けものびと 7



 カカシは上機嫌に歩いていた。
 隣にはカカシの、カカシだけの天使が自分の手を握り横を歩いている。
 カカシが二人でお出かけする用に買っていた、狼の耳と尻尾がついたパーカーと、ジーンズとスニーカー。
 動きやすい格好が好きな天使はその服装を見て喜んでいたが、耳と尻尾がついていることに気付いた瞬間、何故か肩を落としたがそれはカカシの見間違いだろう。だってとっても似合っているのだから。
 そして条例で仕方なく、本当に仕方なく天使の首にはカカシのペットを示す首輪が巻いてあるが、天使はカカシの葛藤を察したように嫌がることもなく、というより自ら進んで分捕って己からその忌まわしい首輪をつけてくれている。
 カカシの天使なのに、ペットではなくカカシの元に舞い降りた唯一の天使であるというのに、国が定めた法律はとことんカカシを苦しめる。
 カカシの天使は傍から見ればペットであるヒトだ。そのヒトの身分証明でもある首輪がないと野良認定され、国が捕獲処分する対象となってしまう。
 カカシは天使のためなら国と戦うことも辞さない覚悟だったが、そうなることで起こる血の惨劇を、汚れなき無垢な天使の瞳に映していいものかとひどく悩んだ。
 だが天使は天使だったらしい。
 そんな小さいこと気にしないで、私はあなたと早く外に行きたいのとばかりに自ずから首輪をつけてくれたのだ。
「もぉ~、オレって愛されちゃってるよねぇ~!!」
 迸るパッションが抑え切れず、あおおおんと遠吠えしてしまい、若干天使に引かれたが、カカシの天使だ。天使はカカシを愛してくれているので何ら問題ないのだ。


「んふふふ、天使はどこに行きたいの~?」
 カカシの手を握ったまま、きょろきょろと辺りを見回す天使の好奇心の高さに顔がにやける。
 真剣な顔で通りを見たり、店を見たり、遠くを見たりと、カカシの天使は外の光景を気に入ってくれたらしい。
 「くせぇ! お前、帰れ!!」と髭熊アスマに怒鳴られ、会社からも帰りなさいと早退を勧められ、仕事に何故か厳しい天使に怒られるのが嫌でアスマを説得役選んで、天使がアスマに興味を持った時はこの熊どうしてやろう、今晩の夕飯は熊鍋かと思われたが、今思い返せば全てが順調だ。いや、天使と過ごせる時間が増え、あまつさえご機嫌な天使を見ることができたので非常に有意義な時間といえよう。
 これからも昼飯には腐……発酵した豆を食べ、故意に糸をくっつけ早期退社しようと決心したところで、横から天使が引っ張ってきた。


「ん? 何何? なんか欲しいものでもあった~?」
 蕩けるような甘い声をあげたカカシに、天使は目を輝かせて一件のお店を指差した。
 通りに面して立つ大型の本屋だ。どうやら天使は知的好奇心が旺盛らしい。
 きらきらと目を光らせてカカシを見上げる天使の愛らしさに思わず相好を崩しながら、カカシは天使が望むままに本屋へと足を向ける。
 入口にあるガラス張りの自動ドアが開く瞬間、カカシの手をぐっと握りしめる天使がとても可愛い。カカシの部屋へ連れていく際も、マンションの自動ドアに驚いていたようだから、天使が住んでいたところにはなかったものらしい。
 きっと天使のところでは、天使のために天使に尽くす下々たちが手動で天使の前に塞がる扉という扉を開けていたに違いない。


 今度から己が率先して、天使を先導する役目を果たそうと心に誓い、有限実行とばかりに店内へ入るとこちらへ向かう気配をとらえる。
「お客さま、すいませんが、ここはペットの入店は禁」
「あ゛?」
 走り寄り注意した店員へ、カカシは表情を豹変させた。
 犬獣人である店員はカカシの威嚇に、耳を即寝かせ、尻尾を股の間に入れ込む。
「今、ペットって言った? オレの愛らしくも尊い天使に向かって、お前は今、ペットって言った、の?」
 地を這う声音と鬼の如きカカシは店員を見下ろす。
 店員は「いえその」と要領を得ない言葉をつぶやきながら、カカシの威嚇に飲まれて固まっていた。
「@、”#$&%¥+*:”#?」
 自分たちの目の前に立ったまま動かなくなった天使は不思議そうな顔で、カカシを見上げて何か問いを発した。
 天使が何を問うているのか分からず、もどかしい思いに駆られながらも、カカシは打って変わって菩薩の如き表情を天使へ向け、何も心配することはないと告げる。


「大丈夫だーよ。天使は何も心配することはなーいの。ちょっと躾のなってない店員に制裁するだけだから、天使は欲しい本持っておいで」
天使に向かってニコリと笑えば、天使は戸惑っていたがカカシの再三の促しにより、ようやく本を探しに行った。
本当にうちの天使は謙虚で優しくて思いやりがあって賢くて可愛くてどうしようかしら。
ちらちらと何度も振り返りカカシを気にする天使へ手を振りつつ、固まる店員へと向き直った。ぶっちゃけこいつに関わる時間が惜しくてならない。
「今からここの責任者呼んでくれる? 余計なことは口に出さず、木の葉コーポレーションのはたけカカシって名前出して、今、すぐ」
 懐から出したブラックカードをちらつかせ、カカシは言い放つ。
 店員は耳を寝かせ、尻尾を腹にくっつけ、脱兎のごとく奥へと走っていった。
 ひとまずうるさい輩を処理したところで、カカシは天使の元へとスキップ交じりに歩み寄る。カカシの高性能の鼻は天使の居場所を目を閉じていても連れて行ってくれる。
 ここの本棚を超えた先に天使はいる。だけどその前にと、カカシは本棚の影からそっと顔を覗かせて天使の姿を確認した。


 天使は絵本のコーナーに佇んでおり、どの本を買おうかと吟味している様子だ。
 真後ろからでは天使の顔が見れないと、素早く場所移動をして、天使の顔が見れる物陰に陣取る。
 そこにはカカシとお揃いの銀色の耳を立たせたパーカーをかぶり、思案気に腕を組む天使がいた。
 きゅっと眉根に力を入れ思い悩む天使の眉間の皺を今すぐいって舐めて解してあげたいとカカシは切望したが、真剣な表情で絵本を見る天使の邪魔はしたくなかった。けれど天使をいつまでも悩ませるのはカカシの本意ではないので、いっそのことこの絵本の一角を大人買いするべきではないかと思い始めた時、天使の手が動いた。
 これだ、これにしようという思いも強く、両手で掲げた絵本の題名は『狼獣人の一生』と書かれていた。物語というよりは生態について記された絵本に、天使の知的な部分が強調される。だが、それよりも。


「あああぁぁぁん、天使ぃぃぃぃ、天使が尊すぎるぅぅぅっぅぅぅぅ!!!!」
 絵本『狼獣人の一生』を両手に掲げるように持ち上げ、何か期待するように目を輝かせ、カカシと同じ種族の生態が描かれた本をまっすぐに見つめる天使は痺れるほどに愛おしかった。そんなに、そんなにカカシのことが好きだったのか、天使は!!!
「天使ぃぃぃ、オレも、オレも好きぃぃっ! 『天使の一生』っていう本があったら読む用と保存用と予備用と配布用に全人口に配っちゃうくらいスキィィィィ!!!」
 魂の雄たけびをあげ、床に崩れ落ちつつ、床へと思いの丈をぶつけていると、カカシが呼ばせたこの書店の責任者と、カカシに気付いた天使がこちらに近づいてきた。


「$%&? #$%%」
 床を殴っているカカシを、天使は不思議そうに、それでいて案じるような優しい眼差しを向けている。やはり天使に愛されていると確信すると共に、でっぷりと腹が突き出た狸獣人がカカシへと声を掛けてきた。
「あのぉ、はたけ様。うちのものが大変失礼な態度をおとりししまして、本当に申し訳ございません。その、ここでというよりは、しっかりとお話をお聞きしたいので奥の方でお茶でも飲みながらいかがでしょうか?」
 先ほどの犬獣人を後ろにつかせ、狸獣人はへこへこと頭を下げながらカカシを誘導しようと手を差し向けてきた。
 どうにかして奥へとカカシを連れていこうとする狸獣人の思いを察し、カカシはゆらりと立ち上がる。
 頭三個分は高いカカシを見上げ、狸獣人はカカシの不満駄々漏れの表情を見、一瞬固まった後、素早く方向転換する。
 その間、めまぐるしく視線が動き、この場にある情報収集をするなり一つの結論を見出す。


「どうやらお忙しいようですね。あぁ、これは愛らしいヒトですねぇ。この絵本がご所望なんですね。こちらもいいですが、こち……、いえ、こちらも良い本ですよ」
 苦節十数年。叩き上げで大型チェーン店のエリアマネージャーとなった狸獣人は、怒らせてはならない人物の機微について精密に読み取る力があった。
 カカシが溺愛しているだろうヒトをペットとは呼ばず、同じ獣人と同じように接し、それに加えヒトの持つ絵本の内容から欲しい本のリストをピックアップ。かつ、カカシが喜ぶ内容を選ぶ。
 狼関連、その中でも番との甘い恋の話を差し出せば、ヒトは興味深そうな顔を見せ、カカシは顔は平静を装っているが、後ろの尻尾が高速回転していた。


「#$%? ##$%?」
「ん? いいよ、いいよ。二冊でも三冊でも、いっそここの絵本コーナー全部買っちゃう?」
 狸獣人に差し出された番の本も持ち、ヒトはカカシへ何かを問う。どうやら二冊買ってもいいかという質問らしいが、カカシは鷹揚に頷くばかりか全種類買おうかと度肝を抜くことを言っている。
 カカシのお大尽発言に真っ先に犬獣人が反応したが、狸獣人は素早く犬獣人を黙らせ、一言言う。
「はたけ様。こちらの方は自分で選ぶ楽しみをご存知の方です。全てを買い与えるよりも、この方が選んだ本を差し上げた方がよろしいかと」
 狸獣人の発言に一瞬むっとしたカカシだったが、ヒトは何かを察したのか、頭の上で手を交差させ×印を作った後で、絵本コーナーを指差している。
 語気も強い調子で、カカシに何かを言っていることからして、狸獣人の言葉に添っているようだった。


 カカシはしばし何かを考えるように眉間に皺を寄せていたが、最後にはため息と共に尻尾と肩を落とし、ヒトの持っていた二冊の本とブラックカードを狸獣人へ差し出した。
「……天使が言うから、今日は二冊にしとくーよ」
「はい、毎度ありがとうございます」
 後ろに控える犬獣人へ会計を済ませるよう合図を出し、丁寧に頭を下げる狸獣人へ、カカシは小さく鼻を鳴らす。
「良い判断だったーよ。悔しいけどアンタの見立て勝ちだ。エリアマネージャーのハヤシさんね。名前覚えておーくよ。ま、楽しみにしてて」
 カカシの言葉を笑みで受け止める狸獣人のハヤシが、この数年後、チェーン店の社長に大抜擢されるのは今はまだ誰も知らない未来である。


 ハヤシに会計を言いつけられた犬獣人が戻り、カカシと天使はハヤシと犬獣人に見送られ書店を後にした。
 まだまだカカシとイルカのデート(無自覚)は始まったばかりである。





戻る/ 8



------------------------------------------

狼人カカシはお金持ち。きっとそう。そして立場的なものもあるんだろう。うん。(設定詰めてません)