ずっと今日も幸せ 5

「なんだぁ。どうしたんだ、こりゃ」
煙を吐きながら近づいてきた髭に別にと嘯く。ソファに座るオレの斜め前には、ひっくり返っている四人の男たちがいた。
名は知らないが、四人とも上忍だ。オレの軽い殺気でこの体たらくじゃ、下忍からやり直した方がいいかもーね。
短くなった煙草を灰皿に向けて指で弾き、オレの隣に髭が座る。
「素行の悪いって噂になってた奴らじゃねぇか。何かしでかしたのか?」
答える気のないオレに代わって、ソファに座って雑誌を読んでいた紅が口を開いた。
「やられて当然よ。こいつら、イルカにちょっかい出す了承をカカシからもらおうとしたバカ共だから」
オレとイルカ先生が距離を開けてから、至極大人しくなった紅は、髪を掻き揚げ、鼻で笑った。オレが何もしなくても、代わりに紅が手を下していただろうことが口振りからでも窺える。
新しい煙草に火をつけ、アスマが気のない返事を返した。



「へぇー。大変だなぁ。カカシに関わると禄なことがねぇ」
髭の納得いかない言葉に視線を向ければ、煙草を挟んだ方の手で軽く頭を掻く。
「面倒くせぇ目で見んな。事実だろうがよ。さっきも物陰に連れ込まれていたみてーだしな」
大きく煙草を吸い、ぷかりと白い煙を口から出す。その煙が消えいく様をぼんやり見送った。
今、なんと?
『は?』
紅と同時に言葉を発すれば、アスマは肩を竦めて、中庭を指さした。
「あっちに今じゃ使われてない用具室があんだろ? あそこで囲まれていたな」
まぁ大丈夫だろと寝ぼけた事を言った髭に、一瞬で血が上った。



「それを早く言え、髭!!」
「何で黙ってんのよ、このバカ熊ッ」
待機所の窓から庭に降り立ち、アスマの指さした方向へ駆ける。オレのすぐ後を紅がついてくる気配を感じながら、周囲に感覚を飛ばす。
距離にして三百メートル。北東に、四人の気配を察知し、一直線に駆けた。花壇を飛び越え、校舎の角を曲がった先に、屋根はおろか、壁も崩れかけている建物が見えた。人影の中に、跳ねる黒い一本髪を見つけ、心臓が跳ねる。
取り込まれた人垣の中に、先生がいる。先生は胸ぐらを捕まれ、男に引き寄せられていた。
「カカシッ!! あんた、何や――」
右手に集まったチャクラがちりりと音を放ち始める。背後から悲鳴じみた声が掠ったが、気にかける余裕はない。手を出したら、殺シテヤル。
衝動は身を焼き、脳髄をガンガンと揺さぶってくる。視界に映るのは先生の顔だけ。
チチチチと小さくだが囀り始めた右手を構え、一息に踏み込もうとした刹那、



「そこまでだ、カカシ」
オレを囲んで四方に気配が現れる。それに反応するより早く、印が組まれた。途端に、捕縛用のチャクラの綱がオレの体にまとわりつき拘束される。
「イビキ…、何の真似だ」
右手にあったチャクラは弾け飛び、両手両足を縛られた体はあっけなく地面に倒れる。返答次第では、無理矢理にでも拘束を壊してやると、体内のチャクラを燃やせば、今まで気配を消していたイビキが地面に降り立った。
「それはこっちの台詞だ。任務の邪魔をするつもりか」
「任務?」
素っ頓狂な声が後ろから聞こえた。オレや紅でさえ知らないとなると…。
「火影さま直々の命だ。里内にいるお前たちにはすぐ知れることになるだろうが…」
「じゃ、イルカは」
紅が言葉を紡いだ直後、異質な空気が一瞬満ちた。ホルダーからクナイを抜き取り、身構えた紅が見た先は、先生がいる場所。
「あれは…」
よほど注意深く見なければ分からない、空気と混じるように赤く発光する結界は、三代目オリジナルの特殊結界だ。
術者一人の力を高めると同時に、それ以外の他者の能力を大幅に削ぐ力を強制的に働かせる。
一対多数戦のときには利用価値があるが、組む印が長く、膨大なチャクラが必要となるため、実際使用されたのは一度か二度程度と聞く。その分、強力な結界には違いないが、破壊されたときの反動が強く、術者を消滅させる諸刃の剣と言われていた。
ただし、この結界を破れる者がいるとすれば、この術を編み出した三代目と、伝説の三忍と謳われた者たちくらいだろう。雷切りでも微妙なところだ。



「…イルカを囮にするなんて、火影さまらしくないわね」
誰の結界か理解した紅は、クナイをホルダーに収め、髪をかきあげる。
「夕日紅上忍か…。あなたのことは、イルカからよく話を聞いています。あいつは分かっていないが、何度も危ないところを助けていただき、感謝している」
凶悪な面を心持ち和ませ、頭を下げるイビキに、面白くないものを感じる。頭を下げられた紅は、突然のイビキの行動に驚いたようで、目を大きく見開いた。
「イルカと面識があるの?」
「小さいとき、遊んだ程度ですよ」
……それって幼なじみじゃない?
じりりと焦げ付いた胸の痛みに顔をしかめ、地面に寝転がされるのも飽きたとばかりに、拘束していたチャクラの縄を無理矢理引きちぎる。
『っっ!』
小さな悲鳴を上げて、イビキの部下たちが後方に吹き飛ばされた。結界にしろ、拘束にしろ、チャクラを使用して相手の自由を奪う術は、破られると同時に術者へ返るものだ。
やれやれと体についた砂をはたいていれば、剣呑な眼差しを送られた。
「相変わらず物騒だな、カカシ。一応、手加減していたのが分からないのか?」
「そ? 本気出しても大差ない程度の手加減なんて、わかんなーいよ。ま、お前だったら、少しは大人しくしてたかもね。拷問のスペシャリストは、後がこわーい」
茶化すように笑えば、イビキはそれにつられることなく、凶悪な顔でこちらを見据えた。



「カカシ。貴様、イルカに何を吹き込んだ。囮として条件が合致したとはいえ、あれほど頑なになるイルカは珍しい」
「…は?」
詰問されるように言われた言葉に、間の抜けた声が上がる。そんなこと知るわけがない。ここ数日、受付の事務的会話以外、先生と話していないのに。
他人行儀な態度はおろか、ひきつった笑みさえ見せる先生を思い出し、胸にどす黒い思いが吹き出す。
一笑して知るかと口を開く寸前、イビキはとんでもないことを言い出した。
「貴様が幼少時、任務地で性的暴行を加えられただと? 六歳で鬼子と呼ばれ、次期火影の庇護下にいた貴様に手を出す剛の者がいたら、部下に欲しいものだ」
「…何よ、ソレ」
開いた口が塞がらないとはこのことだ。この顔のせいで、ある性癖の輩に狙われたことは数知れないが、オレの先生である四代目に頼ることなく、全て自分の手で完膚なきまでに叩きのめしている。正当防衛という名の下に、腕の一本や二本は平気で潰していた。
先生もそういったことは許せない質で、命は取らないまでも、そういうバカは思い切りやっちゃっていいよと、お墨付きだっていただいている。
バカなこと言わないでよと鼻で笑ってやれば、イビキは表情を変えずに口を開いた。
「イルカが囮任務を引き受けたのは、四十歳以上の前線で働いたことがある、稚児趣味の性癖を持つ男と接触したいがためだ」
イビキの視線に加え、横から非難の視線が飛んでくる。そんなに睨まれても、言った覚えはないと言おうとして、ふと頭を掠めたものがあった。
…先生に仕掛けた時、それらしきことを言った、か? いや、先生が乗りやすいようにどちらでも慣れていると思わせはしたが…。
考え込むオレを、イビキは忌々しげに睨んできた。
「どうせお前のことだ。事実を曲げ、同情を引くような言動を匂わせたのだろう。それをイルカが勘違いしているのだ」
「何よ、それ。それじゃ、イルカはアイツの言った言葉に乗せられて、火の中飛び込んでるわけ? こんな奴のために?」
眦をきつく上げ、睨みつけてくる紅がうっとうしい。だが、オレの言葉が先生の囮任務の引き金になったということは確かなようだ。
「なーに、うれしそうなチャクラだだ漏れさせてんのよ。気色悪い」
紅の戯言を鼻で笑う。時々紅は変な言動をオレに差し向けてくる。
肩を竦め、ご一行さまに背を向けた。事と次第が分かったならばもう用はない。立ち去ろうとすれば、紅が噛みついてきた。
「ちょっと。元はといえばアンタが原因なのよ? それなのにこのまま、ハイさよならできると思ってる訳?」
イルカに誤解を解いてからにしなさいと、口やかましく騒ぎ立てる紅に肩を竦めてやる。
「誤解解いちゃったら、任務に支障出てくるんじゃなーい?」
この囮任務は、オレのために体張っちゃっているんだよね?
イビキに視線を向ければ、眉根が寄った。オレの言葉を認める仕草に、ほら見たことかと紅を笑ってやる。
「まぁ、後ろにジジイがついてんなら大丈夫でショ」
唇を噛みしめ、何も言ってこなくなった紅を一瞥し、歩き出す。やれやれ無駄な時間を過ごしたものだ。



歩き出したオレを尻目に、二人はまだ喋り続けている。イビキの常ならざるお喋り具合に、驚きを通り越して呆れてしまう。あいつはもっと寡黙な奴だと思っていた。
肩を隣合わせ、話し続ける二人の会話が漏れ聞こえてくる。
「問題はイルカよ。もう、兆しが見えてるんじゃないの?」
紅の言葉に、イビキは小さく頷いた。
「一段落ついた頃から、影が見え始めました。昔から危ないとは思っていましたが、まさか今もとは…」
「ああ見えて常に狙われているのよ。三代目だって分かっているから、自分の膝元である受付任務に入れたに決まっているわ。下手したら教職だってそうかもしれないし」
紅の度を過ぎた心配具合に呆れてくる。いくら何でも火影ともあろう者が、部下可愛さに囲う真似をするだろうか。
「火影さまは昔から、イルカに甘い節がありましたからな」
オレの考えとは反対に、イビキは同意を示す。四角ばった顎を摩りながら、イビキはため息を吐いた。
「今回の任務で、イルカに悪い虫がつきそうですよ。白だと分かった途端、あいつは無防備になりますから。押し倒されて危うい目に遭う度に部下たちが止めていましたが、毎回イルカの護衛をする訳にもいきませんし…」
「もー、本当に目が離せないんだから」
二人のため息を聞きながら、大笑いしたい気分だった。
あんなむさくるしい男を襲う奴らがいるのも信じがたいが、押し倒すほど懸想する輩もいるのか。趣味が悪いにもほどがある。
胸の内で笑い飛ばし、二人の声が聞こえないところまで足を進める。
胸糞悪い任務の手伝いを自ら進んでする、あの男は馬鹿だ。まどろっこしい真似をせずとも、オレに聞けばすぐ分かることなのに、自分の身を危険に晒して、それすらも分からないでいるなんて。
ちりっと焼きつくような痛みを胸に感じ、奥歯を噛みしめる。
気にするべきことは何もないはずなのに、妙な焦燥感がいつまでも離れなかった。



******



「実はお前のこ――!!」
「――タカ上忍? …おっかしいな。どこ行ったんだ」
罠の後始末をしていた男が、先ほどまでいたはずの男がいないことに気付き首を傾げる。しばらく周囲を見渡していたが、実に呆気なく探すことを止めると、作業を再開した。
「……ほーんと、ここまで多いとは、ね」
ため息交じりにぼやきが付いて出てくる。
自分が潜む藪の傍らには、男を襲おうとした不定の輩が昏倒している。後ろを向いた途端、押し倒そうとした変態を一瞥し、込み上げるため息を押さえきれずにそっと漏らした。



イビキが言った言葉が今なら理解できる。処罰対象者でないと分かった途端、男は無防備になる。
へらへらと締まりのない笑みを浮かべ、自ら助け起こし、平気で背中を向ける。相手が妙な気配を出しているのに、それすらも分からず無防備に笑い続けるのだ。
……オレには笑みすらくれないのに。
瞬間過ぎった恨みごとを、頭を振って払う。
実に、らしくない。オレが男の好意を欲しがる理由がどこにあるのだ。
あっちが勝手に惚れただけだ。オレはそれに付き合っていただけ。
男の気配が去る。遠ざかるその背中を見詰め、理解不能な感情が首をもたげる。その心地悪さに、足元にいる男の背に蹴りを入れた。「ぐっ」
小さく呻き声を上げ、覚醒した男を見下ろし、オレはいつもと同じ言葉を吐いた。
「アレに近付くんじゃなーいよ。命は惜しいでショ?」
吐く言葉と同様、返ってくる反応はいつも同じだ。
顔を真っ青にし、無言で何度も首を縦に振る。どいつもこいつもつまらない。



男を見限り、飛ぶ。
目指すは待ち合わせの、橋のたもと。
毎度のことだが、子供たちはまた顔を真っ赤にして怒りを向けてくるのだろうか。
一瞬だけ気持ちが軽くなるが、持続はしない。
今となっては、この自分の行動が自分の首を絞めているように思えて忌々しい。
軽い気持ちであの男の任務の様子を見に行ったことが悪かったのか。まんまとイビキや紅に乗せられている状況だ。
囮任務中には、護衛の意味を含めイビキの部下が待機しているのが常だったのが、最近はいないことが多い。大方、オレがいることを知り、イビキが撤退させたのだろう。
オレだって始終ついている訳じゃない。ただ囮任務の時間帯が、偶然にもオレの暇な時だっただけだ。



木々を伝い、電信柱に飛び移る。開けた眼下に、ぶすくれた子供たちを発見し、自然と口端が上がる。
気配だけではまだ気付けない、頼りない部下たちの頭頂部を眺め、声をかけた。
「やぁ、諸君。今日は背後から押し倒されそうになった、さる御仁を助けようとしてなー」
『はい、うっそ――ッッ』
声に反応するや、人差し指を向け、一斉に文句が飛び出てきた。下りるなり、三人は肩をいからせてまとわりついてくる。それを宥めながら、今日の任務はすごいぞとやる気を出させてやる。
「えーッ、それってすっげー任務なのか!!」
途端に目を輝かせるナルトは素直ないいお子様だが、忍びの反応としてはどうだろう。それに反して、冷めた目でこちらを見詰める二人は可愛げのないお子様だが、忍びとしては普通の反応だ。
「うんうん、すっごい任務だぞー、ナルト」
大豪邸の庭掃除っていう、なー。
黄色い頭をかき交ぜ、朗らかに笑ってやる。二人の視線がナルトを哀れそうに見ているのが気になるが、この素直さは一体どんな環境下で育めるものなのか興味深くはある。
ナルトの身近にいた奴は、よほどの馬鹿か、お人よしに違いないと決めつけ、まだ文句を吐く二人の頭をかき交ぜ、受付所へと向かった。





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7班はいつも元気です!