番外編2
「あぁー、もー腹ぺこだってばよー!!」
もう動けねぇと、地面に大の字に寝ころび、ナルトが叫んだ。
今朝、窓に張り付いた上忍師から「今から修業するから、5分以内に第6修練場に集合ー」と、寝起きの頭で言われた。
当然、朝飯を食べる暇もなく、駆け付けた。
普段は任務が終わったら「解散」と一言告げて、どこかに行方をくらまし、ナルトとサスケが修業をつけろと文句言うのが常だったのに、どういう風の吹きまわしか、ここ最近は連日で修業をつけてくれている。
不本意な1名を除き、当然望むところだったナルトとサスケは、嬉々としてカカシの修業に食らいついていったが、任務の合間の、連日連夜の修業は徐々に体を疲弊させていった。
今日は休日ということで、昼まで寝てやろうと思っていたのに。
ナルトと同じように、土まみれになったサスケとサクラも、地面にへたり込み、肩で荒い呼吸を繰り返している。
二人もナルト同様、惰眠を貪っていたのだろう。
それが証拠に、ナルトの腹から豪快に鳴る虫が、二人の腹からも聞こえていた。
「だーらしないねぇ。お前ら戦場に出たら使い物になんないよ」
体重を感じさせない動作で、木の枝から下りてきたカカシに、ナルトは思い切り顔を顰める。
「だって、腹減ってんだってばー!! イルカ先生の授業でも言ってたってばよッ。『腹が減っちゃいけないんだ』って!!」
「…ウスラトンカチが」
「ばーか」
弱弱しく、だがすぐさま突っ込む二人に、ナルトは眉根を寄せる。サスケはいつものことだが、サクラまでもそんなこと言うなんて。
「サクラちゃん、ひどいってばよー」
いつもならもう少し優しいと、ほんのちょっぴり恨みごとを言えば、油を注いだ火のように、サクラが燃え上がった。
「うっさい、バカナルトッッ。イライラしてんのに、余計イラつかせるんじゃないわよ!! 訳分かんないこと言うようなら、食らわすわよッッ」
ぎりぎりと拳を握りしめ、おでこに青筋を立てたサクラに、ナルトは悲鳴をあげる。
「こ、怖いってば、サクラちゃん!!」
「あぁんっ?」
サスケが近くにいるのに内なるサクラを見せつける様に、ナルトはぷるぷると震えた。
やっぱりお腹が減ってるせいだと決めつけ、ナルトは果敢にもう一度声を張り上げる。
「だから、カカシ先生、腹が減ってちゃダメなんだってばーー!!! 一楽行こう、一楽ッッ」
本を片手にため息を吐いたカカシが口を開こうとして止めた。視線を彼方に送り、身動きせずに神経を集中させている。
様子が変わったカカシに、いち早く気付いたのはサスケだった。
へばっていた体を立ち上がらせ、クナイを構えて、カカシが見詰める方向に鋭い視線を向ける。突然起き上がったサスケにつられ、サクラとナルトも起き上がり、息を潜めた。
だが。
「あ!!」
ナルトが小さく声を上げて、猛然と駆けだす。
「バカがッ」
舌打ちをしてナルトを捕まえようと襟首に手を伸ばしたところで、カカシの手に邪魔された。
面食らった表情を見せるサスケを笑いながら、カカシは微妙な表情を右目に浮かべ、「大丈夫」と肩を竦めている。
眉根を潜め、カカシを見詰めていたサスケの耳に、ナルトの声が響く。
「イールカせんせーいッッッ!!!」
大きく手を振り、木々に紛れた人影に猛然と突っ込んでいった。
「うわ、ちょっと待て!!」
あえて気配を消していただろう恩師の声が聞こえた直後、悲鳴が響き渡る。
紛らわしいと思うと同時に、相変わらずのナルトのイルカセンサーの精密さに呆れた。
「お前は勘がイイ分、同志討ちなんてことにならないよう気を付けなーよ」
気が抜けたところを出し抜けに叩かれ、思わず体がびくつく。
気が緩んだところを見透かされたようで良い気がしない。
カカシを睨みつければ、いつもの人を食ったような態度でこちらを見ていると思いきや、カカシはナルトとイルカに視線を向けていた。
そのときのカカシの表情は苛立ちを感じさせる。いつもは何を考えているか分からない癖に、珍しいことだとサスケは密かに思う。
「サックラちゃーん! イルカ先生がお弁当持ってきてくれたってばーッ」
突然の闖入者がイルカだと知るや地面に腰を下ろしていたサクラが、ナルトの声を聞きつけ、立ち上がる。
「きゃー、イルカ先生〜vv」
黄色い声をあげてイルカに駆け寄るサクラを現金なことだと思いながら、サスケも歩き始めた。
「おいおい、お前ら。俺は休憩だと言ってないぞー」
背後からの声に足が止まる。だが、サスケの前を行く、サクラとナルトはカカシの声は聞こえていないようだ。
「お、お前ら、休憩中じゃなかったのか?! こら、早く戻れ、戻れッ」
反応しない二人の代わりに、イルカが焦った声をあげる。ナルトに持たせた重箱を取り返し、頭の上に掲げ、二人を追い返そうとするが、二人は母犬にじゃれつく子犬のように離れようとはしなかった。
「もー、いいんですよー! カカシ先生ったら、いきなり呼びつけるなり、休憩一切取らずにぶっ続けでするんですよっ。連日の修業で参っているところに、叩きこまれたって覚えるものも覚えられませんッ。適度な休憩は必要なんですッ」
猛然とイルカに意見するサクラの言葉尻に乗って、ナルトも「そうだ、そうだ」と声を上げる。
二人の怒り具合に怯んだイルカだったが、いいやと首を振って顔を引き締めた。
恒例のアレが来ると両耳を塞ぐ直前に、カカシが大きくため息を吐いた。
「はいはい、分かった。分かった。昼休み休憩〜」
随分とお優しいカカシの提案に、拍子抜けした。
カカシの言葉に二人は歓声をあげながら、イルカの周りをはしゃぎ回っているが、サスケとしては何か良からぬことでも考えているのではないかと、勘ぐってしまう。
「ん、何よ。サスケくん」
訝しげな眼差しに気付いたのか、カカシの視線がこちらに向いた。
「何、考えてやがる」
「先生としては、お腹が空いたと泣いている部下の意図を汲んだだけですけど?」
何を言っているんだとサスケを笑い、イルカの元へと歩き出したカカシの一歩後ろにつき、サスケも歩く。
前を行く背はどこか緊張を孕んでいる。肌にざわつきを与えるプレッシャーを感じ、顔を顰めた。
「……やけに気が立ってるな」
反応を量ろうと言葉を差し向ければ、首だけを傾け、唯一覗いている目を向けてきた。
灰青色の目がサスケを捕える。
瞬間、ぞっと怖気が走った。
小刻みに震え始めた体に戸惑い、咄嗟に右手で自分の腕を掴む。それ以上動けなくなった体に信じらえれない思いを抱いていれば、「あ〜」と呑気な声が聞こえた。
「悪い悪い。ホント、お前は勘が良すぎていけないねぇ。お前もとっととイルカ先生にじゃれてきなさいよ。これ逃すと、次はないからね」
無造作に後ろ髪を掻いた後、カカシはサスケの襟首を掴むなり、放り投げた。
「ッッ!」
硬直している体を天高く放り投げられ、顔が引きつる。
「か、カカシ先生?!」
下からイルカの声が聞こえる。サクラは悲鳴をあげ、ナルトに至っては喜んでいる。
喜んでいる場合かと舌打ちを打った時点で、頂点まで上った体は地面に向かって落ち始めた。
まだ体は動く様子を見せない。こうなれば、チャクラで体を保護して落ちる衝撃に耐えるかと覚悟を決めた時。
「サスケ!!」
間近で声が聞こえた。それと同時に体が大きな腕に捕まえられ、抱きしめられた。
温もりを感じたのは一瞬で、気付いた時には地面に尻もちをついていた。
「やっぱり、ダメ。ムカつく」
「ちょ、カカシ先生!!」
顔を上げれば、イルカを抱きしめたカカシがサスケを睨んでいる。
カカシに抱きしめられ、わたわたと忙しなく手足を動かしているが、イルカの顔は嬉しそうに緩んでいた。
一時期、忍の間で当然のように噂されていた、受付所の一件は本当のことらしい。
「――ウスラトンカチどもがッ」
恩師と上司の私事に巻き込まれたのだと正確に察したサスケは、唾を吐く勢いで悪態をつく。ホモ同士の恋の鞘当てなどに巻き込まれるとはと、腸が煮えかえる。
「サスケくーん、大丈夫?」
「ぎゃっはっはっは、だっせ―サスケ。だっせー!!」
「うるさい、馬鹿ナルト!! アンタは黙っときなさいッ」
「サ、サクラちゃ〜ん」
サクラはしなを作ってサスケに擦り寄り、ナルトは話にならないガキさ加減でこちらを指さしてくる。
どいつも、こいつも!!
急に全てが腹ただしくなったサスケは、ようやく体の自由が戻って来たのを機に、ナルトが頭の上で捧げ持っている重箱を奪い取る。
あっけに取られた表情を浮かべる二人といちゃつく大人たちに背を向け、サスケは猛然とした勢いで演習場の近くにある川を目指して歩いた。
「サスケが弁当持って逃げたー!!」と後ろで大騒ぎするナルトの声に、歩くスピードを速める。
ぎゃーぎゃー言って後を追いかけて来る気配を感じながら、サスケは決心した。
あいつらが来る前に、この重箱の中身全て、オレが食らい尽くしてやる、と。
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