「柳とは、どういう関係なのよ?」
頬を赤らめ、肩で何度も呼吸を繰り返す先生を見下ろし、冷たい声音で尋ねた。
涙の膜が張った先生の瞳が、訝しげに細められる。
何を言っているか分からないと潜まれた眉を見て、とぼける気かと後ろに潜ませた指を大きく動かした。
「っ、や、やめ!!」
力なくシーツに縋っていた手が俺の腕にかかり、抗うように爪を立てるが、快楽でぐずぐずになった体は、まるで力が入っていなかった。
先生と一緒に何度も絶頂を迎えたあの夜以降、俺は先生に手を出さずにはいられなくなった。
任務がある夜以外は毎晩。
寝入った先生を誑かし、共に果てることを望んだ。そして朝には夢だと思いこませた。
最後の一線は越えていない。
お互いのものを握り吐き出させ、少し後ろの味を教え込んだだけ。
「カカ、せんせ!!」
後ろをいじると先生は必ず泣いて嫌がった。
慣れない快楽が恐ろしいのか。
それでも、先生の感じる場所を狙って指を動かせば、体は敏感に反応する。
声を抑えられず切れ切れに泣く様は艶めかしく、翻弄している事実に、気持ちが昂ぶる。
何も知らぬ体に、快楽を植え付けたのは俺だ。
乾く唇を舌で湿らせ、泣き濡れる先生を見下ろす。
この中に己のものを突き挿れたら、どれほどの快楽を味わえるだろうか。
痛みと快楽で顔を歪ませながら、それでも俺だけを見つめる先生を揺さぶり、その奥深く、自分の証を注ぎ込むことができれば、先生は俺だけの物になるだろうか。
潤滑剤として使った傷薬の軟膏が、指を動かす度にぐちゃぐちゃと卑猥な音を立てる。
「や、めっ」
合間に聞こえる先生の声に煽られながらも、危機感を告げる声は俺の奥底に常に響いている。
一線を越えてしまえば、それこそこの関係は破綻するだろう。そして、先生は二度と俺に笑いかけてくれなくなる。
瞬間、ひやりとした刃物を突き立てられた気がした。
膿んでいた頭には十分すぎるほどの冷気に後押しされ、己の欲をねじ伏せる。
動かしていた指を止めれば、先生の瞳に溜まっていた涙が大きな粒を作って頬に流れた。
「っ、ぁ」
先生はまだ後ろだけではイクことができない。
震えながら、絶頂を待ちわびている先生のものに軽く触れれば、びくびくと波打った。だが、ここで果てさせる訳にはいかない。
吐き出そうとする根本を指で押さえ、せき止める。
先生の顔が苦痛に歪んだ。俺を見上げた視線には懇願の色が混じる。
揺らめく瞳はすでに快楽に溺れていた。
始めこそ、俺の悪戯というには可愛くない行為に、暴れては非難の声をあげていたが、後ろの味を覚えた今では懇願の目を向ける回数が多くなった。
先生の従順さが、嗜虐心を擽る。
乾く唇を舐め、暴走しそうな感情を宥める。
「言って。柳とはどういう関係?」
「かん、けいって」
先生の顔が歪む。訳が分からないと瞳に浮かべた涙をこぼしながら、先生は声を振り絞った。
「く、れない先生と、アンコさんが、橋渡ししてやってくれって…。俺のアカデミーの同僚に、気になってる子がいるからって。それで、話とか、色々」
先生の言葉に目が見開いた。
全く思いもつかなかったことに、情けないやら呆れるやら。
思わず突っ伏したくなる衝動を押さえつけ、胸中で悔恨の息を吐く。
まんまと、してやられた。
あの化け物どもめと悪態をつけば、脳裏に妖怪と甘味が高笑いしている様が浮かんだ。今頃、さぞかしご満悦に、俺を酒の肴にほくそ笑んでいることだろう。
「カ、カカシ先生…」
窺うように名を呼ばれ、視線を下ろせば、イルカ先生は少しおびえた表情で俺を見つめていた。
前に、俺より先に根を上げ、もう嫌だと本気で抵抗してきた先生が許せなくて、先生のものをせき止めたまま後ろをいじりまくったり、結んだりして先にいかせないようにしたことがある。
そのときの先生は最高に可愛かったけど、虐めすぎたせいか、後日、俺が先生のものを触るとなかなか元気にならなくなったことがあった。
「ごめーんね。俺の勘違い」
怖がることはしないよと、震えている瞼に口づけを降らせば、先生は戸惑うように微笑んだ。
その笑みに心臓が一つ跳ねる。
――何も分かってない癖に。
仕方ないと頭で分かっていても、苦々しい感情が浮かぶ。
夢だと思いこませたのも俺なら、勝手に勘違いしたのも俺だ。
俺の気持ちを理解してもらいたいなら、先生に一言だけ告げればいい。
ビジンは俺だと。
はたけカカシなのだと。
「? カカシ、先生?」
不思議そうな顔をして、先生が手を伸ばす。頬に触れた指先を掴み、唇をすり寄せた。
ダメだ。それだけは、ダメだ。
真実を知れば、先生は俺を責めるだろう。卑怯者と詰るだろう。
それに何より、俺の側にいては――。
「カカシ先生!」
首に手を回され、胸に引き込まれた。肩を痛いくらいに抱かれて、戸惑った。
うっすらと汗の掻く先生の首筋に顔を埋め、身動きせずにいると、先生は押し殺した声で言った。
「俺の…せいですね」
何がと思う。
言っている意味が分からなくて、無言を通していれば、先生は弱々しい声をあげた。
「俺が馬鹿なことを望んでいるから、あんたはつらそうな顔をする。こんなこといけないって分かってるのに、俺はあんたを解放してやれない」
すいませんと、吐息のような謝罪が聞こえて、顔を上げた。
首にかかっていた手はあっけなく外れ、先生の顔を見下ろすことができる。
せき止めていたものは、すでに力を失っている。
先生の顔には理性が戻り、痛々しく表情が歪んでいた。
この夜の行い全てが夢だと思っている先生は、俺の行動も感情も、全て、イルカ先生の望んだものだと信じている。
俺が何を言っても通じない。
俺が感情をぶつけても、分かってくれない。
だって今の俺は、イルカ先生の夢の中の住人だから。
「――ごめん、萎えたね。お詫びに、イカせてあげるよ」
今の現実を眼前に突きつけられた気がして、少し声が震えた。
訝しげな顔をする先生に、固まった頬を何とか動かし笑みを見せる。
「カカシ先生?」
声を振り切り、下へ移動する。首筋を啄み、鎖骨をかじり、まだ快感を拾えない乳首に口づけて、鍛えられた腹筋を舐める。
上から驚く気配がしたが、構わず目的のものを口に含んだ。
「っ、カ、カカシ先生、やめっ!!」
身じろぐ気配に、後ろに潜り込ませていた指を思い切り引き抜く。
「あ、」
小さな声を上げ、後ろに気をやる先生。
その隙を見逃さず、唇を窄めて、抜き差しを繰り返した。
「や、っ、きたない、ですって! カカシ先生、やめてくださっ」
拒む声とは裏腹に、先生の声に甘い響きが入り、徐々に口に含んだ物にも芯が通っていく。
後ろへの愛撫も忘れずに、しつこく先生の感じる場所を触っていれば、顔を挟んでいた太股がふるふると震え始める。髪を掴んでいた手から力が抜けることを感じながら、終わりは近いと動きを早くした。
「あ、あっ、カカ…!」
髪を振り乱して、イルカ先生が悲鳴をあげる。
射精をこらえようとしているのだろう。
後ろをいじっている手を止めれば、薄く開かれた瞳が俺を見下ろした。
にやりと見せつけるように笑って、先生の先端に尖らせた舌を押しつけ、思い切り吸った。
******
「う、うわぁぁぁぁぁぁ!!!!」
素っ頓狂な声と同時に、先生の上半身がバネ仕掛けのおもちゃのように飛び起きた。
毎度恒例となった朝の風景。
イルカ先生は、ぱたぱたと自分の体を叩き、最後にズボンのゴムを引っ張り、中を確認する。そして――。
「……ゆ、夢か…」
口を押さえ、先生は毎度決まった言葉を呻く。
俺はといえば、軽く尻尾を上下に振りながら先生を見守るのが日課だ。
それから先生は「うがぁぁぁぁ」と叫ぶなり、布団に突っ伏して、ぶつぶつと独り言を繰り返し、「忘れろ、忘れろ」と言い聞かせている。
チュチュチュっと、いつもの雀が屋根を踏む音を聞いて、そろそろ起きる時間だと伸びをする。
「にゃにゃ」
先生、遅れるよ。
まだ布団に顔を埋め、頭を抱えている先生に呼びかければ、突如顔を上げるなり、先生は泣きそうな顔で俺を見詰めた。
「…ビジン……」
な、何よ…。
先生が本気で困っているのを感じ、居心地悪くて俺はつい目を逸らす。それが気に食わなかったのか、先生は俺の肩を持ち前後に揺さぶった。
「どうしよう、どうしよう、ビジン!! 俺はこの状態で、カカシ先生の顔を見る自信がねーよッッ。あ、あんなっ、あんな!!」
息を飲み込み、先生の口が閉じる。そして、何を思い出したのか、先生の顔は見る間に真っ赤になっていき、頭を抱えた。
「うわああぁぁぁ、受付任務行きたくねぇーッ」
泣き事を言う先生の傍らで、俺はほんの少し、暗い喜びを見出していた。
先生が任務に徹しきれない存在である、俺。
受付所に俺が入った瞬間、先生の感覚が全て俺に向かう。俺が来るまで普通にこなしていた受付任務が上の空になり、失敗が増える。
任務をこなそうとする姿勢と、それでも俺が気になって気配を追ってしまう先生の葛藤を感じることが好きだった。
受付の同僚に叱られ、凹む先生を見ながらも、止められない。
朝一から受付に入る時、必要以上に先生へ淫らな行いをしてしまうのは、俺に翻弄されている姿をもっと見たいせいだろう。
随分とひどいことをすると己を笑う。
けれど、ちっとも止める気にならないのは、それだけあの夢が現実であることを感じたいからに違いない。
うんうんと、まだ唸っている先生を見詰め、「ごめーんね」と心の中で呟く。
けれど、その俺の行いは手痛いしっぺ返しとなって、己の身に振りかかった。
******
「に、任務、お、おつかれさ…ま、でした」
満面の笑みで報告書を手渡せば、イルカ先生は目を左右に泳がせ、誰が見ても分かるほどに動揺した素振りで、顔を俯けてしまった。
耳まで真っ赤にして、緊張か羞恥か、それとも今朝の夢の快楽を思い出さないように叱責しているのか、小刻みに肩を震わせ、先生は必死に報告書を読もうと足掻いていた。
顔を俯けているせいで、うなじが目前に晒される。赤く染まっているうなじに生える産毛をそっと手で触れてみたいなと思っていれば、隣に座る鋭角顔の受付員が厳しい顔を見せた。
「…おい、イルカ。はたけ上忍に失礼だぞ」
小声で叱責する言葉に、先生の肩が跳ねる。報告書を辿っていた指先が握りしめられ、声を出さずに何度も頷いていた。
先生、かーわいそ。
開閉を繰り返す両手を見詰め、小さく嗤う。
報告書まで読めなくなった先生の慌てぶりに、心が満足感で満たされた。
「いいーよ。イルカ先生、きっとお疲れなんでショ? ゆっくりでいいから、ね?」
あくまで優しく、人のいい上忍ぶって、俯いている先生の肩に手を回した。びくりと体が小さく跳ね、震えが大きくなる。触れた肩は信じられないほど熱くなっていた。
間違いなく、今朝のことを思い出している先生に、嗜虐心が擽られる。
「焦らないで、ね?」
露わになっている耳元に囁く振りをして、掠めるように触れた。
触れたかどうか分からない一瞬の口付け。
けれど、俺に全神経が向いている先生には分かるそれ。
「っ……!!」
電気が走ったかのように、先生の顔が起き上がる。
その反応に嗤いながら、ゆっくりと真正面から先生の顔を覗きこんだ。
思わず上がりそうになった声を防ぐためか、先生が口元で手を押さえている。眉は切なく寄せられ、黒曜石のように艶やかな瞳は潤み、泣きそうな顔を晒していた。
エロいねぇ、あんた。
俺に欲情していることを隠しもしないその表情に、背筋がざわめく。
後ろには順番を待つ奴もいるだろうに、今、先生は俺に囚われ、俺だけを見詰めている。
今は見えないその唇を、俺ので塞いでやったら、イルカ先生泣いちゃうかな?
それとも、貪ってくれる?
触発されるように膨れ上がる欲望を噛み殺す。
そんなことをしたらどうなるか。きっと最後まで望んでしまう。
「大丈夫ですか?」と空気を一新する勢いで、白々しく声をあげようとすれば、後ろからごくりと小さな音が聞こえた。
嫌な予感がして、軽く後ろを振り向けば、後ろに列を作っている忍びどもの目はイルカ先生に向けられていた。
顔を赤くして目を逸らす者もいれば、ちらちらと窺うように見詰める者いる。中には、先生の色気に当てられ、欲の入った目をした者もいた。
舌打ちをつき、殺気を放った。
「……イルカ先生、気分が優れないみたいなの。悪いけど、他所に移ってくれる?」
顎をしゃくれば、夢から覚めたような顔をして、背後の列が乱れ始める。
動揺している忍びたちに、忌々しさを覚える。
調子に乗ってやり過ぎた。先生のあの顔は俺だけが知っていれば良かったのに。
「なーにを抜かし取る、この戯け者が」
今のことは忘れろと殺気を強めれば、横合いから脳天めがけて衝撃が走った。
強烈な痛みに、思わず頭を抱えてしゃがみ込む。
「さ、三代目!!」
一体誰だと顔を上げるよりも先に、イルカ先生の慌てた声が聞こえた。
「人が減らんと思えば、何じゃ、カカシの奴が邪魔をしとったのか。そんなに暇しとるなら任務をやる。行って来い」
顔を上げると同時に突き出される、Bと書かれた任務書。
今し方帰って来たというのに、あんまりだと口を挟もうとすれば、狸爺は狡猾な笑みを浮かべて一言言った。
「素直に受け取れば、今日はそれで許してやろうと言うておる」
どこから見ていたのか。
先生にちょっかいを出すなと無言の圧力をかけてくる、狸爺に歯噛みしかできない。
本当にイルカ先生ってば、三代目に目をかけられてんのね!! いや、孫可愛がり?
「さ、三代目! 違うんです、それは俺が悪いんですっ。カカ…はたけ上忍は俺のことを気遣ってくださっただけで!!」
椅子から立ち、俺を庇ってくれる先生に、きゅんと胸が締め付けられる。だが、そのことが一層気に触ったらしい。
「行け、カカシ。火影命令じゃ」
伝家の宝刀をあっさりと持ち出し、俺は受付所から叩きだされた。
受付所からでる間際、「三代目!」と泣きそうな声で言い募ってくれた先生に、少し心が慰められた。
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24へ
予定していたよりも、イルカ先生を弄ってしまった…。
た、楽しかったんだ……orz
そして、次は少し暴力表現入ります。