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「カカシ、ご苦労であった。イルカは……。まぁ、おぬしの任務はほぼ失敗じゃったが、状況が状況じゃしの。情状酌量も含めて、二日ばかり謹慎しとれ」
かぴかぴに乾いて、文字の原形すら止めていない手紙を手にした三代目が、どこか晴れ晴れとした顔つきで沙汰を下した。
カカシ先生の背に負ぶわれ、木の葉の里に帰還できたのは、あれから二日後のことだった。
カカシ先生は終始ご機嫌で、肌も艶々で、五歳ぐらい若返ったんじゃないかと思うくらいの元気はつらつさだった。それに引き替え俺は、カッシーと悪戯三昧してから総スカンな態度を取られ続けていた三代目が、謹慎という名のお休みをくれるほど、心も体もずたぼろで疲弊しきっていた。
「さ、帰るよ。本当にアンタって体力も中忍並みなんだから、回復するまでオレが面倒見るしか……って、べ、別にアンタの家に泊まり込むって意味じゃないんだからねッ。で、でもどうしてもって言うなら、考えないわけじゃないんだから!!」
もうバカ、何言わせるのと、一人顔を真っ赤にして盛り上がっているカカシ先生を、三代目が生ぬるい目で見つめる。その後、俺に眼差しを向け、菩薩的な慈愛に満ちた微笑みを投げかけられた。その手には、かぴかぴに干からびた手紙とは別に、どこかの里の手配書が握られていた。
ニャロォォ、ブツを手に入れてやがったか。
一体どこで手に入れたと入手先を問いただしたかったが、俺の声は壊滅的な打撃を受けており、三代目の元まで届きそうにない。
俺でさえ全貌を知らぬブツを手に入れた三代目に、ぎりぎりと怨念に満ちた眼差しを注ぐ。しかし、三代目の表情はあくまで柔らかく、優しさに満ち溢れていた。
くっそ、絶対じっちゃん面白がってる! 俺に起きた出来事を正確に理解した上で、俺にこんな態度をっっ。
「ほらほら、帰るよ」とカカシ先生の背に揺られ退場する俺を、三代目は好々爺の顔で最後まで見送った。
その編み笠に脱毛クリーム塗ってやるからなッ。笑っていられるのも今のうちだからな!!
二日前。木の葉の里に帰る前、俺の身に、とんでもない凶事が襲いかかった。
今思い返しても、途中までは良かったと思う。ちょっと鼻息が荒かったけど、カカシ先生は俺の言う通りに川原に行ってくれたし、俺とカッシーの合体作『水球花火』も、そりゃー盛大に決まった。
カッシーの時の記憶があるんじゃないかというくらい、カカシ先生は俺の思ったことを汲み取ってくれて、カッシーの時以上のコンビネーションの良さだった。
以心伝心し過ぎて威力も大きくなって、ちょっと川の流れが変わっちゃったけど、まぁ、趣のある形になったしそれはそれでいいんじゃないかと結論づけた。
河原には完全に気を失った忍びがいて、命を狙われたけど、俺は殺すつもりは毛頭なかったから、カカシ先生が気絶した五人を縛っている姿を見て、それはもう胸を撫で下ろしていたのだ。
囲まれた時、怒っていたみたいだったから、勢い余って殺しちゃうのかもしれないとはらはらしていただけに、カカシ先生が見せた慈悲がものすごく嬉しかったのは覚えている。
でも、その後。何故か、俺と縛られた五人を包み込むようにして、カカシ先生が結界を張った。そして、
「イルカ先生。オレたちの愛の絆、見せつけようじゃなーい」
爽やかな笑みを向けたカカシ先生のその後の所業は、鬼だった。
怪我人の俺を押し倒すなり、服を剥ぎ取り、不埒な手つきで俺の体に触れてきた。そればかりか、いや、そこ無理、有り得ないからそこという場所に、カカシ先生は押し入ってきたのだ!
口汚く罵ったり、説得したり、懇願したり、泣いて許しを乞うたのに、カカシ先生は容赦なかった。
「アンタが望んだんでショ? 素直になりなよ」
「見られるのがいいなんて、本当にアンタっていやらしいね」
「これが最後だからちゃんと見てもらいなよ。これから先、オレは誰にも見せるつもりはないからね」
「ほら、口開いて。もっと、アンタの可愛い声聞かせてやりなよ」
なーんて、なーんて!! こんなこと初めてで、右も左も分からない俺に対して散々ぱら無体な姿勢を取らせるばかりか、優しい声音で唆して、俺はもうとんでもないことをしてしまった。やってしまった。訳分からなくなってすんごいことを、人様の目の前でしてしまったっ。おまけに俺だけ素っ裸で、カカシ先生はほとんど着込んでいて、それもすんげー恥ずかしかった!
意識を取り戻した他里の忍びたちも災難だが、俺の方が被害は上だと主張したい。そりゃ、丸一日男同士の絡み合いを見せられたあいつらも非常に可哀そうだけど、望んでもいない公開羞恥プレイをさせられた俺の方がもっと可哀そうだと思うんだ! それに、カカシ先生はとんでもないことを言いやがったっ。
生気の抜けた他里の忍びたちの縄を解きながら、
「と、言う訳だから、ちゃんとアンタたちの里の手配書に載せておくよーにね。名前はうみのイルカだーよ」
なにが、『と、言う訳』なんだ!? 一体何を載せてもらいたいんだっ。って、どうしてそこで俺の名前を出した!?
どこもかしこも痛く、おまけに声も枯れて、止めろという声すら出せずに寝転がった俺の前で、他里の忍びたちは一瞬俺に同情の眼差しを向けると、肩を落としてその場を去って行った。
あぁ、誰か、あいつらを殺してくれっ。それか俺を殺してくれと、そのとき一瞬本気で願ったほどだ。
ばいばーいと呑気に見送るカカシ先生へ非難を込めて睨んだのに、カカシ先生ったら、
「……なーに? オレをそんなに煽って、アンタって人は本当にいやらしい人」
と、再び襲いかかってきやがった!!
さすが上忍。精力も上忍だった。中忍とは天と地の差があることを、まさしく体に叩き込まれた。
そして、今に至る。
「まぁ、アンタの飯はそこそこ食えたけど、オレより遥かに劣るよね。ま、別にアンタの手料理で十分だけど、今日はへばってることだし、オレが作ってあげるーよ」
俺を背に負い、買い物袋も両手に下げたカカシ先生が、鼻歌を歌いだしそうな調子で嫌味ったらしく言う。
ただ今、とっても複雑な気持ちだった。この嫌味は照れ隠しだと分かるし、俺に対して好意があることだって分かっているけど、その好意の種類があんなこともできちゃう方面だったなんて…!!
斜め方向へとぶっ飛ぶ成り行きに、知恵熱が出てしまいそうだ。
俺としては、あくまでカッシーとカカシ先生は相棒で、息が合って、一緒に住んだら楽しいこと間違いない人で、楽しい時は一緒に笑って、悲しい時は一緒に泣いて、いつも寄り添って、カカシ先生が凹んでいたら俺がそんなのどってことないって笑い飛ばして、俺が凹んだ時はカカシ先生が「アンタ馬鹿ですか」って叱咤激励してくれたらいいなぁなんて、そんな関係を望……。
そこまで考えて、あれと思う。
これって世間一般でいうところの、恋人とか夫婦とか、そっち方面の在り方じゃないの? おかしい。俺はカッシーとの同居を望んでいただけだったのに。でも、単なる同居だったらそのうちカカシ先生に恋人なんか出来て、家を出ちゃうことだってあり得る訳で、そんなの絶対嫌だし認められないから、この流れは俺的においしいのではないか? でもなぁ、アレはもういい。アレはマジでいらない。あんな体験一度やったらこりごりだし、だいたいなんで俺が下なんだ。ビジュアル的に俺が上だろう。カカシ先生の方が可愛いし、きっと喘ぎ声だって、身悶える様だって絶対色っぽいだろうし、脳天くるに違いない。
「どっちの家に帰る? オレの家でもいいけど、アンタの部屋の方がアカデミーに近くて便利だーよね。オレの荷物の方が確実に少ないし、アンタが引っ越すのは大変そう。って、べ、別にアンタの心配してる訳じゃないからね! 部屋だって手狭の方が何かと便利だし、オレが行きたいから言ってる訳で。って、違うから! 手狭な方が、距離が近くなるとかそんなこと全然思ってないから! 何、言わせるのよ、馬鹿!!」
俺があまり喋らないためか、カカシ先生は一人で喋っている。ぶんぶん首を振るカカシ先生にしがみつきながら、俺は一人考えた。
目の前のカカシ先生は肌という肌が見えないが、耳はよく見える。その肌のまぁなんと白いこと。カッシー時に一緒に風呂に入った時も、カカシ先生の肌の白さとなめらかさに感嘆したもんだったけ。
少し遠くなってしまった、カッシーなカカシ先生との入浴を思い返していると、もぞりと自分の腹で何かが蠢いた。
あ、やべ、俺イケそう。ノーマルだと思っていたけど、俺イケそう。カカシ先生なら俺、抱ける自信があるッ。
新たな発見に、俺は思わず鼻息を荒げてしまう。それを何と勘違いしたのか、カカシ先生は「本当にアンタっていやらしい」とぶつくさ呟いていた。
一応、スルーしといて、俺はそうかと胸の中で喝采をあげた。
今度から俺が上になればいいんだっ。そうしたらあんな痛いんだか気持ちいいんだか、翻弄されまくって訳分からないことにならないし、俺の問題全て解決するじゃないか! 俺、上、カカシ先生、下ッッ!!
折しもよく、雲の切れ目から太陽の光が差し込み、俺を照らした。これぞ天啓! きっと神様もそうしろとおっしゃっているに違いない。
イエス! 棚から牡丹餅? 瓢箪から駒!! 俺とカカシ先生は相棒改め、生涯の伴侶となります! そして、俺が上になりますっっ。
善は急げとばかりに、俺は一人できゃっきゃとはしゃいで、周囲からドン引かれているカカシ先生の首元を思いっきり引き寄せた。
「わっ」
「カカシせんせい!」
まだ声は掠れているが、至近距離ならば十分届く。
「な、何すんのよ!」
突然抱き着かれて恥ずかしかったのか、カカシ先生の顔が真っ赤に染まる。あぁ、この反応。やっぱりカカシ先生は下になるために生まれてきた人だ。俺がしっかりしなくちゃなっ。
これからが俺たちの新しい関係の始まりだぜと、俺は振り返ったカカシ先生に宣言した。
「今度から、俺が上になります! カカシ先生は俺の下で可愛く喘いでくださいっ。相棒改め、伴侶うみのイルカ! カカシ先生を生涯愛し、幸せにしますっ」
俺的ガイ先生の笑みを目指し、白い歯を見せて輝かんばかりの笑みを浮かべた。俺の最大アプローチ! 夜毎練習してきたこの笑みに落ちないものなど誰もいない! ……初めて人に見せたけど。
カカシ先生は俺の笑みにノックアウトされたのか、言葉もなく俺を見つめている。ふ、やはりガイ先生は偉大なお人だ。
ガイ先生のおかげで、俺の人生順風満帆ですと胸の内で感謝の言葉を告げた直後、バサバサと何かが0落ちる音がした。
音がした方に顔を向ければ、俺の尻下あたりの地面に、白いビニール袋が二つ落っこちて、野菜や肉やら果物が顔を覗けていた。
食べ物を粗末に扱うんじゃないよと、できる旦那を目指して口を開けば、目の前が回った。あれと思う間もなく、真っ青な空を背景に口布を下したカカシ先生が接近してくる。
「アンタって人は…」
押し殺した声を出し、カカシ先生が俺の頬を掴んだ。
ざわりと周囲が発したどよめきを耳にした直後、俺は声にならない叫びをあげていた。
「っ、んん、んんんんん!!」
口を開けていた俺の口内に、カカシ先生の舌が突っ込んでいる。舌を突っ込めるぐらいだから、カカシ先生と俺は路上で寝転がって、ぶちゅーとぶちかましている訳で、周囲のどよめきもそりゃもっともだと思った。
って、違う違う! 何やってんの!? 何、やらかしてんの、カカシ先生っ。ここは人が行き交う天下の大通りで、子供はアカデミーに行っている時間帯だから子供の目には触れないけど、大通りにいる人々の目には晒されている訳で!!
「んっ、む、むむむ」
待て待て、止めろ止めろと、カカシ先生の髪を掴んで引っ張ってみるが、伸し掛かられ、しかも右足はギプスでがっちりと固められているから思うように抵抗できない。
そのうち、肺活量の差が如実に出たのか、酸素不足で俺は身動きすらできず、後はカカシ先生のされるがままになってしまった。
「たく、アンタって人は……」
やたら大きくため息をついて、カカシ先生の顔がようやく離れる。
白目を剥く勢いでぐったりしている俺の耳に、ぱちぱちと拍手の音が聞こえてきた。幻聴までも聞こえてきたかと、ひぃひぃ言いながら呼吸を繰り返していれば、カカシ先生は、べたべたになった俺の唇を乱雑に拭うと、再び俺を背負って歩き出した。
「忍びの兄ちゃん、えらい根性やったで!」「ナイスファイトっ」「よ、すっぽん大王っ」などと、大通りのあちこちでやんやと声を掛けられ、それをカカシ先生は「どーもー」なんて言って通り過ぎて行った。
理解不能だ。真っ昼間から男同士が濃厚キスをしでかしたのにも関わらず、何故こんなに温かい言葉が投げかけられるんだ。普通は罵声だろう。昼間から変なもん見せるなっていう怒りの声だろう。これもあれか。カカシ先生がかっこいいからか。普段ぬぼーっとしているくせに、襲い掛かる時は鷹のように鋭く勇ましくなるからか! かっこいい男は何をしても許されるっていう、理不尽極まりない現場を俺は目撃しているのか!!
こんな調子で、世間からカカシ先生が何をしても許されたら、俺の旦那人生真っ暗だ。これは何とかして阻止せねば。
主張のために大きく息を吸い込んだ、その瞬間、カカシ先生が小さな声で言ってきた。
「当たり前でショ。オレをこんなに腑抜けにした責任、アンタの人生で償ってもらうからーね。仕方ないから、オレもあんたのこと一生愛してあげるよ」
ぶっきらぼうな言葉が終わる頃には、目に見える肌という肌が紅潮していた。
どくんと鼓動が大きくなって、早くなっていく。
カッシーの時は全身で俺のことを大好きって言ってくれた。でも、カカシ先生は意地っ張りで、ほとんど憎まれ口ばかりで、あの驚き体験だってちょっと鬼畜入っていたけど、遠回しに好きって言ってくれる。素直な気持ちは言ってくれないけど、顔を真っ赤にして精一杯の好意を俺に伝えてくれる。
不器用で、分かり辛くて、でもどうにかしようと頑張るカカシ先生を、やっぱり可愛い人だと思った。
ふわぁと周りの温度が高くなったように、俺の体温も上昇する。ぽかぽか胸が温かくなって、何だか泣きたくなった。
カカシ先生の首に顔を埋めて、小さく笑う。俺はこの気持ちを知っている。嬉しいけど泣きたい感情を何と呼ぶか、俺は知っている。
「なによ」
俺が引っ付いたのが恥ずかしかったのか、それとも笑ったことに関して何か思ったのか。不機嫌に聞いてくるカカシ先生に擦り寄って、俺は笑った。
「べーつに。なんか、好きだなぁって改めて思っただけですよ」
俺の好きな気持ちは、だいぶ前からカカシ先生と同じ方向に向いていたようだ。
今思えば、川原で襲われた時だって、カカシ先生じゃない奴だったら舌を噛み切っていたんじゃないかと思う。抵抗はそれなりにしたけど、結局、受け入れている時点で、もう俺はカカシ先生を生涯の伴侶だと決めていた訳だ。
今になって分かる自分の気持ちが、我ながら鈍くて笑ってしまう。川原の時に気付いていたら、もっと気持ちよくなれたのかなと思うから、俺も即物的だなと吐息をついた。
でも、今度から俺が上だけどね!
確固たる決意を胸に掲げ、この足が治った暁には俺から襲いかかってやると狼気分で思っていたのに。
「――風呂と飯は、後でいいね」
脈絡もなく放たれた言葉に気を取られていると、周りの風景が一瞬で変わった。
「うわっ」
背中を包む柔らかい感触に驚く暇もなく、ごとごとと何かが落ちる音が響いた。上半身を軽く起こせば、目の前でカカシ先生が額当てを外し、ベストのチャックを下ろしている。
「こ、ここどこですか?」
聞くことは他にあったのに、土足のままの自分が気がかりで、足を上げる。
俺が寝転がっているのは、見知らぬベッドで、横に置かれてあるサイドボードには何かが立てかけられている。形からして写真立てのようだが、俺の角度からでは何が映っているのか見えなかった。
「オレの部屋」
短く返答され、それに応える間もなくカカシ先生が接近してくる。いつの間に脱いだのか、上半身裸だった。
ベッドの上で裸となれば、その先に待ち構えているものが何なのか、いくら鈍い俺でも分かる。
断固拒否と口を開ける前に、カカシ先生の手が俺の足首を掴み、突如左右に開いた。
「わぁぁぁぁ、何してんすか、何してんすか!!」
そのまま足の間に入ってくるカカシ先生の傍若無人ぶりに、顔が青くなる。後ろに逃げようとしたけど、時すでに遅く、俺の足はカカシ先生の肩に担ぎあげられ、腿のあたりを手で押さえられた。
「今日は止めたげようと思ったのに、本当にアンタっていやらしい」
にやりと笑んだカカシ先生にデジャブを覚える。これはあれだ。河原で俺を翻弄した時の……。
思い出して、総毛立つ。今もまだ腰が重痛くて、体の節々が痛いというのに、再びあれと同じことをされるのかと思うと、二日の謹慎じゃ到底足りない。
「いやいやいや! 俺、いやらしくありませんし、今日は無理です、無理!!だいたい俺を襲って何が楽しいんですか!? さっきも言いましたけど、今度から俺がカカシ先生を抱くんですっ。俺がカカシ先生を襲うんです! 役どころを間違えちゃいけませんッッ」
ノーモア、ノーアンダーと、五指を広げて拒否すれば、カカシ先生の表情が変わった。今まで恐怖しか感じない笑みを浮かべていたけど、途端に無表情になり、全く感情が見えなくなる。
これは熟考タイムに入ったかと、話を聞いてくれそうなカカシ先生に諸手をあげて喜んだのもつかの間、カカシ先生はふふふと肩を震わせるなり、声をあげて笑い始めた。
俺を見つめたまま、息継ぎもせずに笑う様は異様すぎて恐い。しかも、声は笑っているのに、目がちっとも笑ってない。恐いもの見たさで瞳の奥を覗いてみれば、ぎらりとしたものが見え隠れする。
とにかく激しい感情が渦巻いているのは確かだ。でも、ポジティブシンキングで俺は笑った。
「カカシ先生、喜んでいるんですね!」
やった、俺たち夜の生活もバッチリですねと親指を立てれば、違うと即否定された。
「アンタ、本気で言ってんの? アンタほど受け身が似合う男はそうはいないよ」
オレがその気になるくらいなんだからと、その判断基準おかしくね理論を展開したカカシ先生に、俺も負けじと言い張る。
「何を言ってるんですか! 俺は、この世に生を受けて以来、男に襲われるなんて経験したのはカカシ先生が初めてですよっ。だいたいカカシ先生の方が美人だし色白だし、声も色っぽい癖して、下じゃない方があり得ませんッ。カカシ先生、戦場では引く手数多だったんでしょ?! 隠しても分かるんですからっ」
幼い頃はさぞかし難儀だったろうと頷いていれば、カカシ先生は鼻で笑った。
「確かに妙な色目使う輩はごまんといましたけどね。そんなもん半殺しにするに決まってるでショ。気色悪い。上も下も拒否したよ」
在りし日を思い出したのか、顔を顰めるカカシ先生に、攻め時はここだと切り込む。
「だったら、俺が上でもいいじゃないですか! 上が嫌なら、俺が喜んで上になりますッ」
「なんで、そんなことになるのよ! いい? アンタ、あれだけあんあんあんあん気持ちよさそうに鳴いてたくせに、今さら上やりたいなんて頭悪いんじゃない!?」
「ち、違いますよ! あれは、不測の事態で寝耳に水で、本調子じゃなかったせいです! だいたい俺は人前であんないかがわしいことするような趣味持ってませんからッ」
「うっそー。よく言うよ。見られて興奮して、アンタ、初めての癖してオレの上にまたがって自分から」
「あーあーあー!! それ以上は聞きません、聞こえません。あの日の俺は何か性質の悪いものに取り憑かれていたんです! 本当の俺はもっと男らしいんですっ。とにかく、俺がカカシ先生を抱いたっていいじゃないですかッ。俺だって男なんです。好きな人のことを抱きたいんですっ」
話は終わりだ、次は俺が抱くと真正面から宣言する。
カカシ先生は何かを言おうと口を開きかけたけど、口を閉じるや、ふーんと小さく鼻を鳴らした。
「確かにアンタも男だし、抱きたいって気持ちは、まぁ分からなくもないけーどね」
譲歩を見せたカカシ先生に、気分が上向く。さすが、カカシ先生。懐深いのも上忍の証ですよね!
俺の傷が癒える頃に、がっつり挑みあいましょうと約束を取り付けようとすれば、カカシ先生は「でも」と付け足した。
「オレ、イルカ先生に面倒見てもらったとき犬だったじゃない。そのときにね、関係性が定まっちゃったみたいなーのよね」
関係性?
どういう話に繋がるのか、見えなかった。眉根を寄せていれば、カカシ先生の指先が腿から内股の際どいところまでをなぞってくる。
悪寒とは違うおぞけに襲われ、慌てて両手で指を掴む。カカシ先生はぐっと前に身を乗り出して、顔を近付けてきた。
「ねぇ、知ってる? 犬って階級制なわけ。犬のオレはアンタにどういう態度を取ってた? そのときアンタはどうしてた?」
問われてカッシーとの日々を思い出した。
カッシーはいつも俺の側にいたがり、飛びついては俺の体に手を置いていた。時々興奮しすぎて、押し倒されることもあったけど、じゃれているんだと思っていたから笑って頭を撫でていたっけ。
そのことを正直に告げれば、カカシ先生の笑みが嫌な感じで濃くなった。
「やっぱり。アンタそれね、オレの上位を自ら認めてんのよ。圧し掛かられても抵抗せずに、そればかりか頭を撫でて褒めるなーんて、ねぇ。自分は下位のもので、オレが上だって、犬のオレに躾ていたの」
「は?」
なんだ。つまり、それはどういうことだ?
見えそうで見えなくて顔を顰めていると、カカシ先生は俺が掴んでいた指を口元に運ぶなり、軽く噛みついてきた。
「オレが上。アンタが下。そうやってアンタに躾られたんだから、仕方ないでショ」
カカシ先生の言葉に、まさかと呻く。カッシーに対して、主導権を握らず盲目的に可愛がったせいで、カカシ先生は俺を下にしか見られなくなったというのか!? だから、俺に抱かれる側でいろと言ってんのか!
何だそれと非難の声を出そうとすれば、それより早く手の平で口を塞がれた。それでも、くぐもった声で文句を言う。手の平に感じる呼気がくすぐったいのか、カカシ先生は微かに肩を震わせ、目を細めた。
「アンタの躾方が悪かったんだから、自業自得。もう、黙りなよ。だいたいアンタのその掠れた声、いちいち腰に響いてヤバイんだーよね。ホント、アンタっていやらしい人」
そう言いながら、薄く長い舌が唇を舐める。
唾液に濡れて、赤く発色する唇の色といい、見下ろしてくる瞳の色香といい、むんむんと溢れ出る色男の空気に飲み込まれ、体温が一気にあがる。
そういう仕草するあんたの方がよっぽどエロいんだよと叫んだ声は、果たして届いていたのか。
圧し掛かられ、再び好き勝手にされた俺には最後まで分からなかった。
自分が攻めだと信じて疑わない、イルカ先生が大好きです!!
でも、結局はカカイルに落ち着くといい(//口//)