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「くっそ、足首いかれちまってる」
岩陰に隠れ、応急処置に、そこら辺の木の枝を拾って足に固定した。
結構な高さから飛び降りて、足首の骨折と全身のかすり傷くらいですんだのは運が良かったが、この有様では逃げられないだろうなと思う。



ため息を吐いて、尻の下を流れている川の冷たさに身震いした。
じっちゃんの友人に手紙を渡した後、その返事をもらって帰る途中。橋の真ん中で、見知らぬ忍びに巻物を渡せと囲まれた。
俺が持っているのは、じっちゃんとエロ仲間であるじいさまの返事の手紙で、その手紙には『今週のわしの一押しエロ本、エロ作家!!』みたいなしょうもない情報しか載っていないはずだ。
俺が返事の手紙を待っている間、変な笑い声をあげながら、口に出しては書き連ねていたので間違いない。俺も年取ると、口に出しながら手紙書いちゃうのかな。書く手紙の内容に応じて、注意しなくちゃいかんな。
そんなことをつらつら思っていると、その忍びたちったら、『怯んだ!こいつが持っているよ、決定!! 早く見つかってラッキーっ』とばかりに襲いかかってきた。
多勢に無勢。お使い任務だったから、簡易な装備しかしてなくて、立ち向かっても痛い目見るだけ損だし、こうなったら飛び込んじゃえとばかりに川へ身を投げた。
それが、まぁ、深いわ、急流わで、泳ぎに自信があった俺でも溺れてしまった。
必死に足掻いたけど、どこかの岩に頭をぶつけたらしくて、そのまま意識を失い、気付けば川岸に倒れていた。
ぶっちゃけ、どれだけ流されたか分からない。
襲撃してきた者たちの気配はないが、やる気満々で目を輝かせていたから、俺を追ってここら近くを探索している可能性大だ。
自分の安全を確保できるほどの動きができない以上、木の葉の捜索隊を待つしかないが、川に落ちたことといい、これじゃ、捜索隊でも自分を見つけることは困難だろう。



「……カッシーなら、すぐ見つけてくれるんだけどな」
あーぁと、小さくごちる。
奔放な銀色の髪に、白磁の肌。目は赤と青灰色した、俺の可愛い相棒カッシー。もとい、カカシ先生。
カッシーがカカシ先生に戻ってから、カカシ先生はあからさまに俺を避け始めた。どうやら、カカシ先生は極度の恥ずかしがり屋さんで、自分の感情を表に出すことができない性質らしい。
この照れ屋さんめっ、恥ずかしいことなんて何もないよ。また俺と一緒に暮らそうよと、カカシ先生の後を付き纏うこと数週間、カカシ先生に異変が現れた。
あのふさふさだった髪がしんなりと元気なく倒れ、白磁の肌も青白くなり、元から猫背だった背中が五度近く曲がった。可愛い色違いの目も何だか生気がなくなり、始終いらいらしている気配を発していた。
カッシーだった時のカカシ先生は、それはそれはさびしがり屋で、俺が夜中にトイレに行くだけで、トイレの扉の前に座って悲しげに鳴いていた。風呂に入る時だって、最初は犬だったから一緒に入ったけど、次の日から人の体になったから、別々に入ろうかと提案すれば、カッシーは凄まじい衝撃を受けた顔を見せ、無言で布団へ顔を突っ込み、ぷるぷると小刻みに震えていた。
俺としては銭湯の常連だし、一緒の風呂に入るのはウェルカム気分だったんだけど、覆面忍者のカカシ先生を慮ったのが悪い方向にいったらしい。
その後に、一緒に入ろうと声を掛けた時の、カッシーの喜び様は忘れられない。布団を跳ね飛ばし、上下左右に飛び回り、嬉ションをするぐらいの勢いで吠えまくっていた。
うん、俺のメモリアルズの中でも燦然と輝くカッシーの姿だった。



と、いう訳で、カッシーはカカシ先生なんだから、カッシーの性質はカカシ先生の性質にも繋がる。
たぶん俺不足で、カカシ先生は気が張りまくって、安らげない状況にいるんだろう。
俺が受付任務やアカデミーの授業をしに、毎朝出勤する時も、必ず俺が寝ていた薄いタオルケットを口に咥えてはうろうろしていたし。
屋敷の人の話では、俺がいない間、カッシーはそのタオルケットに顔を埋めて、昼寝をしていたらしい。
俺の親しみを込めたコミュニケーションを理解できないためか、お手伝いさんの助力が得られず、そのかわゆい写真を激写することはついぞできなかったが、代わりに出勤時と帰宅時のタオルケットを咥えて、いってらっしゃい、おかえり写真は撮れたので、よしとする。……本当は欲しいけど!! カカシ先生が俺と一緒に暮らせば、その写真も撮れるに違いないから、今はぐっと我慢っ。



そういうことで、恥ずかしくて俺と一緒にいられないけど、切実に俺を求めているだろうカカシ先生のために、弁当を作ってみた。
一緒に暮らしていた時のカッシーの食の好みを考慮して、俺は頑張った! 調味料器具片手に、料理本と睨み合い、俺は苛立つ心を抑えて、カカシ先生のために耐えて耐えて耐え抜いた。そして、出来上がった自信作!
これで食べられない訳がないと、自信満々に手渡したかったけど、恥ずかしがり屋のカカシ先生の手前、さり気なく手渡すことにした。
カカシ先生はすぐ照れて真逆の行動をしちまうからなぁ。せっかく作った弁当を、目の前でゴミ箱に入れられでもしたら凹んじまう。



「帰ったら、すぐにでも感想聞きたかったんだけどなぁ」
ため息を吐いて、空を見上げる。
いつしか夜は明けて、朝日が昇っていた。自分の痕跡は残していないと思うが、例え夜目が利いても限界はある。おまけに、痛い足を引きずってでは、どこまで隠せたか疑問に思う。
岩の影さえも取り払う朝日の存在に、内心舌打ちを打っていれば、複数の気配を感じた。
岩陰に引っ付き、息を殺す。砂地を踏みしめる微かな音が耳に届き、鼓動が高鳴った。思うことは、気付くなということだけだ。
数人の気配がこちら側へ、近づいてくる。
一つ、二つ……。足音からして五人。
時折足を止め、俺の痕跡がないか調べている気配に生唾を飲み込む。距離にして、二メートル。
徐々に迫る気配に息を飲む。堪らず瞼を閉じ、願うように岩へ張り付いていれば、
「ぬあぁぁぁっ」
間抜けな声を上げて、誰かが落っこちた。



「ぷーっ」
口元に両手を当てて、懸命に笑いを耐える。
わくわくしながら岩陰から顔を出せば、俺を襲った忍びたちが落とし穴の周辺で警戒している姿を見ることができた。
落ちた忍びはしきりに「くそ」と悪態をついており、何の変哲もない落とし穴に落ちたことを非常に傷ついている模様だ。周囲の忍びたちも、ただの落とし穴がどうして仕掛けられているのか、しきりに疑問の声をあげている。
本当ならば、姿を現し、仁王立ちになって説明したいっ。でも、相手は友好的じゃないっていうか、俺を殺しに来た人たちだし、ここは我慢する。それに、仕掛けは一つだけじゃないんだ!
穴の側にいた一人の忍びが、落ちた忍びに手を伸ばす。それを掴もうとした瞬間、手を差し伸べていた忍びの地面が陥没し、落ちた忍びを巻き込んで再び落とし穴へとなだれ込んでいった。
「ひぃやぁ」だとか、「またか!」とか言った叫び声がし、周囲は騒然となる。
漏れ出そうになる笑い声を必死に堪え、岩陰に再び身を隠す。ぎゃーぎゃー騒ぐ忍びたちに、俺はもう大興奮マックス状態だ。
はぁ、堪んねーっ! 土遁習ってて良かった、隠遁の術使えて良かった、俺、忍びになって良かったぁぁぁ!!
殺傷力は皆無だが、地味に凹む仕掛けをあそこら一帯に仕込んできた。どっちから来るか分からなかっただけに、勘だけで仕込んだが、俺って運がいい。きっと悪戯の女神様が俺に微笑んでいるんだ。



落とし穴に、岩と見せかけた柔らかい布とか、踏んだ瞬間鳴る爆竹とか、細い糸を切ったら側の林から小枝が飛んでくるとか、川にあったぬめぬめの石をある場所だけ敷き詰めているとか、そんな単純で引っかかり難い物ばかりだけど、なまじ優秀な忍びだと、あからさまに仕掛けられた罠を罠として見ないばかりか、逆にこれは何だと自ら踏み込んでくれるので、非常においしい存在だ。
特にお勧めなのは、ぬめぬめ地帯だよなと、俺は期待に胸を高鳴らせる。
片足で川底からぬめぬめした石を集めるのも苦労したし、どこに仕掛けるのかも一番思い悩んだ。一か所じゃつまらないと思い、三か所仕掛けてみたが、どれだけ引っかかってくれるか、楽しみだ。



「くっそ、何だこれは」「ガキの悪戯か」と、罵声が飛び交う忍びたちをにやにやしながら窺っていると、
「ひえっ」
間近で、とんだ間抜けな声が聞こえた。
まさか近付いているとは思わなくて、声が上がった方向に視線を向ければ、そこには豪快に尻もちをついたカカシ先生の姿があった。
「カカシ先生!」
会いたいと思っていた人物の登場に思わず声が出る。直後、
「そこか!」
「逃がすなっ」
「囲め」
やたら殺気立った忍びたちが、こちらへ殺到してきた。うわ、まずい。俺、ピンチ。
時と状況を選んで悪戯するべきだったかなと後悔した矢先、俺の腰に手が回り、体が浮き上がった。



「うお、お」
「黙って。舌噛むよ」
声が耳に届くより早く、カカシ先生は大きく後ろへと飛んだ。間髪入れず、今までいた場所に、手裏剣や千本やらが突き立つ。
一瞬でも遅れていたら、俺の体は血染めのヤマアラシになっていたに違いない。
「カカシ先生、ありがとうございますっ。俺、カカシ先生なら見つけてくれると信じていました!」
脇に抱えられ、顔を振り上げれば、カカシ先生は苦虫を噛み潰したような顔をした。
「あのね。仮にも追われている立場で、何を悠長に悪戯なんて仕込んでんのよ」
信じらんない、本当アンタって人は理解できないと続けるカカシ先生の目の前で、カカシ先生が引っかかったぬめぬめ地帯に、数人の忍びが踏み込み、続々と尻もちをつき始める。
「何をしている!」
「うるせーっ、おれの気持ちがお前に分かって堪るかっ」
「もう、何なんだよっ」
味方から叱責され、尻もちをついた忍びたちの戦意は喪失しまくりだ。
にやっと笑って、親指をあげた。カカシ先生は微かに肩を震わせて、忙しなく咳払いをし始める。もう、笑いたければ笑えばいいのに。
本当は面白かったでしょと真意を問う前に、カカシ先生はとにかくと切り出した。



「逃げますよ。その様子じゃ碌に歩けないんでショ。しっかり捕まっときなさい」
脇から背中へと軽々持ち上げられ、慌ててカカシ先生の首にしがみついた。
「冷たい」と不機嫌な声がしたけど、カカシ先生の腕はしっかりと俺の太ももに回ってくれたし、耳は真っ赤になっていたから、照れ隠しが発動したのだなと思う。
本当にカカシ先生は恥ずかしがり屋だなぁ。
小さく笑えば、何よと睨まれる。何でもないですよと返して、ふとカカシ先生がカッシーになる前のことを思い出した。
あの頃、散々俺に嫌味な態度を取り続けていたけど、もしかして、あれは照れ隠しだったのだろうか。初対面の俺とどう接していいか分からずに、照れ隠しを発動しつつ距離を縮めようとしてくれたとか。嫌な顔見せる割に、結構話しかけてくれたし、俺を無視することなく何かしら言葉だって返してくれたし。もしかして俺、カカシ先生に嫌われていたんじゃなくて、あのときから結構好かれていたんじゃ。
追手を振り切るために走り出したカカシ先生の背に揺られ、つらつら考える。
「カカシ先生。カカシ先生は、嫌いな人にはどういう態度取ります?」
気になって仕方なくなって、不謹慎とも思いつつ、耳元で尋ねれば、カカシ先生の体がびくりと一瞬跳ねた。
突然の反応にびっくりしたが、カカシ先生は俺の倍以上驚いたらしい。涙目でこちらを睨みつけるなり、怒鳴りつけられた。
「ちょっと! いきなり息吹きかけるの止めなさいよっ。それに近い! アンタ、本当に腹立つ人だね!!」
怒っていても涙目だから、全く恐くない。恥ずかしがり屋さんには耳元での囁きはハードル高いんだなと、カカシ先生の恥ずかしがり屋マニュアルに書きこんでおく。
逃げている最中に問いかけることを咎められていないので、すいませんとひとまず謝り、ちょっと顔を離してもう一度聞いてみた。
「あの、カカシ先生って嫌いな人にはどういう態度取るんですか?」
声も少し大きめに発して、これで恥ずかしがり屋マニュアル的に完璧だと思ったのに、カカシ先生からは舌打ちが返ってきた。
「そんなにあからさまに離れなくてもいいでショ! アンタが落っこちて、拾う方が大変なんだから、ちゃんとくっついときなさいよッ。って、べ、別にアンタの心配なんてしてないから! 勘違いしないでよ!!」
うーん。カカシ先生の恥ずかし所がいまいち掴めない。
はぁ、すいませんと首筋にくっつけば、カカシ先生の露出している肌という肌が真っ赤に染まった。
……うん。たぶんこれは喜んでいるんだろう。カッシーの時だって、俺が擦り寄ると喜んでいたし。
俺の行動は間違っていないと自己肯定していると、カカシ先生は川原から雑木林に飛び込み、木々の合間を駆け抜けながら尋ねてきた。



「で、何よ、その質問。オレが嫌いな人に取る態度って。どうしてアンタに答えなきゃならないのよ」
簡単に答えてくれなさそうな気配に、そうだよなぁと思う。確かにカカシ先生だけ本音を言えと迫るのは公平じゃない。
鼻傷を一つ掻き、俺はあのときの自分の気持ちを語ることにした。
「あー。俺、カカシ先生に嫌われてるってずっと思っていたんです。顔を合わせると文句言われるし、睨まれるし、殺気ぶつけられるし、子供たちと会わせてくれないし、こりゃ相当嫌われてるんだって。だから、俺も当てつけみたいにカカシ先生のこと嫌っちまったんです。でも、カッシーとの生活や、こうして俺のこと助けにき」
突然カカシ先生の足が止まり、急激な停止に体が前のめりになった。危うく舌を噛みそうになったが、寸でのとこで回避できた。
一応、後方を確認すれば、追手の姿はまだ見えない。カカシ先生の足がぶっちぎりで速いおかげだが、止まっていてはそのうち追いついてしまうことは目に見えていた。
「カカシ先生?」
反応はない。
止まったまま動かないカカシ先生が不思議だ。前のめりになって覗き込んだが、カカシ先生は深く顔を俯け、表情を全く見せてくれなかった。
何となく体が震えている気がする。もしかして何かの毒物にでも当たってしまったのだろうか。
追手とは何一つ接触していないと思ったけど、俺じゃ分からない何かをぶつけられのかと不安に駆られる。
安否を尋ねようともう一度覗き込めば、



「こっちだって、あんたのこと大っ嫌いですよ! あんたに嫌われたって、別に、べつにそんな……」
カカシ先生は唐突に叫び、うっと息を止めた直後、
「悲しくなんてないんだからぁぁぁ、ばかぁぁあぁぁぁぁ」
うわぁぁぁぁぁと泣き出した。
思ってもみなかった反応に、俺はただ呆然とするばかりだ。
俺をおんぶしているから、零れ落ちる涙を拭きとれず、空を仰いで、カカシ先生は声を張り上げ泣いていた。悲しくなんてないと不明瞭な声で叫びながら、カカシ先生は心底傷ついた様子で泣きじゃくる。
ひっひっと引きつりながら、湿り気を帯びてきた口布から一生懸命呼吸を継ぎながら泣く様に、どうしようもなく胸がときめいてしまった。脳内ではお花畑が広がり、泣くカカシ先生の周りにきらきらとした粒子が煌めき、ふろーらるな香りが充満するかの勢いだ。
何、この可愛い生き物! そんなに俺のこと好きなのっ? 嫌いって言ったことがそんなに悲しくて辛かったのっ!? もうもう!!



「カカシ先生、可愛いーっっ」
わんわん泣いているカカシ先生に構わず、背後からぎゅーと抱きしめて、首筋に顔を摺り寄せた。
「そ、そんなんじゃ、ごまかされないんだからっっ。オレのこと、嫌いって、きらいって」
ひぃぃと声を上げるカカシ先生の口布を剥いで、びよーんと伸びた鼻水を懐にある手拭いで丁寧に拭ってやる。少々生乾き臭いが、そこは目を瞑ってもらう。
手拭いを折って懐にしまいながら、俺はふふふと笑う。カカシ先生は俺が笑ったことに反感を覚えたのか、顔を真っ赤にしてわめいた。
泣いていて何を言っているか分からないし、俺も言いたいことがあったからカカシ先生の口を両手で塞いでやる。
「んー、むむむむ!!」
すかさず文句が飛び出るが、俺はカカシ先生と名前を呼んだ。
「あのですね。嫌っていたのは前までの話ですよ。今の俺、すっげーカカシ先生のこと好きです。だいたい好きじゃない人に、一緒に暮らそうなんて持ち掛けるわけないじゃないですか」
バカだなぁと心の中で呟き、手の下の唇が大人しくなったのを確認して、両手を退けた。
一転して、黙りこくったカカシ先生の顔を横から覗き込み、俺は尋ねる。
「俺はカカシ先生が好き。カカシ先生も俺が好き。お互い好き同士なら、何も悲しいことなんてないと思いますけど?」
頬を濡らす涙を手の平で拭いながら、返答を待っていれば、カカシ先生は小さな声で言った。
「……キスしてくれたら、信じる」
心持ち頬を膨らませて、ぶっきらぼうに言ってきたカカシ先生は身震いするほど可愛かった。
何故俺はカメラを持参してこなかったんだと、己の悔やんでも悔やみきれない失態に苦悩しつつ、仄かに色づいた頬にちゅっと唇を寄せた。
「これで信じてくれます?」
どうだと胸を張って問えば、カカシ先生はしばらく無言でいた後、
「……信じてやってもいい」
と、ぶっきらぼうに呟いた。
言葉は素直じゃないけど、目の前で真っ赤に色づく肌は素直そのものだ。その様に、きゅんきゅんと胸を高鳴らせていると、後方から刀の鞘走りの音がした。



「ホモの痴話喧嘩は、あの世でしてもらおうか」
抜身の刀を手にした忍びを前に、追手の忍びたちが俺たちを囲む。
やっぱり追いつかれちゃったか。でもホモって、何見て言ってんだ、こいつ。俺とカカシ先生はどこからどう見ても、相棒な関係なのに。
全く見当違いも甚だしいと、カカシ先生に同意を求めようとすれば、カカシ先生はきりっとした顔つきで忍びたちを見回した。
「うるさーいね。人の恋路に首突っ込むと、馬に蹴られて死ぬって知らないの? ま、オレの物に手出したんだ。その報いは受けてもらーうよ」
にやりと好戦的な笑みを浮かべるカカシ先生は、泣き叫んでいた可愛いカカシ先生とは違って男前だった。
歴戦の忍び。オレに不可能なことはないぜ的なオーラがむんむんと放出している。
かっこよく決めるには、相手の言葉尻に乗らないといけないのだろうが、ホモは否定して欲しかったよ、カッシー。
相手もカカシ先生のただならぬ気配に気付いたのか、侮っていた態度を翻して、険しい表情を浮かべる。しばしにらみ合いが続く中、追手の一人が小さく息を飲み込んだ。
「……銀髪に、左目を覆う額当て。もしや貴様、写輪眼のカカシかっ」
「なに」「こいつが」と忍びたちの気配に動揺が走る中、カカシ先生は表情も気配も変えず、目の前の忍びたちを眺めている。
構えもせず、自然体に立っているだけだというのに、カカシ先生はかっこよかった。神様は不公平だと思う一瞬だ。例え俺が背中に張り付いていても、元からかっこいい人はかっこいいのだと認めざるを得ない。
反応しないカカシ先生の言葉を待たずに、周囲の忍びたちは目配せをするなり、運がいいと呟いた。
「巻物に、写輪眼カカシの首。ここで二つともいただいていくぞ」
身構え、得物を掲げる忍びたちに、俺は困ったなぁと素直な感想を持つ。
例えカカシ先生が強かろうとも、俺をおんぶして五人とやり合うには少々荷が重いだろう。俺をそこら辺に置いて戦ってくれてもいいんだが、満足に動けない俺を人質にすることは目に見えているし。



「イルカ先生、しっかりオレに捕まって。アンタはオレが守る」
どうしようと漠然と考えていると、クナイを構え、かっこいい台詞をカカシ先生が言ってきた。
マスクを上げ、真剣な顔で敵と対するカカシ先生は頼りがいがある。いつもは眠たげな眼に鋭い光を湛え、鋼のような肉体を引き絞り、戦闘態勢に入る様は、本気でかっこよかった。
思わず見惚れてしまいそうな場面だったが、そういえばこういうこと前にもあったと思い出す。そこからの思い出は芋づる式で思い起こされて、俺はあぁとカカシ先生の胸の前で思わず手を打ってしまった。
邪魔だったのだろう。じっとしていろと睨まれたけど、俺はそれに満面の笑みで答えた。俺とカッシー、いや、カカシ先生との合体技を今こそ見せるときだ!!
「カカシ先生! 俺に秘策があります。川に戻ってください、川。そこで俺とカカシ先生の絆の強さを見せつけてやりましょうっ」
「え!?」
かっこ良かった顔もどこへやら、顔を真っ赤にして動揺し始めるカカシ先生をさておき、俺は殺気漲る面々の一点を指さし、声をあげた。
「カカシ先生、川原へゴー!」







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カカシ先生の感情の起伏が激しいと管理人は喜びます。





犬になった男 8