番外編3

「いただきます」
『いただきます!!』
何故か怒り狂っていたサスケを宥めることに成功し、みんなで昼食を食べることができた。
イルカの声の後に、いつものように食事の挨拶を繰り返す際、サスケも小さく呟いていたのを聞きつけ、サクラはほっと息を吐く。
けれど、安心するのはまだ早い。
ここで一つ、サスケの大好物を差し入れ、気持よく食べてもらおうとサクラは箸を握りしめた。そして、あわよくばサスケの好感度ゲットと胸の内で拳を握り、紙皿におかずをよそった。
「サスケく〜んv」
名を呼びながら唐揚げを手渡そうとした時、横から大きな腕がサクラの目の前を横切った。
「ほら、サスケ。おかかのおにぎり。お前、これ好きだろ」
サクラの恋路の邪魔をしたとも知らず、満面の笑みでサスケにおにぎりを勧める恩師が無性に憎らしく思えたのは、不可抗力だろう。
「……はい」
そして、イルカのおにぎりを受け取りながら、微妙に頬を赤らめるサスケの態度に動揺が走る。
サ、サスケくん?!
「なー、なー、サクラちゃん。これ、うまいってばよ。イルカ先生の唐揚げ最高なんだってば」
「イルカ先生ー? 俺の大好きなもの、何か知ってますぅ?」
外野がうるさい。
まとわりつくナルトの手を眼光で退け、ついでに恩師と上司のいちゃつきを咳払いでいなし、サクラはさきほど芽生えた、認めたくないむしゃくしゃした思いを、目の前の弁当にぶつけた。


猛然と食べ始めたサクラに負けじと、ナルトとサスケも手を伸ばす。
いつもならサスケの手前、大食らいは控えているサクラだったが、連日の体の酷使と朝食抜きでの今日の扱きに、若い胃袋は空腹を訴えていた。
今日はサスケくんだって悪いんだからと、よく分からない乙女の思考回路で、『私、小食なの』作戦を放棄し、口へおにぎりを突っ込む。
イルカはどうやら料理上手なようで、煮物から揚げ物、焼き物など一通りをお重の中に敷き詰めていた。
ちょっとした食べ物の奪い合いになっている中、イルカは喉に詰まったサスケにお茶をやったり、肉ばかりを狙うナルトに野菜を押し付けたりと、周りの世話に暇ない。
その間、カカシは微妙に恐い目でイルカが世話を見ている者に視線を向ける。その強すぎる視線は見詰められるだけで動きを止めらせることができるのか、おかげでサクラは二人に負けず劣らず、食べ物を詰め込むことができた。


「うまかったってばよー。ごちそうさん!」
「ごちそうさまでした」
「…ごちそう、さま」
ナルトに続いて、サクラ、サスケがイルカに向かって頭を下げる。
「お粗末さま! おー、よく食べたな、お前ら。作った甲斐があったなぁ」
にこにこと笑いながら、イルカはカカシと一緒に、自分たち用に確保した弁当を食べている。
「当たり前だってばよ! 先生の料理、めちゃうめぇもん」
イルカの言葉に、ナルトが手放しで褒める。家庭的な味付けで、確かにおいしかった。それはサクラも認めるところだが…。
確保した弁当を乗せたお重の蓋を前に、成人男性が二人、密着した状態で、時々「あーん」と食べ合いっこさせるのは、どうかと思うのだ。
視界の暴力とまで言い切れそうな、目の前の状態にどうしようと遠い目で空を見詰めていれば、後ろから声があがった。
「……カカシ、休憩はいつまでだ」
サクラが思っていたことはサスケも思っていたようで、内心ガッツポーズをあげる。
休憩時間が終わる前に戻れば、全く問題ない。
この場から解放される喜びに顔が綻ぶ。そして、こんな視界の暴力を目の前にしても、冷静な判断を下せるサスケにますます胸がときめいた。
だが、サクラの思いはカカシの一言で呆気なく粉砕された。


「そうねぇ。休憩はあと一時間。でも、お前ら、ここから離れちゃダメだーよ」
カカシの言葉に、サスケとサクラに動揺が走る。
「ど、どうしてですか?! 休憩なら何処に行ってもいいじゃないですか!」
むさ苦しいおっさんカップルなんて見たくないと抗議したサクラに、カカシは右目を笑みの形に細め、うふふと笑った。


「これも修業だから」


嘘くせぇぇぇぇーーーーーー!!!


「カカシ先生、奥が深いです!」と一人ぽっと頬を赤らめる恩師と、「ここにいることが修業になんのか?」と何も分かっていない、ある意味純粋なナルトの二人が、異世界の人に見えた。
「だから、ダメ」と笑い声を上げながら、イルカの肩に手を回し、ちっとも笑っていない目を二人に向けている。


サクラとサスケは己の身に降りかかった不幸を静かに嘆いた。
これはあれだ。
牽制という名の、全く的外れなパワハラに他ならない。
「イルカ先生、オレ、これ食べたいです」
「あ、気付きませんで、すいません。どうぞ」
イルカが抓んだ箸の卵焼きが、カカシの口元に運ばれる。口布をしたままだが、箸にあった卵焼きはいつの間にか消え、カカシの口がもくもくと動いていた。
「ん〜、やっぱり先生の卵焼きは最高ですね! 明日の朝も作ってくださいねv」
「承知しました! 他に食べたいものありますか?」
「んー、秋刀魚とナスの味噌汁」
「毎日、それじゃ体に悪いですって。ナスの味噌汁は作りますから、他の考えてくださいよ」
と、どこぞの新婚夫婦の会話かと突っ込みたくなるほどの会話を展開してきた二人に、サクラは体を戦慄かせた。
まさか、この二人は同居? 同棲? いやとにかく一緒に住んでいるのかと、恐ろしい事実を無理矢理知ることになった己の不運をとにかく嘆いた。
サスケに至っては、無表情でカカシの口布をじっと見詰めている。
今や、サスケの周りに透明度抜群の高い壁ができているかのようだ。
どうやって食べるているのかを解明することに全力を注ぐサスケの姿に、サクラは己も見習うべきかと諦めかけたそのとき。
意外性ナンバーワンと名高いナルトが、度肝を抜く行動に出た。


「……? カカシ先生、何か持ってるのか?」
それまでイルカの隣で、物欲しそうに二人が食べている様子を見ていたナルトが、鼻を蠢かすなり、イルカとカカシの中に割り込んだ。
バカップルと言っても過言ではない二人の間に割って入り、カカシの体の匂いを嗅ぐという信じられないというか、あり得ない行動を起こしたナルトに、サクラは悲鳴をあげた。
ナルト、アンタ馬に蹴られるわよ?! と、今のカカシに不穏な何かを感じ、肝を冷やす。
「ちょっとナルトっ」
「あ、これ何だってば?! コレ、コレ!!」
止めなさいと言う間もなく、ナルトはカカシの胸元を嗅ぐなり、ベストを引っ張った。
目を覆いたくなる惨劇が直後広がると覚悟したサクラの目の前で、当のカカシは実にあっけらかんと言い放つ。
「あー。お前は本当に鼻が利くねぇ。出す前に見つけるなんて、予想外れたーよ」
ベストのチャックを開け、懐に入れてあった包みを取り出す。
その包みをくんくんと犬のように匂いを嗅ぐナルトに、何故かイルカが顔を赤くした。
「カ、カカシ先生?!」
慌てるイルカの前で、カカシは包みの布を取り去る。
出てきたのは、きつね色した丸いパンケーキだ。


「ホットケーキですか?」
ホットケーキにしては色合いが薄く、膨らみも足らないが、サクラにはホットケーキに見えた。
ちらりと隣のサスケを窺えば、興味なさそうに包みからできたものを見詰めている。
「…。先生、これ、ホットケーキ?」
サクラが質問したのに、カカシは何故かイルカに尋ねている。イルカはといえば、顔を赤くし視線を右往左往泳がせていた。
「い、いえ。その、特に名前はないですけど、一応ケーキというか、その…! あぁ、そんな注目するほどの物じゃないから、な、ちょっと、わー!!」
カカシの手からケーキもどきを取り返そうとする。
それをひょいと避け、カカシはケーキもどききから目を離さずにいるナルトへ声をかけた。
「ナルト、口開けろ。特別にお裾分けだ」
「へ?」
見上げた拍子に開いた口に、カカシがケーキもどきをちぎって放りこむ。
一瞬、目を白黒させたナルトだったが、口の中に入ったものを噛むなり急に黙り込み、顔を伏せた。
そのまま身動きをしなくなったナルトに、不安が過ぎる。
「…ナ、ナルト、大丈夫?」
いつもならうるさいくらいに、何でも反応を示すナルトが押し黙ったことに心配になって来た。
カカシ先生ったら、良からぬものを混入させたの?! と、疑いの眼差しを向ければ、カカシは素知らぬ顔で欠けたケーキもどきを食べている。


「…まずくはないですけど、ケーキというよりパンっぽいですね」
ちょっと味気ないと最後の一欠けらを食べたカカシが感想を漏らす。
カカシに異変は起きていない。では、何故、ナルトは押し黙っているのだ?
不安に駆られてサスケを見詰めれば、ナルトをじっと見詰めていたサスケの顔に一瞬驚きの表情が浮かぶ。
サクラには訳が分からず、もう一度ナルトへ視線を向けた。そこで、息を飲んだ。


ナルトの体が小さく震えている。
そして、ぽつり、ぽつりと地面に黒い染みが落ちていた。


ナルト、泣いてるの?
声をかけようとして、サスケに肩を掴まれた。
振り返れば、小さく首を横に振っている。
サスケの考えていることが分からない。どうして声をかけることを止められたのか、理解できない。
戸惑うサクラに、サスケはもう一度首を振り、イルカへと視線を向けた。つられるように視線を向け、サクラは余計に分からなくなる。
見詰めた先、イルカは恐いほど真剣な表情を浮かべ、小さく震えるナルトを見詰めていた。


先生、どうしたのとサクラが思わず声をかけようとした矢先、ずっと鼻を啜る音がした。続けて、湿った声でナルトが笑う。
「……ナルト?」
声を掛ければ、ナルトは腕で乱暴に目元を拭うと、もう一度鼻を啜り、鼻先と目を真っ赤にさせた顔をサクラに向けて、再度笑った。
「は、はは。なっさけねーの! わかんねーけど、泣いちまったッ」
無理矢理笑みを作った途端に、ナルトの眦から涙が零れる。
「止まんねー」と笑いながら涙を拭うナルトが、何故か痛々しく思えて、サクラは可愛い女の子を演出するために一枚は欠かさず持っている勝負ハンカチを特別に貸してやることにする。
「…ナルト、これ使いなさいよ」
ポーチから出した、小さな花柄のハンカチを押し付ければ、くしゃりと笑って「ありがと」と小さく呟いた。ハンカチで顔を覆い、ナルトは大きく息を吸うと震える声で言う。
「何だろう、コレ。ここが痛いほど懐かしくて、すっげーあったかいんだってば。おれ、どうしちゃったんだ…」
胸元を握りしめ、ナルトは震える声で告げる。
それに対して、サクラは何も答えることができなくて、黙って聞いていた。
それから、ナルトは小さくしゃっくりを繰り返す以外、声を出さず、止まらない涙をずっとハンカチで押さえていた。


「……飲み物、取ってくるな」
泣き止まないナルトを囲み、妙にしんみりとした空気になっていると、出し抜けにイルカが立ちあがった。
先生を働かせるのは悪いと、サクラが代わりに行こうと申し出るよりも早く、イルカは瞬身を使って消えた。
特有の煙が薄れていく様を見ながら、唖然としていると、続けてカカシが立ち上がる。
「ま、今日はこの辺で解散とするか。気をつけて、帰れよ」
手早くお重を片づけ、小脇に抱える。
気軽に解散と言ったカカシが理解不能で、様子のおかしいナルトを放っていく上司も信じられなくて、サクラが噛みつこうと口を開いた瞬間。
「そうそう、今日はナルトの誕生日だから、お前ら一楽行ってたらふく食べてきなさい」
出血大サービスと嘯き、サクラの手に金を握らせるカカシ。
されるがままにお金を握らされ、ぽかんとカカシを見上げれば、カカシはにこっと笑みを浮かべた。
「それでは、ドロン」
言葉尻と同時に、白い煙が立ち上がり、晴れた頃にはカカシの姿はない。


「ど、どういうこと……?」
疑問を投げかけても、答える相手はどこにもいない。
謎が謎を呼ぶ。
一連の行動は関係があるように見えて、サクラには全く関係性はないように見えた。


「……イルカ先生、泣いてたな…」
どうすることもできずに茫然としていれば、サスケが小さく呟く。サクラは全く気付かなかった。
「………サスケくん、分かる?」
何をどう言っていいか分からず、サクラよりも何か掴めていそうなサスケに助けを求めれば、サスケは小さくため息を吐き、投げやりな調子で首を振った。
「わかんねーよ。――ただ」
続く言葉に、サクラは心持ち姿勢を正す。
言葉を待つサクラに向けて、サスケは実に忌々しそうに吐き捨てた。
「カカシの野郎が何かを企んだのは確かだ」
実に的を得た言葉に、サクラは納得する。
カカシが急に修業をつけると言ったことが発端で、要所、要所の出来事も全てカカシが起こした行動に直結している。
と、いうことは。
「……私たち、何かに利用されたの?」
認めたくないが認めざるを得ない事実に、サクラは頬を引きつらせる。
「だろうよ。それが慰謝料代わりだ」
手の中にある金が、急に忌々しいものに見えてくる。
ふつふつと腹の奥から怒りが込み上げてくる。もしかしたら、ここ連日の扱きもその関係だったのではないかと、新たな怒りの種に気付き、サクラの血管はブチ切れる寸前だった。


「……ねぇ、サスケくん。せっかくだから、修業して帰らない?」
いつもは消極的なサクラからの珍しい誘いに、サスケの目が見開く。
昔ならば鼻先で笑って断っていたが、カカシに師事するに当たり、1人よりも頭数がいた方が修業の幅が広がることを知った。
サクラの申し出は、サスケにとっても有難い類のものだが、どうもサクラの真意は違うところにあるらしい。
「いいぜ。だがー」
何を考えていると声を掛けるよりも早く、サクラは未だ泣いているナルトの頭を背後からド突き、叫んだ。
「何、いつまでも泣いてんのよ、ナルト!! 今、するべきことはビービー泣くことじゃないのよッ。今は、私たちを利用しやがったあの銀髪箒エロ親父に、目に物を見せるときよッッ」
「っ、な、なんだってばよ…」
つんのめったナルトが顔を上げると同時に、人差し指を突き付け、サクラは吼える。
「こんなはした金じゃ足らないような量を食べて、食べて食べまくるわよッッ。そして、足りない分はイルカ先生にツケを回すッ」
何故、そこにイルカ先生の名が出る?
妙な成り行きに困惑するサスケに、サクラの血走った目が向けられる。
恐い。純粋にそう思う。
「今日のあのバカップルを見れば、一目瞭然よ。カカシ先生の弱点はイルカ先生。そして、イルカ先生の弱点は、ナルトよ!!」
「え、え? おれ?」
突然のことに涙は引っ込んだのか、ナルトは目を瞬きさせ、自分を指さしている。サクラは深く頷くと、ふふふふと笑った。
「そうよ。お弁当の中身にナルトの大好物ばかりが入ってたのが何よりの証拠ッ。今日はあんたの誕生日なんでしょ? イルカ先生なら、あんたの誕生日を祝って使った金なら喜んで払うわ。薄給の先生には大打撃な出費に間違いない。そして、イルカ先生は大好きな人から金の援助を受けるような頭の柔らかい人じゃない。つまり…」
『つまり…?』
サクラの話が佳境に入った。
ごくりと生唾を飲み込む二人に、サクラはにやりと凄みのある笑みを向ける。
「受付業務を増やして、残業を増やすこと間違いなし……。もしかしたら、短期の簡単な任務にも行くかもしれないわ」
「なるほどな…」
サクラの真意に気付き、サスケは口端をあげた。
「え? え? だから、なんだってば??」
1人気付いていないナルトを尻目に、サスケはサクラへ称賛の眼差しを向けた。


やるな、サクラ…。間接的に敵を確実に苦しめる方法だ。分かっていながらもカカシには何一つ手を出すことができない、完璧な策だといえる。


サスケの無言の言葉に、サクラも心の中でぐっと親指を立てる。
イルカ先生には悪いけど、カカシ先生に惚れたのが運の尽きよ。せいぜいカカシ先生を苦しめるための、えさになってもらうわ。


『ふ、ふふふふふふ、ふふふふふふふふ』
これから苦悩の日々を送るカカシを思い浮かべ、二人は暗い笑みを浮かべる。
「? だから、どうなるんだってば?」
分からないナルトに、適当に「誕生日祝いしてやる」と言いくるめ、泣いていたのが嘘のように俄然やる気を出したナルトを交え、三人は修業に向かうべく、地面を蹴った。


そして、頼りになるが、女ってこえーと、サスケの好感度ががっくり下がったことをサクラは知らない。



**********



「せーんせ、みぃつけた」


森の深く。
勘だけを頼りに突き進んだ先で、巨大な木の根元に蹲るように座り込んだイルカを見つけた。


カカシの声に、びくりとイルカの肩が跳ねる。
来ないで欲しいと気配を滲ませるイルカを笑いながら、カカシはそっと近づき、背中からイルカを抱きしめた。


「俺には隠さなくていいでショ? 俺は、アンタの恋人なんだから」


耳元に吹き込むように告げた言葉に、イルカの体が戦慄く。そして、強張っていた体から力が抜けると同時に、ひぃーんと声にならない音が零れ出た。
変に我慢していた反動か、ぼたぼたと大粒の涙を落とすイルカに苦笑してしまう。
まったく変な所で強情っぱりなんだからと、回した腕を掴んできたイルカをしっかりと抱きしめた。


「も、アンタはっ、ど、どんだけ俺を、夢中にさせたら、気がすむんれすかッッ」
しゃっくりを交えながらわめいた言葉に笑みが出た。
そんなの決まってるじゃない。


わんわん泣くイルカの耳や頬、項に口付けを送りながら、カカシは笑う。


バカだ―ね、イルカ先生。
アンタが遠慮することなんて何一つないのに。
アンタが当たり前に祝ってやったら、さきほどの比じゃないほど涙を流して喜ぶでしょーよ。


あんたと過ごした記憶はナルトにはないのだろうけど、それは覚えていないだけで奥底に大事に眠っている。
オレにとって相当忌々しいことだけど、ナルトが真っすぐな性格で折れずに今日まで生きてこれたのは、奥底でアンタの存在を知っているからだ。
アンタとの絆を、アンタの思いを、そして、ナルト自身の思いを。
思い出すまでもなく、息を吸うように当たり前に思っているからだ。


でも、そんなこと教えてやらない。
本人たちが知らないところで、深く結ばれてるって癪だもの。
オレとの関係より濃いかもしれないって、そんなのずるいじゃない。


オレが手を貸してあげるのはこれっきり。
鈍い二人は鈍いままでいて、深い絆なんて一生気付かなければいいさ。


だから、さ。
いい加減、ナルトのことから卒業して、


『オレでいっぱいになってよ』
ねだるように囁こうとした直前、イルカが腹から声を出して叫んだ。


「ナルトー、たんじょび、おめでとぉ! がんばれよ、がんばれよ、ナルト!! ずっと見守ってるはら、ずっとお前のほと思ってるはらなッッ」


がんばれ、がんばれと、声が引っくり返るのも構わず叫び続けるイルカに、カカシは大いに舌打ちをつきたい衝動に駆られた。
この人はカカシの思いなんて何一つ分かっちゃいない。


やっぱり柄にでもないことをするんじゃなかったかなと、後悔が浮かんできたのも事実だが、カカシの腕を痛いほど握りしめて、カカシを求めてくれていることも分かるから、このモヤモヤはため息を吐いてやり過ごすしかないと、力なく笑った。


きっとナルトの誕生日がくる度に、今日のようにイルカは悩むのだろう。
胸に葛藤を抱えて、自分の思いを押し殺して、その日を見送る。


だから、その度に、カカシがイルカを慰めてやろう。
本当のことは言わずに、甘い蜜で包み込むように甘やかしてぐずぐずに溶かしてやろう。

それを繰り返していけば、きっとイルカは少しずつカカシのことを考えるようになる。ナルトが歳を一つ取るごとに、ナルトがいた領域を少しずつカカシに開け渡してくれるに違いない。


そして、いつか、イルカの中身は全部カカシでいっぱいになるのだ。
それは、何て楽しいことだろう。それは、とっても、目が眩むほど幸せなことだ。


正直、今は忌々しく思える今日だけど。
いつかお前の顔を見て、言えると思うよ。


懐かしい面影を宿した、守りたいと本気で思ったお前に。


誕生日、おめでとう、ナルト。








戻る/ おまけ





----------------------------------------

『きっと明日は幸せ』のナルトとイルカが好きだと言ってくださった方々に、感謝を込めまして。
遅くなったけど、ナルト、誕生日おめでとー!!