ずっと今日も幸せ 1

「好きです。結婚してください」



突然、見も知らぬ、どこからどう見ても男にしか見えない男に告白かつプロポーズをされた。しかも、ギャラリーだらけの受付所で。
視線を這わせて、男を見る。
どこか夢見るように熱っぽく自分を見つめる視線。
黒い髪に、黒い目。実直そうで、単純そうで、それでも自分が定めた志は突き通す、見るからに融通の効かなそうな、どちらかといえば苦手なタイプ。
顔は特に見目が悪いでもなく良くでもなく、記憶に残るのが難しそうだ。強いていうなら、鼻を真横に切る一文字の傷が特徴的。髪を高くくくっているのが、犬の尻尾みたいでまぁ愛嬌があると言えなくもない。
そんなどこにでもいそうな男。



普段ならば、侮蔑の眼差しを差し向け、鼻であしらってやるだけだが、ここは受付所。おまけに今日から上忍師になる身の上だ。愛想良く断らなければ、後々何かと面倒そうだ。
そんなことを脳裏で素早く算段し、オレはにこりと目を細めて言った。


「ごめ〜んね、ホモはムリ」


すると、どうだろう。
公衆の面前で振られる恥辱に耐え切れられず、逃げるとばかり思っていたのに、彼の人は絶望という二文字を顔に貼り付け、そのまま失神した。
ズダーンと成人男性がもろに床に叩きつけられる音に、凍っていた周りが騒がしくなる。
一文字男の隣にいた男が「しっかりしろ、イルカ」と肩をゆする。
そこで、あぁと合点する。
これが、狐子が慕う、イルカ先生というやつかと。オレに対しては、敬意もへったくれもない、あのうちはのガキもどこか一目置いているアカデミー教師なのかと。



殺伐とした、血と裏切りが充満した古巣から追い出され、日向の臭いがする真っ当な世界へ引き出された。自分の目に適う子供を育成するとはいえ、正直途方に暮れている自分がいたのは事実だ。
生ぬるい里での生活、そこに住む平和ボケした奴らとの接触。かつては自分も住んでいたというのに、疎外感だけが際立った。
何もかもが違う。これが自分と同じ忍びなのかと苛立ちが生まれるほどに、その忍びたちが暮らす里に、馴染むことはないと思えた。それに加えて、写輪眼の名に惹かれた有象無象が、砂糖に群がる蟻さながら群がってくる有様に辟易した。
名のある忍びに取り入りたい、もしくは、子種が欲しい。
戦場だったならば、任務遂行が第一でそんな色目を使う輩は少なかった。もしいたとしても、生死が絡む戦中は、妙な色気のある奴らが残れるほど甘いものではない。
里に戻って良いと思えることは、性欲処理の相手に事欠かないことと、柔らかいベッドで眠れることか。それでも、睡眠時間は戦場時よりも少なくなったのだけど。
里の煩わしい人間関係に、身体的ではなく精神的に疲弊していく中、慣れない生活も加わり、古巣が懐かしくなってきたところだった。
それでも、受け持ったガキどもを途中で放り出すこともできずに、鬱屈した思いばかりが膨らんでいた。



そんなところに、この男の出現だ。
居心地の悪い場所なら、自分で居心地良くしなくちゃーね。
勝手な思いに、自分でくつりと笑った。
雑多で面倒な里の生活には、非常にいい人材だ。男だし、まかり間違っても子供ができたなんて面倒はない。しかも、都合の良いことに、オレに惚れているという。
オレが里に慣れるまで、せいぜい利用させてもらおう。利用させてもらうお礼に、あんたが気に入るような性格を装って側にいてあげる。だから、それまでせいぜい役に立ってね。
自分の思いつきにだんだん楽しくなってきた。
里にできた仮のオレの居場所。仮とはいえ、里に居場所ができたのは、暗部に所属して以降、初めてのことだ。
こんなオレに告白してきたアンタが悪いんだよ、イルカ先生。
「もう駄目だもう駄目だ」と青い顔をして同僚に介抱されるイルカ先生を見ながら、オレはもう一度笑った。



「よろしくね、イルカ先生」
ぽつりと囁くように言った挨拶は、当然のことだが、気絶したイルカ先生には聞こえていなかった。







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完売本『きっと明日は幸せ』から。
完売して一年経ちましたので、ぼちぼちアップしていきます。