きっと明日は幸せ 5
「カカシにプロポーズしたホモ中忍ってのは、お前か。カカシとうまくいってねぇんだってな。それじゃ体が疼いて仕方ねーだろう? おれが相手してやるから来い。上忍命令だ」
受付中、火影さまの不在日を狙って来たであろう、数えるのも馬鹿らしくなってきた馬鹿上忍が、俺を見下ろし、怖気の走るイヤ〜な笑みを浮かべて言った。
「失礼で―」
「中忍。上忍命令だっておれは言ったよな? おい、そこの、連れて行くぞ」
隣の同僚に視線を向け、絶対的な自信を見せる上忍に、同僚は顔を青くさせ俺に視線を向けた。
大丈夫、案ずるな。
笑みを保ったまま、俺は不安げな同僚へにっこりと笑ってやる。
さっさと歩き出した上忍と一緒に出て行く俺の背中へ、何か言いたげな気配を向ける同僚の無言の言葉を受け止め、俺は歩く。
そのまま特に話すこともなく、上忍についていき、着いた目的地はアカデミーの校舎裏。
俺にちょっかいをかける上忍連中は、何故か、ここがお気に入りの様子だ。
3人に1人の割合で、大抵、ここに連れてこられる。
そして、お決まりの――
「よぉ、遅かったじゃねぇか。こいつがカカシの野郎の愛人か? もっさい面してるなぁ、おい」
俺たちの気配を感じ、ぞろぞろと出てきたのは三人の男たち。
さっき、受付にやって来た男を含め、里ではあまり見ない顔の上忍たちは、皆、外回りの戦忍だ。
何かを飢えるように求め彷徨う荒荒しさと、ささくれ立った雰囲気がそれを裏付ける。そして、もう一つ――
「俺ら、暇してんだ。中忍、楽しませろよ」
「カカシが手放さないほどイイって? 顔に似合わず、淫乱なんだってな」
下卑た笑いに包まれ、俺を囲み始めた四人に、俺は深く深くため息を零してやる。
それに反応したのは、受付に来た男だ。怯えもせず、助けを呼ぶ素振りも、抵抗する素振りも見せない俺を不審に感じたのだろう。
男の言葉も待つのもバカバカしいので、先に言うことにした。
「あんたたち、バカですか? 嘘八百の噂話なんか信じて、こんな親父臭い男呼び出して、何が楽しいんですか? それとも、俺に抱かれたいんですか?」
俺の言葉に、その場が殺気立つ。
どいつもこいつも同じリアクションを返してくるおかげで、俺は至極冷静に観察することができた。
「中忍、あんまり舐めた口きくなよ。てめー、立場分かってんのか?」
はい、権力を笠に着たバカ一人。
「謝るなら今のうちだぞ? そうすりゃ、俺のでひぃひぃよがらせてやるよ」
ヒヒヒと笑う男に、ドン引きする。
これは救いようがない。どこぞのポルノをそのまま現実と信じ込んだ可哀想な、ある意味純真な痛い男がいる。
「焦るなよ、時間はたっぷりあるんだからなぁ」
おぉ、時間はたっぷりあると勘違い野郎、発見。時間は有効活用しましょうね。くだらないことに割く時間あるなら、体ゆっくり休めとけよ。
「くだらねぇこと言わずに、早くしようぜ。オレ、楽しみにしてたんだからなぁ。カカシを骨抜きにするくらいだ、早く味わおうぜ」
………。噂を信じてる人って、なんでこんなに多いんだろうな…。
ちょっと黄昏たくなるが、そこはぐっと我慢の子だ。
じりじりと間を狭めてきた男たちに息を吐き、俺は親指をぶちりと噛み切り、周辺にばらまいた。
俺の血が地へと触れた瞬間、地面に忍び文字が赤く浮き上がり、俺と男たちの周辺を囲む。気が満ち溢れたのも束の間、瞬時に寒々と冷え渡る。
高等結界の一つであるそれは、場を塞ぎ、術者である俺の力を高めると同時に、術者以外の者を弱体化させる。
『ッッ!!』
ずんと肌に圧し掛かる空気の重みを感じて、男たちの顔は焦りの色を浮かばせた。
「特殊結界?! …まさか…ッ」
リーダー格であろう受付に来た男の口から驚愕の声があがる。
驚くのも無理はない。本来ならば、俺の実力では到底作り上げられることの出来ない、結界なのだ。しかも、その結界の発案者は、プロフェッサーと言われた三代目火影さまの術だ。
受付男の言わんとすることが通じたのか、仲間の男たちの顔が歪み、焦りに顔を蒼白にさせた。
「さすが上忍の方々。お話が早くて有難いですよ」
懐から書面を取り出し、見せ付けるように掲げた。
俺が関わって一週間経つ今、里にいる上忍たちには既に知れ渡っているが、ここ数日で里へと戻ってきた戦忍だからこそ、知らなかった事実。
うみのイルカは、撒き餌。
火影の印が入った勅命を示す任務書に、四人の男たちの顔色から完全に血の気が失せた。
餌に喰らいついたが最後、どう足掻こうとも、逃れる術はない。
固まる四人を見据え、本番はこれからだと、距離を詰める。
「それでは、今まで里の同胞、および、一般人を嬲った所業、たっぷりとお話を聞かせていただきましょうか。――それと」
空いている手で拘束ワイヤーを飛ばし、受付男の四肢を背後の木へと張り付ける。
俺としてはいつも通り、だが相手からすれば恐らく目にも見えなかっただろうその速さにどよめきが走る。
こう「何ぃぃ?!」みたいな反応があると、調子に乗ってしまいそうなになるが、今日の俺はそんな余裕はない。
結界のすれすれまで逃げようとする男たちに、千本を放ち、その場から動かぬよう牽制しつつ、俺は視線を受付男に向けた。
「特に、サスガ上忍。あなたの経歴の中で特にお聞きしたいことがありまして。今から15年ほど前から外回りをしてましたよね。そのとき、銀色の髪をした10歳ぐらいのとても可愛らしい子どもに手を出しましたか?」
「1、15年前だと?! そんなもん時効じゃねぇか、だいたい覚えて―」
無駄口叩く男に向かって、無造作にぽいとクナイを放ってやった。目を閉じて。
途端に周囲からあがる悲鳴を聞きつけ、目を開けて微笑んでやる。
「んなこと聞いてんじゃないんですよ。やったか、やってねぇか、白状しろって言ってんでございますよ、サスガ上忍」
受付男こと、子どもに並々ならぬ興味を持つサスガ上忍のこめかみのすぐ横に俺が放ったクナイが突き立っていた。おっと危なかったね。ちょっと手元が狂ってたら、即死だったなぁ。
「い、いいのかよ。その勅命に殺しは入ってねーはずだぜッ。俺を殺したら、任務は失ぱ―」
ガガガと顔の真横に立て続けに刺さったクナイに、言葉が途切れる。
「それが、どうかしましたか?」
にやりと笑ってやれば、真っ青に顔を青ざめさせているサスガ上忍に代わって、傍らにいた男が動いた。こちらに何かを放つより先に、千本とクナイで地面に縫い付けてやる。
おまけにワイヤーで地面に貼り付けてやれば、ぐぅと苦悶に呻いた声が漏れ出た。
それを機会に、こちらへ殺到する男たちに俺は笑った。ほぼ予想通りの行動だ。
書面を懐にしまい、基点となる拘束ワイヤーを手で手繰り寄せる。
仕込んでいたのは何も結界だけではない。
「ッッ!」
横手から突然飛び出す暗器に、気を取られた一人にすかさず近寄り、足を払い、体勢を崩したところを、落とし穴がしかけてある場所へ目掛けて蹴り飛ばす。
一人が土の中に吸い込まれるのを目に収め、背後から迫り来る気配に、蝋燭大の火遁を地面に向けて発動させる。
その小ささに侮蔑の色を浮かべた男の足元に閃光が走った。それに伴い、男の体が下へと落ちる。
「な、なにっ?!」
土へと滑り落ちる体に驚愕の声を上げ、足掻く男を見下ろした。
これで三名確保だ。
地面へ埋め込んだ起爆札が爆ぜたせいで、土まみれだ。
髪に積もる土を頭を振って振り落とし、木へと貼り付けられているサスガ上忍へと向き直る。
「邪魔者はいなくなりましたね、サスガ上忍」
ひっと小さな声をあげ、怯える上忍に向けて、俺は受付で鳴らした笑顔を向け、震える男に近づいた。
「話してもらいますよ。じっくり、たっぷり、洗いざらい……ね」
「…また今日も随分と派手にやったな、イルカ……」
「あはははは、つい力が入りまして」
鼻先の古傷を掻き、少々やりすぎたかと恐縮してみせる俺。
アカデミーの裏手は、大小合わせて3つの穴が空き、クナイ、手裏剣、千本、刀、小刀などなどの物騒な刃物が地中に突き立っている。
その地面に伸びているのは、顔を大きく晴れ上がらせ、原型の顔がわからなくなった受付男と、残り三名。
うみのイルカ、26歳。恋した男のためなら、無茶をやれる男です。
性質の悪い噂が横行し、否が応でもなく遣り玉にあげられていた俺に目をつ…、もとい協力を要請してきてくれたイビキさんのおかげで、俺は今、俺の頭の中をとてつもなく占めている事柄に関与できて、ありがたい限りだ。
今日もまた不作だったが、いつかきっと俺は当たるだろうと信じている。
自分の屈強な部下に的確な指示を出し、伸びた上忍たちを収容、戦闘の跡を綺麗に片付けるイビキさんに、事の始まりを思い出すと同時にめぐり合わせというか人の縁という奴に俺は感謝する。
前々から素行の悪かった上忍たちの監視及び粛清を命じられていたイビキさんに声をかけられたのは、俺にとって渡りに船だった。
いわく、現行犯逮捕。および、過去の悪行についての尋問への協力。
あの衝撃的な一夜を過ごした後、俺は悶々と考え込んでしまっていたのだ。
そう、カカシ先生の知られざる過去、聞くも涙、語るも涙のはたけカカシ少年に起きた出来事についてだ。
カカシ先生は6歳で中忍になった凄腕の忍だ。だが、逆をいえば、幼き頃を戦場で過ごしたという意味でもあり、つまりは、いくら強かろうとも所詮、子どもだったはたけカカシ少年は、戦場をねぐらにしていた荒くれ者どもに強要されれば断ることなどできるはずがなく……。
カカシ先生は幼少のみぎりから、汚い大人の欲望に塗れされていたのではなかろうか?! そして、それは、純情無垢な少年の心を汚した奴らがこの里にいるという訳で…!!
俺は素行の悪い上忍たちをおびき寄せる撒き餌となることを了承し、イビキさんに全面的な協力をする代わりに、直接尋問させてくれと俺は持ちかけたのだ。
俺が狙うは、40歳以上の男ども。きっとその中に……、うら若きカカシ少年の純情なハートと、玉の肌を、欲望に塗れた凶器で汚した、にっくきあんちきしょーがいるに違いないのだ!!
よもや今のカカシ先生を襲う輩がいるとは思えないが、万が一、過去の古傷を脅して今関係を迫ったりだとか、無理無体を強いてきたりとか、そんなことがないともかぎら………。いえ、絶対ありませんね。里一の忍ですもの。写輪眼のカカシですもの。里の誉れのエリートの、凄腕の恐ろしく美形なカカシ先生ですから!
はい。嘘つきました。俺はすぐバレる嘘をつきました!
………単なる嫉妬と自己満足です。あの人に触れた男がいるという嫉妬と、このままにしておけないという切羽詰ったような焦りに駆られて、過去何も出来なかったけど、今、俺が何かしてあげたいという気持ちの表れなんです!
そして、少々の八つ当たり…。
俺はただ今、とっても心が荒んでいる。それはそれは、からっからの花の一輪も咲かないような地面むき出しの土に、横風が嬲るように吹き、太陽光線ギラギラの、全てが乾いている心象風景なわけですよ。
何故か、どうしてかって?
そんなの決まっている。ここ2週間、カカシ先生と碌に会っていないからだ。
事の発端は、やっぱりアレだ。カカシ先生が俺に体を許そうとした夜。
目が覚めた俺はカカシ先生に介抱されていた。惚れた相手に、自分の急所をチャクラで癒され、氷で冷やしてもらうという、何とも情けなさ爆発なことになっていた。
カカシ先生の処置が適切だったおかげか、俺は男としてまだ生きてゆけそうだった。そこは心底感謝するところだが、やっぱり俺はずっと心に燻っていた思いを引き摺っていくこともできず、ついに言ったのだ。
「カカシ先生、距離を置きましょう」
そう言った俺に、カカシ先生は目を見開き、心底驚いた顔をしていた。
まるで思ってもみなかったことを言われたと、カカシ先生はただただ目を見開いていた。
「上忍と、中忍。あいつらの元担任と、現上司として付き合っていただけませんか?」
何も言わないカカシ先生に俺は言葉を重ねる。
カカシ先生は平素の白い顔をどことなく青ざめさせて、俺の手を掴んできた。
カカシ先生の細く長い手。俺からは触れられないのに、カカシ先生は暇があれば俺の体に触れていた。
「どうして? 先生はオレのことが嫌いなんですか? 先生、オレのこと好きだって言いましたよね?」
泣きそうな顔に苦笑しながら「今でも好きですよ」と言った俺に、カカシ先生は「なら」と喜色に顔を輝かせた。
だが、俺は首を振る。
「駄目です。カカシ先生、もうムリです」
「どうして?! 先生、オレのこと好きなんでしょ?! だったら、どうして」
聞き分けのない子どものような態度が、愛しくて仕方ない。
ぎゅっと抱きしめて、「嘘ですよ」なんて言えたら良かったのにと思わずにはいられなかった。でも、
「好きだから、ムリなんです。これ以上、俺を苦しめないで下さい」
力なく笑う俺の胸元に、カカシ先生の手が伸びる。
ぎゅっと握り締められた拳にカカシ先生の気持ちがこもっている様で、嬉しかったけど寂しかった。
「だから、オレは言ったじゃないですか。体ならあげますって。オレとしましょう、先生。これだったら、何も問題ないはずです」
見上げるように眼差しをくれるカカシ先生の手に、初めて自分から触れた。
期待を込めて見つめてきた眼差しに、泣きたくなりそうだ。やっぱり分かってくれないか。
「……カカシ先生」
名を呼び、服を掴む指を解いた。
どうしてと、眉根を寄せ、悲愴な表情を見せるカカシ先生へ、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「カカシ先生は俺のこと友人として付き合おうとしてくれましたよね。一緒に帰ったり、酒呑んだり、飯一緒に食ってくれたり、色んな話、話したり。でもね、俺、我がままな奴だから、そんなことじゃ我慢できないんです。カカシ先生は体もいいって言ってくれますけど、それでも俺は満足できないんです」
長くてきれいな手。
どうしても欲しくて掴みたくて、でも、それだけじゃ駄目なんだ。
包んだ手をそっと床へと置く。
されるがまま床に転がった手にもう一度触れたいと、今から言う言葉とは裏腹なことを思う自分を嘲りながら、それでも言った。
「体だけじゃ駄目なんです。俺は、心も欲しいんです。哀れみだけの関係なんて、悲しすぎるじゃないですか」
俺の言葉に、カカシ先生の目が彷徨った。分かっていたことだ。
カカシ先生が言葉を紡ぐ前に、俺は笑みを作る。
泣かないために、明日から恋しい人ではなく、元教え子の上司として付き合うために、俺は笑う。
「今までありがとうございました。カカシ先生、俺、楽しかったです。夢見てるみたいで、すごく嬉しくて、すごく楽しかった。それじゃ―――」
「さようなら」
私物を包んだ風呂敷を持ち、足元がおぼつかない足取りで、玄関の戸に消えたカカシ先生の背中が今でも脳裏に甦ってくる。
これでいいんだと、何度言い聞かせたって、この胸が痛くならないことはなかった。
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ここから先、カカシ先生の出番が少なく……。