きっと明日は幸せ 6

「で、イルカ、見つかったのか?」

イビキさんの声で我に返った。

地面に空いた穴や、武器類はすべて綺麗にされ、イビキさんたちの部下は男たちを連れすでに撤収したようだった。
俺とイビキさんの二人だけがその場に残っている。


俺の浅い考えなんて全てお見通しだろうに、それに言及することなく、イビキさんは短い言葉で俺を気遣ってくる。
イビキさんの言いたいことは、見つかったかどうかの確認ではない。その言葉の意味は、『もう気が済んだだろう?』だ。
本当ならばイビキさんが協力を打診した期間は一週間だった。それを、ずるずると引き伸ばしていたのは俺の単なる我がままだ。
最初こそ、イビキさんがマークする男たちが、俺みたいな奴に興味を持つかどうか心配だったが、カカシ先生のネームバリューは半端じゃなかった。
たまに全くの白が何人か出てきて惑いもしたが、ごきぶりホ○○イよりもすごいんじゃないかという、かかり具合に俺はここぞとばかりに尋問をとことんしてやった。
カカシ先生の話は一切出てこなかったが、男どもの胸糞悪くなるような悪行の数々に、羽目が外れて、病院送りにしてしまったことも一度や二度ではすまなかったが、イビキさんは俺に処罰を与えず、そればかりか「辛かったな」と俺を気遣ってくれた。
イビキさんの優しさがどれほど俺を慰めたかしれない。でも、俺はまだ止める気にはなれなかった。


「まだ、です。まだ、続けさせてください」
顎を突き出さなければ顔を見ることができない、イビキさんを見上げ、俺は挑むように視線を向ける。
何秒か、俺の視線とイビキさんの視線がぶつかり合う。いつもはイビキさんのため息が吐かれると同時に終わるはずだった。だが、
「うみのイルカ中忍、本日を持って協力要員としての任務を終了とする。命は、三代目火影勅令と心得よ」
「はっ」
厳格に告げられた言葉に、とっさに了承の印を作り拝命する。気付いたときには、遅かった。
俯いた顔を勢いよく上げると、苦笑じみた笑いを目に滲ませ、イビキさんがこちらを見下ろしていた。
「どうして」と咄嗟に非難じみた言葉が出そうになるが、お門違いだとすぐさま言葉を飲み込んだ。イビキさんとて火影さまからの命により動いているのだ。俺が任務を解任されたのも、つまりは火影さまのご意志による。


「……やっぱり、俺じゃお力にはなれなかったんですね…」
マークしていた男たちが俺という撒き餌に引っかかったとはいえ、尋問には私情が入り込んでいたことは否めない。
落ち込む俺を励ますためか、イビキさんは俺の肩に手を乗せ、首を振ってくれた。
「それはないぞ。お前のおかげで長期間かかるかと思えた任務が、一週間程度でほぼ片がついた。オレは勿論のこと、部下達もこぞってお前に感謝している」
にこりと笑ってくれるイビキさんの優しさが胸に沁み込む。
「…イビキさんは優しいから、俺、ほんとう…なんか、自分が自分で情けなくなってきます…」
イビキさんは昔から優しい。
戦忍として常に前線で働き、自分の特化した能力に気付いてから、その道にまい進し、体といわず全身を傷つけ、今ではすっかり強面になってしまったが、自分にとって今でもイビキさんは頼りがいのある優しい兄だ。
俺が泣きそうになると、いつも困った顔をしてどうにか笑わせようとしてくれた。両親を失った俺にはイビキさんの存在がとても心強かった。
今も、泣きだすんじゃないかと、強面の顔に焦りを滲ませ、俺を見守るイビキさんがいる。
しっかりしなくちゃと俺は自分を鼓舞する。こんなに温かい人たちが俺のことを心配してくれているのに、俺ときたらたかが失恋でへこんで、それに捕らわれて、回りに心配かけまくっているなんて、なんて贅沢者なんだ。


ぐっと奥歯を噛み締め、俺は笑う。イビキさんに感謝を込めて、笑った。
「今までありがとうございました、イビキさん! 随分、わがままを言って、困らせてすいませんでした。俺、この件に関してはすっぱり諦めます。イビキさん、本当にありがとうございました!!」
腰を深々と折り、全身で感謝を伝える。イビキさんは何故か言いよどむように、「いや、本当にお前はよくやってくれたんだぞ。役に立つどころか、一人で任務遂行してくれたぐらいだ。本当だぞ。そればかりか、予備軍まで一気に片がついたくらいだが、お前の身が不逞の輩に狙われ始めて…」などとよく分からないことを話していたが、俺はもう気を使わなくていいと、イビキさんの背中を思い切り叩いた。
「もぅ、いいんだって、イビキ兄ちゃん!! 俺、もう落ち込んでないし、もっと前向きに生きるよ。俺、協力とはいえイビキ兄ちゃんと任務一緒にできて嬉しかったよ。ありがとう、兄ちゃん」
「――…!! お前って奴はッッ」
感極まった声をあげ、がばりと抱きすくめられた。時折、イビキ兄ちゃんは俺には分からないツボを刺激されるのか、感動しては俺をクマのぬいぐるみみたく抱きしめてくる。
実は、イビキ兄ちゃんは外見とは裏腹にかわいいもの好きだ。かわいいぬいぐるみを山ほど自宅に持っているばかりか、イビキ兄ちゃんお手製のぬいぐるみもある。
そして、実は涙もろい面もある。
昔を思い出して、つい兄ちゃんと呼んでしまったことが悪かったのかなと思いつつ、俺はむせび泣くイビキさんの背中をあやす様に叩いた。
「イビキさん、ごめん。泣かないでよ。つい兄ちゃんって呼んじまって悪かったって。ほら、誰か人が来るとまずいだろ? 尋問部の長やってんだから、ほら、泣きやんで
ってば」
「う、うむ。すまん。本当にお前は………。それだというのに、アイツは…」
瞬間、イビキさんの体からおどろおどろしい殺気が発せられ、中忍である俺は息ができなくなってしまう。だが、それも数秒で、「すまん」とイビキさんは殺気をおさめてくれた。
それにほっと息をつきながら、俺は以前と比べて、何だか清々しい気持ちになっていた。


イビキさんと歩き、今夜一杯やろうと計画しながら、上を見上げれば、澄み切った青い空に太陽が輝いていた。きらきらとした陽光を降り注ぎながら、イビキさんや俺、木の葉の里の皆を照らしている。
今日の空が、清々しいほど晴れ渡っていることに、今、気がついた。
俺を探していた同僚に気付き、イビキさんと別れれば、同僚は息を弾ませ、こちらに飛んできた。心なしか顔を青ざめさせている同僚に尋ねれば、心配で探しに来たと言ってくれた。
それが嬉しくて笑ってしまう。笑い事じゃないだろと憤慨してくれる同僚の肩に手を回し、なおも笑っていれば、むすくれた顔を作りつつも一緒に笑ってくれた。
胸は相変わらずに痛むけど、きっと大丈夫だと根拠もなく思えてくる。

「イルカ、早く行くぞ! 俺が抜け出したせいで、受付に今、誰もいねぇんだよ」
「うわ、バッカ! そりゃ、任務放棄じゃねーか!!」
「一体、誰のせいだと思ってんだ!」と怒鳴る同僚の声に、俺ですと言葉を返し、二人で駆けた。
木々の合間に零れる太陽の光がまぶしい。そして、その光を浴びる全てのものが、例えようもなく愛しく思えた。




 それから一ヶ月の時が流れた。




「任務、ご苦労様です」
第七班の任務報告書を受け取り、俺は笑みを浮かべて受け取る。
あの日から顔を合わすたびに、ぎこちない笑みを浮かべてしまってはいたが、今では完璧な営業用のスマイルが作れる。
まだまだ胸の痛みは取れないけれど、時っていうのは偉大だなと、感じる瞬間だ。


報告書に目を通す傍らで、机にかじりつき、ナルトが今日のおれの活躍を声高に告げてきた。
「でっさ、でっさ。おれってば、超かっこよくスライディングして、捕獲しちゃったんだぜ。もぅその様、イルカ先生にも見せたかったってばよ! でな、でな、サスケってば笑っちまうの〜。引っかかれてばっかで、終いにゃ、火遁で…いて!」
嬉しそうに話すナルトの鼻先にでこピンを放ってやる。
「こら、ここを何処だと思ってんだ。任務を報告する場所だぞ。お前一人じゃないんだから大人しくしてろ」
鼻を押さえて、ナルトの口がへの字になる。
そのままむすくれた表情で俯く様に、俺は思わず笑いながら金色の髪をくしゃりと撫で回し、小声で囁いた。
「今日の夕方、俺の家で晩飯食べに来ないか? イノたちの班から野菜もらってな、食いきれないから一緒に食べてくれ」
「野菜〜」と嫌そうな声があがるが、さきほどむくれていた顔が嘘のようにほころぶ。
もったいぶって渋る顔を見せるナルトに、「一人の食事は味気ないし、お前の活躍話が聞きたいからな」と笑えば、ナルトの顔が輝かんばかりに明るくなった。それでも、大人の振りをしたい年頃なのか、「仕方ないから行ってやるってばよ」と可愛くないことを言って鼻をこする。
「こいつめ」と軽く頭を小突いてやれば、ナルトは嬉しそうにはしゃいだ。
ナルトの人懐っこい笑顔と、元気一杯な声を聞いていると、元気が出てくる。ナルトは俺の活力源だ。
可愛くて仕方なくて、もう一度頭をなでようとした時。


「ここは受付所でしょ。くだんない話は止めて、ちゃんと報告書見てよね。一体、いつまでかかるわけ?」
鋭く響いた声に、騒がしかった受付所が一転して静まり返った。
穏やかに流れていた空気にも、緊張が走る。
隣の同僚の気が揺れ、立ち上がろうとする気配がした。
ここ数週間の俺たちを見て、仲が険悪になったのではないかと心配してくれていたせいか、俺を庇うつもりなのかもしれない。
それを察したのか、声の主が同僚にまで殺気を向けようとする前に、俺は拳を握り締めて立ち上がり、深々と謝罪した。
「申し訳ありません、はたけ上忍。以後、気をつけます。報告書に不備はございません。任務、お疲れ様でした」
みっともなく震える声で早口で告げた。押しつぶされんばかりの殺気に冷や汗が零れ落ち、気を抜けば失神してしまいそうになる。
頭を下げ続けていれば、興味を無くしたのか、「あ、そう」と一言漏らすなり、はたけ上忍は背を向けた。
それと同時に、俺を縛り続けていた殺気も止む。そこでようやく受付所にもざわめきが戻ってきた。
詰めていた息を吐き出せば、不安そうにこちらを見詰めるナルトと目が合った。
大丈夫と安心させるように笑い、手早く今日の予定を口に出す前に、カカシ先生が背を向けたまま声を出した。
「そうそう、ナルト。今夜は任務入ってるから。今から少しでも寝ないと、体持たないよ」
突然の言葉に、ナルトは一瞬虚をつかれたように放心し、その直後、顔を真っ赤にして叫んだ。
「え?! 何だってば、それ!! おれ、全然聞いてないってばよ!!」
「当たり前〜。今、言ったんだからね。じゃ、夕方6時にいつもの場所に集合。サスケやサクラにも伝えておけよ」
「何だよ、それ!! ひっでー!!」
ナルトの文句に手を振りつつ、カカシ先生は受付所を出た。
一度も振り返りもせずに出る後姿を見送り、ナルトへと視線を向ければ、ナルトは泣きそうな顔でこっちを見詰めていた。



「ナルト、どうした。そんな顔して」
「だって、せっかくイルカ先生が誘ってくれたのに…、カカシ先生ってば、ひどいってばよ……」
顔を真っ赤にして唇を噛み締めるナルトが愛しくて仕方なかった。
ナルトの後ろで報告するために順番を待っている者たちが雑談しているのを幸いに、ナルトの頭を撫で、そっと小さく告げる。
「ばーか。任務だろ。はたけ上忍は関係ねぇよ。お前は火影になるんだろ? そんなことで文句言ってどうする」
俺の一言にナルトの眉根が逆立った。頭に置く手を弾き、ナルトが噛み付くように怒鳴る。
「おれにとっちゃ、そんなことじゃないってば!! おれ、おれ…!!」
両手を握り締め、細い肩を震わせ俯く。
家族というものに飢えているナルトが、誰かと一緒に食事を取るという行為に寄せる思いの深さは、痛いほどよく分かる。
ましてや物心つく前にすでに親はおらず、生まれてから本人の意思とは関係なく、業を背負わされたナルトに、この里の住人は冷たかった。
里の住人が冷たくならざるをえなかった気持ちも分かるが故に、里の者達を悪し様にけなすことは出来ない。自分だって、多かれ少なかれ、そうだったのだ。
でも、今の俺は違う。ナルトへと一歩大きく歩み寄れる。
今にも泣きそうなナルトの頭を引き寄せ、俺は笑う。そんなのどうってことないと俺は笑った。
「バカだなぁ、お前は。明日でも明後日でも、お前が都合のいい時にいつでも来い。お前の一人や二人、食べさせてやるだけの金も暇も俺にはあるぞ。サスケも誘って飯食いに来い」


生徒として巣立ったから。一教師と一生徒では、どうしても踏み込めなかった部分が今では大手を振ってできる。
ナルトを養子として引き取りたかったけど、将来火影になるナルトに、一介の中忍教師である俺が親だなんて釣り合いが取れないから、ナルトがもういいと、俺を必要としなくなるまで、俺は精一杯構ってやりたい。


昔から人の負の感情ばかりを見せ付けられたナルトは、人の感情の機微に鋭い。
俺の思っていることが通じたのか、ナルトは一瞬、ぽかんと口を開け、次の瞬間、顔を真っ赤にさせた。
引き寄せた頭をぐりぐりとなでつけ、最後に肩を叩いた。
「よし、それじゃ、行って来い。夜の任務、気をつけて頑張れよ!」
「お、おう!! オレってば、また大活躍しちゃうってばよ!! じゃ、イルカ先生、また今度なッ」
にししと笑い、大きく手を振って受付所へと出て行ったナルトを微笑ましく見送る。軽く手を振っていると、複数の視線が突き立っていることに気付いた。
我に帰れば、目の前の忍がじっとこちらを見ている。
しまった、ついナルトとの会話に夢中で、受付をおろそかにしていたと、羞恥で顔に熱が集まった。



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イルカ先生は、周りに愛されていると信じて止みません!!