「アンタ、自分でヤバいと思わない訳?」
「ほーんと、狂い具合に磨きがかかってるわ」
両脇から顔を出した、妖怪と甘党お化けの顔を押し退け、俺は唸る。
「うるさい。お前ら、邪魔邪魔っ。大人しく魔界にお帰りなさい」
人の世に迷い出てくるんじゃないよと、しっしっと手を振るが、妖怪どもは帰ろうとはしない。そればかりか、腰を下ろして話し始めた。






「あっらー。ホント、見ない内に色気出てきたわよねぇ」
「一体、どこの誰が、純朴青年を夜の蝶へと変えたのかしらねぇー」
「ホントー。どこの誰かしらねー」
これ見よがしの視線がうるさい。
徹底的に無視していれば、姦しい魔物どもは口を閉じることを知らないように喋りたてた。
「こりゃ、いけないお兄さんやお姉さんたちがちょっかい出したくなる気持ちも分かるわー」
すっごく美味しそうだものと爆弾発言をかましたアンコに、目を見開く。お前にはイビキという名の甘味がいるだろう?!
浮気はいかんと視線を飛ばせば、「狂人、こっち向くな」と、名の通りの息を吹き付けてきやがった。
あぁ、もー! マジで邪魔ッッ。






嫌がらせをして何が楽しいんだと、鋭い視線を放てば、妖怪こと紅は自慢の髪を指に巻き付け、ため息を吐く。
「あんた、大バカでしょ。自分で原因作った癖して、する事といったら、こうして影ながらの護衛って。責任取るなら、正面切ってしなさい」
「そーだそーだ」と一言も思っていない癖に、はやし立てるアンコがうるさい。
「護衛? だーれが、だーれの護衛してるって言うんだーよ。俺は単に昼寝しようと思っただけだってーの」
君たち邪魔だよと二人を蹴落とす勢いで、幹に背中を付けたとき、あっと小さく声があがった。






「やだ、あれって両刀で有名な」
不穏な言葉に体を起こせば、視線の先のイルカ先生は同僚と仲良く歓談中だ。
受付はどうも暇なようで、イルカ先生の隣の同僚は何かを告げて、席を立った。
「カカシー。あんた、素直に認めちゃいなよ」
「…一体、何言ってんのか、わかーんないよ。俺は昼寝しに来たの。誰がもさい中忍の護衛するかってーの」
あくまで体を起こしたのは、伸びをするためですよとアピールしつつ、俺は優雅に足を組んで幹にもたれ掛かる。
「ふーん、そうなの」
「苦しい言い訳よねー。アンタ、それでも上忍?」
四つの目がこちらに向いたが、我関せずで目を閉じる。
魔界の生き物はまだここを去らないらしい。
熊といい、何てもの好きなんだと嫌気が差す。







「紅、あれどう思う? 私は50点。押し強すぎ、雰囲気なさすぎ、下心見えすぎ」
「結構厳しいのね。私は60点ってとこ。カカシよりもストレートで、まぁ好感持てるわ」
「あぁ、ここの狂人は5点だもんね」と、当てつけのように点数を口に出す二人に眉根が寄る。
あからさまな点数付けは、本人のいないところで話せと、口を開こうとして、一体何の話をしているのだと目を開いた。
「おっとー。ここで肩に手を置くかー。いきなりすぎて減点10」
「そう? 軽いボディタッチは好感度アップよ」
片や拳を握りしめ、片や顎に手を置く。
その視線の先には、受付任務をしているイルカ先生と、任務帰りの忍びがいる。
こともあろうにその忍びは、馴れ馴れしくもイルカ先生の肩に手を置き、耳打ちするかのように唇を耳に寄せていた。







ふざけるなとばかりに立ち上がる。
後ろポケットに突っ込んでいた報告書を手に握りしめ、木から飛び降りた。
イルカ先生の受付任務が終わる頃に出す予定だったが、緊急事態だ。
「カカシー、野暮なことすんじゃないよ」
「昼寝が聞いて呆れるわー」
頭上から降ってくる声は聞かなかったことにして、俺は大急ぎで受付所まで駆けた。







「こんにちは、イルカ先生」
がらりと極力音を最大限に出して戸を開け、未だに身を寄せ合っている二人に牽制の声をかける。
「よ、カカシ」
「こ、こんにちは、カカシ先生」
俺を見るなりイルカ先生の顔に緊張の色が走った。急におどおどし始めたイルカ先生に気づかぬ振りをして、俺は笑いながら近づく。
「いや〜、参っちゃいましたよ。今日のナルトたちの任務の最中、通り雨に遭いましてね。子供たちは文句言うし、俺だって雨嫌いだっていうのに、散々でした」
「おまえ。その任務、昨日もらってなかったか? ガキの引率でなんでそんな時間かかってんだよ」
横から何か言ってくる顔見知りの上忍の言葉を無視し、肘で押しやり、イルカ先生との距離を開ける。
「お、お疲れさまです! 報告書をいただきます」
若干固い表情だが、笑みを浮かべた先生に、こちらも笑みを返して報告書を手渡す。
手渡す際、偶然を装って先生の指先を掴めば、先生の体は硬直し、見る間に変化が表れた。






瞳は潤み、顔に朱が差す。固かった表情に戸惑いの感情が浮かび上がる。
軽く眉を潜めて上目遣いで、こちらを見上げてきた先生は、一瞬、昨日の夜を思い出させた。
快感に震え、それでも羞恥を忘れられずに、俺を見上げた先生。
最後には快楽に負けて、「触ってほしい」と震える声で懇願したっけ。
ぞくりと背筋に震えが走る。
知らずわいてきた生唾を飲み下しながら、報告書に集中しようとする先生の耳元へ囁く。
「ねぇ、せんせ。今晩も、一緒しない?」
わざと具体的な言葉を使わず誘えば、あからさまに動揺した。ダメだねぇ、先生。忍びは自分の感情を隠してなんぼでショ?
「え、あの、その…」
深く俯き、耳まで真っ赤にさせてどもる先生が可愛い。小刻みに震えだした指先を見つけて、偶然を装って触ろうとすれば、
「お、いいねー。おれも一緒に混ぜてくれよ」
と、空気の読めない男が横から口を挟んでくる。
冗談じゃないよと、眼差しに拒否を込めようとした瞬間、先生が椅子をひっくり返す勢いで立ち上がった。






「ぜひ、柳上忍もいらしてください!!」
真っ赤な顔で勢いよく先生が叫ぶ。
「お、話分かるな〜、うみの!」
イルカ先生の言葉を真に受け、柳リュウが簡単に了承する。
「じゃ、あたしもあたしも〜」
「場所は酒酒屋でいいわよね」
窓から乱入した妖怪どもが、すかさず口を挟み、リュウが歓声をあげた。
呆然とする俺をおいて、話はどんどん進んでいく。
周りを取り囲む妖怪どもの言葉にも無心に頷き、イルカ先生はリュウに肩を組まれつつ、ようやく我に返ったように俺へと視線を向けた。
「カ、カカシ先生。あの、今日はみんなで一緒に飲みません、か?」
おどおどと瞳を揺らせて、申し訳なさそうに、それでも俺と一緒に飲みたいと可愛くお願いしてきた先生の言葉を誰が断れるだろうか。
「……はい」
ひきつった笑みで俺は笑った。








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切りが悪くてすいません。うーん。進まない…。







君がいる世界 22