けものびと 3





「……あの、お騒がせしてすいません。うちの店長、気に入った子が入ると私情が入るんですよ。でも、店長が私情が入る分、他のヒトにはない何かがある子なので、きっと気に入っていただけると思います」
 店長の仕置きはロルフに任せ、ロビンが代わりに接客を勤める。
 店長とロルフのやり取りを呆然と見ていた狼の客は、振り返るなり、いい笑顔でロビンへ言い切った。
「ええ、オレの天使ですから!!」
 ずれた発言をする狼の客に、ロビンは内心、店長と同類かと危ぶみつつ、表情にはおくびにも出さずに話を切り出した。
「それでは、お客様。おっしゃっていたヒトですが、店頭の値段は間違っておりますので、正規の値段でお売りすることができます。こちらの不手際、大変申し訳ありませんでした。しかしながら、経緯が経緯ですのでお止めになっても」
「いいえ、店頭価格でお願いします」
 一瞬、ロビンは聞き間違えたかと思った。
 目の前には、店長の数々の暴言と非礼を受けたお客がいる。そのお客はさきほどの騒動など大して気にしてない素振りで、あまつさえ非常に機嫌のいい様子で、ロビンも初めて見るブラックカードを無造作に手渡そうとしていた。
 にこっとなけなしの笑みを作り、ロビンは再度口を開く。
「適正価格は3万エンとなり」
 ますのでそのお代をと続けようとしたロビンの声は、目の前の狼から発せられる気により沈黙した。
「オレの、唯一の、天使が。そんな、はした金であるはずが、なーいよね?」
 お前は何か、オレの天使にケチをつけてるのかとロビンを射殺しそうな眼光で、ブラックカードを突きつける狼に、ロビンはまずいものを相手にしてしまったとひたすら後悔しながら、黙って受け取った。
 ぼったくろうとする店はあれど、ぼったくられようとする客など見たことがない。
 店としては有り得ないほどの利益を生んだ訳だが、ヒトを愛する(愛玩として)ロビンの第六感が妙な危機感を伝えてくる。
 果たしてこれは売っていい客だったのかと悩むロビンを気にも留めず、狼の客はロビンへ天使(客の呼称)の譲り渡しを早くと迫る。
 譲り渡す前に、これだけは譲れぬと、ヒトを飼うときの誓約書ならびに住所氏名、勤め先をきっちりと明記させ、ロビンは客へ天使(客の呼称)と引き合わせることにした。


「ひ、引き合わせる前に少々説明をさせていただきます。本日、お引き取りいただくヒトですが、少々特殊なヒトとなりまして」
 ゴリラ種の店長と渡り合える身体能力を持っていることと、安全措置として電気ショックを与える首輪をつけている旨を伝え、そのボタンと安全な使い方を説明しようとしたところで、狼の客は低い声で唸った。
「首輪、だと? キサマ、オレの天使にいい度胸してるな」
 さきほどまでの大人しい客から一転、誓約書に記された、カカシという名の狼は、ロビンの胸倉を掴み上げ、血走った目をこちらに向けてくる。
「お、お客さまー! 落ち着いてください! こちらも致し方なく、ヒト管理法で定められている規則を遵守した次第でありましてっ!!」
 お客様の天使だということが分かっていれば、こんなことはしなかったと苦し紛れに叫べば、カカシは怒気を引っ込ませ、ロビンを床に下すとにっこりと笑った。
「んー、それなら仕方なーいね。そうだよねぇ。オレの天使って分かったのはつい数分前だもんねぇ」
 にまにまと嬉しそうに顔をほころばせ、尻尾を左右に振っているカカシに、ロビンはこの売買は失敗してしまったかもしれないと心底悔やむのだった。
 真後ろで展示室の鍵を開けろと急かされつつ、ロビンはこのカカシに買われるヒトの安否を気に病みながら、鍵を差し込み、扉を開けた。


 「ふぁ」やら「くぁ」やら、感極まった声が背後から聞こえる。
 興奮甚だしい様子のカカシに落ち着いてもらおうと振り返ったところで、カカシの立派な銀色の尻尾が大きく膨らむ様を見た、次の瞬間。
「オレのらぶりーちゃーみぃ天使ぃぃぃ!!!」
 ロビンを押しのけ、カカシの体が跳ねた。
 さすがは獣人の中で俊敏性と攻撃性を誇る狼族。
 ロビンの身の丈は軽く超えるジャンプを見せ、そのまま一直線に天使へと向かう。
 警戒心もあらわにこちらを睨んでいた天使もさすがに驚いたのか、店長を翻弄した素早さでカカシを避けようと動いたが、カカシの素早さはそれを上回っていた。
 空中でフェイントを入れる無駄に高度な動きを見せるなり、天使の背後をとった途端、その腕に抱きしめる。
「-----------!!?」
 背後から拘束されたことに気付いたのか、天使がヒト語で素っ頓狂な声をあげる。
 口調が早すぎて聞き取れなかったが、たぶん「何をする」的なことを言っているのだと思う。
 じたばたと暴れ出した天使を意に介することもなく、カカシは尻尾を高速で振り回しながら、天使の首筋や襟首から鼻を突っ込み、容赦なく匂いを嗅ぎ始めた。
「っっ!? ------! -----っっ!!」
「ふぅぅぅ。やっぱりオレの天使。さいっこー、好き、好き好き好き好き」
 匂いを嗅ぐだけでは飽き足らず、服から覗く皮膚に舌を這わせた時点で、ロビンはようやく意識を取り戻し、店頭で暴挙を犯すカカシへ叫んだ。


「お、お客様ー!? そういうことは自宅に帰ってやってくださいませんか!?」
 ここはあくまでヒトを純粋に愛するペットショップなのだ。歪んだ性癖を持つ者が利用する非合法なペットショップではない。
 狼族は気に入ったものには自分の匂いをつけないと気が済まないという習性があることは、獣人たちにとって周知の事実だが、それでも店先で堂々とやられると良からぬ噂が立ちそうだ。
「お客様、本当に困ります! やめ、ぶっ」
 ロビンの言葉など耳に届いていないと様子で、長い舌で首筋から顔をまで舐めようとしている。カカシの行動を止めるべく一歩踏み出したロビンは、次の瞬間後ろへと引っ張られた。
 為す術もなく仰向けで倒れるロビンの目の前に映ったのは、怒気を辛うじて押さえているが、やる気満々の店長の姿だった。


「大丈夫か、ロビン」
 ロルフが手を出し、声を掛けてくる。その手を借りながら、起き上がるロビンに、ロルフは苦い顔を向けた。
「もう売買契約は結んだんだろ?」
 あえて問うその言葉に、自分がやはりまずい相手に売ってしまったのだと顔色を失くすロビン。だが、ロルフは仕方ないと首を横に振った。
「あの狼族相手にきちんと誓約書を書かせただけすごいよ。こっちとしては、あのヒトが狼族に望まないことをされないように気をつけてやることと、アフターケアをきっちりこなすことだ」
 まずは店頭での危うい行為を止めさせると、はっきりとした口調で言い切ったロルフに、さすがは影の支配者とロビンが心をときめかせたところで、展示室からヒトを胸に抱いたカカシの襟首をつかみ、問答無用で連れ出した店長が姿を見せた。


「天使ぃ、オレの天使ぃぃ」
「ぅっ!! ---!!?」
 カカシはトリップしているのか、店長に首根っこを掴まれたことにも気づかない様子で、天使の匂いを堪能している。
 店長はあくまでヒトに怪我をさせないようにと慎重にカカシを床に下した後、腕を横に振り上げ、カカシの額を手のひらで強打した。
「っっっ!!!」
「!? ! !」
 店長の攻撃に、声もなく床に崩れ落ちるカカシ。
 天使を傷つけることなく、カカシだけ狙ったその手腕に、スタッフは思わず拍手を送る。店長はスタッフの拍手に大したことはしてないわと手を振り、いまだ天使を胸に抱きしめて離そうとしないカカシの横へ腰を据えた。
「ちょっと、あんた。起きなさいよ。そんなに力入れてないわよ? ロビン、この客の誓約書と書類持ってきて」
 朦朧としているカカシの顔をぱんぱんと無慈悲に叩き、正気を取り戻させつつ、店長はロビンが持ってきた書類を真剣な顔で読み進める。


「っ、一体何してくれてやがんだ、このゴリラ!!!」
 がうっと鋭い歯をむき出しにして威嚇するカカシへ、店長は平然とした顔でいなす。
「あんたがうちの店を貶めるような行為するからでしょ。まぁ、それはぎりぎりいいのよ。あんた狼族だからね。それより、今から二、三質問するけど、答えなさい」
 上から目線の物言いに腹が立ったのか、カカシの瞳に剣呑な光が宿る。だが、それすらも飲み込まんばかりの冷徹な眼差しを店長は向けた。
 ヒトのためならば狼族とも真正面から戦う姿勢を見せる店長の雄姿に、ロビンは胸が熱くなる。こういう店長だからこそ、ロビンは一生この店に骨を埋めようと思ったのだ。
 ロビンが熱い眼差しで見つめる店長は、カカシと向き合い、ごつい指を一本立てた。


「まず一つ目。あんた、カカシっていうそうだけど、配偶者ならびに恋人、又は家族と一緒に暮らしている?」
 なんでそんなこと答えなければならないと噛みつきそうなカカシに、店長は「ルルちゃんが欲しくないの?」と脅す。その言葉に、カカシは天使を胸に抱いたまま、床に正座してはきはきと答えた。
「はたけカカシ、26歳。妻および恋人もおりません。天涯孤独の独り身です!」
 堂々と言い切るカカシに、場の空気が微妙なものとなる。天涯孤独の独り身と嬉しそうに話す獣人を初めて見た。
 だが店長は場の空気を尻目に、眉間に皺を寄せ疑いの目を向ける。
「えー。本当かしらぁ? あんた、嫌味なくらいブランド物の服着てるし、その顔だし、獣人界でいまだ上を行く抱かれたい種族のトップを張っているあんたが独り身ぃ?」
 うっそ、信じらんなーいと店長の煽るような言い方に、カカシは目をきらきらと輝かせて答える。きっとこの客人は、天使と暮らせる王手だと張り切っているのだろう。
「はい! 確かに若いころは体だけの付き合いだけは多くありましたが、私が見初める者は皆無。財力やら見た目だけを見て、あっけなく股を開くばかりか、自ら股を開いて誘惑する女より、そこら辺の草の方がよほど好感度があることを自覚し、ここ数年はずっと独り身で、仕事一筋に生きていましたっ」
 カカシの言葉はえぐかった。
 カカシの見た目の良さで、ほんの少し女性店員から好意的に見られていたカカシは、今の言葉により完全に敵に回る。
 女性店員から敵意の眼差しを受けるカカシはそれに気付きもせず、今か今かと店長からお許しをもらえることを待っている。
 対する店長は、カカシの言葉にひどくダメージを受けたようで、顔を覆い、ぼそぼそと嘆いていた。
「なお悪いわ。あぁ、もぅ、本当、狼族ってやつは……」
 まだ、まだなのと尻尾を振り回しながら、店長の隙をついては、天使の首元や首筋、耳の裏に鼻づらを引っ付け、カカシは匂いを嗅いでいる。距離が空いているにも関わらず、ふがふがと大きな鼻息が聞こえた。
 カカシの胸の中で拘束されている天使は、無表情のままなされるがままその行為を受け止めている。天使の黒い瞳が死んだように沈んでいるのは、不憫さしか感じない。


「はぁ。それじゃ二つ目。あんた、ヒトを飼う意味を理解してる? この子はれっきとした一つの人格を持っているの。あんたがこの子の所有者になるとはいえ、この子の意志はこの子だけのものよ。あんたの思い通りにはならないことだって出てくるし、それに伴って問題が山のように起きてくるわ。それでも、あんたはこの子の味方になってあげられる? ヒトは長くてこれから五十年は生きるわ。その間、ずっと、いいえ、生涯にわたって、この子の味方になれる?」
 ヒトを受け渡す前に、店長が客へ問う言葉だった。
 それに一瞬でも怯めば、店長は客へヒトを受け渡すことはしない。
 この店でヒトを飼うことが許されるのは、ヒトに対する覚悟と意志を店長に認められた者だけを指す。
 カカシはどうかとロビンが視線を向ければ、カカシは今まで浮かれていた表情を消すと、真顔になっていた。真摯な瞳で店長を見る態度からして、カカシの言葉は聞かなくても分かった。
「もちろん。このヒトはオレの全てです。例え世界を敵に回そうとも、オレはこのヒトの側で、一生尽くし愛すことを誓う」
 瞳と同様の真に迫った言葉に、店長が一瞬怯むのが分かった。
 確かにカカシほどこれから飼うヒトに対してこのような熱い言葉を使った客はいない。この店始まって以来の熱烈的な言葉ともいえる。
 カカシの言葉を受け、店長は重苦しいため息を吐いた後、あとはおなざりに三つ目と呟いた。
「最後に、あんた、死ぬんじゃないわよ。この子を置いて死ぬなんてしたら、あの世まで行ってぶん殴りに行くからね」
 三つ目の言葉は問いというより、店長が認めた証だ。
「……それでは?」
 予感を感じ取ったのか、カカシの耳がひくひくと動いている。
「えぇ、ルルちゃんは、今日からあなたの子よ。一生大事にして、……泣かしたらただじゃおかないわよっ」
 うっすらと瞳に涙を浮かべ、憎まれ口をたたく店長の言葉に、カカシの顔が明るくなる。


「天使ぃぃぃぃ、オレだけの天使ぃぃぃ!! 今日からずっと一緒に暮らそうねぇぇぇ」
 きゃーと奇声をあげて立ち上がるなり、ぐったりとした天使を胸に抱いて、カカシはその場でくるくると回った。
 その傍らには「ルルちゃぁん」と泣き崩れる店長がいる。
 カオスだと思いつつも、ここに新たなヒトの飼い主となる者が誕生したことに、ロビンは店員一同で拍手をし、それを祝った。


『ありがとうございましたー!!』
 意気揚々と、天使を胸に抱きしめ、大量の荷物を背中に負ぶって店を出たカカシを、店員一同で外に出て見送った。
 今日中に引き取ると血眼になって宣言したカカシに、店長は涙ながらにそうしてやりなさいと指示をし、超特急で契約は結ばれた。
 国や地方に出すヒトの所有契約書を作る合間に、カカシは天使のためにと、店の中にあるものを際限なく買い取ったため、この店始まって以来の高売り上げとなった。
 カカシの見送りを終え、臨時ボーナスが出るぞと浮かれる店員たちの中、店長はいまだにその巨体を萎ませ、悲しみに暮れていた。
「店長、元気出してくださいよ。あれだけ愛情深い飼い主はいませんから、きっとルルは幸せになりますよ」
 店長の隣にいるロルフが励ましの言葉を掛ける。それにロビンも頷いていれば、店長はきっと鋭い目でロルフとロビンを睨むと、「今日は店終いなさい。ロルフとロビンはこっちにいらっしゃい」と指示を出して店の奥へと入る。
 ロルフとロビンで顔を合わせて首を傾げつつ、店奥の店長室へと向かえば、店長室で何やら不穏な気配を滲ませる店長と出くわした。


「どうかしたんです、店長?」
 いい話ではない気がして、ロビンはおずおずと切り出せば、店長はかっと目を見開いた。
「これもいい機会だから言っておくわ! この資料を御覧なさい!」
 店長が取り出したのは、机の鍵付きの引き出しにあるものだ。
 二冊のファイルの一つを開けてみれば、新聞の記事が丁寧に貼られてある。ロルフも残る一冊を開いて、ぱらぱらとめくり、そうして何かに気付いたのか、顔を上げた。
「……店長、これって」
 店長は重々しくため息を吐くと、小さく頷きを返した。
「ええ。全て狼族の記事よ」
 思わぬことにロビンは戸惑う。店長は狼族に対して警戒するような何かがあったのだろうか。
 そんなことを思いつつ、ファイルの中、ふと見付けた。開けてすぐ、一番目に張られてある記事にある小さな写真。
 そこには店長らしきゴリラ族の少年が写り込んでいた。
「ええ、それはあたしよ。親がヒトの中買取業者しててね。ちょうど現場に居合わせたの」
 店長の言葉にロルフが顔を近付ける。見やすいように机に置いて広げれば、店長が説明をし始めた。
「内容はこうよ。『狼族の青年がヒトを強奪した。飼い主は半死半生の目に遭い、中買取業者もその騒動に巻き込まれて負傷した』ってね。その記事通りの話よ。ニュースに数秒放送されるだけの単なる話題。ただね、当事者たちはそうじゃなかった」
 店長は顔を手で覆った後に上へと滑らせ、再びため息を吐く。
「この狼族の青年は、ヒトを番と見定めたの。所有者を持つヒトを自分の伴侶だと言い放ったわ」
 店長の言葉に、短い毛が逆立った気がした。ロルフもそうなのか、尻尾がぴんと斜め横に立ち上がっている。
「……番。伴侶って……」
 忙しなく視線が散るロルフ。ロビンもちりちりとした焦燥が体を襲い、身の置き所がなくなった。


 獣人の世界で言われることがある。
 子だくさんになりたいのなら鼠、起伏のない平坦な生き方を望むならナマケモノ。友愛を求めるならば犬。愛したいなら猫。そして、生涯愛され続けたいなら狼、と。
 それぞれの獣人が持つ特性を表した言葉で、獣人それぞれの個性には勝てないが、単なる言葉遊びとしてよく口ずさまれる、それ。
 だが、中には例外もあり、その例外こそが狼だった。
 昔から狼族は自分の番を求め、それに一生愛を誓う習性をも持つ。それは種族を超えた広いもので、番を見つけた狼族はその相手に愛をひたすら乞い、その者しか見なくなるという。
 相手が誰であろうと怯まない。その相手を手に入れるためには手段を選ばず、場合によっては殺すことさえ辞さない、過激なそれ。
 幼少時、親から言われたものだ。
 もしお前が狼族から求婚を受けたらならば、黙って頷きなさい。それが唯一、化け物を黙らせる方法だから、と。
 幸いなことに、狼族自体、種として少ない獣人のため、親から口酸っぱく言われたことを思い出すこともあまりなかったのだが、ここに来ての遭遇に言葉を失う。
 ロルフもロビンと同じ考えに至ったのか、黙り込んでいる。だが、ここで黙っていても仕方なく。


「……つまり、店長は……。あの狼族のはたけカカシは、ペットとしてルルを購入したわけではなく、狼族の生涯の伴侶として……その」
 続く言葉が言い辛くて口ごもったロビンの後を引き取り、ロルフが言った。
「生涯の伴侶、番として、ルルを引き取ったと言いたいのですか?」
 対する店長は重々しくも頷いた。
 ひっと思わず変な声をあげるロビンへ、店長は痛む頭を宥めるように両こめかみへ指先を押し当てている。
「あんたたちも見たでしょう? ルルちゃんを見た時のあのテンション。憚らずに威嚇する態度、有り余る独占欲。あたしの問いに対してのあの言葉も事実よ。あれは、ルルちゃんに対して言葉通りのことをやってみせるわ」
 ひぃぃっと隣から素っ頓狂な悲鳴が聞こえた。狼族、何て因果な生き物なのだ。
「い、いや、でもオス」
「あのねぇ。私が何のために色々と狼族の資料集めたと思ってるの。あいつら、本当に節操なしだから。性別何て些細なことは気にしない、自然の摂理を外れた生き方してるから」
 嘘だと思うなら、資料全部読みなさいと言われ、ロビンは一縷の望みをかけて手早く読み込む。
 そして、数分後。
 苦し紛れに出したロビンの言い分は目の前の資料にて潰された。
 はぁとため息を吐きながら、店長は遠い目で部屋の天井を見つめる。
「ルルちゃんは私が飼うつもりだったのに……」
 ぐすぐすと鼻をすする店長に、あの特別展示室は単なる自分の気に入ったものを見せびらかしたかっただけにすぎなかったことが判明した。
 売る気もないのに見せびらかして、横から?っ攫われたという図式か。しかも、化け物相手に。


 うぅぅと悲嘆に泣き出した店長に、それも致し方ないかとロビンは思う。
 あまりにも相手が悪すぎる。番を奪おうとする相手に、狼族は容赦しない。最悪、この店は潰れ、全員皆殺しの憂き目に遭っていたかもしれないのだから。
 まぁ、店長、気を落とさずと何にもならない慰めを口にしようとして、店長が「ちなみに」と声をあげる。


「あの節操なし狼のカカシってやつ、ルルちゃんが伴侶だとか番だとか、全く気付いてないから。話を聞く限り、あいつ絶対恋愛音痴よ。恋の一つもしていないもんだから、自分の感情が理解できてないに違いないわ。……せいぜい苦しめばいいのよっ」
 ふんと鼻息荒く憎まれ口をたたいた店長に、ロルフとロビンは顔を合わせて苦笑いするしかなかった。
 願わくば、あのルルというヒトが、真っ当な人生を送れるように。
 ……たぶん、無理だけど。





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溺愛系カカシ。うむ(満足げ)