きっと明日は幸せ 9

「イルカ先生、おはよーってば!!」
アカデミーへ行く中、背後から情け容赦なく腰に突進してきた子どもに、俺はなけなしの気力を足に込めた。
徹夜に加え、筋肉痛の足ががくがくと頼りない反応を示したが、俺は耐えた。教師の面目にかけて倒れることだけは何とか阻止したぞ!
「おう、おはよう。朝から元気だな、お前は」
内心、冷や汗を流し、それでも振り返り笑顔で頭を撫でようと手を伸ばす。すると、すかりと手が空を切った。
呆気に取られて、上を見上げれば、猫の子よろしく首を捕まえられぶら下がるナルトがいる。
「何すんだってばよ、カカシ先生!!」
「お前はねぇー。そんなに元気があるなら、一人で早朝任務ついてもらうよ?」
いつもの飄々振りをいかんなく発揮させながら、清々しい朝をも胡散臭くさせてしまう力を持つ、カカシ先生の魅力に俺は胸を奮わせる。やっぱり男前だ、……カカシ先生!! って、駄目だろ、俺! それじゃ、先に進めねぇ!
くぅっと心から望む顔を直視しないよう、若干視線を外し、俺は笑みを貼り付けて挨拶する。
「おはようございます、はたけ上忍。おー、お疲れだったな、サスケにサクラ、おはよう」
カカシ先生の後ろを歩く、夜の任務はさすがに堪えたのか、全体的に草臥れている二人に向かって声をかけた。
「…おはようございます」
「イルカ先生〜、おはようございますー。もぅ聞いてくださいよぉ、カカシ先生ってばひどいんですよぉ?!」
ぶーぶー言いながら、サクラがこちらへ駆け寄ってくる。
なんだなんだと、しゃがみこんで元生徒の言い分を聞いてやろうとすれば、サクラの体が止まった。
「こら、任務についてやたら滅多ら人に話さない。いつも言ってるだろうが、報告するまでが任務だ。自覚が足らんなー、お前らは」
「だって」と膨れるサクラに、暴れるナルト、「ウスラトンカチが」と忌々しげに呟くサスケに、俺は何だか妙な胸騒ぎを覚える。
もしかして、第七班ってうまくいってないんじゃないか??




「それと」
視線を向けられ、俺は「はい」と姿勢を正す。すると、一つだけ覗く深い青い瞳が俺を見据え、冷たく見下した。
「オレたちはまだ任務の最中なんです。余計な声をかけないでくれますか。未熟なこいつらの気が散る」
カカシ先生の言葉に、三人の顔色が変わった。やばいと俺は慌てて、フォローに回る。
カカシ先生の言うことは忍びとして当たり前のことだ。
「も、申し訳ありませんでした、はたけ上忍。それでは、私はお先に失礼します。お前たちも完了するまで気を抜くな。はたけ上忍の言葉をしっかり聞けよ、お前らが忍びになるために全て為になることだからな」
俺の余計な言葉が不満なのか、不機嫌な視線を向けてきたカカシ先生に、俺は尻尾を巻いて退散することにする。
好きな相手に追い立てられるのって、やっぱり傷つくなぁ。それも身から出た錆で仕方ないんだけどッッ!
じゃぁなと手を振り、お先にアカデミーに向かって駆けた。後ろから、三人の罵声が突如、沸き起こったが、関与できない寂しさにちょっと凹む。
本当に俺の手から飛び立ってしまったのだなぁとしみじみと思いつつ、俺はアカデミーを目指した。






今日も何事もなく、一日が終わった。
午前中は教師としての仕事を、午後からは久しぶりに火影さまとの受付任務となった。
同僚が用事で席を外し、報告者もおらず、火影さまと二人きりになった際、少し話せたことが嬉しかった。
用がなくても遊びに来いと、昔と変わらず気軽に言ってくれる火影さまの気持ちが嬉しかった。また「じいちゃん」と呼んでもいいんじゃよと、言ってもくれたが、それはあまりに恐れ多いと丁寧に断ったら、少ししょげていた。
だからというわけではないが、火影さまの好きな虎屋のどら焼きをお茶と一緒に出したら、機嫌が直ったので一安心した。
やっぱり火影さまと一緒に飲むお茶はいいもんだと、俺はひさしぶりの癒しに顔が緩んだのだった。






暗くなる前に久しぶりに家に帰れて、恋しい人のために食わせるためと、いつの間にか磨かれた料理で腹を満たし、風呂に浸かって、さて、明日の授業の確認でもしようかなと思ったときだ。
コンコンとドアを叩く音がした。
「このバカが謝りたいんだって…。どうする、イルカ?」
誰だろうと開く前に開け放たれたドアから、何の脈絡もなくそう切り出した紅先生の後ろには驚くべき人物がいた。
「……はたけ、上忍?」
それも何故か、縄でぐるぐる巻きにされたばかりか、右目には真新しい青タンが出来ている。
ぶすと、不機嫌な様子を隠しもせずに、そっぽを向いていた。



「……えっと、あの、これは一体、どういう……」
とりあえず部屋に通し、訳を聞いた。縄でぐるぐる巻きとなり、動けないカカシ先生はアスマ先生が襟首を引っつかみ、部屋に投げ入れる暴挙をして見せたが、さすが上忍、カカシ先生は足さえ出せぬ体勢の中、くるりと器用に回り座布団の上に着地してみせた。
思わずぱちぱちと拍手すれば、ちろりと視線を向けた後、カカシ先生は動く限りの方向へ首を曲げ、俺から視線を逸らした。
………凹む。やっぱり凹む。



落ち込みそうになる気持ちを上向かせつつ、俺は再度尋ねた。
すると、アスマ先生がタバコに火をつけながら、鼻で笑った。
「面倒くせェ野郎でよ。こいつ、自分のことなのに、全く分かってなかったんだと。おまけに、任務でとんだ失態見せてこのザマだ。笑ってやれ、イルカ」
失態という言葉に、体が震える。
「か、カカシ先生、大丈夫なんですか?! どこかお怪我を?!」
飛びつくようにカカシ先生の傍らに行き、視線を走らせる。
縄が邪魔で怪我をしているのかどうかさえ分からない。ホルダーからクナイを出して縄を切っていれば、ふるふるとカカシ先生の体が震えた。
その尋常ではない様子に、泡を食う。
「か、カカシ先生! どこが痛いんですか? 言ってください、応急処置くらいならできますし、何なら、今から医療班を呼んで――」
戒めていた縄を切り、式を飛ばそうと立ち上がりかけた俺の袖が引っ張られる。
くんと前かがみに倒れこみそうになる姿勢のまま、カカシ先生に視線を向ければ、くしゃりと顔を歪ませ、俺の袖を持つカカシ先生がそこにいた。



「か、カカシ先生?」
声掛ければ、カカシ先生は今にも泣きそうな声で一言言った。
「ようやく名前呼んでもらえたぁ」
ひっくとしゃくりあげ始めたカカシ先生に、俺は頭が真っ白になるばかりだ。
首を傾げるより早く、紅先生が侮蔑に近い調子で辛辣な言葉を吐く。
「安心なさい、イルカ。怪我はその青タンぐらいなもんよ。こいつの独断行動で危うく任務失敗になりかけて、その仕置きに殴られただけ。本当に救いようもないバカよ、こいつは。…次にイルカ泣かしたら、ただじゃ済まないからね。肝に銘じておきなさいよ、この最低鈍感男」
ぎろりと最後に視線を向け、出口に向かう紅先生に、呆然としてしまう。
「と、言うわけだ。オレもこのとこに関しちゃ、紅の意見に賛成だ。よっく、自分のバカさ加減を噛み締めて、何もかもイルカにぶちまけろ。…まぁ、オレとしちゃ、こんな野郎諦めてもっと別な……。あぁ、あぁ、分かった分かった、人の恋路なんざ面倒臭くて邪魔しねぇよ。まぁ、ともかく、頑張れや」
一人で好きなことを喋って、紅先生の後を追うアスマ先生に、俺は思わず手を上げるが、それより先にカカシ先生の手に捕まえられた。








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短いですね…。残すところ、あと1、2話くらいです!
そして…、とんでもない失敗箇所を直しました…orz 反省。