「どうして、こうなった……」
寝室で、期待に胸を膨らませているイルカを思い、カカシは思わずぼやいた。



本日は、待ちに待ったイルカの誕生日当日。
お邪魔虫を徹底的に排除し、二人っきりで過ごすバースデー。
カカシの手作り夕飯に、この日のために用意していた一流パシティエ作のオリジナル、イルカケーキ。
白い波間に跳ねる二匹のイルカを立体的に表現しているそれは芸術品と称してもおかしくはなく、味だって折り紙付きの一品だ。
「食べるのがもったいないですね」とはにかみながら礼を言ったイルカは、その場で押し倒したいくらい可愛かった。
だが、カカシは見失っていなかった。
本日のメインディッシュは己だということを。
今日は、今日だけは、イルカの可愛い彼女になって、慎ましくおしとやかにすべてをイルカに委ね、全身余すところなく愛される気満々だったのに。



「これが、女のオレ……」
鏡に映る薄い唇が、ひきつりながら動く。
発せられたのは普段よりも少し高いが、ハスキーボイスと言われる声音だ。身長は少し低くなり、男の時よりも線が少しだけ細くなった体には、肝心のあれが見あたらなかった。
「胸がないって、どういうことよ」
あるはずのものがないという現実に、カカシは途方に暮れる。
二つのたわわな実を収めるためにある空間は、隙間が空き、空しさを呼び込む。どうせなら完璧にと用意したイルカが好みそうな白い女性物下着も、上は用なしという有様だった。
上半身が映る洗面台の鏡を睨み、カカシは己の姿をもう一度確認する。
ミニスカナース服を着こんだ、ごいつい女。どう頑張って見ようが、何度見ようが、ごついという感想以外浮かんでこない。
元から体の線が出るようにデザインされている服だが、それが悪い方に作用して、鍛え上げられた肉体が声高に主張している。
肩幅は発達した三角筋と大胸筋のために寸足らずとなり、袖口は盛り上がった上腕二頭筋により止血せんばかりに皮膚へ食い込んでいる。下半身も下半身で、筋張った大腿筋がはち切れんばかりにスカートを押し伸ばしていた。
ミニスカナース服は着た瞬間にすでに瀕死状態だ。急激な動きをすれば、悲痛な音と共に裂けること請け合いだった。
「……アスマのこと言えないーね」
洗面台に手を突き、カカシは心底参ったと顔をうつむける。してやらかした自分の女姿に、だんだんと事の重大さが身に染みてきた。
女性の特徴が著しく欠けている、むきむきのカカシをイルカは抱いてくれるのか。
考えるまでもない、答えは否だ。
ミニスカナース服を着た、筋肉むきむき勘違い女が目の前に現れたら、襲われると判断して、攻撃されても文句は言えないだろう。カカシだって、こんな女と自宅で遭遇したら瞬殺する。
だが、女に優しく、奥手のイルカのことだ。
女になったカカシの姿に本当のことは言えず、そればかりか気遣いまくって、緊張と焦りで男性機能が働かないのではなかろうか? 自分の誕生日に好いた男が女になったというのに抱けない自分の不甲斐なさに落ち込み、今後の夜の生活がうまくいかなくなったりして……。
想像して、全身に悪寒が走る。それは絶対認められない。いや、阻止せねばならぬ案件だ。
「…要は、むっちりボインになればいいことなのよ」
己の思いつきに、そうだそうだと頷きながら、カカシは早速、印を組む。
今日日の女だって皆、矯正下着やら圧底胸パットやら、原型を止めないメイクで日夜男どもを誑し込んでいるではないか。
ならば、これからカカシがすることだって化粧などの延長線上のことだと、チャクラを練り上げた瞬間。



「っ!! カカシさんですよね!?」
背後から、素っ頓狂な声が聞こえた。
あっと思った時にはすでに遅く、イルカは瞳を輝かせてカカシに接近してきた。
顔を近づけては離し、興奮した面もちですごいすごいと連発するイルカに、カカシは変化する機会を無くす。自分の至らぬ女の姿によほどショックだったのか、近づいているイルカの気配に気付けなかった。
もう少し待っていてくれれば良かったのにと、恨めしげにカカシは鏡に映るイルカを見つめる。
「……イルカ先生、寝室で待っててって言ったじゃない」
肩を落とすカカシに、イルカは「あ、声も少し違うっ」と新しい発見に喜びながら、浮かれた様子で口を開いた。
「すいません。楽しみすぎて待てなくなったんです! カカシさん、もっと見せてください!」
手を引かれ、半ば強引に向きを変えられた。こうなれば流れに任すだけだと、カカシはイルカの好きにさせる。
「――カカシさん、綺麗です」
イルカはカカシの手を取り、頬を染めて凝視してくる。その瞳には嫌悪の感情は見られず、どちらかといえば好感触な手応えだ。
イルカの守備範囲は案外広いなと思いつつ、カカシはひとまず続行可能な現状にホッと安堵の息を漏らす。だが、それと同時に、己のむくむくともたげる感情にまずいと冷や汗を流した。
女になりさえすれば欲も薄まるかと思ったが、そんなことは全くなかった。カカシは女になっても、きらきらと目を輝かせるイルカのことを押し倒したくてうずうずしている。
気を抜けば、動き出そうとする不埒な指先を握りしめ、カカシは一抹の不安を覚えた。
果たして、こんなに美味しそうで可愛いイルカを前に、カカシはじっと我慢することができるのだろうか。
悶々としてきたカカシの頬に、イルカの手が押しあてられる。
女になると肌が敏感になるのだろうか、イルカの厚い手のひらの感触に肌が心地よいざわめきを覚えた。



「……カカシさん、俺、優しくしますから」
熱のこもった声に、ごくりと生唾を飲み込んでしまった。
イルカから仕掛けてくれる滅多に無いシチュエーション。
いつもはイルカがその気になる前にカカシが仕掛けてしまうため、始まる前から欲情しているイルカを見る機会がなかった。
きらめく瞳の奥にぎらつく光が見え、カカシの背にぞくぞくとした興奮が走った。
この状態のイルカを快楽で絡め取って、カカシが欲しいと乞わせてみたい。いつものイルカより激しい抵抗に遭うことは明白だが、それをねじ伏せた先に味わう快楽はどれほど甘いだろうか。
「え、あの…。カ、カカシさん?」
ごくりと生唾を飲み込むと同時に、イルカの顔が大接近していることに気付いた。
目をまん丸に見開き、心なしカカシから身を引くイルカの様子に、何が起きたのかと一瞬放心したが、イルカの手首を握りしめている己を見つけて、慌てて手を離した。
「あ。いやー、すいません。イルカ先生の言葉に感激しちゃって、つい」
無意識にイルカを押し倒そうとした根性無しの自分に悪態をつく。後頭部に手を回そうとしてピンと張った服に気付き手を止めた。肌に張り付いて動きを制約する服が今はとても心強い。
そんなカカシの葛藤を知らず、イルカはカカシの言葉にひどく嬉しそうな気配を出し、顔を俯けていた。
今はイルカの方が少し高いため、俯いているイルカの表情が見える。嬉しさと緊張がない交ぜになった中に、やってやったという達成感をほのかに覗かせているイルカは、うっすらと頬を染め、唇を少しすぼませてはにかんでいる。イルカの周囲にだけ可愛い花が咲き、きらきらとした光と共にイルカを飾り立てているように見えた。
まさにお花ちゃん。こんな可愛くておいしそうな存在を、カカシは知らない。



奥歯を噛みしめ、荒くなる息を根性で押し止める。
イルカの唇に噛みつき、卑猥な言葉を囁いて羞恥に悶えるイルカの体を余すところなく責め立ててやりたい。
じっとイルカの表情を見つめ、あらぬ妄想を抱いていると、イルカは我に返ったように顔を上げ、ごくりと生唾を飲み込むとカカシの手を一度強く握りしめた。
「そ、それじゃ、行きましょうっっ」
素っ頓狂な声を上げ、イルカはカカシの手を引き、歩き出す。相当に緊張しているのか、手と足が同時に出ていた。
きゅーんと胸が甘酸っぱい音を奏でる。
辛抱堪らん。
その一言に尽きた。
今にも牙を剥きそうな欲望を太股をつねることでねじ伏せ、カカシはお経よろしく自分の立場を唱える。
もしかすると、カカシにとって今晩は、特S任務に匹敵する夜となるかもしれない。
今は亡き父と師の名を呼び、胸の内で助力を乞う。願わくば、カカシの煩悩を今夜だけは鎮めてください、と。
そして、カカシは決戦の地へと足を踏み入れた。



一方のイルカはというと、すでにいっぱいいっぱいだった。
リードする形で寝室へ来たはいいが、喉から心臓が出るかと思えるほど鼓動が激しく波打っている。
そもそも、女になったカカシは美しすぎて詐欺だとイルカは思っていた。一目で見惚れてしまい、今日までに綿密に立てていた計画がぶっ飛んでしまった。
しっかりしろと己を鼓舞するが、気持ちに反して体はがたがたと震え、異様なまでの汗が吹き出る。そのくせ、喉はからっからだった。
緊張と焦りのせいだと頭の隅で分かっているものの、それを認めてしまえばろくな結果を生みそうになくて、イルカは必死でこれは室内の暑さのせいだと言い聞かせた。
ひとまずカカシを寝台に腰掛けさせ、お互い向き合う。
無言。
違う、このままではダメだ! 何とかせねば!!
劣勢なまでの己の態度に焦りつつ、イルカはあの居酒屋での夜を思い出していた。



「つまり、うみの中忍に足りないのは、相手の本心を見極める目と、女性をその気にさせる話術と気遣い、翻弄する強かさと、たまに見せる男らしさですか」
がやがやと雑踏が入り混じる居酒屋の喧騒の中、イルカは卓に額をつけて撃沈した。
ヤマトがまとめた話は、イルカには高等過ぎて、どうやってやればいいのか検討もつかない。
「ダメだなぁ、イルカはよぉ」
「情けねぇなー」
「ホント、ホント」
撃沈するイルカに友人たちは追撃の手を緩めない。
好き勝手言ってくる友人たちを睨みつけ、おまえらはできるのかと唸れば、友人たちも間髪入れず撃沈した。そればかりか、友人たちは悲嘆の涙にくれている。
まるで当てにならない友人たちを前に、どうしたらいいんだよぉとイルカも涙にくれる。
そんなイルカに手を差し伸べたのは、迷える中忍の救世主に祭り上げられたヤマトだった。
「思うのですが、無い物ねだりをするのではなく、まず自分が出来ることを着実にしてはいかがですか?」
ヤマトの至極もっともな意見に、撃沈していた面々の顔が上がる。
もっと詳しく御指導くださいと全身で乞えば、ヤマトは不思議そうな顔で続けた。
「だから、うみの中忍に限って言えば、気むずかしい上忍相手に、問題なく受付任務をこなせていますよね。だったら、気遣いや注意力は問題なくあるはずです。その強みを生かして、女の先輩にも接すればいいんじゃないですか? それに、経験だってあるなら、そのときのことを思い出しながら効果的だった部分を抽出すればいいのでは?」
ヤマトの言葉に、イルカと友人たちは目の前の大岩が砕ける音を聞いた。
「そうか! 過去の経験を元に、受付任務をこなすように事を進めればいいことだったのか!!」
勝機は見えたと腕をあげるイルカに、友人たちも拍手で応えてくれた。



そこまで思い出して、イルカは冷静さを取り戻す。要は、観察、コミュニケーション。そして、昔の彼女たちがいい反応をしてくれた箇所を重点的に!!
この勝負もらったぁぁと、イルカは行動を開始した。






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カカシ先生がそのまま女性になったらむっきむきになると信じて疑わない管理人です。
カカシ先生、修行が趣味みたいな気がするんです! 自分の肉体を自然に鍛え上げているイメージなんですっ。胸ないんです、脂肪がないんです、むっきむきになると思うんです!!

違うよ、カカシ先生は絶世美女なんだ、ばっきゃろ―な方、……イメージ崩して、すいませんm(_ _:)m






比翼 6