レッスン 1
「やだ、カカシ! やぁだぁっっ」
悲鳴じみた声を放ち、腕にしがみつく女にため息がこぼれ出た。
「悪いけど、冷めちゃったの。もうあんたを見ても、何も感じないからさ、別れてよ」
玄関先、引き留める女を振り返り、もう何回言ったか知れない言葉を繰り返す。女は狂ったように首を横に振り、信じられないと叫んだ。
「嘘よ、私だけって言ったじゃないッ。私のことが一番だって、何でもしてくれたじゃない。何でも叶えてくれたじゃないッッ」
あれほど愛しいと思えた女が、今では鬱陶しい。この身に変えても一生守ると誓ったことは真実なのに、どうしてその気持ちは長続きしないのか。
「うん、それは本当。でもね、何だか白けちゃったーの。あんた、何をするでもなしに、いつも寄りかかってばっかでさ。すぐ冷めちゃったオレも確かに悪いけど、その原因はあんたにもあるんじゃない?」
生きる活力に満ち溢れた、何よりも美しいと思っていた腕をぞんざいに振り払い、飽きることなく口づけた顔を平睨する。
どーして、こんな女に夢中になっていたのか、今では本当に謎だ。
「だ、だって、カカシが、カカシが……!!」
泣いた顔を見たくなくて、いつでも笑って欲しくて、欲しがるものは何でも買い与え、わがままを聞いて、望むままに何でもしてやりたかった。
長く艶やかな髪になってもらいたくて、自ずから櫛けずり大事にしていた髪は、今は乱れ、涙でしとどに濡れた顔に張り付いている。
それを見ても、もう何も感じない。
女の濡れた目とかち合う。女の望むものをその中に見つけられなかったのか。女は膝から崩れ落ちる。当然、助けるための手は出ない。
きびすを返し、何度と出入りした玄関を開く。オレの居場所だと思ったここに、再び帰ってくることはもうない。
終の住処だと思ったのーにね。
ばいばいと、誰に向けたかも知れぬ、別れの言葉を口の中で転がし、一歩を踏み出す寸前、女のか細い声が聞こえた。
「、死ぬわ…」
足が止まる。それを見計らい、女は叫んだ。
「カカシが出ていくなら、私、死ぬッッ!! ねぇ、私、死んじゃうよ?! カカシがいないと私、死ぬから! 出ていかないで、ずっと側にいてよ! あなたがいないと私もうダメなんだからッッ。今更ひどいよッ、あんまりよ!」
嗚咽混じりの声に、すっと頭が冷えた。唯一残っていた少しばかりの憐憫も消えてなくなる。
どいつもこいつも同じだ。まるで変わりはしない。己のことばかりで、人の気も知らないで押しつけてくる。
汚い執着心と、依存心の固まり。
「カカシ…」
出ていこうとしない俺に勘違いしたのか、女は期待がこもった声で俺の名を呼ぶ。続ける言葉に、今までの女と同じ醜さを感じ、耳にも入れたくなくて途中で遮った。
「あいし」
「勝手にすれば」
玄関をくぐる。狂ったようにオレの名を呼ぶ、元恋人の声は、いつもと同じで醜悪さだけが際立つ。
「いつもと同じ…ねぇ」
自分の家へと歩みを進める。久しぶりに帰る家は、いつもと同様に埃まみれで、寝れたものではないのだろう。
いつになったら、まともな恋愛ができるものかと、さっき別れた女の顔を思いだそうとして失敗した。これもまたいつものことだと、自嘲的な笑いがこぼれ出る。
いつもそう。
好意を抱き、交際を申し込む。付き合った当初は、懐に抱くように、一つの傷もつけないように大事にしていたのに、ふと夢から覚めるようにその情熱は冷めている。
何かの間違いだと認めない努力だってした。でも、ダメだった。
一度、気づいたことは二度と裏返らない。我慢した分だけ、嫌気は差し、最後は別れを切り出してしまう。
女たちはこぞって嫌がったが、聞く耳は持てなかった。
今まで散々良い思いをしたでショ。写輪眼の女ともてはやされ、優越感に浸れたでショ。高価な衣服を身にまとい、極上の装飾品で着飾り、一流の食材を使い舌を肥やしたじゃない。技師に恥じない腕で、毎夜夢を見せた。何をするにもあんたの手は煩わせないで、俺はかしずいてきたじゃないの。十分でショ。十分、満足したはずだーよね。
――だから、オレを解放してちょうだい。
泣き叫ぶ女にそう告げ、俺は去る。
一度も後ろを振り返らないせいか、オレの記憶から女たちの顔は消えた。
「あーぁ、もうダメかもねぇ。イチャパラは所詮、作りものか」
ポーチに入った本を取りだし、ぱらぱらとめくる。
久しぶりに見るそれは、口では絵空事だといいつつ、やっぱり憧れる。
「どこかに、俺の運命の人はいなーいのかねぇ」
夕焼けで染まる町並みを見つめ、息を吐く。その上空を一羽で鳴きながら山の塒(ねぐら)に向かって飛ぶカラスを、ぼんやりと見送った。
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盆休みを使って完結まで突っ走りたい、です!( ゚Д゚)