火っっ」
「うぉんっ」
火花が球体に接触する瞬間、カッシーが球体を保っていたチャクラを解く。途端に起こったのは、目の前が真っ白になるほどの爆発で。
どごおぉぉぉんだが、ごぐわぁぁぁんだか、耳に痛いほどの音と、爆発した瞬間に起きた風で、俺とカッシーは後ろに吹き飛ばされていた。
「いってててて。カッシー、大丈夫か?」
「…くぅん」
ごろごろと転がりに転がった体は、庭の馬鹿でかい置き石のおかげで止まったようだ。
俺はでんぐり返りした状態で、カッシーは大の字に伸びた感じで、お互いの安否を確認し、ひとまずほっとする。前方に目を向ければ、あったはずの池がなくなっていた。おまけに、爆発があったであろう箇所は大きなクレーターが出来上がり、その威力を物語っていた。
「うおおおおおおっ、すっげ! すっげーぞ、カッシー!! 何なんだ、この威力っ。もしかして、俺とカッシーって無敵?!」
「わんわん!!」 
俺たち、すっげーと手を取り合って、一緒に飛び跳ねる。
技のネーミング通り、ここまでの威力は全くもって期待していなかったのだが、凄まじすぎる破壊力に、ご利用は計画的にという文句が頭を踊る。
「うーん。これ、じっちゃんに仕掛けるのは厳しいなぁ。いたずらして、じっちゃんぽっくりなんて洒落にならないんもんなぁ」
「わんわん」
里抜けしなくちゃいけないと言うカッシーの言葉に頷き、あはははっはははと二人で笑えば、凄まじい怒気が近づいている気配を感じた。



「イィィィルゥゥゥゥカァァアァァァっっ」
気配は未だ屋敷の玄関先に感じるのに、おどろおどろしい声が聞こえてくるとは、どういう怪奇現象だ。
「やべっ、じっちゃんにバレた!!」
浮かれていたから気付かなかったが、屋敷内からは恐慌をきたした悲鳴が聞こえてくる。うおんと、カッシーが緊張した面持ちで、俺に何かを伝えてきた。
例え幼少時から慣れ親しんでいた屋敷だろうが、ここは火影私邸であることは間違えようのない事実だ。ということは、だ。じっちゃんがやってくる前に当然出てくるのは……。



「また貴様か」
気配の欠片も感じることができなかった。俺とカッシーの周りを囲むように突然現れた黒い部隊の人たちに、冷や汗が噴き出る。
ごくりと生唾を飲み、どう切り抜けようかと手の平にかく汗ごと硬く握りしめた時だった。
「遊びが過ぎたな。仕置きが必――」
ずざぁぁという音が立ち、暗部のリーダー格であろう一人が忽然と消えた。
一瞬、ぽかんとするものの、よくよく思い返してみれば、庭のあちこちに掘った落とし穴の一つに嵌ったようだ。
分かった瞬間、その見事な落ち具合に吹き出してしまった。
「ぷぅぅッッ。だ、駄目だよ、カッシー、笑っちゃダメだってっっ」
「わうわふわっっ」
お互いにお互いの笑いを指摘しつつ、腹を抱える。駄目だ、腹いてー。恰好つけて「遊びが過ぎたな」なんて言っていた人が落ちたもんだから、笑いに拍車がかかる。



「……うみの、イルカ」
落ちた暗部の人が頭に土を被ったまま、面のついた顔だけ出してきた。名を呼ばれたので顔を向ければ、暗部の人は一言言った。
「泣かす」
『……は?』
思わぬ言葉に、俺は他の暗部の人たちと一緒に間の抜けた声をあげる。へ? と聞き返す間もなく、穴に落ちた暗部の人は、「泣かす泣かす泣かす泣かす泣かす」と呪いのように呟き始めた。
やだ、何これ、初めて味わう恐怖!
お面を被っているから、表情こそ分からないものの、唯一くり貫かれている目のところから、ぎらぎらとした凶悪な光が覗いて見えた。
「……隊長?」
普段とはまるっきり違う様子に驚いたのか、暗部の一人が戸惑うように声を掛けている。隊長殿は、やがて笑い声を含ませながら、「泣っかす、泣っかす」と軽快な調子の呟きに変え、穴から這い出ようとしていた。
「まずい! 隊長はマジだっ。イルカ先生、ひとまずここは逃げてくださいッ」
穴から這い出ようとする隊長殿の肩を押し止め、一人の暗部さんが声を掛けてくれた。どこか懐かしく、聞き覚えのある声に、名前を呼ぼうとした直前、その暗部さんは切羽詰まった悲鳴をあげた。
「隊長は、ドSなんですッ。捕まったら、イルカ先生、お婿にいけない体にされちゃいますよ!?」
金言をくれた元教え子の意志を受け、俺は一目散に駆けた。



「カッシー、逃げるぞ、とにかく逃げるぞッッ」
「うおん!」
手の平を立て、全速力で走る俺の横で、カッシーは満面笑みでついてくる。あぁ、カッシー、お前は何も分かっちゃいないっ。鬼ごっこは鬼ごっこでも、これはリアル鬼ごっこだぞ! 捕まったら、お婿にいけない体にされちゃうんだぞっ。とんでもないとこにとんでもないもの入れられたりして、それを喜ぶような変態さんになっちゃうんだぞ?!
 背後からふぐぅと呻く声が聞こえたと同時に、「泣っかす、泣っかす」と地獄から這い出た悪魔が後ろから迫りくる。そして、俺とカッシーが突っ走る前からは「いぃぃぃるうぅかぁぁぁ」と巻き舌で俺の名を呼ぶじっちゃんの声が聞こえてきた。
あぁ、前門の虎、後門の狼とはこのことだっ。でも、お婿にいけない変態になるより、じっちゃんのノーマルな仕置きを受けた方が傷は浅いと思うんだ。
ごめん、カッシー。俺はじっちゃんに仕置きされるけど、お前だけは逃げてくれと、早くも諦めの境地に達した時だった。



「わんっ」
傍から見ても絶望的な表情を浮かべていたのだろうか。カッシーは俺の顔を見るなり、さきほどの笑顔から一転して真剣な顔になり、俺の背後に回るや股座に頭を突っ込んできた。
「うお、おっ」
全速力で駆けていたのにも関わらず、器用に俺の股座から顔を出し、俺を背中に乗っけると、スピードも殺さずカッシーはそのまま駆けた。
元が人間なだけに、カッシーの首にしがみついていないと振り落とされそうになる。
前傾姿勢でぎゅっとカッシーの首にしがみつき、腰に足も回せば、カッシーはちらりと俺を振り返って、笑った。



「うおん」
イルカはオレが守るよ。
俺は確かに見た。口布で隠された歯が、光り輝く瞬間をっっ。
「カ、カッシー」
襲ってきたのは、感動。そして、男前過ぎる、真の男を前にした時に感じる、どうにでもしてと腹を曝け出したい欲求だった。
「カッシー、大好きっ! なんで、お前はそんなにかっこいいんだよぉぉ」
ぐりぐりとカッシーの首筋に頭を摺り寄せれば、カッシーの呼吸がハッハッと弾む。



「こらぁ、カカシ! おぬし、イルカに味方するつもりかッッ」
「カカシ、そいつを渡せ」
前後を挟み、突撃する二人に向かって、カッシーは吠えた。
「わん!」
オレはイルカの相棒だ!
そして、カッシーは一瞬フェイントを入れた後、俺を乗せているハンデを露とも感じさせずに真横へと飛び、気付いた時にはカッシーは遥か上空へと飛んでいた。
「わぁ!」
胃が浮き上がるような浮遊感を一瞬覚えた後、屋敷の屋根の一番高いところで着地する。
眼下を見下ろせば、じっちゃんとドS隊長が上空を見上げ、聞くに堪えない暴言を吐きまくっている。追撃してこないのかなとおっかなびっくり見ていると、カッシーがふんふん鼻を鳴らして、俺に伝えてきた。
イルカ。ここ、開けて。
屋根瓦の一部を鼻で指し示している。カッシーの背中から降りて、一見普通に見える屋根瓦に触れてみれば、動きそうな手ごたえを感じた。
慎重に屋根瓦をずらせば、拳一個分程度の空洞がある。その中に、小さな箱があったのを見つけ、取り出してみる。
材質は、金属だろうか。継ぎ目もなく、蓋もない四角い箱に、首を捻った。
何だこれと手の中で弄んでいれば、途端に下から絶叫が聞こえてきた。じっちゃんとドS隊長が顔を真っ赤にして叫んでいる。俺にとっては用途不明だが、あの二人にとって、とても大事な物らしいことだけは窺えた。



「うぉん」
あの二人の弱みを掴むなんて朝飯前だーよ。
余裕とばかりに、カッシーは足で耳の後ろあたりを掻いている。
頼りになって優秀すぎるカッシーに、俺はもうメロメロだ。
「カッシー、かっこいいっ。どうせだから、他の暗部たちの弱みも握っておこうよ!」
俺の言葉に、カッシーはイルカって頭いいっと目を輝かせる。
「ふざけんなーッ」「カカシ先輩、ひどすぎますっ」「イルカ先生、そりゃないですよぉ」と、残りの暗部さんたちの悲鳴が聞こえたけど無視。俺とカッシーの悪戯道を邪魔する因子は、すべて排除するのみだ!!



「カッシー、俺たちの道は始まったばかりだぜ!」
「おぅん!!」
カッシーの背にまたがり、次なる弱みを得るべく、俺たちは駆け出す。
背後から差し込む夕日に照らされ、俺とカッシーは笑い声をあげながら、恐慌きたす者たちの頭上を飛び越えた。



と、少年漫画誌における、打ち切り最終話のような一コマをパクッた呪いか、俺にとって最悪な出来事が起こった。



いつものように一緒の布団で寝た、翌朝。
少しお寝坊さんなカッシーを起こすのは俺の役目で、「おはよー」とカッシーの頬に両手を当ててぐりぐり撫で回すのが、最近のカッシーのお気に入りの目覚め方だった。
昨日はよく頑張ってくれたから、両手ぷらす俺の額も擦り付けちゃおうと、俺は満面の笑みを浮かべてカッシーに伸し掛かった。



「カッシー、おはよぉぉ! 今日も、いい天気だぞー」
ついでと小さな額に口づけをすれば、カッシーはむずがるように目を開けた。満面の笑みで俺の頬を舐めてくれると疑いもしなかった俺に、カッシーは言った。
「……アンタ、殺されたいんですか?」
俺の頭に疑問符が突き立った。
無表情の上、俺をマジマジと見つめる瞳には、好意的な感情が見当たらない。
固まる俺に、カッシーは退きなさいよと俺の体を突き離すや、布団の上に胡坐をかき、ちらりと部屋を見回すと一つため息を吐いた。
くしゃりと前髪をかきあげ、もう一度ため息を吐き、立ち上がる。そのまま部屋から出ようとするカッシーに、とっさに声を掛けた。
「カ、カッシー」
何か言ってくれることを期待したのに、カッシーは俺の呼びかけに、仕方なくといった感じで振り返る。そして。
「ちっ」
とんでもない顰め面で大きく舌打ちをし、出て行ってしまった。



「……うそだろ」
きっちりと閉まった障子戸を見つめたまま、俺は呟くしかない。
頭の中では、カッシーはカカシ先生に戻ったんだと分かった。でも、突然すぎて、突拍子もなくて、頭が追い付かない。いやいやそれよりも、カッシーはカカシ先生で、カカシ先生はカッシーでもあって、だから、俺たちは相棒な訳で、今までずっとうまくやっていて、俺にはカッシーがいて当たり前で、カッシーには俺がいて当たり前で、このままずっと一緒にいられると思ったというより、俺の中では決定事項な訳で、だから。つまり。
「カッシー、カムバァァァァクっっ」
俺の魂の雄たけびに答えてくれるものは、誰もいなかった。




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次回は、カカシ先生視点だ!





犬になった男 5