けものびと 4



この状況は何だろうと、イルカは思う。
目の前には和風、中華、西洋といったありとあらゆる料理が机に並べられ、その料理を挟んで、大きな銀色の狼がイルカと向き合い座っている。
イルカより少し高い身長の狼は、その体格に似合う大きな尻尾をぶんぶんと左右に振り回していた。



ゴリラがいた店舗から、イルカは場所を移動した。移動は、狼に横向きに抱き上げられてのものだった。
目まぐるしく変わる状況についていけず、おまけに抱き上げている狼の力はイルカには対抗できない力強さということもあり、体力温存のためと自分を説得して抱かれるまま運ばれた。
その狼がやって来たのは、首をまっ直角にしても上が見えない、巨大なビルだった。
品の良い茶系の色のレンガを組み合わされているそれは、高級感が漂っている。
木の葉では、ボロいアパートの二階に住むイルカからすれば、畏れ多いとも感じられる場所であり、居心地が悪くなっていれば、狼はイルカの頭を何故か優しく撫でてくれた。
「*○*@§#&££¥℃」
イルカの耳には聞き取れない、吠え声しか思えない声をだし、狼はドアの入り口へと進む。
無音で開閉したドアの向こうは別世界だった。



出迎えたのは、開放感が広がるホールと、大きな柱。
上には柔らかな光を落とすシャンデリアが燦然と輝き、床は象牙色をした石造りで、埃一つ落ちていないばかりか、床自体が顔が写るほどまで磨き上げられ、シャンデリアの柔らかい光を反射している。
大きなホールの中央には、丸みを帯びた石作りのカウンターがあり、その中にスーツを着込んだ獣人が、カカシとイルカに頭を下げ、何事か声を掛けてきた。
それに狼獣人は言葉を返し、走り寄ってきた制服を身に着けた獣人に、腕に通していた荷物を全て渡すと、迷いもない足取りで奥へと進む。
後ろから荷物を手にした獣人が追ってくる様を確認していると、狼獣人は足を止めた。
イルカの目の前には、中央に線が入ったつるぺたな扉があった。他にもその隣と、真後ろに二つ、同じような扉がある。
一体これは何だと思う間もなく、イルカの耳に何かが下りてくる微かな音が聞こえた。その発生源は目の前の扉らしい。
滑らかな音を立てて、扉の前で何かが止まった直後、ポーンという音と同時に扉が勝手に開いた。
思わずびくりと体を動かすイルカへ、狼獣人は体を震わせ、イルカの頭を何度か撫でると、そのまま扉の中に入っていく。
見慣れない場所に体が勝手に緊張してしまう。
扉の中はそれほど広くもない四角い部屋だった。そして、その部屋の奥に一面に嵌め込まれた鏡を見て、イルカは顔から火が噴きそうになった。



真っピンクのワンピースを着込んだ、男のイルカ。
可愛らしい服だが、着る人物によってはこれほど凶悪なものに成り下がるのかと絶望し切れない。
狼獣人はきっちりとしたスーツ。後ろに控える獣人たちも品の良い制服に身を包んでいるため、イルカの格好だけが奇抜過ぎて、一人だけ異様に目立っていた。
いっそのこと殺せぇぇと、冗談でも思ってはいけないことを思いながら、鏡から顔を背けた時、小部屋が突然動き始めた。
「っ、な!」
思わず声をあげ、何が起きているか知ろうと周囲を探る。
上から圧力がかかってきたそれに、何かの術かと戦闘態勢に入るイルカへ、狼獣人はそっとイルカの顔に口を寄せ、宥めるような声で何か言った。
「#$%%*P@%&」
反射的に狼獣人の顎に掌底を食らわせそうになったのを理性で止め、顔を上げる。
狼獣人は尖った口端を上向かせ、ひどく優し気な眼差しをイルカへ向けていた。狼獣人の気負わない態度に警戒心が少しだけ緩む。
先ほど、イルカに掛けた言葉は大丈夫だと言ったのかもしれない。
余分に力が入った体を緩めたそのとき、狼獣人の服を掴んでいた自分の指先を見つけた。
慌てて離して、両手を腹の上に乗せて身を小さくする。
情けない。無意識に縋っていた自分が非常に居たたまれない。
狼獣人はくぅんと小さく残念がるように鳴いたが、イルカは顔を頑として上げなかった。本当に情けなさすぎる。
そうしている間に、小部屋は急に動きをゆっくりとさせると、反動をつけながら止まった。
胃の腑が浮き上がるような変な心地に鳥肌を立てていると、開いた扉から狼獣人は小部屋から出る。
下と同様の、四つのつるぺたな扉がある場所から、左に折れ、左右に伸びる廊下に出た。
淡い色合いの壁が続く、落ち着いた深緑と渋い赤でデザインされた、ふかふかの絨毯が敷き詰められている廊下を進んでいると、壁に埋め込まれたドアが現れた。



後ろにいた獣人が進んで前に出て、ドア横の平べったい黒い石のようなものにカードをかざすと、ドアを開いて、狼獣人を通す。
狼獣人は言葉少なに何か告げ、一人だけ先に奥へと進んだ。
現れたのは、大きな玄関で、そこで狼獣人は靴を脱ぐと、横幅に広い廊下を進み、扉を開けた。
途端に広がるのはこれまた広い空間で、驚くべきはその奥。本来壁があるはずのそこはガラスとなっており、外の景色が180度望めた。
時刻は夕刻のようで、右側から低い位置で光が差し込んでいる。
外の景色から方角を見当つけつつ、ペットショップからここの位置を想像する。歩いて十分くらい。大した移動距離ではない。だがそこから得られる情報は、まだまだ少なすぎる。
しかし、この窓の景色から拾えそうな情報はごまんとあるなと、つらつらと考え込んでいれば、狼獣人はまるで壊れ物を扱うように、ふかふかなソファへイルカを下した。
鎖にでも繋げられるのかなと、自分の立場がどういうものかを薄々と感じ始めたイルカは、諦念と共に受け止めようとしたが、狼獣人はイルカの頭を数度撫でるなり、どこかへ行ってしまった。
そのときには後ろからついてきた獣人たちはこの部屋から出て行った後だった。どうやら荷物を運ぶためだけについてきたようだ。
あっさりと自由行動を許す狼獣人に内心驚きながら、イルカはチャンスとばかりにガラス張りの壁に近づき、外を見た。
そして、知る。ここがとんでもない高さの上にいることを。



「……どうすんだよ、これ」
ガラスに顔をつけ、下を見て唸る。
まず人が見えない。道路を車が走っているのが辛うじて見える程度だ。
ペットショップから外を見た時、高い建物があると思っていたそれが、イルカのいるこことは比べ物にならないほど低いことが分かった。
下手したら雲よりも高いのではないかと妙な冷や汗を感じながら、イルカは何か有益な情報はないかと下を探る。
しかし、有益どころかイルカにとってまずい情報しか見つからない。
どうもこの建物は取り掛かりが一切ないつるりとした壁で出来ているらしく、いくらイルカがチャクラを使って壁を垂直に上がりのぼりが出来るとしても、この高さから下に降りるまでは相当な時間がかかると思われた。おまけに、このガラス張りの壁がいけない。中から丸見え仕様であり、遮蔽物が一切ない建物では致命的とも言えた。
夜だったらバレないかもしれないが、ここにいる者たちの生活を把握せねば、あっという間に命取りとなる。
それに、何より、この狼の生活パターンを知ることが先決だと、つい気が焦る自分を窘める。
そうだ。まずは、この狼との共同生活をうまくやることが先決だ。ここまでの様子からして、狼はイルカのことを可愛いペットだと思っているのだろう。
成長しきった大の男に可愛いもへったくれもないが、獣の感性はイルカには理解しかねる。
態のいい可愛いペットを演じながら、抜け出す道を探りつつ、ここの情報を集めて、木の葉の里に戻る。その後のことは、里の意向に従うのみだ。
瞬間、売り出される前に見た、子供たちの様子に胸が痛んだが、イルカとてどうなる身の上か分からない。せめてイルカのようにいい獣人に飼われることを祈っていれば、背後から気配がした。


「@*#$&!」
振り返れば、狼獣人はスーツから幾分過ごしやすそうな格好に着替えている。そして、狼獣人の前のテーブルには湯気が立った料理が並んでいた。
途端に腹が空いていることを自覚したイルカは、狼獣人の手招きに誘われるように、そちらへ近づいた。



そして、冒頭に戻る。
ペットだから床で食べろと言われるのかと思ったイルカだったが、狼獣人はイルカのために椅子を引き、そこに座らせるなり、イルカの真正面の席に自分も座り、さぁどうぞと言わんばかりに尻尾を振っている。
目の前には、料理がたくさん。
手づかみかとこれまた危惧したイルカの予想を反して、フォークやスプーン、そして箸までもがイルカの前に置かれてある。
だが、一つだけ決定的におかしいことがあった。
イルカの前には料理がある。だが、何故か銀色狼の前には缶詰が一個あった。そして、カプセル。十個はありそうなカプセルと缶詰だけがそこに鎮座していた。
「どういうことだ……」
何故、イルカは料理。狼獣人は缶詰とカプセルだけなのか。
もしかして獣人はこういう料理は食べないのかと訝しむが、狼獣人の前にある缶詰は、イルカでも分かる魚の、しかもサンマの絵柄が描かれてあった。
イルカの不審げな眼差しに気付くことなく、狼獣人は缶切りで缶詰を開けている。
「%&#$@*%~」
尻尾を振り回し、嬉しそうに何か言う狼獣人に首を捻りつつ、腹も空いたことだしイルカも食べることにした。
「いただきます」
手を合わせて、ぺこりと頭を下げる。
変な薬を使われてないか心配はするものの、こちらとて中忍だ。そこそこ毒物耐性はつけてある。
箸を掴んで、取り皿に料理を盛る。
狼獣人はじーっとイルカの様子を見つめていたが、気にすまいと無視して口に料理を運んだ。
そして、途端に顔が歪む。
毒物の味はしない。普通の料理なのは間違いない。だが。



味が全くしねぇ!!
思わず口を押えて呻く。
味がしないというのは語弊がある。素材の味はするのだ。ちゃんと、それこそ食材その物の味は。
だが、それだけ。
妙に薄く、水っぽい味のそれは、致命的な何かの欠如を意味していた。
きっとこれは一つ手をくわえたら極上の代物になる。
長年自炊をしていたイルカの舌がたけり狂ってあるものを求めた。


「……塩だ。塩。おい、あんた、塩、寄越せ」
「?」
きょとんと首を傾げる狼獣人に、イルカは頬を引きつらせる。
「し・お。塩って言ってんだよ! あー、もういい。自分で探す」
困ったように右往左往し始める狼獣人に、イルカは席を立ち、台所だと思われる場所に足を進めた。
狼獣人は急に行動し始めたイルカに不安を覚えたのか、後ろから慌ててついてくる。
部屋と一体化している台所に色々と思うところはあるが、イルカは塩を求めて行動を開始した。
綺麗に埃一つないというより、自炊を全くしていない台所を睨み付け、塩が入っていると思わしき容器を手に取り、味見する。そして目的の物を発見した後、しばし考え、台所にある調味料を全て出してみた。


「%&#? *@+=&%?」
狼獣人が後ろで何やら困惑しているが、イルカは無視した。ここの情報を集めるとなると一朝一夕にはいくまい。となると、その間の美味しい料理はイルカにとって非常に大事なモチベーションとなる。
おまけに狼獣人がイルカにどこまで許すかの線引きが知れる。今すぐ狼獣人をどうこうしようとは思わないが、何かが起きた時にはそういうことも考えつつ、狼獣人の出方を窺った。
だが、好き勝手するイルカを前に、狼獣人は一切こちらの行動を妨げることはしない。試しに包丁を手に取っても、狼獣人は見つめるだけで特に反応はなかった。
ペットとして考えてもこの態度はありなのかとほんの少し疑問に思ったが、イルカにとって都合がいいのでスルーする。
台所には一通りの調味料と、調理器具があったことを確認し、イルカは踵を返してテーブルの料理を運ぶと、それを鍋に入れて、足りないと思われる調味料を足す。
火にかけようと、こちらは馴染みのあるコンロに手を触れれば、一瞬だけ狼獣人から動揺する気配を感じたが、イルカが手慣れた様子で火を調節していることを確認し、落ち着いたようだった。
イルカからすれば、獣なのに火を使える方が逆にすごいと思う。
途中、鍋やフライパンを返す時に、やたらとヒラヒラしたレースに料理が跳ね返ってついてしまったが、イルカにとっては知ったこっちゃない。むしろどんどん汚して着れないようにしてやると、豪快にフライパンを返してやった。
そして、数十分後。
「よっしゃー。出来上がり、と」
テーブルに再び料理を配置し、イルカは席に着く。その後に狼獣人もイルカに倣って席についた。
「はい、では改めましていただきます」
ぱんと手を合わせて、頭を下げれば、狼獣人は不思議そうな顔をしながらもイルカを真似て手を合わせて頭を下げてきた。
その仕草は妙に子供じみていて、思わずイルカは破願する。まぁ、色々あったが、この狼獣人は良い人の部類に入るのだろう。


「ん、うまい」
味付けしなおした料理を皿にとり、口に含めば思った通り素晴らしい。
考えれば起きてから何も食べていなかったと、がんがんと食べ進めていれば、こちらをじっと見つめる気配に気付く。
何だと顔を上げれば、狼獣人の瞳は潤み、耳と尻尾が少しだけ下がっている。
お預けをくらった犬のような顔に、イルカは思わず吹き出す。
「ふ、あんた、何て顔してんですか。だいたいこれあんたが買ってきたものでしょうに。食べたいなら、食べればいいじゃないですか。ほら」
言葉は通じないと分かっているものの、普通に喋って、空いた皿に料理をよそってやる。見た目が狼だから肉中心がいいかなと思いつつも、ちょっとした嫌がらせで穀物や野菜などもふんだんに置いて、狼獣人の前に差し出した。
「@#$%?」
首を傾げる狼獣人に、どうぞと頷いてやれば、狼獣人はおそるおそるスプーンを手に持ち、イルカが盛ってやった皿からすくって口に入れた。
「ぅっ!」
途端に何事か呻いた声に、やっぱり口に合わないかと思ったのも束の間、狼獣人は無我夢中といった様子で皿に盛られた料理をがっつき始めた。どうやら口にあったらしい。
尻尾を振り回して、喜び食べる様子に、何となく昔近所で買われていた大型犬を思い出しながら、イルカも負けじと口に運ぶ。
狼獣人は皿の上の料理を食べ終えた後、何かを期待するようにイルカを見つめてきた。
勝手に好きなものを取ればいいのにと思いつつ、イルカの許しがないと食べられないと思っている風な狼獣人に、仕方ないなぁと追加の料理を皿に盛ってやった。
そのまま二人で料理を順調に腹に収め、お腹がいっぱいになる頃には並べられた料理は全て食べ尽くしていた。


「ふー。食べた食べた。ごちそうさまでした」
両手を合わせて一礼。すると、狼獣人も両手を合わせて、一礼した。おまけに何かもにょもにょと言っている。
イルカの言葉を真似しようとしていることに気付いて、嬉しくなってしまった。
食後にお茶でも飲みたいところだが、それは些か楽観的すぎるだろう。代わりにおいてある水を飲み干し、後片付けをしようと立ち上がる。
狼獣人もつられて立ち上がる様を見ながら、イルカは食べ終えた食器を重ねて台所の方へと向かった。後ろから狼獣人も食器を運ぶ気配を感じながら、この生活は何となくうまくいくのではないかと密かに思った。
台所の水場に立ち、食器を洗うイルカを右往左往して所在投げに歩き回る狼獣人を捕まえ、布巾で洗ったものを拭いて所定場所に戻せと身振り手振りで言ってやれば、狼獣人はご機嫌でそれに従ってくれた。
重ね重ねペットとしてこの態度はどうだと思わないでもないが、狼獣人はどちらかといえば喜んでいるので深く考えないことにした。


食器を洗い終わった後、腹辺りが濡れたこともあり、風呂に入って新しい服も欲しいと訴えれば、狼獣人は首を傾げるだけだった。
そこでイルカは自分で勝手に物色することに決め、風呂とまともな服を得ることができた。
途中、狼獣人の服を物色しているイルカに、何かを言いながら今日買ったものを見せてきたが、イルカは断固として狼獣人の服を着ると主張した。
買ったものを無駄にする気かと怒られるかとも思ったが、予想に反して狼獣人は、自分の服をイルカが着ることを認めてくれた。
風呂は、素晴らしく清潔なタイルとシャワーと大きな湯船がついており、発見した時は歓声をあげてしまった。
後ろからついてくる狼獣人の了承も得ずに、それを簡単に洗い、湯を張り、いざ入ろうとすれば、何故か狼獣人も一緒にくっついてきた。
さすがにペットを一人で風呂に入らせるのは危険だと思ったのだろう。
狼獣人はイルカの一挙手一投足をつぶさに見つめ、何かと手を出そうとしてくる。
だが、イルカとて何も分からない小動物ではない。体を擦るスポンジを奪われそうになるのをやんわりと止め、髪の毛を洗おうとする手を断り、湯船に一緒に入ろうとする体を押しのけ、どうにかして風呂を堪能することができた。
風呂から上がれば上がったで、体を拭こうとにじりよってきたが、狼獣人の方がびしょ濡れの有様なのを見かねて、逆にイルカが体を拭いてやった。
ついでに興が乗って、ドライヤーとブラシで綺麗に整えてやれば、狼獣人の銀色の毛並みは輝かんばかりの色を発し、毛並みはひどく滑らかな触り心地となった。
その代わりに抜け毛が大量に出て、それが体に引っ付いて、もう一度シャワーを浴びることになったが、概ね満足できた。



「……なーんか調子狂うんだけどなぁ」
ソファに座っているイルカの膝に頭を乗せ、ご機嫌な様子で尻尾を振っている狼獣人の頭を撫でながら、イルカはぼやく。
あのゴリラ獣人の元にいる時は、一体どんなイビラレ生活が待っていることかと不安でいっぱいだったが、この狼獣人に連れられて来てみれば、何の不自由もなくイルカの思うとおりに行動できている。
無防備に懐き、好意を寄せてくれる狼獣人には悪いが、イルカはここから出なくてはならない身の上だ。
騙すようで悪いが、この暮らしを維持しつつ、木の葉に戻る手立てを考えなければならない。
「この人が協力してくんねぇかなぁ。……無理だろうなぁ」
考え事に捕らわれ、手が止まっていたことが嫌だったのか、狼獣人がきゅーんと誘うように鳴いてきた。
ふと視線を落とせば、縋るような灰青色の瞳がこちらを見上げている。よくよく見れば、両目の色が違う。右目が灰青で、左目は赤い色だ。おまけに左目の眉から頬にかけて縦に一直線に傷がついていた。
毛並みに隠れていて分からなかったが、ひどい怪我だったようだ。気が生えなくなったそこはつるりとした皮膚が盛り上がっていた。
ごめんごめんと小さく笑いながら、頭から頬、痛々しい傷跡の残る目元を優しく大きく撫でれば、鼻から息を抜きながら目を細める。
その仕草がひどく愛らしく映るばかりか、胸にほわっとした温かい感情が灯った。


「……まずいなぁ」
狼獣人を撫でる手を止めず、一人ぼやく。
「俺、犬も好きなんだよなぁ」
きゅんきゅんと嬉しそうに鳴いて、イルカの手に縋りつく大きな獣に早くも情が沸いてくる己を自覚して、深くため息を吐いた。




戻る/ 5



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カカシさんは全力でかわい子ぶります(無意識)。
それに絆されるイルカくん(よく考えたら未成年だ!! このイルカてんてー!)