「あー。これは本当にだめかもしれないねぇ。せめて、イチャイチャパラダ
イスの最新作が出るまでは何とか生きていたかったんだけど〜ね」
ため息と共にこぼれた言葉は、誰に届く事もなく空中で消える。
火影の里がすでに目の前に見える場所まで来ているというのに、指先一つ動かない己の体。
はたけカカシともあろう者がこんな情けない最期を迎えるなんて、果たして誰が予想できただろうか。全身に広がる毒は、じわりじわりと確実に死を呼び寄せている。
Sランクの任務にしては楽勝だったなーと侮り、最後の最後で気を抜いてしまったのが運の尽き。
相手に止めを刺し、任務完了とばかりにくるりと背を向けた途端、激しく打ちつける鼓動。
一歩一歩踏み出すごとに揺らぐ視界。
あれぇ? もしかしてしくじっちゃった? と思ったが後の祭りだ。
いつ傷つけられたのか分からない程の右腕のかすかな切り傷。
Sランク=相手が毒使いのSランクだったと思いだした時には心身喪失寸前。
地面と口づけをするかのように傾ぐ自らの身体にクナイを突き立て、かろうじて意識を保つ。
ぼたぼたと太腿から流れる赤い液体との等価交換で得た、幾分かはっきりとした視界。
さあ、ここからが勝負だ。全身を毒が犯すのが速いか、それとも里にたどり着くのが速いか。まあ、これぐらいじゃないとSランクの意味ないよ〜ねと、カカシは余裕を抱いていたのだが……。
結果はこの様だ。
「あー。目の前が霞んできちゃった〜よ。これは本格的にお迎えが来ちゃったみたいだ〜ね」
ぼやけていく視界にゆっくりと瞼を閉じる。
カカシは別に死が怖いわけでも何でもない。自分が居なくなった所でさほど世界は変わらないだろう。むしろ何事もなかったように、明日になる。何となくだが、それがちょっぴり癪だな、と思っただけだった。
ほんの少しの悔恨と、ようやく死んだあいつ等に会いに行く事が出来るなぁ、なんて呑気に考えるカカシ。
なんだかんだで、まだ結構な余裕があるようだ。
こういう時ってさ、都合よく誰かが通りかかってくれちゃったりとかしない? とか未だに考えている辺り、彼の死期はまだ当分やってきそうにない感じがする……が、確実に彼の身体は全身を毒で犯されていた。
ドクン。
一際大きく脈打つ心臓。最後の抵抗と呼べる心臓の鼓動は、徐々に弱まっていく。本格的に死と隣り合わせになるカカシ。
薄くなる意識。
「カカ――せ――――い」
とうとう幻聴まで聞こえてきたか。だが、どうせならこんな野太い男の声ではなく、綺麗な透き通る歌声のような女の声がよかったなぁとカカシは心底思った。
「カカシ――せん――っ!」
やけにハッキリと聞こえた声。しかも、どうにも聞き覚えのある声だ。
「カカシ先生っ!!」
あー思い出したくないけれど、思い出してしまった。と、心の中でがっくりとうなだれる。
――――あの甘ちゃんの声だ。うわぁ、嫌だなあ。よりによって最後に聞いた声がコレかよ。
うみのイルカ。彼が声の主だ。
中忍試験の時に顔を合わせ、意見がぶつかって以来の再会だ。しかも、最悪の再会。
カカシとしては、彼に絶対自分の弱いところを見せたくはなかった。これはどう贔屓目に考えても、あの熱血甘ちゃん先生のことだ。自分を里まで運んで、処置をしてくれるだろうと容易に想像がつく。
それは、いい。死神もまだ、カカシを見初めなかったという事なのだろう。いや、むしろイルカが死神を追い払ってくれたのかもしれない。そこの所は感謝しておこう。
だが、こういった連中は、助けられた後が面倒なのだ。
恩着せがましく、馴れ馴れしくしてくるわ、何かにつけては頼ってくるわで鬱陶しいことこの上ない。しかも、あの劣悪な顔合わせをしたイルカ先生だ。
どうせ、他の連中と変わらないだろう。
だからこそ、彼にはある意味、一番助けられたくなかった。
出来るなら、このまま息を引き取りたいぐらいなのだが、カカシの脳裏にイチャイチャパラダイスが横切った。
一切言う事を聞いてくれない身体。
わずかに稼働する脳。若干の意識のある中、結局カカシは、イルカの手に寄って一命を取り留めるのだった。
******
「で? どーして、俺はあんたの世話になっちゃてるわーけ?」
「しょうがないでしょうが。ベッドがいっぱいで、他に行く所がないんだから。正直、こっちだって迷惑してるんですからね! どうして、カカシ先生と一つ屋根の下で同居なんかしなくちゃいけないんですか。しかも、全身麻痺とか……泣きたいですよ、もう」
「ところで、今日の夕飯は何?」
「俺の話ちゃんと聞いてました!? さっさと治って出てってくださいよ!」
「そうしたいのは山々なんだけどねー。これが思った以上に強力な毒だったみたいでね。こっちだってさっさと出ていきたいんですけどねぇ。あ、筑前煮が食べたいなぁ。イルカ先生、今晩はそれでよろしくね」
「さっさと、出てけ! このタダ飯ぐらいがっ!」
イルカの絶叫が轟く中、布団の上でごろりと寝返りをうつカカシ。
結局、イルカに助けられたカカシは、そのまま医療班の所へ運んでもらったのだが、先の任務での負傷者が多く、重傷者以外は、治療を終えたら各自で安静にするという事になったのだ。
カカシも、ある程度の治療が済んだので、そのまま自宅で静養となったが、思ったよりもやっかいな症状だった。
一命はとりとめたものの、一週間近くは身体がいうことを利かないという状態。
そうなると、誰か看護に着く者が必要となってくる。しかし、生憎と医療班は重傷者の看護で手一杯。しかも、医療班が着く程の重傷ではない。そこで、たまたま居合わせてしまったイルカに託されてしまった。
もちろん、イルカもカカシもこれには猛反対だった。
「冗談じゃないーよ! どうして、俺がこんなむっさい男に看病されなきゃいけないの!」
「そうですよ! 俺だって嫌ですよ! ってか、どうして俺なんですか! 他にもいるでしょ? あ! 三代目、ちょうどいい所に! ちょっと聞いて下さいよ」
補足として、カカシは身体の自由は利かなくても口だけは達者だった。
せめて、口も麻痺していればイルカもすんなりと受け入れたのかもしれないが……。
たまたま医療班の様子を見に来ていた三代目に何とかこの場を収めてもらおうと、イルカは喜々として声をかけた。しかし――――。
「事態が事態だ。仕方ないではないか。今更他の者を探している時間もないしのぉ。それに、次から次へと外からの任務が多くての。人員を割いてる時間がもったいないんじゃ。これも縁だと思って……いや、任務と思って全うせい」
という御上の一言で、イルカがカカシの看護をし、なおかつ同棲する事になったのだった。
「ったく、三代目直々じゃなかったらとっくにこんな任務、他の忍に押しつけてるっての……」
ぶちぶちと愚痴をつぶやくイルカの声をBGMに、カカシは再びごろりと寝返りをうった。
じっとイルカを見れば、文句を言いつつも、きちんとこちらのリクエストの夕食の準備にとりかかってくれている。
イルカと同棲して一週間経つが、彼はどうやら今までカカシが関わってきた人とは少し勝手が違っていた。
看護される立場とは言え、一応自分は上忍で、イルカの上司的立場にあたる。だのに、イルカはまるで同等……いや、下手したら下忍のような接し方をしてくるのだ。
こちらは病人だと言うのに朝から叩き起こす。
「身体が麻痺してるから食べられない。食べさせてくれ」と言えば、「なら食うな」ときたものだ。渋々、無理に身体を動かし食べれば、「よくできました」と笑顔で返される。
「俺はあんたの生徒ですか?」と心で訴えるも、カカシも悪い気はせず、寧ろくすぐったい気持ちで素直にそのまま食べ続けたり……。
好き嫌いをすれば、本気で怒り、普段は動け動け言うくせに、動いてケガをしそうになったら本気で心配したり……。
口では悪く言っているが、ちゃんとカカシの看護兼お世話もする。
最初の頃は、それも写輪眼のカカシに恩を売っておけば、後々見返りがあるだろうという考えかと思っていたが、イルカの場合は端からその考えがないようだった。
カカシは遠回しに一度、イルカに言ってみた事があったのだ。
どうせ、あんたが俺の世話をしてんのも、後ろ盾が欲しいからだろ? という意味を込めて。
するとイルカは嫌悪感丸だしの表情を作ると、こう言った。
「そんな事考えてたんですか? バカですか?」
それ以上何も返ってこなかったのだ。これにはさすがのカカシも開いた口がふさがらなかった。その上――――。
「何、あほ顔してるんですか? ほら、そんな事考えてる暇あるんだったら、身体動かす練習して下さいよ。そしてさっさと治して出てって下さいね♪」
と、極上の笑顔で返されてしまったのだ。
では、一体この男は何のために自分の世話を焼いているのだろうか?
三代目に言われたからかと、聞いてみたが、あきれた顔をされただけでまたもそれ以上の答えは聞けなかった。
結局、イルカの意図が分からず、今日まで観察してきたカカシなのだが……。
トントンとまな板をたたく包丁の音を聞きながら、じっとイルカの後ろ姿を見続けていたカカシ。
「やっぱり、理解不能だーね」
「え? 何か言いましたかー?」
イルカが首を少しだけ傾け返事をするも、カカシは「何も」と言うと背中を向けてしまった。
「暇なら、少しは身体を動かすようにして下さいね。でないと治るもんも治りませんよー」
そんなカカシの様子を一切気にする事もなく、淡々と手を動かしながら言ってきたイルカ。
やはり、どんな意図があってこうして自分の世話を焼いてくれているのか分からない。
不思議だーね、なんて思いながらもカカシは心の柔らかい部分が温かくて仕方ないのだった。
カカシとイルカの同棲生活が始まって二週間。
とうとうその生活も終わりを迎える事となった。
まだ、全快とは言いがたいが、カカシ一人で生活しても支障は出ないだろうと医療班からの許しが出たのだ。これで、ようやく一人の生活に戻れる! と喜んだイルカだったのだが……。
「で? どーしてまだ居るんですか!」
「えー? だって、俺まだ全快じゃないし?」
「って、みかんをのんきに食べながら言うなっ! このタダ飯ぐらいがっ! いいかげん、出てって下さいよ! そもそも、カカシ先生も最初はあんなに嫌がってたじゃないですか!」
「んぐんぐ。このみかんおいしいね、イルカ先生。もう一つもらっちゃうーよ」
「人の話を聞けえええええっ!!」
そう。未だにカカシはイルカと同棲状態だったのだ。
最初はあれだけ嫌がっていたのに、どういう風の吹き回しなのだろうか。しかも、最近に至っては何かにつけてはイルカにちょっかいを出してくる。うざったい事この上ない。
「あ。ねぇねぇ、イルカ先生。こんなにお世話になっちゃってるんだから、何か見返りとかいるよねぇ? ねぇ?」
「はぁ?」
またか。と、イルカはため息をついた。
この台詞も今日でもう何百回目だろうか?
カカシが一人で生活しても大丈夫と言われてから、急激に増えた言葉だった。
何かにつけては「見返り、見返り」と。「あんたは見返りがそんなに必要なんですか!」と怒鳴れば、「いるでしょ?」と、キョトンとして平然と答える。正直、これには辟易していた。
イルカとしては、そんな物はいらないからさっさと出ていって欲しいというのが本音であり、それを散々訴えているというのに、当の本人が聞く耳を持ってくれない。
そもそも、どうして見返りがいるのかが理解出来ないイルカだ。そんな物のために、カカシ先生の世話をしていたのではないというのに……。
「そんなくだらない事言ってるなら、さっさと出てってください。それが俺にとっての見返りだって何度言ったら分かるんですか?」
「それ、見返りって言わないよーね? ってか、なんで見返りがいらないーの? 普通欲しいでしょ? 欲しがるでしょ? そうじゃないと俺の世話なんて焼かないでしょ?」
「またその話ですか? もう何百回と言いましたよね、俺! そんな物のためにあんたを世話したんじゃないって!」
「だったら、何のために? 三代目に言われたから? 任務だから?」
「あんた実は本物のバカでしょ? バカでしょ?」
「うーあー。二回も言った! 二回も言った!」
「大事な事だから三回言いましょうか?」
眉間に皺を寄せながら言うイルカに対し、カカシはうきうきと嬉しそうにしている。
全く持って理解しがたい存在だ。
上忍ともなると、日頃の任務の厳しさ故に皆が皆、精神崩壊でも起こしてしまうのかもしれない。しかも、あの写輪眼のカカシだ。やはり、彼程の忍びになると、常人には理解しがたい精神状態なのだろう。
そんな相手とまともに取り合おうとしていた自分の方がバカなのかもしれない。そんな事を考えていた時だった。
突然、勢いよく開かれたドア。
敵襲かと構えれば、受付の同僚が肩で息をして、必死な形相でコチラを見ていた。
一体、どうしたのかとイルカが口を開きかける。だが、何故か同僚がすごい勢いで震え始めてしまった。
「は、はたけ上忍。か、か、勘弁してくださいよ」
「?」
カカシの名を呼びながら、両手を上げていく同僚。
何が起きているのかと、近づいていくイルカだがすぐにその謎が解けた。
同僚の後ろからゆっくりと現れるカカシ。
クナイをピッタリと同僚の首筋にあてがっている。
自分は構えるだけで精一杯だったというのに、さすがは上忍。
部屋のドアが開いた瞬間、すでに相手の背後をとっていたのだろう。と、そこまで感心してからハッとイルカは気づいた。
「ちょっ!? カカシ先生! あんた実は全快してるんじゃないですか!? ってかそんだけ動けるならさっさと出てけっ!!」
「ね? イルカ先生。俺、こんなに凄いんだから見返りとか当然いるよね? ね?」
「いるかっ!」
「イルカ……ダジャレとかいいから、とりあえずこの状況を何とかしてもらえないか?」
「ダジャレじゃねーよっ! ってお前、そういえば何しにきたんだ?」
ようやく、本題に移れると同僚は安堵の息をついた。
それと同時に首筋に当てられていたヒヤリとした物体も下げられる。
目を閉じ、すうっと吸われた呼気。
ゆっくりと目を開くと同僚は、はっきりと緊急事態を告げた。
「お前の生徒だった一人がさらわれた」
友人から強奪! 友人の初カカイル作品です〜v