きっと明日は幸せ 2

時は遡ること、二週間前。

元生徒たちが無事下忍として認められ、その上につく上忍師の人たちがわざわざ元担任の俺に挨拶をしに来てくれた時の話になる。


ちょうどそのときの俺は、臨時で入っていた受付任務を正規配属されることになったことや、新しいクラスを迎える準備と、近々控えている試験作成、卒業していった生徒たちの資料を作っていた時期で、かなり慌しかった。


こちらから挨拶に行こう行こうと思っていた矢先、上忍師の方々が来てくれたのは、俺が受付任務をしている時だった。



「よぉ、イルカ。今回はオメーの生徒だってな。まぁ、よろしく頼むぜ」
人がまばらになった頃を見計らい、俺に声をかけてくれたのは、三年前から上忍師になった猿飛アスマ先生だ。
俺の同僚の生徒を受け持っていた縁で、色々と話すようになった。
立派な髭と厳つい顔が目に付き、始めこそ怖い人かと思っていたが、実は面倒見が良くて優しい人だった。
口癖が「面倒くせぇ」なのに、面倒見がいいというところに人の良さが表れていると思う。


「こちらこそよろしくお願いします」とお辞儀をしたところで、アスマ先生の巨漢からひょっこり顔を出した顔馴染みに俺は破顔した。
「久しぶり、イルカ。今日から私も上忍師よ、よろしくね」
夕日 紅さん。中忍時代、任務先でよくはち会っていた、昔なじみだ。
外見の美貌とは裏腹に親父臭い一面が多々あり、そこに受けた俺と、紅さん曰く、『忍にあるまじき人の良さがあるあんたをほっとけない』と、俺の何かが紅さんの姉御センサーに引っかかって以来、懇意にしてもらっている。
年も三つ上だったから、俺にとって頼れる姉貴のような存在の人だ。


「紅さ…、紅先生、お久しぶりです。よろしくお願いします。俺の自慢の生徒たちですから、期待してくださっていいですよ」
にっかと笑って言えば、「強く出たな」と紅先生が挑戦的な笑みを浮かべた。


久しぶりに会う紅先生に、上忍師一同と懇親会を開くと強引に誘われて、今晩の残業時間を奪われるのは困ると慌てた俺と、紅先生を宥めるアスマ先生とで他愛無いじゃれ合いをしていた時、その人が現れた。


「あの〜」


間延びした声に声を掛けられ、新任の上忍師だと気付いた俺は振り仰いだ瞬間、言葉を失った。

なんていうか、すごい衝撃だったことは覚えている。よく一目惚れをしたら雷に打たれるっていう表現が使われるが、本当だったのだと身をもって体験した。


それから、まぁ、なんというか、公開プロポーズに加えて、瞬殺されたわけだが…。


後から知ったんだが、その人は写輪眼のカカシなんて呼ばれる、ビンゴブックにも常連の凄腕の生きた伝説な人で、そのネームバリューは並大抵のものじゃなかった。
そのすごい人に俺がプロポーズなんてものをしちまったから、翌朝には俺は、『身の程知らずのホモ中忍』なんていう何とも情けない呼称で呼ばれることになった。


どこへ行っても、『ホモ』『ホモ』『ホモ』と呼ばれ続ける毎日。
確かに俺が一目惚れした人は男だったが、俺は決してホモなんかじゃねぇ!! あの人だけ限定でホモになるんだと、俺を変な目で見つめる同僚たちの前で叫んだら、何故か同僚たちは俺の肩を叩き、目元を拭う仕草を見せ付けられた。


悪かったな! どう足掻いたって、俺はホモだよ!! 信じられないけど、ホモだったんだよ!!
と、涙混じりに逆切れした俺に、同僚たちは独特な手法で慰めてくれた。
『ホモだって人間だ! オレに懸想しなければ、それでいい!! オレはお前を応援してるぞッッ』
そうだそうだとやんやと囃し立てられ、その日から同僚たちだけは俺を変な目で見るようなことはなかったが、失恋したのに応援してるって、お前らは俺に何を期待してんだ…。





まぁ、そんなこんなで、失恋した哀れな俺から『ホモ』なんていう屈辱的な二つ名が取れるのも時間の問題だろうと予測した俺に、たった一つだけ誤算が生じた。



俺の一目惚れをした恋しい人、はたけカカシは、俺のプロポーズを断った日を境に、何故か、俺に懐き始めたのだった。


『イルカ先生』『イルカ先生』と母犬にじゃれる子犬のような無邪気さで懐かれ、何処に行くでも後ろをつき歩きたがり、食事するのも一緒、帰るのも一緒。
終いには、任務のない日は、俺の部屋で夕食を食べに帰り、しばらく寛いでは、花街に行き、翌朝には再び『イルカ先生』『イルカ先生』と擦り寄ってくる行動パターンが定着してしまった。


最近では俺の部屋に、ちらほらとカカシ先生の私物が置かれている。
歯ブラシはまだだが、あの肌身離さず持っていたイチャパラを置いていく辺り、歯ブラシやパジャマも時間の問題のようで、俺はただならぬ危機感を抱いている。


きっぱりと俺を拒絶した、恋しい男が何故か俺を慕ってくる。しかも、色恋ではなく、友達か家族のような感覚で。


………これってあんまりじゃねぇ? 


鴨が葱背負って歩いてきているのに手を出せない辛さに、日々悶々とした思いを抱える俺を、更に追い討ちをかけるかのように、噂も決してなくなるようなことはなかった。


はたけカカシは言うなれば、里を担う稼ぎ頭、出世筆頭、エリート、元暗部で、おまけに素顔は超美形の、高嶺の花。
つまりは玉の輿で、有名人で、世の男性の憧れで、世の女性たちの抱かれたい男ナンバー1なわけだ。


そんな人がホモの俺なんかに懐いてしまったっていうことで、まぁ、周りは大騒ぎ。
妬み、嫉妬、ひそみ、怒り、悲しみ、失望、嘆き、怨嗟などなどなど、ありとあらゆる負の感情が俺を取り巻いている。



うみのイルカ、26才。



これから先、里の同胞に寝首を掻かれないか、時々悪夢にうなされています。






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