「なぁ、女性を喜ばせる抱き方って具体的にどうすればいいんだ?」
最近、とんと飲みに顔を出さなかった同僚兼友人が、俺の奢りで飲みに行かないかと珍しく誘ってきたばかりか、常にバックについているさるお方の了承は取っていると言うものだから、日頃から積み重ねられたストレスをここで一気に晴らしてやると居酒屋へ乗り込んだ矢先の第一口に、友人三名は一瞬血の気を引かせたが、すぐさまあはははと笑って受け取めた。
普通ならば浮気宣言かと冷や汗を握る場面だが、友人たちは男の言動に耐性ができていた。



男――うみのイルカとの付き合いは長い。
気の置けない友でもあるイルカから、実は恋人ができたと微笑ましい報告を受けた時、友人たちは心からイルカの幸せを祝った。今まで仕事一筋で女気のなかったイルカにもようやく春が来たかー、おれたちも頑張らなきゃなとそんな感じで受け止めていたのに、イルカの口から恋人の名を告げられてから、友人たちの苦難の幕は上げられた。
件のある方。その名も、はたけカカシ。
里の誉れとも呼び声高い、エリート忍者。
里の中で知らない者はいないという有名人と付き合い始めたというイルカの言葉を、始め、友人たちはおろか同僚たちの誰もが信じていなかった。そればかりか、イルカは騙されているのではないかと心配していた。
だが、イルカの到底信じられない報告の翌日、そのお方は前触れもなく、友人たちの前に現れた。そして、あっけにとられる友人たちの前で、傍らにイルカを引き寄せ宣言してきた。
『うみのイルカの恋人のはたけカカシです。オレ、本気だから、みなさん、よろしくーね』
唯一覗かせた瞳を細め、頭を下げるカカシに、度肝を抜かれたことは言うまでもない。
もちろんです、こちらこそよろしくお願いします、イルカをよろしくお願いしますと、米つきバッタのように何度も頭を下げる友人たちに、カカシは頭を上げさせる態を装い小声で言ってきた。
『職場にも、きちんと触れ回っておきなさいよ。うみのイルカははたけカカシのものだってね』
その声音がどこか危険を孕んでいて、ビビった友人たちが顔を上げると、そこにはにこやかなカカシがいた。だが、細めた瞳を覗き込めば、そこには剣呑な光を湛えて、友人たちを注視している。
もしかして、牽制されている? 周りを牽制してきなさいって命令されているの?
妙な成り行きになったと肝を冷やす友人たちをよそに、「恥ずかしいから、もう止めてくださいよ」と、イルカはカカシとイチャついていた。
とんでもない人と関わってしまったのではないかと、不安を覚えた友人たちの予感は見事的中した。



それ以降、友人たちはおろか、イルカの職場関係者に対し、はたけカカシは脅すようになった。
『イルカ先生との逢瀬の時間を取りたいの。どうにかしてくれるよね?』やら、『あーぁ、今日はせっかくSランク任務を早く終わらせたのに、イルカ先生は残業かぁ。あーぁ、誰か代わりにやってくれる人はいないのかねぇ』とか、『ちょっとイルカ先生に仕事やり過ぎじゃない? アンタ、やんなさいよ』や『これ、今からアンタの仕事だから』などなど。
果ては、極秘事項に当たるカカシの帰還予定時刻を式で送るようになり、これはやり過ぎだ、幾らなんでも行き過ぎだと職員一同の総意で、火影に報告しようと考えたことは一度や二度ではない。だが、その度にカカシはどこからともなく現れ、友人、同僚たちにぶっとい釘をさしてきた。
『あんたら、余計なことを上層部ならびにイルカ先生にチクったら、オレはイルカ先生つれて里抜けするからね』と。
普通なら冗談だろと笑って聞き流すところだが、カカシの目はイっちゃっていて、友人たちは腹を括った。
里の稼ぎ頭の出奔と、しがない中忍十数人の心労。
どちらが重大かといえば、もう答えは見えたものだった。



それからは、カカシの言うことに無条件降伏で付き従った。早く帰りたいと言えば手筈を整え、イルカの仕事が多いと言えば、他の人間がその分を受け持った。
だが、ここでカカシに誤算が生まれた。
仕事大好き、真面目人間のイルカの存在だ。
カカシが手を回し、イルカに仕事を回さないようにすれば、イルカは一人でどこからともなく仕事を持ってくる。しかも、他の人間がしていたイルカの仕事を、イルカは手伝うよと積極的にこなすばかりか、同僚たちのスケジュールが過密すぎると、自ずからスケジュール変更を申し出た。
イルカの時間を確保しようとカカシが画策したことを、イルカ自身がほぼ潰し、一時期、詰めに詰め込まれていた過密スケジュールは以前と同様の量になり、そればかりかイルカが見直した分だけスムーズになるという、奇跡的な結果を起こした。
イルカは知らないことだが、カカシと付き合った当初、イルカの評判はがた落ちだったが、ここにきてイルカの株は上昇し、そればかりか心酔するものまで現れ始めた。
地獄に仏が降臨すれば、誰しも手を合わせたくなるものだ。



当然、面白くないのは、はたけカカシで。
せっかくイルカの時間を取ろうと画策していたことが全て裏目に出てしまい、カカシのお冠具合は寿命が縮むかと思えたほどだった。
最後には、友人たちの前で、仕事をしているイルカに対し無謀ともいえる特攻を仕掛けたが、見事玉砕するばかりか、職員室の床にお互いが正座し、こってり叱られている里の誉れを見たときは、胸がすくというよりは少し哀れさを感じてしまった。
それを感じたのは友人たちだけではないようで、せめてカカシが高ランク任務から帰還する日ぐらいはイルカを先に帰してやろうぜという、暗黙の了解がなされた。



しかし、上忍、里の誉れともなると、大勢の人の思惑に揉まれ過ぎて、人の好意というものが分からなくなったのか、仏心を出した友人たちに身勝手な腹いせをしてきた。



曰く。
『朱に交われば赤くなるって言うよーね?』と。
イルカと一緒にいられる時間が、友人、同僚たちよりも少ない悔しさから出た言動であろう。
つまり、イルカが浮気したらお前ら全員の責任だ、と。
そんな無茶苦茶なと猛抗議があってしかるべきだが、反抗しようものならカカシは出奔してしまうことは明白だった。
何てはた迷惑なカップルなんだと怒り半分、よくそこまで思えるなと感心半分。
友人たちは、泣く泣くイルカの身辺素行調査をする羽目になってしまった。



イルカの言動に過敏に反応する毎日。
忍びという性のためか、言葉を深読みするきらいのある友人たちは、多大な精神疲労と二次的肉体苦痛を被った。
つい先日も、イルカの「お別れしなきゃな」という言葉とカカシを結びつけてしまい、友人たちはおろか、アカデミー、受付の同僚をも巻き込んで、必死にイルカを説得したことは記憶に新しい。
そのときは、どこで聞きつけたかカカシも飛び出して、戦場でも味わえない極悪な殺気を身に浴び、うなされては夜中に飛び起き、不眠症もどきになるという後遺症を負ってしまった。
結局、イルカがお別れしたいのは、長年愛用していたジャージだと分かり、カカシの怒りも解けたのだが、巻き込まれる周りの身も考えてもらいたい。
だが、何度もこのような遣り取りを経て、友人たちはイルカがカカシに惚れ抜いていることは明確であり、天と地がひっくり返ってもイルカから別れを切り出すことはあり得ないということがようやく分かってきたため、平穏という名の日常を取り戻すことに成功した。



そういう訳で、カカシにベタ惚れで、女に奥手なイルカが浮気宣言をする訳がなく、どうせこの度の話は、女性というのは、イルカの可愛い女子生徒の話で、抱きしめる力加減が分からないとか、高い高いした方が喜ぶのだろうかという、しょうもない話に繋がるに違いないと高を括った。
「んなもん、気にするなって」
「そうだそうだ。お前、子供には大人気だろ? 大好きな先生にされることは何でも嬉しいもんだって」
「今まで通りでいいよ。傍から見て、あいつらすんげー嬉しそうに笑ってるぞ」
なーと、友人たちは笑いながら顔を見合わせる。
少しお高い酒と、いつもより上等なつまみを前にし、友人たちは酒に話に余念がない。
和気藹々と盛り上がる席の中、問いを投げかけたイルカだけが、顔をしかめていた。
「お前ら何言ってんだ? 俺が聞きたいのは、子供の接し方じゃねぇよ。その、だから、……接合というか、交わるというか、年頃の女性との夜の関係の方だ、よ」
は?
恥ずかしかったのか、視線を斜め下に伏せ、非常に小声で言ってきたイルカの言に、友人たちは身動きを止めた。そして、



「謀ったな、イルカ!!」
「わー、そういうつもりじゃないんです、そういうつもりじゃないんです!!」
「おれたちは何も知りません!」
うわぁぁぁと混乱の体でしきりに叫ぶ友人たちに、イルカは何が起きたんだと一瞬放心したが、ある可能性を思いついてイルカは落ち着けと叫んだ。
「安心しろ! これは浮気じゃないっ。カカシさんも同意だ!!」
イルカの言葉に友人たちは落ち着くかと思いきや、逆に激昂してきた。
「なおわりぃじゃねぇかよ!! お前が赤なら、オレらは朱なんだよ! 大元になっちまうんだよっ、責任問題が発生するんだよ!!」
「裏切り者! イルカの裏切り者!」
「お前なら一生あのお方だけを愛するって信じていたのに!!」
明日からどう生きていけばいいんだと、三人が輪になってお互いの肩を抱き、丸座になって泣く様に、イルカはカカシが友人たちにとんでもないことを吹き込んだ片鱗を感じ取る。
家に帰ったら説教だとイルカは心に誓い、ひとまず大混乱に陥っている友人たちを宥めることにした。
「いや、大丈夫だって! あ、あのな、引かれると思って言わなかったけど、俺が抱こうとしているのは、女性のカカシさんなんだ!!」
下手に嘘をつけば収集がつかなくなると、恥ずかしさを耐えて白状すれば、友人たちはぴたりと泣き止んだ。そればかりか、一様になんだぁと吐息をはき、今までのことはなかったかのような態度で歓談し始めた。



「……あ、あれ?」
てっきりドン引かれると思っていただけに、あっさりとスルーする友人たちに気勢が殺がれる。
もしかして忍びである彼らにとって、そういうプレイは普通だったりするのかと、知られざる忍びの夜の事情に顔を赤らめる。すると、友人の一人が、イルカの心の声を読みとり、「違うから」と訂正を入れてきた。
「普通はそんなアブノーマルなことはしねーよ。男女逆でセックスして何が楽しいんだ? 男の沽券に関わるだろが」
うんうんと重く頷く残りの友人に、だったら何故イルカの言葉は難なく受け入れられたのだろうと、深く悩む。
まさかアブノーマルな性癖持ちと認定されているのかと、男と付き合うと何でもありに見られる世間の偏見に静かに打ちのめされていれば、再び「違うから」と訂正を入れられた。
「あのなぁ。ノーマルで奥手だったお前が、男と付き合ったからって何でもありのコアなプレイを夜な夜なしているとは思ってねーよ。ただな、その……」
友人は言葉を濁し、イルカの視線を避けて他の友人たちと視線を交わした。それきり口を閉ざす友人たちに、イルカは眉根を潜める。よほどイルカには言えないことでもあるのだろうか。
「何だよ、言えよ。気になるじゃねぇか」
そこまで言ったなら全部教えろと身を乗り出すイルカに、友人たちは困った表情を浮かべる。
「何言われても怒らないし、ぜってぇカカシさんには知られないようにするから言ってくれよ!!」
頼むと懇願するイルカに、友人たちは何とも言えない表情を浮かべていたその時だった。



「うみの中忍、ご友人を追いつめてはいけませんよ。カカシ先輩が関わると、彼らには言えないことが大半ですからね」
背後から和やかな声音で窘められた。
聞き知った声に名を呼ぶより早く、友人たちがその名を叫ぶ。
『ヤマト上忍!!』
友人たちの感極まった声と、喜色も隠しもしないその態度に、イルカは驚く。
「ご一緒してもいいですか?」と、空いている席を指すヤマトに、イルカよりも早く友人たちは席を整え、ヤマトへ飲み物の注文を聞いている。
「あの、ヤマト上忍。こいつらと知り合いなんですか?」
ヤマトのビールを定員が持って来、それを一口飲んだところで、イルカは尋ねてみる。すると、答えたのはヤマトではなく友人たちの方だった。
「てめ、イルカのバッカ野郎!」
「ヤマト上忍はおれらの命の恩人だ!」
「オレたちはヤマト上忍の口添え、いや、身を投げ打ってくれたおかげで、誰一人欠けることなく明日という希望の道を信じることができたんだぞ!!」
あのときのご恩は、アカデミー受付職員共々一生忘れませんと、畳にひれ伏し、ヤマトへ頭を下げる友人たちを見て、イルカはカカシの暗躍をまざまざと感じ取る。
イルカの知らない内に、カカシが職場や友人たちに多大なる迷惑をかけていたのだと今になって気付き、イルカは友人とヤマトに深く頭を下げた。
「すいません! 今まで気付かなくて本当に申し訳ありません! 責任もってカカシさんに言い聞かせて、今後は迷惑を一切かけないようにします!! 本当に申し訳ありません!」
土下座するイルカを、ヤマトは首を振りながら起こす。これだけでは足りないと、もう一度頭を下げようとすれば、ヤマトに押しとどめられた。
「いいんです。うみの中忍は何もしないで下さい。今の状態がベストですから」
しかしと口を開き掛けるイルカに、ヤマトは感情の見えないつぶらな瞳を向け、言い切った。
「うみの中忍が今日のことを口に出したが最後、僕たちは先輩に殺されます」
飛び出た不穏な言葉にまさかと笑おうとして失敗する。
イルカを見つめる友人たちの目は、恐怖に歪んでいた。
「……ごめん。本当にごめん。俺、ここまでお前らに迷惑かけているなんて思ってなかった。……すまん」
ふがいない俺を許してくれと顔を覆うイルカに、友人たちは力なく笑った。
「いや、……お前のせいじゃないし」
「今は、慣れたし…」
「……はたけ上忍のイルカへの愛が、重いだけのことだし、な」
最後の一人の言葉に、場が暗くなる。
普段ならば幸せな恋人持ちを羨みつつからかう言葉だが、言葉通りの重すぎる愛故の行動に言葉が出てこない。
通夜のように暗くなる空気に、心まで深く落ち込んだ。



周りの喧噪と相入れない空気をかもし始めた頃、ヤマトが口を開いて話を再開させた。
「あ、そうそう。そういえばさっきの答え言ってませんよね。うみの中忍が女性になった先輩を抱くっていう話が違和感なく受け入れられたこと」
悪いけど後ろで聞かせてもらっていたんだと、ヤマトは悪びれもせずに言った。
もうカカシの話題は出したくない、聞きたくないと、イルカと友人たちは心底思っていたが、ヤマトは場の空気を読まずに続ける。
「カカシ先輩ならあり得そうだって思ったんですよ。もうじき、うみの中忍の誕生日がきますし、先輩だったら女に変化して、私の初めてあげるとか言い出しそうですからね」
まるで見てきたかのように言い当ててくるヤマトに、イルカは身の置き所がなくなる。
はぁと曖昧な言葉で相槌し、小さくなって聞いていれば、友人たちはため息混じりに問いかけてきた。
「で、お前は女の抱き方を知りたいんだよな? それも、はたけ上忍をメロメロにさせるような」
本日の議題と言ってもいい、イルカがぜひとも相談したい内容だったが、迷惑に迷惑をかけていた友人たちに今更甘えるわけにもいかないと、別の話題を口にしようとして、横から叱咤する声が飛んできた。
「おい、イルカ! あのなぁ。もうこれはイルカだけの問題じゃねぇんだって。イルカがはたけ上忍を喜ばせれば喜ばせるだけ、おれたちの境遇はすこぶる良くなる」
「そうそう。お前とはたけ上忍の仲がいいほど、オレらの寿命も伸びる」
「今更、遠慮してもらっても、散々被害に遭ったこっちとしては本当に今更感が強いんだよ」
ぶーたれた顔を作りイルカにもの申す友人に、イルカはすいませんと言うことしかできない。
恐縮しまくるイルカを見て、友人たちは最後に小さく笑うと、仕方ないというように言葉を吐いた。
「まぁ、友人として」
「気の置けない仲間として」
「んで、はた迷惑なまでに愛し合っちゃってる、希有なカップルを応援する気持ちも込めまして」
友人たちの言葉が途切れ、視線がヤマトへと向く。すると、ヤマトは苦笑を浮かべて、友人たちの言葉を続けた。
「僕も及ばずながら相談に乗りますよ、ということですか?」
さすがヤマト上忍、話が分かるなぁと盛り上がる友人たちに、鼻の付け根に痛みが走る。
厄病神と言ってもいいイルカに付き合ってくれるばかりか、皆を苦しめた諸悪の根源についての相談にも乗ってくれる心の広い友人たちに涙を禁じえない。
いい友人を持ったとしみじみと感じ入っていれば、友人は言った。



「で、女が喜ぶ抱き方だろ?」
本題に入ったことを知り、イルカは眦に浮かんだものを拭い、真剣な面持ちで切りだした友人に向き合う。
「女が喜ぶ抱き方…。それはだな」
固唾を飲み込み、友人の言葉を待つ。友人は真剣な面持ちでイルカを見つめたまま、なかなか口を開こうとはしなかった。
「そ、それは…?」
辛抱堪らずにイルカが繰り返すと、友人は表情を一転させて、にっこりと笑った。
「それはオレが知りてぇ」
爽やかに言い切る友人に、思わずイルカは「はぁ!?」と非難めいた声をあげてしまう。
友人は仕方ねーだろと手を振った。
「だってよぉ。オレ、モテねーし。女が喜んだって手応え感じるほど抱いてねーし」
本来人にはあまり話したくない悲しい話のはずだが、友人はそんなことを露とも匂わせずに堂々と主張した。それにつられてか、他の友人たちも「実は」と切り出し、同意見だと頷き始める。
「……あの、すいません……。ヤマト上忍は…?」
沈黙に包まれる席に、イルカはおそるおそるヤマトへ話を振ってみる。
友人たちがヤマトに話を振ったのは、これも含めてのことだったのかと思い知りながら、抜け目ない友人たちを少し恨めしく思う。
不敬罪に絶対当たるとびくびくしながら返答を待っていれば、ヤマトは無表情な顔で言い切った。
「僕もそっち方面は全然ですよ。女性とお近付きになる機会は皆無でしたし、そういう行為はしたことないです」
そこまで誰も聞いていないと、イルカたちは心の中で絶叫する。
ヤマトは何も思っていないのか、自分の前に出された付け出しを食べつつ、ビールを呷っている。
奇妙な沈黙が続く中、イルカたちは先ほどの発言について考えていた。
まさか、ヤマト上忍ともあろうお方がど…。
そんな、これほど出来た方がまさかのど…。
世の女の目は腐っているのか。これほどのお方にお近付きにならずに、放っておいてど…。
……ヤマト上忍、ど…。



『申し訳ありませんでした』
ヤマトに向かって横一列に並び、イルカたちは畳みに額を擦りつけて謝った。
「あれ、どうしたの?」と、ちっとも怒る気配をみせないヤマトの度量の深さにイルカたちは男泣きする。
中忍で良ければ、とびっきりのいい子を紹介します。いえ、紹介させてくださいと、友人の一人は畳に額を擦りつけて進言すれば、ヤマトは「せっかくの話だけど、今忙しいからね。落ち着いたらそのとき頼むよ」と、爽やかに言い切った。
もし己がその立場なら、頼む紹介してくれと目を血走らせて乞うところなのに、毅然と態度を崩さないヤマトの高潔な魂に、イルカたちは胸を打たれた。
「ヤマト上忍、ささ。こちらをどうぞ」
「ヤマト上忍にぜひ食していただきたい物が…」
「ヤマト上忍、次、何いかれますか?」
「ヤマト上忍、こんなお話をご存じですか?」
ヤマト上忍ヤマト上忍と、場は一気に、ヤマト上忍を囲む会に変貌していく。
目を輝かせ、憧れという眼差しをヤマトに注ぎ始めたイルカたちに、ヤマトは何かおかしい流れになったなぁと思いつつ、本題を忘れてはいなかった。



「それで、うみの中忍どうするんです? 確か、うみの中忍の誕生日は来週ですよね? カカシ先輩をきちんと喜ばせてあげられそうですか?」
核心をつく一言にイルカは息を飲み、友人たちはどうなんだとイルカへと視線を向ける。
視線が集まる中、イルカは力なく笑い、ヤマトへ注ごうとしていたビールを卓に置いた。
「……自信が全くねぇ」
両手で顔を覆うイルカに、友人たちは失望の声をあげる。
「仕方ねーだろ。俺だって、お前らと同じか、それ以下だよ。昔の彼女にだって『フツー?』って言われるばかりか、その翌日には振られちまうし、どっちかって言ったらトラウマだ、トラウマ!!」
お前もか! 同志よと、駆けより肩を抱く友人たちを受け止め、辛い体験をした仲間たちと悲しみを共にする。
「それだと埒があきませんね。……では、検証してみませんか。原因を探るには一番いい方法です」
「え!?」
『うぇ!?』
まさかの傷口に塩を塗り込む発言に固まる。
だが、ヤマトはもうすでに決めているのか、イルカを見つめ、一つも感情が見えない顔で促してきた。
「え、いや、その……」
ヤマトの視線から顔を背け、友人たちに助けを求めれば、固く抱きしめていた同志たちは瞬時にイルカの側を離れ、「がんば、イルカ」と誰もが拳を握り無言の声援を送ってきた。
あいつら……!!
裏切り者と心の中で叫ぶ。



「さぁ、イルカさん。これも先輩を喜ばせるためです。検証を始めましょう」
ずいっと顔を近づけ、ヤマトはイルカに言い聞かせてくる。
無表情が故か脅しを受けている気分に陥りながらも、イルカはもう逃げられないと悟るや、渋々口を開いた。







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説明回……。そして、テンゾウさんは存在が存在なだけに、色々と秘匿義務があってお付き合いというより、限られた人しか会えなかったのではないかと、思うが故のど…。
テンゾウさんは、普通にモテそうな気がする管理人です。






比翼 4