けものびと 1
目を覚ました直後、後頭部に鈍痛が響いた。
回らない頭と暗がりに沈んだ光景を前にして、自分の身を確認すれば、手と足を後ろに縛られ、猿ぐつわも噛まされていた。
軽く身をよじれば、手と足に掛かる重みと、金属の音がこすれあう音を聞き、金属の鎖で縛められていることを知る。
一体何が起きたと、コンクリートの床に倒れている自分を訝しんでいれば、ここにいるのはイルカだけではないことに気付く。
暗がりに慣れた目に映ったのは、コンクリートで囲まれた、遮るものがない部屋。
その中に膝を抱えて蹲っている者たちがいる。
男性、女性。年端のいかない幼子から、二十代前半の者たち。
比較的、若い世代を中心に集められている意味を解し、イルカの胸中に苦いものがこみ上げる。
十中八九、人買い集団の手に落ちたと考えることが妥当だろう。
集められた者たちは、自分たちがどうなるかをある程度予感しているのか、怯えるように気配を殺していた。
その中でも特に幼い子供が、顔を青くさせ膝を抱える姿を見て、イルカの脳裏に何かが過る。そして、事の起こりを思い出した。
ある地域の村々の連名で出された依頼。
いなくなった村人の捜索、そして村人がいなくなる原因を突き止めてもらいたい、という依頼だった。
村人が言うには、いなくなった者たちはほんの数分目を離した隙にいなくなり、それ以後姿を消す。しかも、それは身近な場所で突然起きるという。
ある者は厠へと席を外した直後いなくなり、ある者は近所へ買い物に行くと家族に告げたっきり戻らなくなった。
あちらこちらで目撃証言が出るにも関わらず、ふとした瞬間に姿は消え、それ以後行方が分からなくなる。村の中で突如起こる奇怪な現象に、代表として依頼にきた村人は憔悴した顔を晒していた。
何度も繰り返す手口といい、日常生活の中でできる一瞬の隙を狙っての犯行に、裏に潜んでいるものは大物の人身売買グループだと目をつけ、里は解決に乗り出す前に情報を求めた。
新たな村の一員としての移住者の態を取り、年配の夫婦とその息子という役割でスリーマンセルを組み、その中の息子役としてイルカはその地に訪れた。
そして、その村で情報集を始めて一か月経った時、イルカは人浚いの現場に出くわした。
それは今思い返しても目を疑う光景だった。
日課である農作業を終え、家に帰る最中のこと。
夕焼けに染まる田園に挟まれた小道を歩くイルカの少し前には、兄弟と思わしき子供が二人、仲良く手を繋いで帰路についていた。
イルカたちと同様に帰り支度を始めている村人も多く、そこは決して人通りがない閑散とした、普通の人攫いたちが狙いをつける場所ではなかった。
だが、それは突然、空からきた。
黒い影が小道を覆い、大きな羽ばたきの音を一度耳にした直後、イルカの前にいた子供たちが消えていた。そして、次の瞬間、それはイルカの身にも降りかかった。
背後から力強い何かに拘束された感触。
体を圧迫する風の音と、胃の腑が浮き上がる心地を覚えたと思った直後、体は空を飛んでいた。
瞬きする間にイルカが歩いていた小道は遠ざかり、荒々しい羽ばたき音が鼓膜を揺さぶった。
下手を打ったと思いつつも、仲間に知らせるためと、背後の何者かを怯ませるために起爆札を目の前に打ち込み、発動の印を切った。
途端に大きな爆炎と音が響き渡り、 背後の何者かは怯んだようにイルカの腕の拘束を緩めた。それを振り切るように潜り抜け、振り返り様に懐に持っていたクナイを打ち込もうと振りかぶり、思わず手を止めてしまった。
イルカの背後にいた者、ここ近隣の村の者たちを浚ったであろう者は、人ではなかった。
猛禽類を彷彿とさせる鋭い嘴と、豊かな羽毛。
巨大な翼を背につけ鳥の顔したそれは、衣服を身に着けた格好で、突然の目くらましを嫌い、自分の目を翼とは違う手で覆い、苦悶していた。
信じられない思いに気を取られ、イルカの体は相手に打撃を与える間もなく落下し始める。
気を散らしたのが悪かったのか。
上空に佇む異形の者を凝視していたイルカには、横から新手が接近していることに気付けなかった。
最後に覚えているのは、後頭部を貫いた衝撃と持っていたクナイを取りこぼした感触だった。
全てを思い出し、何の冗談かと悪態をつきたくなる。
まさか異形の者が人を浚っていたなど誰が考えつこうか。
今更になって焦り始めたイルカの耳に、足音が聞こえてきた。
質量のある、人とは違う足音に、体が震える。
イルカ以外の者たちも近づくそれに気付いたのか、誰からともなく悲鳴がこぼれ出ていた。
あの小さな幼子も恐怖に顔を引きつらせ、がたがたと体を震わせ始める。
猿ぐつわを噛みしめ、思い切り体を振った。だが恨めしいことに、鎖はひどく重く丈夫な作りのようで音は立つが微塵も動きはしなかった。
くそ、くそくそくそ!!
チャクラはふんだんにあるが、印を組もうにも後ろ手で拘束されているために使えなかった。こうなるならば、高度だとはいえ片手印の習得をしておくのだったと、向上心のなかった過去の己を恨む。
全身で暴れ、どうにか突破口を見つけようともがくイルカの努力も空しく、この部屋で唯一の出入り口である扉がゆっくりと開いた。
現れたのは、身の丈3メートルはあるかと思える、巨大な獅子の顔をした異形の者。獅子は手に鞭を持ち、上等なスーツを着込んでいた。
唸り声のような音を発した直後、後ろに控えていた、異形の者たちがわらわらと室内へと入り込んだ。
途端につんざくような悲鳴があがる。
嫌がり、拒む者たちを歯牙にもかけず、淡々と捕まえ連れ出していく中、その獅子の顔をした者はパニックに陥る者たちを睥睨しながら、イルカに目を止め、口を釣り上げた。
暴れる体を止め、獅子の目を真っ向から睨み返した。
抵抗できない自分を認めたくなかったのもある。だが、それよりも、これからどんな最悪な状況に貶められるのか想像ができず、何かに怒りをぶつけていなければ恐怖で震えてしまいそうだった。
任務は失敗。 いや、それよりもイルカはここから生きて再び木の葉に帰れるのか疑問だった。
******
一体何の冗談だとイルカは鏡を前に泣きたくなった。
獅子の顔をした者に鎖で拘束されたまま檻へ入れられ、イルカと同じように檻に入れられた人が陳列されている、広いドームへ運び込まれたまでは、まだイルカの想像の範疇内だったのだ。浚われてきた以上、どこかに売り飛ばされるのは当然と言えば当然のこと。
だがそこで、買い手であろう、獣の顔を持つ服を着た二本足で立つ者たちにじろじろ見られた後、ゴリラの顔をした者が現れたことで状況は一変した。
ゴリラはイルカを見つめ、視線を合わせるなり、胸を叩いたり腕を天に突き上げたりと、何やらひどく興奮した行動をイルカに見せつけ、檻の傍についていた獣人と何やら交渉しだした。
一体何が起きるのだと横になったまま静観しているイルカの前で、獣人はゴリラと握手をした後、檻に布をかけた。
視界を隠され、不安に思う間もなく、檻は突如ぐらぐらと揺れ出し、動き出した。
動きからして、誰かがイルカがいる檻を担ぎ上げ、歩き始めたらしい。
もしかしなくてもあのゴリラだろう。
分厚い金属製の檻を持ち上げられる膂力は化け物じみていて、さすがに目まいを覚えた。
遅くもなく早くもなく、一定の速さで歩みを進めた後、地響きと共に下へとおろされた。
これから何が起きるのか警戒するイルカに、ゴリラは布を取り払うと、くぐもった音を発しながら檻のカギを開けた。そして、イルカの首へ怪しげな首輪をつけた後、鎖を外され、檻から出された。
そこは、五メートルはあろうかという柵に囲まれた、芝生が植え込まれた広場。犬を走らせるにはちょうどいい広さのそこで、ゴリラは野太い声で吠えた後、突然イルカに襲い掛かってきたのだ。
突然の強襲にびびりながらも気合を入れ、ゴリラの遅いが力のこもった拳を見切り、重い蹴りを避けた。
手っ取り早く忍術を使っていなせば勝てる見込みはあった。だが、ここはイルカにとっては帰り道も分からない未知の世界だ。しかも獣が人のように暮らしているでたらめなところで目立つことは取り返しのつかないことになりそうで、イルカは忍術を自粛し、ある程度自分は戦えることを示そうと、肉弾戦で挑んだ。
だが、拳や蹴りを打ち込むものの、ゴリラの強靭な肉体にはちっともダメージを与えられないばかりか、チャクラで保護しているはずの拳や足に痺れと痛みが走る有様だった。
こうなれば残るは体力勝負だと、逃げの一手に専念して十数分後、突然ゴリラは手を止め、何か吠えた後、胸を叩く行動をした。
それを機に、いつからいたのか、数人の獣人が現れ、ゴリラと何かやり取りをした後、イルカの元へと近づいてきた。
警戒するイルカに、犬の顔をした獣人はお尻から出ている尻尾を腹の下にくっつけ、四角い箱状の何かを取り出した。その瞬間、イルカの体に電流が走り、気付けば目の前は暗くなっていた。
そして、目が覚めて驚いた。
気付けば清潔な大きなクッションの上に寝かされているばかりか、透明なガラスで囲まれた、やたらとピンク色が使われている部屋にいた。
四方は全てガラス張りだったため、外がどうなっているのかよくわかる。
白を基調とした広々とした場所に、陳列台が置かれ、洋服がつるされていたり、折りたたまれて綺麗に並べられている。
星や吹き出し型に切り取られたカラフルな紙に何か絵のようなものが書いてあるが、イルカには初めて目にするもので一体何が書かれてあるのか分からなかった。
ここからでは陳列台に邪魔されて見えないが、奥にはここと同様のガラス張りの部屋があり、この室内にいる獣人たちはそちらの方に集まっているようだ。
ここは店らしい。洋服が置いてあることから、獣人たちの衣服を扱っているところかと想像するが、それにしては服が小さい気がする。
一体何の店だろうと疑問に思いつつも、通りに面している外へと視線を向ける。
外の風景は驚くほどイルカたちが暮らしているところと遜色がない。いや、もしかしたらこちらの方が文明が発達しているのではないかと思われた。
綺麗なタイルで整備された道と街頭、落ち着いた色調で統一された店舗が並んでいる。遠くの方には、やけに尖がった高い建物や、煌びやかな建物も見えた。
しばし外の風景をぼうぜんと眺めていると、イルカの前を通り過ぎる通行人から嫌というほど視線を向けられた。
店舗の大通りに面した場所に置かれているということは、見世物としてイルカはここに置かれているのかもしれない。
獣人の表情はよくわからないが、好意的ではないそれに居心地が悪くなり、背を向けてイルカがいる室内を確認することにした。
広さは六畳程度だろうか。
完全に仕切りに囲まれた箇所が奥の隅に一角あり、床にはピンク色の可愛いうさぎのぬいぐるみや、ファンシーな小物類であふれ返っていた。
イルカが寝ていたクッションも桃色で、やたらとレースが使われている。
一体どういうことだと混乱しつつ、ふと視線を落とし自分の格好に気付いて、イルカは思わず叫んでしまった。
「なんじゃこりゃあぁぁあ!!!」
ピンク色の裾の長いワンピース。
ふりふりの白いレースがふんだんに使われ、やたらと光るビーズがあちらこちらに散りばめられているばかりか、スカート部分の裾がふんわりと膨らむように細工が施してあった。
足元はレースがついた白いハイソックスと、ピンク色の靴を履かされている。
やたらと乙女チックなそれに目まいを覚え、頭を抱えれば、肩口を流れる髪に気付く。
まさかと嫌な予感を覚え、部屋の中に鎮座してあった鏡台の前に滑り込めば、鏡の中の己の顔が歪んだ。
平素ならば前髪と後ろ髪を一緒に縛っていたイルカのざんばら髪は、今では前髪を捩じってピンで上部で留められ、かわいらしい花で彩られていた。
「なんでやぁぁぁぁ!!! って、マジか、横は三つ編みで後ろにまとめてって、なんでやぁぁぁ!!」
目まぐるしいまでに変わる状況にイルカは頭を抱える。
本当に泣きたい。一体、何が何でどうしてこうなった!!!
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飼い主獣人とペット女子〇生のパロ作品となります。
こちらの獣人は二本足歩行の服着ている獣でお願いします!!
もっふもっふだぞ!!