きっと明日は幸せ 4
心で叫んだものの、体は冷静さを失っている。
ずくりと覚えのある感覚に気付いて、俺はひぃぃいぃと再び心のうちで絶叫した。
待て待て、俺! 抜いたのいつだ? いつ、抜いた!!
己の夜の生活を振り返り、ますます絶望に駆られる。
カカシ先生が家に来るようになってからというもの、『さっきまでそこにいた相手に欲情するなんて駄目だッ、そんなのカカシ先生を陵辱してるようなもんだッッ』という、自分でも良く分からない潔癖な自分に囚われ、ずっとご無沙汰だったことに気付く。自分で抜くことすらやっていない。
いやぁぁ、まずい。こいつはまずい。絶対にまずい!!
ひぃぃぃと声にならない悲鳴をあげつつ、勝手に動き出そうとする手を握り締め、視姦する己の不届きな目を他所に走らせようと死に物狂いで格闘していれば、不意にすべらかな感触が俺の手を握った。
まさかと思う展開に、先ほどの苦労も忘れて視線を戻せば、そこには額宛を外したカカシ先生が俺をじっと見つめていた。
「溜まってるんでしょ。相手してあげようか?」
「………え…?」
言葉の意味が理解できず、口布を下げる動作をただ見つめていれば、薄い唇を皮肉げに歪ませ、笑みを作ったカカシ先生が何でもないことのように言った。
「オレ見て、欲情したんでしょ? 慣れてるよ。男も女も、オレの顔と体見て、みんな、アンタみたいなもの欲しそうな顔すんだよ〜ね。…いいよ、イルカ先生なら。散々、飯食わせてもらったし、随分と甘えさせてもらったしね。ぎぶあんどていく。分かりやすくていいよね?」
無表情な顔に唯一唇だけを笑みの形に吊り上げ、言葉を吐く男の言葉がまだ理解できなかった。
何か言おうと口を開きかけ、それでも言葉は出ず、声さえも出ない。喉がひどく乾く。
そんな俺の行動を笑いながら、カカシ先生は掴んだ俺の手をゆっくりと口元に運び、俺の人差し指を舐め、そして口内に入れた。
熱い感触と、這う舌先の動きに、背筋が総毛立ち、全身が震えた。
指を丹念に舐め、指の間に舌を滑り込ませ悪戯に刺激する。
何かを模すように動かしながら、上目遣いに見やるその淫靡な表情に、カッと顔に熱が集まり、心臓が弾け飛ぶかというほどの動悸を伝えてくる。
「やめてくださいッ!!」
形振り構わず、力任せに指を引っこ抜いた。
小さく「あ」と物欲しそうな声をあげたカカシ先生の姿に、俺の分身は爆発寸前だった。
反則だ、それ!! 何、今の声、何?! 何、色っぽい声とか出しちゃってんのぉ?! 俺、煽って何が楽しいんですか、この無駄に色気のある色男がぁぁぁぁぁぁッッッ。
顔を背け、俺は一心不乱に、俺の憧れてやまない、色っぽさとは全くかけ離れて一生ご縁がないであろう、木の葉の旋風、マイト・ガイ先生を頭に思い描き、お経よろしく名を呟き続ける。
激太眉に、細い瞳。大きな鼻に、大きな口と、その口から零れ出る白い歯。
決めポーズを決めたガイ先生を思い出すだけで、ほら、俺の乱れきった頭から爽やかな風が吹いてくる。
ああ、ほら、何て爽快な……!!
「イルカ先生。オレ、慣れてるから下でもいいよ。オレ味わって、女に興味なくした奴らが大勢いるほどだから、イルカ先生もきっと満足するよ?」
なにぃぃぃぃ?! カカシ先生を抱いた男がいるだとぉぉぉぉお?! 何て、うらや…じゃなくて、なんて卑劣で汚い男がいたもんだなッ、お可哀そうに、カカシ先生、無理やり手篭めにされたなんて……ッ!
大問題な発言に目を見開き直視すれば、いつの間にか上半身裸になったカカシ先生がいる。
輝かんばかりの白磁の肌と、滑らかな筋肉のついた裸体に目を奪われ、その直後、一瞬世界が遠のいた。
………ガイ先生…、すいません……。俺、ガイ先生を盛り上げる会、ファンクラブ会員番号2番、…失格です…。
薄れいく景色の中、ガイ先生が大粒の涙を流し、「戻ってくぉぉい、イルカぁぁ」と泣き叫ぶ幻影が浮かんでは消えた。
「イルカ先生?!」
遠のく意識で名を呼ばれ、我に返る。
いつの間にか、俺はカカシ先生の腕の中にいた。ぎゃぁぁぁぁぁ、だ、ダメ、ダメダメ! これ以上は、鼻血が…ッッ。
う゛う゛と、呻き鼻を押さえる俺から慌てて身を離し、カカシ先生はしばらく考える素振りを見せた後、俺の真正面に回り込むや、突然俺の脚を割った。
「ッッ!?」
何をするのかと、びびる俺を尻目に、カカシ先生はその中に正座の姿勢のまま入ると、そっと俺の急所に手を伸ばした。
「ちょ、ちょっと何するつもりですか!!!」
鼻血どころの騒ぎではない。
慌てて、急所に伸びた手を掴み行く手を阻めば、猫のように目を細ませ、カカシ先生は歌うように言葉を紡ぐ。
「どうして? 気持ちいいのは誰だって好きでショ? オレは先生に気持ちよくなって欲しいんだ〜よ。気持ちいいことは、何一つ裏切らない事実なんだから」
「だめ?」と小首を傾げるカカシ先生に、つい頷いてしまいそうになるが、手を伸ばすカカシ先生の手をがっしりと両手で握り締め、俺は断固、拒否した。
「駄目です! こういうことは、好きな者同士がすることなんですッ」
不純異性交遊もとい、不純同性交遊などもっての他だと抗議すれば、カカシ先生は首を傾げたまま、俺を見て笑う。
「オレは先生のこと、好きだ〜よ」
その言葉にツキリと痛みが走った。ずっと夢にまで見て望んでいた言葉は、ひどく空々しく、俺の胸を抉る。
軽い上っ面な言葉。カカシ先生の瞳には、邪気一つない。
まるで無邪気な子どもだ。今日好きだと言ったものを、明日にはいらないとあっさり捨ててしまえるような残酷さを滲ませる、純粋な眼差しに、心底打ちのめされた。
俺と同じ、好きじゃない癖に。
分かっていたこととはいえ、苦しいなぁ。辛いなぁと、一瞬零れた弱音に気を取られた瞬間、カカシ先生の手が俺のものに添えられていた。
ズボンの上からとはいえ、ダイレクトに送られてくる刺激に、思わず声が出そうになる。
手を退けさせようと暴れた瞬間、強く握り締められ、抵抗はあっけないほど簡単に終わってしまった。
急所を握られていると思っただけで、身が竦む。
「暴れないで、オレは先生に楽しんでもらいたいだけなんだから」
耳元に囁かれた言葉に、不覚にも涙が出そうになる。
快楽にも地獄にも突き落とされる急所を取られ、身動きができない自分が不甲斐なさ過ぎる。
大人しくなった俺に満足したのか、カカシ先生はゆっくりと俺を持つ手を動かしていく。
「我慢しないで良いのに、こんなになっちゃって辛かったでしょ?」
笑みを含まれた言葉に、首を振る。
恥ずかしさと居たたまれなさに加え、指先が動くたびに快感が背中を突き抜けた。俺のものは既に半分勃っている。他人の手でされるせいか、次にどこに触れられるのかが分からず翻弄されてしまう。
「ズボン、脱ごうね。…かといって、手、離したら、暴れちゃうし。だから大人しくしててね」
ちゅっと小さな音を立ててこめかみに落ちた口付けに、一瞬、天にも昇る心地になった。
あの唇が俺に触れたッ、って、いかん、そうじゃないんだ。そういうことに喜んでいる場合じゃ…!!
俺の述懐も長くは続かなかった。
カカシ先生がホルダーに手をかけ、クナイを引き出した瞬間、線が走った。
あ、と思ったときにはすでに遅く、服一枚だけを切り裂き、ベルトからチャックまで縦に切り裂かれたズボンが両側にへなりと落ち、下着がむき出しになった。
思わずカカシ先生のクナイ捌きに感心してしまった。
やっぱりこういうところを見ると、カカシ先生の実力が推し量れて、ますます好きになって……
「余所見するなんて、随分余裕だ〜ね。本気出しちゃおうか」
にへらと締まりのない顔をしていたのに気付かれたのか、妙に目をぎらつかせたカカシ先生に一瞬睨まれた。その後に、大きく口を開いて、身を乗り出してきたカカシ先生に仰天した。
「な、何、考えてんですか、あんたぁぁぁぁ!!!!」
上下関係なんて全く考慮する暇もなかった。
近づく顔に、咄嗟に前髪を掴み、後ろへと引っ張りあげる。だが、敵もさることながら、痛みを全く無視して前進しようと突き進む。
ぶちぶちと髪が抜ける嫌な感触が手に残る。そればかりか、敵は卑怯にも俺の大事な人質にちょっかいを出しにきた。
「も、やめッッ!! やめてください!!」
快感と理性の狭間に突き落とされ、もがき苦しむ。
閉じそうになる目を見開き、下を見れば、薄ら笑みを浮かべこちらを窺うカカシ先生の目と合った。
スケベ親父も真っ青な行動やらかしてるくせに、本当にお前は美形だなッッ! 美形は得だなッ、そんな様も無駄に色っぽいんだよッッ!!
きゅんきゅんと甘い感情が胸に迫るが、負けてはいられない。
唇を噛み締め引き離そうとするが、緩急をつけて嬲る手に力が徐々に入らなくなってくる。
「う、あ、ん……、やめ……」
静止の声にも勢いがなくなり、何処となく甘ったるい響きがこもり始めて、本格的にヤバイと俺は焦った。
「素直になりなよ、せんせ。もうここすごいことになって〜るよ。先走りで濡れて、お漏らししてるみたい。ほら、力抜いて、オレに全部任せなって、気持ちよくしてあげるから」
くそぉ、実況中継なんか望んじゃないってーの!! あぁ、もう、ああぁ、もうこうなったら……!!!
ふっと力を抜いた瞬間、カカシ先生が俺を見上げて、目を細めて笑った。
ようやく遊び相手が手に入ったと無邪気に喜ぶその顔に、鼻先がツンと痛む。
だからかもしれない。少しは手加減しようと思った拳は誤り、狙ったものへ思いっきり直撃した。
そう、俺の破裂寸前のナニへ。
「ッッッッッ……!!!!」
「――せんせ?!」
驚愕の声が耳元間近で響いた。
「先生、何してんの! 男として人生終わらす気?!」なんて言いながら、揺さぶってくるもんだから、俺は脂汗流しながら、頼む、そっとしておいてくれと心の中で呟くくらいしかできなかった。
口から泡が吹き出るくらいの痛みと衝撃と、吐き気がしそうなほどの悪感を覚えつつ、せめてこれだけはと俺は、今度こそ暗くなる意識の中、声を振り絞って言った。
「俺は、カカシ先生が好きですよ」
顔を青ざめて揺さぶるカカシ先生の表情に変化は見えず、何かわめき叫んでいたいたから、俺の声は届かなかったのかもしれない。
それが、残念で、心残りといえば、心残りだ。
あぁ〜、俺、本当にカカシ先生のこと好いてるんだなぁ……。
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ここはカカイル小説です! 間違いありませんっっ。